モリちゃんの酒中日記 6月その2

6月某日
「へるぱ!」の取材でドクターの川島実さん(42歳)インタビュー。川島さんは東大寺学園から京大医学部へ進学、大学1年からボクシングを始める。23歳でプロデビューし29歳で引退し、戦績は9勝5敗1引き分け。医師として徳洲会病院の沖縄や山形県の荘内で救急医療の現場を担うが、その間に漢方医学やコメ作りにも挑戦。2011年の東日本大震災のときは医療ボランティアとして宮城県気仙沼市へ。その後、気仙沼市の市立病院の院長に。現在は本拠地を地元、奈良市に置きフリーランスのドクターとして複数の病院を掛け持ちしつつ、月に6日は被災地へ。今回のインタビューも気仙沼から奈良に帰る途中、東京駅近くでのインタビューとなった。川島さんは坊主頭に作務衣姿でインタビュー会場に現れた。東大寺学園の先輩の誘いで華厳宗に得度、在家の僧侶でもあるのだ。現役で京大医学部に合格しプロボクサーとしてデビューし、医師として被災地に向き合い、コメ作りに精進する。「なんだかバラバラの人生だな?」というこちらの疑問を見透かしたように、「すべてのことに意味があり、すべてのことには無駄がありません」と川島さん。参りました。

6月某日
「源義経―伝説に生きる英雄(新訂版)」(関幸彦 清水書院 2017年)を読む。巻末の「「新訂版」によせて」によると、初版から30年経過しているそうだが、そうした古さは全く感じられなかった。義経の生涯を史実に基づいて描くとすると「吾妻鏡」「玉葉」というきわめて限られた資料に頼らざるを得ない。室町期に成立されたとされる「義経記」にしても英雄伝説として生涯が物語られている。史実と伝説のバランスのとれた叙述が本書を成功させている。著者は一の谷から壇ノ浦に至る破天荒とも言える作戦は、「将たる器に根ざした行動とは必ずしも言えない」とする。義経は政治家としても戦術家としても“未完”であったとする著者の分析には説得力がある。

6月某日
四谷の弘済会館で開かれた「潮谷義子先生、河幹夫先生感謝会」に出席。土井康晴さん、小林和弘さん、山崎康彦先生、白石順一さんなど懐かしい顔に出会うことができたしアットホームないい会だった。潮谷さんは福祉の世界から熊本県の副知事に登用され、知事の突然の死去により知事に担ぎ出された。帰りにいただいた「潮谷義子聞き書き 命を愛する」(西日本新聞社 一瀬文彦 2017年6月)にその辺のことも詳しく述べられている。「金太郎」とあだ名された腕白お転婆少女時代、夫となる人と出会った社会事業大学、自治体の職員、社会福祉法人の経営者、知事としての日常が飾らない人柄そままに語られる。知事時代のハンセン病元患者宿泊拒否事件、川辺川ダム建設問題、水俣病への対応なども誠実な語り口で淡々と語られている。

6月某日
民介協の扇田専務に誘われて映画「ケアニン」の試写会を見に虎ノ門のニッショーホールに行く。この映画は介護福祉士の新人が小規模多機能施設に就職、元幼稚園教諭の介護、看取りを担当することで介護福祉士としても人間としても成長する過程を描いたもの。神奈川県で小規模多機能の「あおいけあ」を運営する加藤忠相さんが監修したことで介護業界では話題になっているらしい。認知症の利用者、働く職員、家族の不安や悩みが丁寧に描かれていると思った。同時に映画で描かれたよう利用者や家族に寄り添うケアが、普通の介護現場でなされているのだろうかという疑問も残った。でも認知症の人を抱える家族や介護事業所の経営者や職員には見てもらいたい映画と思う。

6月某日
「神去(かむさり)なあなあ日常」(三浦しをん 徳間文庫 2012年9月)を読む。高校の卒業式を迎えても進路が定まらない「俺」は高校の教師や両親の奨めで、三重県中西部の神去村に林業の研修生として赴任する。村人との交流や実際に林業に携わりながら成長していく「俺」の日常を三浦しおんはユーモラスに描く。まぁ一種のビルディングロマン(教養小説)である。昨日試写を観た映画「ケアニン」も新人介護福祉士が人間としても成長していく過程を描いており、その意味では同じジャンル。

6月某日
「アフター・ザ・レッド 連合赤軍 兵士たちの40年」(朝山実 角川書店 平成24年2月)を読む。連合赤軍事件を描いた長編マンガ「レッド」が話題になったことがあるが、「レッド」の作者、山本直樹に著者がインタビューしたのがこの本が生まれるきっかけになっている。連合赤軍事件後逮捕され実刑判決を受けた前澤寅義、加藤倫教、植垣康博、雪野建作の4人へのインタビューと山本直樹へのインタビュー(アエラでのインタビューに加筆)が収められている。私が感じたのは4人の革命への強い想いである。とくに京浜安保共闘出身の前澤、加藤、雪野にはそれを強く感じた。この3人に対して、植垣は弘前大学全共闘から赤軍派にオルグられたこともあって全共闘気質(よく言えば統一戦線重視気質、悪く言えばある種のいい加減さ)を残しているように感じられた。巻末に「少し長めの解説」を椎野礼仁が書いている。椎野さんは慶應大学のブンド戦旗派出身で今は編集者。10年ほど前に友人の友野君に紹介されたことがある。