10月某日
「古代の天皇制」(大津透 岩波現代文庫 2026年3月)を読む。第10章「摂関政治における天皇-終章にかえて」の冒頭で、本書の概要が明らかにされている。「本書では、律令制の分析を通じて、古代天皇制のあり方や基盤を明らかにしてきた。律令に規定される天皇制とは、大化前代あるいは古墳時代以来の固有なあり方、氏姓制度のあり方を継承しているものであることを明らかにした。天皇を中心に氏姓制的秩序が形成され、ウヂは必然的に神話における始祖の活躍に奉仕の根拠を求め、五位以上官人の中で、天つ日嗣や高御座、三種「神器」などにより天皇制の正当性が確認されていった、八世紀初頭には『古事記』『日本書紀』が編纂される必然性もあった」。天平期から貞観期に「それまでは神話的・氏族性的なイデオロギーに依拠していた天皇制が、儒教や冷静によって根拠づけられるようになり、宗教的なタブーが薄れていくのである。氏族性が変質、解体していくなかで、神話に代わって儀礼の整備などにより朝廷内で政治的な統合が図られ、その中心に天皇が位置づけられるのである」。なるほどね。「政治的な統合の中心として天皇」って現憲法の「国民統合の象徴としての天皇」も含まれる?
10月某日
「ともぐい」(河崎秋子 新潮社 2023年11月)を読む。我孫子市民図書館のリサイクル本として図書館のホールに並べられていた。北海道の白糠の山奥に住む熊撃ちの熊爪が主人公。熊爪はもちろん人間だが自然の一部として生きている。熊や鹿、兎の肉や皮を白糠で売って米や味噌、日用品、村田銃の銃弾を補充する。山の中の小屋で犬と暮らす、自然の一部として。時代は明治の末、日露が開戦する直前の頃だ。熊爪は獲物を白糠で購入していた富豪の家にいた片目の見えない少女を山に連れてくる。女は富豪の子を身ごもっていて出産、やがて熊爪の子を宿し、出産する。最終章で熊爪は女に殺されるのだが、この殺人さえも自然の一部として描かれているように感じる。「熊爪にとって、生き物とは山と森に生きるものが全てだ。その外側にいる奴は、動物であっても人間であっても、どうにも分かりきれるものではなかった」。私は北海道出身、といっても白糠のような道東ではなく、道南の室蘭出身である。室蘭は噴火湾に囲まれ気候も温暖であった。しかし、子どものころ山に遊びに行って熊の足あとらしきものを見つけたこともあるし、近くの川では年長の子どもがヤマメを先を鋭利にとがらせた金属で突いていた。河崎秋子は道東の別海町出身、北海学園大学を卒業した後、実家で羊飼いをしていたという。私には「人間を自然の一部」と描く稀有な作家と思われる。
10月某日
「キャベツ炒めに捧ぐ リターンズ」(井上荒野 角川春樹事務所 2025年10月)を読む。この間読んだ「キャベツ炒めに捧ぐ」の続編。都内で総菜屋「ここ屋」を営む麻津子(65歳)、江子(66歳)、郁子(67歳)の3人と彼女たちを巡る男女の物語。今回は「ここ屋」を含む建物の建て替え問題が浮上する。大家の事情も理解できることから3人は建て替えを受け入れ、長野で古い一戸建てを購入、友人たちの手を借りながら改装工事に勤しむ。巻末に「キャベツ炒めに捧ぐ」がハルキ文庫になっている広告が載っていた。解説は平松洋子。
10月某日
「広田弘毅」(波多野澄雄 吉川弘文館 2026年6月)を読む。著者の波多野は岐阜県立岐南工業高校から防衛大に進学、2年で退学して慶應義塾大学法学部政治学科に入学、同大学院博士後期課程単位取得退学、防衛庁防衛研修所戦史部助手などを経て筑波大学人文社会科学研究科教授、12年定年退官。アジア太平洋戦争に関する著書多数。広田弘毅については東京裁判により文官で唯一、絞首刑に処された人くらいしか印象にない。この本によりその生涯の概略がわかった。1878(明治11)年、福岡の石材店の子に生まれ、修猷館中学、一高、東京帝大を経て外務省に入省、欧米局長、オランダ公使、ソ連大使を歴任。外務大臣として「協調外交」を推し進めた。2.26事件後の1936(昭和11)年3月、首相に指名される。首相退任後、第2次近衛内閣では外務大臣に就任。戦後、戦犯として巣鴨プリズンに収監され、東京裁判では南京における大規模な残虐行為の責任を追及され、死刑判決を受け、1948年12月23日、絞首刑が執行された。大学時代に学生寮「浩浩居」を開く。この学生寮を手伝っていたのがのちに夫人となる静子。静子は広田の逮捕後、自死する。浩浩居は100年以上経った現在も杉並区西荻に実在するという。文化勲章は広田の首相在任時に制定された。
10月某日
「イギリス帝国-支配と残影」(木畑洋一 岩波新書 2026年8月)を読む。イギリスと日本はアジア太平洋戦争の一時期を除くと親しい関係にあった。日露戦争では日英同盟が日本の後ろ盾となったし、イギリスの王室と日本の皇室も親密だ。多分、日本で一番聞かれる外国語も英語だ。しかし、本書は私の知らないイギリスの一面にも目を開かせた。かつてイギリスは「世界の陸地の四分の一を支配し七つの海に君臨した」と言われたが、そのことはイギリスが最大の帝国主義国家であり、植民地主義国家であったことを示している。イギリスが新たに入植した北米大陸やオーストラリアは無人の大陸ではなく先住民がいた。「入植者たちはそうした先住民の権利を無視しつつ、しばしば暴力を用いて入植地を築きあげていったのである」。日本人も北海道では先住民のアイヌの権利を無視し、入植地を拡大してきたし、台湾や朝鮮半島、満洲においても土地を奪い、日本人入植地を広げてきた。イギリスはさらに北米大陸などの入植地の労働力としてアフリカ大陸から移送された黒人を奴隷として活用した。奴隷貿易は1807年に禁止されたが奴隷制度は1833年まで続き、奴隷の反乱も繰り返された。奴隷の反乱の最大のものは31~32年のジャマイカにおける反乱で約二万人が加わったこの反乱では300人の奴隷が鎮圧軍に殺され、鎮圧後に300人が処刑された。中国では二度のアヘン戦争で香港を奪い、不平等条約を強いた。インドにも侵略の手を延ばし、77年にはヴィクトリア女王がインド皇帝となる宣言を行った。イギリスはまさに世界帝国となったのだがその象徴とも言えるのが84年にロンドン郊外のグリニッジ天文台を通る経線が基準となる子午線(軽度〇度)として認められたことだ。インドとパキスタンの間のカシュミール紛争も源はイギリスの植民地支配であり、カシュミール紛争とほぼ同じ頃から継続しているパレスチナ紛争に関しても、「イスラエル建国の背景となるパレスチナ委任統治を行ったイギリスの歴史的責任は大きい」。大英帝国の影の部分を学んだ気がする。
