モリちゃんの酒中日記 10月その3

10月某日
「昭和下町暮らし」(森まゆみ 中公文庫 2025年12月)を読む。森は1954年、文京区の駒込病院で生まれる。両親ともに歯科医で不忍通りに面した千駄木あたり(駒込動坂下)で開業。森はお茶の水付属中高から1973年、早稲田大学政経学部に進学。私が72年卒業だから入れ替わりである。もっとも私は授業にはほとんど出たことはなかった。当時はそれでも4年で卒業させてくれた。森は藤原保信ゼミに入り無事4年で卒業するが、当時は4大を出ても女子には教職や公務員以外、就職口はほとんどなく、森は銀座のPR会社に職を得る。その後近所の山崎範子らと地域雑誌「谷根千」を刊行する。本書はタイトル通り森の「昭和下町暮らし」が活写される。私は北海道室蘭市の郊外といえば聞こえは良いが、実際は町外れで育つ。だから食生活や学校生活が微妙に異なる。しかしテレビが家庭に入ってから暮らしの同質化が始まったような気がする。本書は随所に森の反骨精神が見られて楽しい。出雲の百姓と自称する佐藤忠吉さん。「失敗のない人生はそれこそ失敗でごじゃいますな」と出雲弁で語る。森は「学校も合格、浪人もせずよい大学に行って、有名企業に受かってつつがなく定年まで勤めたところで何が面白いのか」「世の荒波の中で悩み、失意の時や雌伏の時があってこそ、人生を味わうことが出来る」と書く。まったく賛成。

10月某日
神田の社保研ティラーレの事務所を訪問、吉高会長と佐藤社長と面談。吉高会長さんは生活の拠点を茨城に移したが、今でも週一回は事務所に出ているとのこと。吉高さんは高卒で武田薬品に入社、労働組合で頭角をあらわし上部団体のゼンセン同盟で活躍、中医協の委員も務めた。私は北海道育ちなので幼い頃、日本製鋼所室蘭や王子製紙苫小牧の労働争議を目撃した。また北海道では日教組や炭労、自治労などの勢力が強く、それらの組合は総評に所属していた。幼い頃から総評=左派、同盟=右派というイメージが刷り込まれていた。しかし長じるにつれ総評は官公労を主体、同盟は民間労組を主体としていることに気がついた。また年友企画で担当した年金転貸融資の団体のうち20協会は同盟(多くはゼンセン)が母体となっていた。理事長の多くは労働組合出身で、労働者の資産形成という観点から年金住宅融資を見ていた。ゼンセンは海員組合と並んで戦前からの歴史がある。海員組合は海運事業の衰退から組織を大幅に縮小させたが、ゼンセンはスーパーなどの流通産業に組織を拡大している。

10月某日
滋慶学園グループOB、OGの大谷源一さん、白井孝子さん、それに厚生省OBの小林和弘さんと東京神田、鎌倉河岸ビル地下1階の「跳人」で会食。大谷さんとは確か高橋ハムさんとのつながりで親しくなって、のちに滋慶グループの東京福祉専門学校などの入学案内制作の仕事をもらうようになった。その過程で白井さんとも親しくなったのだが、白井さんには「胃ろう・吸引シミュレーター」の開発でもお世話になった。小林さんは確か関東厚生局長を最後に退官、末次さんの次の全社協副会長になったのでは(うろ覚え)。白井さんは看護師出身、小林さんはエリート官僚出身、私と大谷さんは全共闘崩れ。それぞれ異なる経歴を持ちながら、親しく酒を呑ませていただきました。

10月某日
「おたふく 山本周五郎名品館Ⅰ」(沢木耕太郎編 文春文庫 2018年4月)を読む。沢木耕太郎の視点で山本周五郎の作品を選び直すという企画。沢木は年少の頃から貸本屋で時代小説を借りていたという話を沢木のエッセーで読んだことがある。私は中年以降、藤沢周平、佐藤雅美、司馬遼太郎らの時代小説、歴史小説を好んで読んできた。これらの小説は概ね江戸時代である。泰平の世が続く一方、貨幣経済が浸透するなかで商人資本主義が台頭する。武士的な価値観は揺らぐ一方、それに固執する武士も少なくない。江戸時代も中期以降になると、多様な価値観が世に現れてきたのではないか。私が山本や藤沢周平の小説を面白いと思うのも、そこに武士や庶民の多様な暮らし、価値観が表現されているからだと思う。

10月某日
「裏の木戸はあいている 山本周五郎名品館Ⅱ」(沢木耕太郎編 文春文庫 2018年5月)を読む。山本周五郎名品館は4冊で構成されていてそのすべてに沢木耕太郎が解説を書いている。解説エッセイ「彼らを輝かせるもの」で沢木は次のようなことを書いている。沢木の「バーボン・ストリート」の文庫本の解説を頼んでいた色川武大が急死し、ピンチ・ヒッターを山口瞳に頼むことになった。山口の解説に次の一節がある。《私は、『新潮現代文学全集17・山本周五郎』の巻の解説と、文春文庫・向田邦子『父の詫び状』の解説を読んでいて、彼はタダモノではないという感触を得ていた》 30代に入ったばかりの沢木に山本周五郎の巻の解説の依頼が来た。その解説を読んだ山口が「タダモノではない」という感触を得、何年かして山口から紀行文「迷惑旅行」の解説を依頼される。山口はデビュー作「江分利満氏の優雅な生活」を山本周五郎から《山口瞳。ありがたい作家があらわれたものだ》と絶賛される。「これがもとで、山本周五郎と山口さんとのあいだに、ある種の交流が生まれた。私も、のちに何度か共にすることになる酒席」がもたれた。山本周五郎と山口瞳そして沢木耕太郎の意外な(?)交流が明らかにされる。山本周五郎と山口瞳の共通点いついて沢木は「独特のこだわり」をあげる。それは「意地」とも言い換えられ、私には沢木にも同じものが感じられる。

10月某日
「将監さまの細道 山本周五郎名品館Ⅳ」(沢木耕太郎編 文春文庫 2018年7月)を読む。沢木耕太郎の解説エッセイ「悲と哀のあいだ」では山本周五郎と山手樹一郎の「深い関わり」について書いている。沢木は中学生のころ山手樹一郎の時代小説に熱中し、山本周五郎を読むようになったのは20代に入ってからという。沢木は「二人の、文学的な評価という土俵での勝負はついている」とする。そして「職人的な作家の山手樹一郎の姿が、ふと、山も周五郎の小説世界の住人のように思えてきたりもする。こつこつと確かな職人仕事をしながら、ときに酔っ払ってくだをまく「ちゃん」の重吉のように、悲哀に満ちた、あるいは、悲と哀のあいだを生きているような…。」。今では忘れ去れた作家のように扱われる山手樹一郎、彼と周五郎の小説の登場事物を重ね合わせる、名解説と私は思いますね。

10月某日
「寒橋 山本周五郎名品館Ⅲ」(沢木耕太郎編 文春文庫 2018年6月)を読む。山本周五郎名品館は4冊で完結だから、これですべて読んだことになる。山本周五郎は多くの長編、短編小説を残しているので名品館に収録されていない名作、佳作もあることだろう。名品館は沢木耕太郎編で沢木の解説エッセイが味わい深い。寒橋は「さむさばし」と読む。沢木は「寒橋」を読んで「そしてもうひとつの驚きはその「さむさばし」が小田原町にあるということだ。寒橋だけでなく、主人公のお孝が住む家も小田原町にあるらしい」と書く。小田原町は沢木の父が生まれ育った町である。父は俳句を趣味にしていた。その句に「寒柝に幼児の怖れ想いけり」がある。沢木は次のように書く。「夜の小田原町をひとり歩いていると、お孝の住んでいた小田原町に聞こえる「柝の音」と幼い父の寝所に響いてくる「寒柝」がひとつになり、私もまたどこからか拍子木の音が聞こえてくるような気がした」「私も幼い頃に聞いたことのある、「火の用心、さっしゃりませ」という声とともに」。

10月某日
「その復讐、お預かりします」(原田ひ香 双葉文庫 2024年12月)を読む。24年の年末に初刷りで翌年の4月には第9刷となっているから売れ行き好調の文庫である。原田ひ香は今まで「一橋桐子(76)の犯罪日記」や「ランチ酒」を読んで面白かったのだけれど、本作は期待外れ。私が思うに「復讐屋」の成海と彼とパートナーを組む主人公の神戸美菜代の人物造形に魅力が足りないことが期待外れの一因。山本周五郎と比較してはいけないが、山本文学の優れているものの一つは人物造形の確かなことだと思う。

モリちゃんの酒中日記 10月その2

10月某日
「古代の天皇制」(大津透 岩波現代文庫 2026年3月)を読む。第10章「摂関政治における天皇-終章にかえて」の冒頭で、本書の概要が明らかにされている。「本書では、律令制の分析を通じて、古代天皇制のあり方や基盤を明らかにしてきた。律令に規定される天皇制とは、大化前代あるいは古墳時代以来の固有なあり方、氏姓制度のあり方を継承しているものであることを明らかにした。天皇を中心に氏姓制的秩序が形成され、ウヂは必然的に神話における始祖の活躍に奉仕の根拠を求め、五位以上官人の中で、天つ日嗣や高御座、三種「神器」などにより天皇制の正当性が確認されていった、八世紀初頭には『古事記』『日本書紀』が編纂される必然性もあった」。天平期から貞観期に「それまでは神話的・氏族性的なイデオロギーに依拠していた天皇制が、儒教や冷静によって根拠づけられるようになり、宗教的なタブーが薄れていくのである。氏族性が変質、解体していくなかで、神話に代わって儀礼の整備などにより朝廷内で政治的な統合が図られ、その中心に天皇が位置づけられるのである」。なるほどね。「政治的な統合の中心として天皇」って現憲法の「国民統合の象徴としての天皇」も含まれる?

10月某日
「ともぐい」(河崎秋子 新潮社 2023年11月)を読む。我孫子市民図書館のリサイクル本として図書館のホールに並べられていた。北海道の白糠の山奥に住む熊撃ちの熊爪が主人公。熊爪はもちろん人間だが自然の一部として生きている。熊や鹿、兎の肉や皮を白糠で売って米や味噌、日用品、村田銃の銃弾を補充する。山の中の小屋で犬と暮らす、自然の一部として。時代は明治の末、日露が開戦する直前の頃だ。熊爪は獲物を白糠で購入していた富豪の家にいた片目の見えない少女を山に連れてくる。女は富豪の子を身ごもっていて出産、やがて熊爪の子を宿し、出産する。最終章で熊爪は女に殺されるのだが、この殺人さえも自然の一部として描かれているように感じる。「熊爪にとって、生き物とは山と森に生きるものが全てだ。その外側にいる奴は、動物であっても人間であっても、どうにも分かりきれるものではなかった」。私は北海道出身、といっても白糠のような道東ではなく、道南の室蘭出身である。室蘭は噴火湾に囲まれ気候も温暖であった。しかし、子どものころ山に遊びに行って熊の足あとらしきものを見つけたこともあるし、近くの川では年長の子どもがヤマメを先を鋭利にとがらせた金属で突いていた。河崎秋子は道東の別海町出身、北海学園大学を卒業した後、実家で羊飼いをしていたという。私には「人間を自然の一部」と描く稀有な作家と思われる。

10月某日
「キャベツ炒めに捧ぐ リターンズ」(井上荒野 角川春樹事務所 2025年10月)を読む。この間読んだ「キャベツ炒めに捧ぐ」の続編。都内で総菜屋「ここ屋」を営む麻津子(65歳)、江子(66歳)、郁子(67歳)の3人と彼女たちを巡る男女の物語。今回は「ここ屋」を含む建物の建て替え問題が浮上する。大家の事情も理解できることから3人は建て替えを受け入れ、長野で古い一戸建てを購入、友人たちの手を借りながら改装工事に勤しむ。巻末に「キャベツ炒めに捧ぐ」がハルキ文庫になっている広告が載っていた。解説は平松洋子。

10月某日
「広田弘毅」(波多野澄雄 吉川弘文館 2026年6月)を読む。著者の波多野は岐阜県立岐南工業高校から防衛大に進学、2年で退学して慶應義塾大学法学部政治学科に入学、同大学院博士後期課程単位取得退学、防衛庁防衛研修所戦史部助手などを経て筑波大学人文社会科学研究科教授、12年定年退官。アジア太平洋戦争に関する著書多数。広田弘毅については東京裁判により文官で唯一、絞首刑に処された人くらいしか印象にない。この本によりその生涯の概略がわかった。1878(明治11)年、福岡の石材店の子に生まれ、修猷館中学、一高、東京帝大を経て外務省に入省、欧米局長、オランダ公使、ソ連大使を歴任。外務大臣として「協調外交」を推し進めた。2.26事件後の1936(昭和11)年3月、首相に指名される。首相退任後、第2次近衛内閣では外務大臣に就任。戦後、戦犯として巣鴨プリズンに収監され、東京裁判では南京における大規模な残虐行為の責任を追及され、死刑判決を受け、1948年12月23日、絞首刑が執行された。大学時代に学生寮「浩浩居」を開く。この学生寮を手伝っていたのがのちに夫人となる静子。静子は広田の逮捕後、自死する。浩浩居は100年以上経った現在も杉並区西荻に実在するという。文化勲章は広田の首相在任時に制定された。

10月某日
「イギリス帝国-支配と残影」(木畑洋一 岩波新書 2026年8月)を読む。イギリスと日本はアジア太平洋戦争の一時期を除くと親しい関係にあった。日露戦争では日英同盟が日本の後ろ盾となったし、イギリスの王室と日本の皇室も親密だ。多分、日本で一番聞かれる外国語も英語だ。しかし、本書は私の知らないイギリスの一面にも目を開かせた。かつてイギリスは「世界の陸地の四分の一を支配し七つの海に君臨した」と言われたが、そのことはイギリスが最大の帝国主義国家であり、植民地主義国家であったことを示している。イギリスが新たに入植した北米大陸やオーストラリアは無人の大陸ではなく先住民がいた。「入植者たちはそうした先住民の権利を無視しつつ、しばしば暴力を用いて入植地を築きあげていったのである」。日本人も北海道では先住民のアイヌの権利を無視し、入植地を拡大してきたし、台湾や朝鮮半島、満洲においても土地を奪い、日本人入植地を広げてきた。イギリスはさらに北米大陸などの入植地の労働力としてアフリカ大陸から移送された黒人を奴隷として活用した。奴隷貿易は1807年に禁止されたが奴隷制度は1833年まで続き、奴隷の反乱も繰り返された。奴隷の反乱の最大のものは31~32年のジャマイカにおける反乱で約二万人が加わったこの反乱では300人の奴隷が鎮圧軍に殺され、鎮圧後に300人が処刑された。中国では二度のアヘン戦争で香港を奪い、不平等条約を強いた。インドにも侵略の手を延ばし、77年にはヴィクトリア女王がインド皇帝となる宣言を行った。イギリスはまさに世界帝国となったのだがその象徴とも言えるのが84年にロンドン郊外のグリニッジ天文台を通る経線が基準となる子午線(軽度〇度)として認められたことだ。インドとパキスタンの間のカシュミール紛争も源はイギリスの植民地支配であり、カシュミール紛争とほぼ同じ頃から継続しているパレスチナ紛争に関しても、「イスラエル建国の背景となるパレスチナ委任統治を行ったイギリスの歴史的責任は大きい」。大英帝国の影の部分を学んだ気がする。

モリちゃんの酒中日記 10月その1

10月某日
「キャベツ炒めに捧ぐ」(井上荒野 角川春樹事務所 2011年9月)を読む。先月、井上荒野の最新作「アクリル」について「まったく共感できない」という感想を述べた。それで井上の15年ほど前の小説の本作を我孫子市民図書館で借りた。総菜屋「ここ亭」で働く60代前半の3人の女性とその周辺を描く本作は「まったく共感できた」。本作では3人の女性たちの夫との死別や離婚も描かれているが、それが実にカラっと描かれているのが嬉しい。人間とは多面的な存在であり、井上荒野という作家にも「アクリル」的な面と、「キャベツ炒め」的な面が存在するということか。

10月某日
「帰郷」(浅田次郎 集英社文庫 2019年6月)を読む。6作の短編を収録した単行本は16年6月に刊行、初出はいずれも「小説スバル」。浅田次郎は1951年東京生まれだから私より3歳下、ほぼ同世代だ。浅田は70年の三島由紀夫の市谷陸上自衛隊での自決に衝撃を受け、71~73年に陸自に入隊、最終階級は陸士長。日本ペンクラブ会長や直木賞選考委員を務めているから、将来の文化勲章受章は間違いのないところ(私の個人的な感想!)。現代を舞台にした小説、主に幕末明治を舞台にした小説、アジア太平洋戦争を題材にした小説など、小説の舞台は多様であるが、本作の舞台はアジア太平洋戦争の戦中、戦後だが、現代と微妙に交錯する作品もある。解説は歴史学者の成田龍一。「浅田さんは、マクロな戦争の仕組みを認識しつつ、人びとの具体的な生活を描く。ミクロに戦争を叙述することによって、戦争小説を非戦小説へと繰り上げていっている」。同感。

10月某日
「ヒトとAI」(岡野原大輔 岩波新書 2026年7月)を読む。AI(人工知能)ってよくわかりません。で、図書館で本書を借りたわけだが、読んでもやっぱりよくわかりません。しかしAIの登場で人間と人間社会が大きな変革を迫られていることは何となく理解できた。人間には死に象徴される有限性があるがAIにはない。「AIが判断に深く関与する世界においても、その結果を引き受けるのは人間であり続ける」(はじめに)。そもそも人間とAIの学習形態は大きく異なるという。AIは「ランダムに切り出された断片を、あたかもショート動画のように次々と見せられていくなかで学習する」。これに対して人間は「人生のような長い時間的連続性をそなえた経験」を学習することによって判断する。人間の学習は視覚・聴覚・感情・身体感覚が同時に符号化され、常に「世界の厚み」を伴っている。AIは「学習の時点ではこのような「世界の厚み」を持たない」。人間には「世界の厚み」を伴っているが、AIにはそれがないということか。なんとなくわかったような…。

10月某日
「スナックふたり」(川上弘美 中央公論新社 2026年7月)を読む。読売新聞に2025年に連載されたもの。東京の下町(と思われる)に店を出す「スナックふたり」が舞台。司と逸子という二人のママとスナックを訪れる常連さんとの物語である。訪れる客のなかに何人かの幽霊がいる、というのが物語のミソ。私はお店で出される「お通し」が面白かった。「枝豆をさやごとフライパンで炒め煮にして醤油をまわしかけたもの」「みにとろろ蕎麦」「今日のお通しは、ひたし豆、それに、セロリのきんぴら、そして、手羽先を柔らかく煮たもの」「味玉-半分に切ってあり、上に黒ゴマが少しだけかかっている-」「れんこんの梅あえ」…。私が現役のころ通っていた根津のスナック「ふらここ」を思い出す。そこのママも料理が上手でいろんなお通しを出してくれたっけ。司のスナックに関する名言「うん、扉を開いてスナックに入っちゃうと、そこには夏も冬も秋も春もない、『スナック』っていう季節があるだけなのよ」。

10月某日
「夜の恩寵」(三浦しをん 集英社 2026年6月)を読む。「夜の恩寵」というタイトルが何とも素敵だ。恩寵って恵みという意味だと思う。この小説での「夜の恩寵」とは夢だ。将来の夢とかそういう夢ではなく眠っているときに観る夢。小説は夢と現実が折り重なるようにして進む。正直、意味がよく読み取れない箇所が何か所かあった。読み返してみてもやはりよく分からない箇所があった。しかしそれは不快ではなかった。惹句に曰く「夢をめぐる妖しくも美しい不思議な物語」。完全には理解できなくとも私にとって魅力的な物語はある。それが本作である。

10月某日
「けったいな関係-田辺聖子傑作短編集」(ちくま文庫 2026年8月)を読む。田辺先生の小説、とくに短編小説はユーモアを基本とするものだが、底に切なさを秘めているところが私は好きである。たとえば「ちさという女」では「私」の同僚の秋本ちさ(32)は仕事はよくできて、頼もしい存在、課長どころか部長でも対等にしゃべった。だが醜女であった。私は同僚の工藤と恋仲だが、社内には秘密にしていた。ちさは私に「あんた、工藤サンとあやしいの?」と尋ねる。「さあ。どうかな」と私はいい、ちさをからかいたくなった。「でも、工藤サンは、あきもとさんが好きやって、そんけいするっていってたわよ」「阿呆なこと、いいなさんな」とちさは狼狽する。一週間ほどたって工藤の誕生日に、ちさは直径30センチくらいのローマ字で「SHIZUO」と工藤の名前が入れられた、大きなバースデイケーキを贈られる。「SHIZUOか…」菓子屋の前で、紙にそう書いて頼んでいるちさの姿を思い浮かべると、「私は、はじめて、ちさをかついだことが胸いたく思われた。静夫と結婚して、三歳の男の子がある今になっても、私は、ちさのバースデイケーキを思い出すと胸いたむ。ちさにしみじみした思いを持つようになった」。

モリちゃんの酒中日記 9月その3

9月某日
「夕映え天使」(浅田次郎 新潮社 2008年12月)を読む。我孫子市民図書館のリサイクル本として図書館のロビーに出ていたものを持ってくる。6編の短編が収録されている。いずれも読んだ記憶がある。が、それぞれ面白かった。タイトルにもなった「夕映え天使」。東京下町の寂れた町中華、昭和軒が舞台。中年の主人公とその親父が調理する。ある日、雇ってくれと若い女が店に顔を出す。やがて主人公はその若い女との結婚を意識するが、その女は忽然と姿を消す。何年か経って軽井沢署から行き倒れとなった女の遺品に昭和軒のマッチがあったとの連絡が入る…。「琥珀」。三陸の路地裏の喫茶店、琥珀が舞台。関西出身の店主は見事に土地の言葉を使う。定年間際の大阪の刑事は、休暇を消化するために東北を旅し、琥珀を訪れる…。浅田次郎は長編も面白いが、短編も上手い!

9月某日
「日本終戦史1944-1945 和平工作から昭和天皇の「聖断」まで」(波多野澄雄 中公新書 2025年7月)を読む。著者の波多野は1947年岐阜県生まれ。工業高校を卒業ののち防衛大学校に進学、中退して72年に慶應義塾大学法学部卒業、79年に同大学院博士課程修了。防衛研究所戦史部を経て筑波大学社会科学系助教授、同教授。筑波大学では副学長も務め、現在は国立公文書館アジア歴史史料センター長。本書の「まえがき」で著者は、「「大東亜戦争」は、真珠湾攻撃に始まる「日米戦争」、おもに東南アジアを舞台にした「日英戦争」、1937年に始まる「日中戦争」、終戦直後の「日ソ戦争」という、四つの戦場の「複合戦争」であった。米英中ソの四大連合国の結束は辛うじて維持されたが、それぞれが担った戦場の様相も、今に残る傷跡もそれぞれ異なる」と述べている。そして、終戦の過程では「日中戦争や日英戦争の行方は定まらず、結局、日米戦争をいかに終結させるかに、指導者の関心は集約されていく」としている。終戦に至る過程では軍部(陸海軍)、
政治家、外務省などの官僚、宮中(天皇や皇族)の思惑が交錯する。軍部でも保有する艦艇の大部分を失っていた海軍は終戦やむなしだったが、陸軍は本土決戦による一撃講和を掲げ徹底抗戦を叫んでいた。結局、昭和天皇の聖断により終戦となるのだが、聖断に至る天皇の気持ちを「自ら使者を送って確認した本土決戦体制の不備、それを糊塗する統帥部に対する不信感が、終戦を決意させる要因だったことが判明している」(終章)とする。天皇の孤独を感じる。ところで戦艦大和は45年4月8日に「海上特攻として8日黎明に沖縄島に突入」との出撃命令を受ける。大和は「沖縄本島に到達することなく…坊ノ岬沖に沈んだ」。日本側の戦死者は「大和が3063名、第2水雷戦隊981名、合計4044名にのぼった。これに対し米側の損害は爆撃機4、パイロットと搭乗員12名を失ったのみだった」。

9月某日
「埼玉マンション物語」(篠田節子 光文社 2026年7月)を読む。「ヴィラージュさやまの森」というのが小坂香織の住むマンションの名前だ。香織は30代独身、長期ローンを組んで購入した。管理組合の理事長となった香織にマンションの修繕などさまざまな難題が持ち込まれる。著者の篠田1955年生まれ、今年71歳である。それにしてはマンションの住人である30~50代の壮年男女の生態を活き活きと描いていると思った。NHKテレビで放映されている「団地のふたり」(小泉今日子、小林聡美主演)もマンションというか、団地を舞台にしたドラマ。コンクリート造の集合住宅が日本に登場したのが関東大震災後の同潤会アパート、日本初の分譲マンションは東京都が渋谷に建設した宮益坂ビルディングと言われている。都内ではマンション価格の高騰が続いていて平均価格で1億円以上という。小説の舞台となったマンションは西部線沿線の狭山市に立地する。篠田はマンション住まいなのだろうか?

9月某日
小学校、中学校、高校が一緒だった山本君と柏で昼飲み。15時に柏駅の改札で待ち合わせ。山本君は東武野田線、私は常磐線で柏へ。高島屋側に出て歩道橋を降りたところにある居酒屋に入る。2時間制と言われる。年寄りにはちょうどいい。2時間ほどおしゃべりしてお酒を呑んでお開き。次回は高校の同級生で常磐線界隈に住んでいる人に呼び掛けて、11月末ごろに柏で忘年会をしようということになった。

9月某日
「日本の戦争はいかに始まったか-連続講義 日清日露から対米戦まで」(波多野澄雄 戸部良一編著 新潮社 2023年5月)を読む。本書は「大東亜戦争の開戦80周年(2021年)を迎えるにあたり、5つの主要戦争の原因や特徴を多角的に考察してみよう、という現代文化会議が企画した連続講演会の記録である」(序章)。5つの戦争とは戦没者が1万人を超えた日清戦争(1万3600人)、日露戦争(8万8400人)、満州事変(1万7100人)、支那事変(日米開戦まで19万1200人)、大東亜戦争(213万3900人である。序章を執筆した波多野は第1次世界大戦に始まる総力戦について「支那事変以降の帝国全体に及ぶ大規模な戦時動員体制は、その強制性ゆえに社会の「平準化」を進展させる。実際、農村において地主と小作人の関係が揺らぎ、都市でも労働者の地位改善、女性労働者の地位向上といった現象が起こる。こうした現象は戦後につながる「社会の現代化」を準備したとする見方が定着している」と述べている。日本は「戊辰戦争いらい、台湾出兵、西南戦争、日清戦争、義和団の乱への派兵、日露戦争、第1次世界大戦、シベリア出兵、さらにはその後も満洲事変、日中戦争、太平洋戦争と、1945年まで、ほぼ10年と空けずに戦争を続けています。この点で、近代日本は同時期のヨーロッパにもまして、きな臭い国家だったということを認めざるをえません」(第2章 小原淳)。戦後80年、日本は他国と戦火を交えることは一度もなかった。一国平和主義との批判もあろうが、「戦争は二度とごめんだ」という国民世論の後押しがあったことも事実であろう。

9月某日
今日で9月も終わり。ちょっと肌寒いくらいだ。「アクリル」(井上荒野 集英社 2026年7月)を読む。井上荒野の作品は割と好きで何冊も読んでいるのだけれど、本作は私にとっては「外れ」であった。卓郎と美幸という30代の夫婦が主人公。妊活に励むが卓郎が無精子症であることが発覚。美幸は「推し」のビヨンセのアクリルスタンドを購入、さらにパパ活で50代の冴えない男、渡部とセックスし、妊娠。美幸は出産し卓郎とともに子育てする。エピローグで卓郎が渡部に殺意を抱いていることが明らかにされる。惹句に「現代人の孤独とグロテスクな欲望を描く、ノンストップ・アクスタ小説!」とあるが、描かれた「現代人の孤独とグロテスクな欲望」にまったく共感できなかった。

モリちゃんの酒中日記 9月その2

9月某日
「幕末明治 不平士族物語」(野口武彦 草思社 2013年6月)を読む。我孫子市民図書館では廃棄処分する本を「リサイクル本」としてホールに展示、早いもの順で持って行って良いことになっている。本書もそういった一冊。「幕末維新の裏面史には、報われなかった正心誠意・無駄に費やされた人命・ほとんど自己目的の流血のたぐいがゴロゴロ転がっている。その界域にまで視野を広げなければ歴史は瘦せ細るばかりであろう」と著者はプロローグで述べている。「ほとんど自己目的の流血のたぐい」は現代でも新左翼の内ゲバや爆弾テロなどにも見られる。まぁ私が若い頃の学生運動の活動家(今や死語!)などは明治初期の不平士族を彷彿とさせる。本書では不平士族によるいくつかの事件と志士が語られる。私の知らない事件や志士も多いのだが、熊本の神風連の乱や西郷隆盛による西南戦争ならば知っている。神風連の志士は「自分の存在理由と合致しない世に便々と生き延びるよりも、死ぬことによって神と合一することにこそ一回的な生の充実が見出」すという強い信念があった。「死ぬことによって生の充実を見出す」のはテロリストの一般的な心情ではなかろうか。

9月某日
「それはどこでも起こり得る-壊れゆく世界への抵抗」(ブレイディみかこ 文藝春秋 2026年7月)を読む。ネパールでの氷河崩落による大洪水や日本でも線状降水帯による水害が相次いでいる。地球温暖化が原因の一つであることは間違いのないところのようだ。地球温暖化は産業革命以降の工業化による二酸化炭素の排出量の増加に起因する。資本主義の勃興と隆盛が地球温暖化をもたらしたのだ。私にもわかりやすい言葉で地球温暖化や資本主義に発言しているのが斎藤幸平の一連の著作だ。斎藤幸平とは違った位相で資本主義批判を展開しているのがブレイディみかこだ。本書でも災害地に立ち上がる相互扶助について「底本 災害ユートピア なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか」(レベッカ・ソルニット)を引いて論じている。「「新しい可能性を切り開く、災害の持つ力」などと言うと不謹慎だと怒る人もいるかもしれないが、実際に災害にはそのようなユートピア性があるのだとソルニットは主張した。ふだんは近くに住んでいても挨拶すら交わさなかった人々が、物資を分け合い、安否を気遣い合って、助け合いのコミュニティを作る」(第1章)。著者はAIやプラットフォームに依存するテクノ資本主義も批判する。「AIは人間のように感情に立脚した義憤や正義感を持っていないので、学習させられたデータを鵜吞みにし、与えられた条件の中で最適と思われる推論を行う。「いや、それは最適解であっても道徳的にひどいのでは」と人間のように躊躇することなく、徹底的に差別や排除を行うことができる」(第2章)。私はAIやロボットの登場によって生産性が飛躍的に向上し、マルクスの言う共産主義社会の実現も可能ではないかと思ったこともあったが、浅はかでした。

9月某日
「人生はだましだまし」(田辺聖子 角川文庫 2015年3月)を読む。角川文庫の奥付の発行年月日は西暦表記である。しかし巻末に「本書は、2003年3月に小社より刊行されました」と記載されているところを見ると角川書店が元号主義(?)に陥っているわけではなさそうである。本書は「人間も長い人生を生き擦れてくると」「(ナアナア、ほどほどでもエエやないか)と思うようになる」(金属疲労)という洞察のもと、終業時、売上げの計算が合わぬときなど、「一同、暗澹たる思いにうちひしがれている時、ベテラン先輩の一言。〈あとは明日にしよ。ま、こんなトコやな〉」「まさに鶴の一言である。今までの努力を認め、評価し、ねぎらいつつ、将来へのほのかな希望を暗示する」(寝首)と結論する。まぁこれは言ってみれば「大人の態度」なのだが田辺聖子先生は筋金入りの大人と言ってよい。田辺先生は1926年生まれ。吉本隆明、1924年生まれ、三島由紀夫1925年生まれとほぼ同世代である。3人とも戦前の教育を受け、敗戦を知るまで天皇陛下のために死ぬ覚悟であったことまでは共通している。三島はその観念を戦後も持続させ、市ヶ谷の自衛隊で切腹して果てる。吉本は天皇制の解明に挑み、「共同幻想論」として結実させる。田辺先生は戦後成立した市民社会を肯定的にとらえ、それまで嫁かず後家、オールドミスとさげすまされていた独身女子をハイミスと呼び、市民権を与えた。文化勲章の受賞も当然であった。

9月某日
「人生はだましだまし」の最後でおっちゃん、つまり田辺先生の夫の川野純夫氏の死が明らかにされている。川野氏が死んだのはいつだろうと気になったので、図書館で田辺聖子全集の別巻1を借りて年譜を確かめる。川野氏が亡くなったのは平成14(2003)年1月14日であった。別巻には菅聡子という人の「〈女手の反逆者〉田辺聖子論」が収録されていた。菅は「田辺聖子の作品や研究の言葉は、驚くほどまずしい」として、田辺先生が純文学(の新人)に対して授与される芥川賞を受賞したにも拘らず、その後の活動の場を、中間小説誌に移したことに対して、「当時の批評界はこの田辺の移動を好意的にとらえていない」とする。しかし田辺先生は批評界からは好意的に迎えられなかったかもしれないが、読者からは圧倒的に支持された。田辺先生は大衆、しかも働く女性たちに圧倒的に支持されていく。菅は「しかし田辺の小説のヒロインたちは、自由と独立を勝ち取っていく。現在の女性たちの元気な姿を、はるかに早く先取りしているのが田辺の小説である。それは恐らく、戦後の女性たちの姿に、女性が持つ底力を確信していたからだろう」とする。筆者の菅は1962年生まれ、修猷館高校からお茶の水女子大に進学、同教授に就任、2011年に亡くなっている。

9月某日
家にあった「夕ごはんたべた?」(田辺聖子 新潮文庫 昭和54年)を再読する。奥付では平成27(2015)年4月に26刷となっているから、2015~16年に購入して読んだと思われる。今回再読して細かなストーリーはほとんど忘れていることに気付いた。尼崎の下町で皮膚科を開業する中年医者、吉永三太郎と妻、3人のこども、三太郎の年の離れた弟を巡る物語である。単行本は75年9月に新潮社から刊行されている。物語の舞台設定は、ほぼ同時代の72~73年ごろと推定される。2人の息子は高校時代に学園紛争に関わり、自主退学を迫られる。田辺先生は開業医と結婚し、おっちゃんの3人のこどもを育て、男の子は積極的に学園紛争に参加したようだから、この小説の一部には田辺先生の体験が反映されているとみて差し支えないであろう。物語の終盤、三太郎はテレビのニュースで大学の卒業式のシーンに見入る。「このニュースに映っている大学は、かつて大学紛争のるつぼになったこともあったはずだ。学生たちの多くが凶器準備集合罪などというへんな罪名で引っぱられたり、傷ついたり、挫折して学業を放擲して離れた学園だ…戦後30年たって、またひしひしと重圧を増してきた旧い体制のしがらみ、拭いきれない陰のような空虚な権威主義、そういうものに若者が反撥したのだと思われる」。三太郎は連合赤軍事件にも感慨を抱く。「三太郎はごく平均的な社会人である…だから。赤軍派一派のごとき、無謀で独善的な過激理論を是認できない。しかし彼らが一途に煮えたぎってついに煮えこぼれ、自滅してしまった哀れさに、三太郎は人の子の親として涙せずにはいられない」。私はここに日本の庶民の最も良質な感性のあらわれを見る。

9月某日
「もうひとつの戦後80年-「終わりと始まり」の1995年から考える」(高橋哲哉 三牧聖子 須藤輝彦 伊達聖伸 岩波ブックレット 2026年4月)を読む。本書は2025年8月に開催されたシンポジュウム「戦後50年+30年としての現在から、世界に言葉を与える」の記録をもとに編集されたもの。昨日読んだ「夕ごはんたべた?」は時代設定が1972~73年ごろ、敗戦後27、8年である。本書の「1995年から考える」は終戦後50年の節目の年であり、当時の村山首相が日本の植民地支配と侵略に対して痛切な反省と謝罪を表明した年でもある。先週の沖縄知事選ではリベラル派の現職が保守派の新人に大差で敗れた。あの選挙もまた「終わりと始まり」かも知れない。「戦後を考える」ということは、先の大戦について考えるということでもある。なお高橋哲哉は元東大教授で加東典洋と日本の戦争責任と主としてアジア諸国民に対する謝罪について論争をした人である。

モリちゃんの酒中日記 9月その1

9月某日
「人新世の「黙示録」」(斎藤幸平 集英社 2026年4月)を読む。「人新世の「資本論」」などで現代資本主義の矛盾を鋭く突いてきた斎藤幸平、本書でも矛盾の徹底解明とその本質的解決策ついて論究している。斎藤の現状分析は「私たち人類は破滅の淵に立っている」というものだ。原因は資本主義が引き起こした気候変動で、産業革命の時点と比べて、世界の年間平均気温が1.5℃以上、上昇してしまい、「このままいけば、今世紀末の気温は3℃以上も上昇し、この世は灼熱の地獄になる」とし、「気候崩壊が進むなか、犠牲になるのはまずは貧しい地域や弱い人びとである」と述べる。ネパール中国国境での氷河崩壊による大土石流の発生による惨事、日本の福井県での異常気象による洪水の発生を思い浮かべればよい。そして、これらの惨事を防止するために斎藤が提唱するのが「緑の戦時経済」「緑の総力戦体制」である。それらを実現させるために環境弱者による「エコロジー独裁」を提案し、民主的なエコ独裁のためにパリ・コミューンをヒントにすべきとする。うーん、革命的だなぁ。パリ・コミューンか、忘れていたな。

9月某日
「世界共和国へ-資本・ネーション・国家を超えて」(柄谷行人 岩波新書 2016年4月)を読む。柄谷は人類が緊急に解決しなければならない課題として①戦争②環境破壊③経済的格差をあげている。そして、「これらは国家と資本の問題に帰着します。国家と資本を統御しないならば、われわれはこのまま、破局の道をたどるしかありません」とする。この本が発刊された10年前より事態はさらに深刻化している。戦争はロシアのウクライナ侵攻、イスラエルのガザ侵攻が続いているし、環境破壊はネパール中国国境での氷河崩壊による土石流の発生をもたらし、経済的格差は先進国での貧富の格差の拡大、先進国による発展途上国の経済的略取の拡大をもたらしている。柄谷はその解決策として、カント、マルクス、プルードンなどをひきながらアソシエ―ショネニズムによる国家の揚棄、世界共和国の樹立を訴える。こうまとめてしまうと、単なる大風呂敷と見られがちかもしれないが、柄谷の言うアソシエーションは1970年のパリ・コミューンに短期間ではあるが成功事例がある。斎藤幸平の思想と柄谷はかなり近いと思われるのだが。

9月某日
「世界史の実験」(柄谷行人 岩波新書 2019年2月)を読む。柄谷によると、「世界史の実験」とは第1次大戦後のロシア革命(1917年)と国際連盟の創設(1920年)に端的に見られるという。ロシア革命はマルクスが提起した社会主義革命の理念にもとづいているし、国際連盟もカントが「永続平和のために」で提起した理念にもとづいているとし、日本では大正デモクラシーが、それを反映している。1920年代の柳田の行動もこの文脈のなかにある。彼は1919年に貴族院書記官長を辞任し、翌年、東京朝日新聞客員として論説を執筆するようになる。さらに1921年には国際連盟統治委員に就任する。戦後、彼は枢密院顧問として新憲法の審議に加わる。柳田にとって「憲法9条は、過去および未来の死者にかかわるものであったはず」で「彼が新たな「社会組織」を考える上で、戦争における死者を念頭においていたのは確実」であるとした。柳田と関連して網野善彦の史学にも触れている。「網野の学問は、講座派マルクス主義の中から生まれ、かつそれと格闘しつづけることによって形成された」。講座派の観点では前近代の日本社会は、領主(武士)と農民という生産関係が主要とされた。対して網野が重視したのは交通(交換)である。「彼は農業共同体の外にいた、芸能的漂泊民、漁撈民を評価した。そこに天皇制国家を越える鍵を見ようとしたのである」。

9月某日
「日本史はいかに物語られてきたか」(河野有理 新潮社 2026年5月)を読む。著者の河野有理は1979年生まれ。東大法学部卒、同大学院政治学研究科博士課程修了、現在、法政大学法学部教授。まだ40代、新進気鋭の政治思想史研究者なのだろう、私としては初めて読む著作である。西尾幹二、上野千鶴子、網野善彦、山口昌男、吉本隆明、松本清張…、戦後の知識人たちはどのような歴史観で自らの論説を展開してきたか。私はとくに天皇制やジェンダーを巡る論点が興味を惹いた。網野善彦は読み返してみようと思う。

9月某日
「獄に暮らせば」(重信房子 作品社 2026年5月)を読む。重信房子は共産主義者同盟赤軍派、アラブ赤軍のリーダー、ハイジャック事件に関わったとされ、2000年11月8日朝、逮捕される。10年8月に最高裁で懲役20年の刑が確定、22年5月まで受刑生活を送り、5月28日朝、満期出所する。本書は「21年7カ月の獄中日記から」とサブタイトルにあるように獄中日記である。「結局、違い、多様性にどういう態度をとるのかが人民運動の大きなベクトル、路線の違いを作るのでしょう。70年代の「妥協のない正義」の狭さ、傲慢さを思い知らされました」(02年11月19日)といった反省の弁ももちろん貴重なのだろうが、私には獄で触れあった受刑者や医師(著者は獄中で何度かがんの手術を受ける)との関わり合い、さらに獄中での草花や昆虫などとの触れ合いが興味深かった。重信の好奇心の強さ、誰からも好かれる性格がよく表れている。重信は1945年生まれ、80歳を超えているが、これからも発言に期待したい。何よりがんが発生しやすい体質のようなので「ご自愛ください」と挨拶したい。

9月某日
「獄に暮らせば」を我孫子市民図書館に返しに行ったら新刊コーナーに「地の果て、砂の祈り」(李琴峰 集英社 2026年8月)があったので借りる。表題作と「東京奇侠伝」の2つの中編小説が収められている。「地の果て、砂の祈り」は恋愛関係にあった女性二人がエジプトのカイロやサハラ砂漠を訪れる話し。二人の微妙な関係性がテーマなのか?
「東京奇侠伝」は台湾で友人・恋愛関係にあった二人を軸に物語は展開する。一人は女性なのだが、もう一人は性転換して男になっている。二人は東京で再会する。中国出自でミャンマーに棲み、台湾に留学している女性と3人でミャンマーを旅する。性転換した彼の言葉。「私がやったことは、言ってしまえば性別を変えただけだけど、それは名前や住所を変えるのとはわけが違って、もっと根本的な、徹底的な変化なんだよね。世界を裏側から覗き込むような、天地がひっくり返るような経験だよ。・…よって立っていた大地が突如崩落したような感覚なの。墜落を止めるには、自分の身体を、四肢を、内側から一度ばらばらにしてから組み直すしかない。分かるかな?」 李琴峰の小説ってときに哲学的?

モリちゃんの酒中日記 8月その3

8月某日
「三鬼」(小林恭二 講談社 2026年6月)を読む。太平洋戦争の開戦前、俳人斎藤三鬼と彼を取り巻く人々の群像劇。斎藤三鬼(1900~1962)は岡山県津山市出身、津山中学、青山学院中等部を経て、同高等部を中退、日本歯科医学専門学校に進学、1925年に同校を卒業、シンガポールにて歯科医院を開業。1938年に帰国、東京・大森で歯科医院を開業、1933年患者の誘いにより俳句を始める。代表句に「水枕ガバリと寒い海がある」「おそるべき君等の乳房夏来る」(ウイキペディアによる)。私は「花冷えの城の石垣手で叩く」を知っている。故郷の津山城の石垣のことを歌ったものと言われる。歯科医にして俳人というのは特殊なのか。東大を出て日銀に入行し俳人として名をなした金子兜太の例もあるしね。三鬼は京大俳句事件に関連して逮捕されてもいる。暗い時代という一面があるのは確かなのだが、この小説ではダンスに興じ、ワインとともに料理を楽しむ三鬼らも描かれている。開戦直前まではそのような暮らしが許されていたのかもしれない。作者の小林恭二は自身も俳句を詠む。本作は小林にとって17年ぶりの新作小説という。

8月某日
「スターリニズム-帝国再興のプロジェクト」(松井康浩 岩波新書 2026年7月)を読む。本書において「スターリニズムは、ロシア的な土壌に根差したマルクス主義として第1次5カ年計画、本書でいうところの「社会主義的近代化」を推進し、資本主義の次なる発展段階に位置した社会主義社会実現に向かう支配原理として立ち現れた」(序章 スターリニズムとは何か)とされる。スターリニズムそしてソ連型社会主義は、生産手段の国家的所有や協同組合型所有に基礎を置いて企てられた社会主義的近代化の試みであった。革命前のロシアは、圧倒的多数が農業に従事する農業国であった。何次かにわたる5カ年計画、独ソ戦を経てかつての農業国は米国と並ぶ工業大国となった(世界有数の農業大国でもある)。しかし「社会主義的近代化」を支えたのはスターリンによる恐怖政治でもあった。権威主義的国家に分類されるロシア、中国、北朝鮮は私に言わせるとスターリン主義国家と呼称した方がわかりやすい。

8月某日
「近代天皇論-「神聖」か「象徴」か」(片山杜秀 島薗進 集英社新書 2017年1月)を読む。1968年の明治維新によって政権は江戸幕府から明治新政府に移行した。それは単なる政権交代に止まらず、政治権力の転覆と新しい政治勢力による権力の奪取に他ならなかった。新しい政治勢力の旗印が「王政復古」と「文明開化」であった。「王政復古」は過去や伝統を志向するものであり、「文明開化」は、日進月歩の西洋近代の科学や制度をどんどん取り込もうという未来志向。一見すると矛盾しているが、「しかし、徳川時代の身分制度を解体して、「天皇と臣民」という関係をつくる点では一致している」(片山)。この関係は1945年の日本の敗戦まで続き、天皇の人間宣言を経て現在の「天皇と国民」という関係になっていく。「天皇と国民」という関係に直接言及したのが、平成天皇(現上皇)の「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」(平成28年8月8日)である。平成28年とは2016年、今から10年前である。この「おことば」は本書の巻末にも収録されている。おそらく上皇は「天皇と国民」の関係について憲法に基づいて、最も深く考えている人ではないか。

8月某日
「神聖天皇のゆくえ―現代日本社会の基軸」(島薗進 筑摩書房 2019年4月)を読む。江戸時代、庶民にとって天皇は遠い存在だった。自分たち住む土地の領主、大名、武士こそが支配者であった。幕末、日本はアメリカ、ロシアなど列強の脅威にさらされた。危機の時代に主として武士階級が支持したのが尊皇思想であった。尊王攘夷は尊王開国に変質しながら明治維新の支配的な思想となった。明治国家は建前としては立憲国家であり、大正デモクラシーの一時期は立憲主義、民本主義が主張され、天皇機関説は学会でも普遍的に認められていた。昭和に入って日本が侵略的に中国大陸や東南アジアへ進出しようとしたとき、持ち出されたのが神聖天皇であった。敗戦後、昭和天皇は人間宣言を行い、天皇を現人神とし日本民族を他民族より優越なる民族として「世界を支配すべき運命を有す」という傲慢な意識があったことを反省している。昭和天皇の考えは平成天皇夫妻や現天皇夫妻にも受け継がれている。天皇夫妻や秋篠宮の考えは恐らく、現在の高市政権とそれを支える日本会議などとの考えとは異なっている。自民党右派、そして高市政権は改憲に傾いている。そのブレーキ役の一つとなっているのが天皇だとすれば、歴史の皮肉と言いたくなる。

8月某日
月に一度の高血圧症の診療日。長男の車で我孫子駅前の中山クリニックへ。いつもは閑散としている待合室が今日は患者多し。ほとんどが私と同じ高齢者、それも後期高齢者と思われる。私の場合は高血圧の記録帳を見せて、血圧を測って終わり。3分から5分。これで診察料の自己負担分は960円。駅前からバスで若松へ。薬局のウエルシアへ。処方箋を出して待つこと20分、いつもの血圧関連の4種類の薬を貰う。薬代の自己負担分は760円。生活費は年金、治療費は健康保険、助かってます。

8月某日
ネパールと中国の国境付近で大規模な土石流が発生、多数の死傷者、行方不明者を出した。被害者は今後も増える見通しだ。土石流の発生は標高5200メートルの氷河が崩壊、標高4000メートル付近まで急速に落下したしたためという。中国当局は「温暖化の長期的な影響により氷河が不安定化したことが原因」と指摘とも報じられている。氷河は数万年前に形成され、その後、何万年にもわたって安定していた。それが産業革命以降の地球温暖化の影響で不安定化してきたということであろう。産業革命以降の人類による化石燃料の消費が原因と言っていいだろう。日本でも北陸地方で大雨による洪水が報じられた。これも異常気象、地球温暖化の影響ではなかろうか。

モリちゃんの酒中日記 8月その2

8月某日
昨日は終戦記念日、日本武道館では政府主催の全国戦没者追悼式があった。朝日新聞によると、高市首相の式辞には「2025年に石破茂首相が13年ぶりに復活させた「反省」や「不戦に対する誓い」という言葉は使わなかった」という。高市首相は安倍晋三元総理とは思想信条的に近いものがある。安倍氏は岸信介元総理の孫である。朝日新聞の紙面には小泉防衛大臣の靖国参拝も報じられていた。小泉氏は小泉純一郎元首相の息子であり、小泉元首相は旧安倍派(元をただせば岸派)である。自民党には二つの系譜があるような気がする。一つは吉田茂元首相を淵源とするもので首相では池田氏、大平氏、宮沢氏の宏池会である。吉田元首相を淵源とするのはもう一つ、佐藤栄作氏、田中角栄氏、石破茂氏につながる系譜がある。この系譜は軽武装、経済重視の姿勢が共通している。自民党のもう一つの系譜は岸元首相を淵源とするもので、憲法を改正して自衛力を増強しようという考えで、これは安倍元首相を経て高市首相に継承されている。戦後の日本の経済的繁栄を支えたのは日米安保のもと経済重視で防衛費を低く抑えてきたことが大きい。高市首相のもと防衛力の増強に政権は大きく舵を切ろうとしている。大丈夫か日本!

8月某日
「戦後入門」(加東典洋 ちくま新書 2015年10月)を読む。加藤典洋(1948~2019)は文芸評論家、アジア太平洋戦争と戦後について深く考えてきた。彼の文章は私にとって必ずしも易しくはない。本書は5部構成、それぞれのタイトルを紹介してみよう。第1部「対米従属とねじれ」第2部「世界戦争とは何か」第3部「原子爆弾と戦後の起源」第4部「戦後日本の構造」第5部「ではどうすればよいのか―私の9条強化案」。タイトルだけ見ても、彼が戦争と原爆、敗戦と憲法について深く考えてきたことがうかがえる。第1部で彼は吉本隆明のこんな発言を引用している。「これ(従軍慰安婦問題)は厚生大臣の権限でもいいから、日本は永世無期限責任を持って、きちんと補償をしますとはっきり言って、予算がなければ、少額ずつでも納得してもらえるまでやるべきですよ(後略)」。これは加藤の考え方と一致しているのだろう。米軍の空襲などで被害にあった人にも同様の補償をすべきという考えでも加藤と吉本の考えは一致している。日本には「永世無期限責任」があるということなのだ。

8月某日
「保守と立憲-世界によって私が変えられないために」(中島岳志 スタンド・ブックス2018年2月)を読む。中島岳志は亡くなった西部邁の盟友で、自ら保守派を名乗っているが、本書を読む限り中島の考えは極めて真っ当なものと思う。本書の論稿は2012年以降の安倍政権下で書かれたもので、安倍氏の政策や思想について批判的に論じている。2026年の現在から見ると安倍氏への批判は、そのまま高市現政権の批判に通ずる。たとえば、安倍首相は2014年2月の衆院予算委員会で、国家権力を縛るものが憲法であるという立憲主義について「それはかつて王権が絶対権力を持っていた時代の主流的な考え方」として否定する。これに対して中島は「保守はこのような見方を採用しません。保守は、民主主義の暴走に対して立憲主義の擁護を基調とします」とする。先の衆議院選挙では自民党が圧勝した。私からするとこれが「民主主義の暴走」である。自衛隊と憲法については立憲民主党の枝野氏との対談で「自衛隊の活動範囲を立憲主義的に縛り、暴走しないようにすることが必要です」「安保法制の違憲部分を追認する改憲には絶対反対です。安倍内閣の目指す9条改正は立憲主義を破壊してしまいます」と語る。また別のところで「民主制は暴走すると危ないシステムであるため、為政者は憲法という足枷によって、過去から制約を受けている」「安倍首相をはじめとする与党の政治家たちは、この足かせを強引に外そうとしているように見える」と書いている。安倍を高市に読みかえると、現在の政治への的確な批評になっている。

8月某日
「最後の晩餐」(江國香織 金原ひとみ 角田光代 寺地はるな 原田ひ香 藤野千夜 井上荒野 角川春樹事務所 2026年5月)を読む。人生の終わりに何を食べるか-をテーマにした女性作家7人による連作集。寺地はるな以外の6人の作家の小説は読んでいる。あっ違う。藤野千夜は「団地のふたり」というテレビドラマ(小林聡美と小泉今日子が共演)を見たが原作は未読。角田光代は「8日目の蝉」、原田ひ香は「一橋桐子の犯罪」、井上荒野は「照子と瑠衣」をいずれもテレビドラマで見た後、原作も読んだ。私はテレビドラマが割と好き、それもなぜかNHKのドラマと相性がいい。

8月某日
「国家が戦争に向かうとき-昭和10年代に回帰する日本の現在地」(片山杜秀 田中駿介 朝日新書 2026年6月)を読む。片山杜秀は「未完のファシズム」の著書がある慶應義塾大学法学部教授、1963年生まれ。田中駿介は今年5月に東大大学院の総合文化研究科学術研究院、1997年生まれ。二人とも日本政治思想史の専攻だが年齢に30歳以上の隔たりがある。片山は「政治家に限らず、日本全体を覆うこうした空虚感というか無力感が恐ろしい。昭和10年代の政党政治家もそういう無力感にとらわれて、大政翼賛会という大政党によって盛り返す夢にかけたのでしょう。でもあのときは議院内閣制でもないし、議会政治家のオルタナティヴとして軍人や官僚がいました(中略)でも今は議院内閣制です。民主政治とはやはり国政選挙だ。でもそこにワクワク感がない」と言っている。同感ですね。政治や社会にワクワク感が失われると、そこに忍び寄ってくるのはファシズムだ。ワクワク感を演出する高市首相やトランプ大統領。騙されてはいけない。

8月某日
「異常に非ず」(桜木紫乃 新潮社 2026年4月)を読む。1979年1月25に大阪市の三菱銀行北畠支店で発生した三菱銀行人質事件の犯人、梅川昭美と梅川の母、梅川の愛人をモデルとした小説。桜木は北海道在住の作家で今まで北海道を舞台とした作品がほとんどであったと思う。本作では舞台となった大阪や梅川の母が住む香川の言葉が巧みに表現されている。巻末に「大阪の言葉と風土風習など全般にわたって錦見真樹氏に多大なご教示をたまわりました」との謝辞が述べられている。また故近藤勝重氏に心からの感謝と祈りを捧げます」との献辞も記されている。近藤は新聞社の敏腕記者として小説中にも登場する。小説でも近藤は週刊誌の編集長として東京への転勤を命ぜられるが、実際の近藤氏もサンデー毎日の編集として活躍した。桜木志乃は本作で小説家として大きな成長を遂げたのではないか。

モリちゃんの酒中日記 8月その1

8月某日
「天皇への敗北-シリーズ哲学講座」(國分功一郎 新潮新書 2026年4月)を読む。現在の日本の首相、高市早苗は自由民主党なかでも右寄りの考えを持つ人だと思う。何を以て右寄りとするかだが、一つは軍事力を増強していくという考え方、もう一つはそのためにも現在の憲法を改めようという考え方だ。自民党が公明党と連立を組んでいたときは、公明党はこれら二つの考えに対してブレーキ役を果たしていた。公明党が連立を離脱し、新たに日本維新の会が連立相手となった。維新の会は公明党とは逆にアクセル役となっている。平成天皇、現在の上皇は現行の憲法を擁護し、憲法を順守することを表明してきた。天皇制の擁護は、戦後日本の保守派にとって共通認識であったが、現上皇と保守派の間には現行憲法に対する考え方に隔たりがある。本書は民主主義と立憲主義、天皇制を考察する。「天皇への敗北」というタイトルは現在の民主派、立憲派が、国会での活動や市民の運動に関わらず、天皇と皇后(現在の上皇と上皇后)という存在にかなわなかった、ということである。本書によれば立憲主義とは「いかなる権力も制限される」という原理である。直近の総選挙で国民は自民党に圧倒的多数の議席を与えた。しかし立憲主義に立つ以上、「いかなる権力も制限され」なければならないのである。

8月某日
「日本軍慰安婦」(吉見義明 岩波新書 2025年7月)を読む。日本軍慰安婦とは「1932年の上海事変以降に日本軍が戦地・占領地につくった軍慰安所で軍人・軍属(軍所属の文官・同待遇者)の性の相手をさせられた女性たちのことである」(はじめに)。当時の政府や陸海軍の考えは、当時横行していた戦地、占領地での現地女性に対する強制性交事件を起こさぬように、また性病に感染しないように軍の関与のもとに慰安婦のいる慰安所が必要ということであった。米英軍では第1次世界大戦の反省に立って、兵士への休暇や一定の娯楽が提供されていたが、日本軍の首脳にはそういった発想があまりなかったようだ。慰安婦は「性の相手をする」ということを事前に理解しているものもいたが、軍隊の炊事の手伝い、看護助手などとだまされて慰安所に連れられてきた女性も多かった。ひどい話である。しかしこうしたことは80年以上も前の話と片付けられるか?フィリピンなど東南アジアの女性に「ダンサーの仕事がある」と来日させ、実際は買春させていたケースがあった。女性蔑視、民族蔑視の構造は今でも残っている。

8月某日
「22世紀の戦争論-なぜ人類は戦争を繰り返すのか」(下村健太 朝日新書 2026年4月)を読む。下村健太は1990年生まれ、上智大学国際教養学部卒、ロンドン大学大学院で外交国際問題修士号と公共経営修士号を取得、国連職員として国連本部の政治・平和構築局と平和活動局に勤務。現在は執筆活動に専念、と巻末の著者プロフィールにはある。まだ30代の若さである。読む前に著者を侮る気持ちがあったのは確かである。しかし読み始めてすぐに私の先入観が間違いであったことがわかった。圧倒的な知識量と確かな分析力、そして優れた国際感覚。これからの日本の論壇を牽引して行く一人になるのは間違いのないところだろう。彼の慧眼を示す一例を挙げる。2023年に飢餓に直面した人は約7億5700万人、これは世界人口の11人に1人に相当する。しかし地球上には全人口が食べてなお余るほどの食糧が生産されている。この矛盾は、食料問題の原因が、生産量にではなく分配にあることを示している。つまり、今の飢餓の原因は、食料不足ではなく、貧困と公共サービスの欠落に起因する分配の問題である。現代の日本においても、夏休みに学校給食が停止されると食事をとれない学童がいるという。これも貧困と公共サービスの欠落に起因する分配の問題であろう。

8月某日
「精選女性随筆集 武田百合子」(川上弘美選 文春文庫 2024年1月)を読む。小説家武田泰淳の夫人だった武田百合子のエッセーをまとめたもの。解説(阿部公彦)によると、日記を百合子がつけ始めたのは泰淳のすすめがあったからという。泰淳の通夜の席で中央公論社の編集者から文芸誌「海」への掲載を持ちかけられたのだ。最初に選者、川上弘美の「人、です。」では、娘の花が母、百合子について「母と一緒にいると、飽きる、ということがなかったんです。人って、みんなこんなに面白いんだと思っていたら、そうじゃなかった。ずっと一緒にいて、一回も飽きたことのなかったのは母だけでした」と語っていたことが紹介されている。50年ほど前の百合子の文章であるが、そんなことを感じさせない、そのときの暮らしを瑞々しく切り取った文章である。

8月某日
「日本の中世国家」(佐藤進一 岩波現代文庫 2007年3月)を読む。本書は83年4月に岩波書店から刊行されている。著者の佐藤進一は16年、新潟県生まれの日本史学者。39年、東京帝大文学部国史学科卒。東大史料編纂所勤務ののち、東大、名大、中大で教鞭をとる。著者は「はしがき」で、本書を成すに意想外の年月を要した要因の「ひとつには1968年以来の東大文学部闘争との関りが、数年に及ぶ課題の放擲を余儀なくされたからである(略)あの年の春ゆくりなく出逢い、やがてわが心への重い問いかけとなったしまったあの闘争への、ささやかな関りがなければ、本書はこのようなものにならなかったであろうことも、ここに書きとめておきたい」と記している。解説(五味文彦)でも、東大文学部闘争が「いかに著者に重い問いかけとなっていたのかをこの一文から知ることができる」としている。全共闘とも誠実に向き合ったのだろうね。そういう先生も少数ながらいたんでしょうね。本書の内容については蔵人所、検非違使といった令外の官、あるいは鎌倉幕府の執権制について史料に基づいて詳細に論じられている。鎌倉将軍は三代で頼朝の血統が途絶えた後、京都から天皇や摂関家に繋がる貴種を将軍に迎えている。本書によると貴種の将軍たちは必ずしも執権の北条氏の言いなりだったわけではなく、北条氏との確執もあったようだ。

モリちゃんの酒中日記 7月その3

7月某日
「人の資本主義」(中島隆博編 東京大学出版会 2021年10月)を読む。資本主義を否定して社会主義の世の中を志向する、というのではなく、より人間的な資本主義という意味において「人の資本主義」という言葉が使われているように思う。民主主義や絶対主義、人道主義、社会主義…という○○主義と資本主義は違うような気がする。民主党や社会党、共和党や社会民主党はあり得るが資本党というのはないでしょう。思うに資本主義社会というのは目指すべき社会ではなくて、産業革命以降の蒸気機関や石油を燃やして動力として大量生産・大量消費が可能になった社会の「状態」を資本主義社会と言っているような気がする。で、本書は簡単に言ってしまうと、そういった「状態」にある資本主義が「壁」につき当たっていると認識し、それをどう乗り越えるかという議論を紹介する。例えば広井良典京都大学教授は「近年は、希望をこめて言えば分離していた経済と倫理が再融合するような兆しが見えてきているのではないでしょうか。(略)単純化した言い方になりますが、拡大・成長ではなく、持続可能性・循環・相互扶助に軸足を置いた、新しい性格をもった経営や経済が重要になってくるのです」と語る。中野佳裕早大地域・地域間研究機構次席研究員は「1970年代以降になりますと、戦後の欧米諸国が確立してきた福祉国家体制が限界に直面し、産業社会の逆生産性が顕在化してきます。特に際立つ問題は、経済成長が生み出す富の分配を通じて生活を保障するという成長主義的な福祉政策が、地球環境の側面から限界に達しているわけです」と指摘し、国家に代わる「新たな社会的保護の担い手を創出していかなければならなくなっている。そこで注目されているのが、国家とも市場とも位相を異にするコミュニティの領域なのです」とコミュニティの重要性を指摘する。コミュニティは語源的にもコモン=公共財に近い。

7月某日
「この国のかたちを見つめ直す」(加藤陽子 毎日文庫 2025年1月)を読む。加藤陽子は1960年、埼玉県生まれ。今年3月に東大大学院人文社会系研究科教授を定年退官した。学部時代の指導教官は「右寄り」と評される伊藤隆。加藤はリベラルな学風で知られ、それもあってか菅義偉首相のとき日本学術会議の会員任命を拒否された。本書でも学術会議については「「学術会議6人除外」と日本の科学技術政策の向かう先」「学術会議問題の政治過程-世論が政府の姿勢を「変えた」」で取り上げられている。私は日本社会の右傾化は、先の衆議院選挙による自民党の圧勝や参政党の進出によっても明らかだと思うものだ。加藤は「はじめに」で「危機の時代には、国家と国民の関係を国民の側から問い返して、見つめ直すことが必須となろう。本書がそのためのハンドブックとなれば幸いである」と書いている。同感。

7月某日
「近代天皇論-「神聖」か、「象徴」か」(片山杜秀 島薗進 集英社新書 2017年1月)を読む。平成28(2016)年8月に発表された「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」をきっかけとして政治思想史研究家の片山と宗教学者の島薗が近代天皇制について語り合う。最近も女性皇族が結婚後も皇族の地位を保つとか旧皇族の子孫を現皇族の養子に向かえるとか、天皇や皇族を巡る議論は続いている。自民党の国会議員のなかには「神武天皇以来の皇統を守る」という発言もあった。戦後の歴史学では神武天皇の実在は否定されているから件の議員の発言は非科学的と判断せざるを得ない。近代天皇制を科学的に、歴史的にどうとらえるかという発想のもとにこの対談は行われた。島薗は「安倍政権の国家主義的な物事の進め方というのは、国家や集団の秩序を尊ぶ儒教文明や東アジア官僚国家の伝統に回帰しようとしていることです」と語るが、安倍政権を高市政権に読みかえれば現代日本の状況である。また片山は現代の右翼を批判して「かつての右翼には現在の状況に対して失われた過去を対置して新たな選択を迫る思考のパターンが広くあって、しかも虐げられているものの側に立つ姿勢が強かったのです(中略)今、右翼と称されるものはその逆に逆にと来ているような気がします」と危惧する。

7月某日
「みんなのためのパレスチナ入門」(エリアス・サンバー 杉村昌昭訳 平凡社新書 2026年5月)を読む。著者はパレスチナ出身の歴史家で1948年のイスラエル建国に至るユダヤ人の運動やそれに対するパレスチナ人の抵抗運動が語られている。もちろんサンバーはイスラエルの建国やその後のパレスチナへの侵略を非難する。イスラエル建国以前にもパレスチナの地にはユダヤ人は入植していたが、パレスチナ人とは共存していた。建国以降イスラエルはパレスチナの地に入植地を拡大し続けてきた。私見を述べると、ユダヤ人の2000年に及ぶ迫害の歴史は同情に堪えない。しかし2000年前の伝承を根拠にしてアラブ人の土地を奪ったのは間違っていると思う。現在も空爆や戦車によって入植地を拡大しているイスラエル。そしてイスラエルを後押しするアメリカとトランプ。軍事力によって国境線を変更することは許されない。ロシアのウクライナ侵攻が許されないのと一緒である。

7月某日
「彼女の家計簿」(原田ひ香 光文社文庫 2016年7月)を読む。原田ひ香の小説を原作にしたテレビドラマ「一橋桐子の犯罪」(松坂慶子主演)を見てから彼女の小説を読むようになった。「一橋桐子」シリーズをはじめ「三千円の使いかた」など、どちらかというとユーモア作家として見ていたのだが本作はシリアス。シングルマザーの里里(りり)の元に、疎遠にしていた母親からぶ厚い封筒が届く。五十鈴加寿という女性が戦前からつけていたという家計簿である。備考欄に書かれた日記のような独白が明らかにするものは…。ミステリーの要素もあり十分に面白いのだが、私は本作を反戦小説として読んだ。戦時中や戦争直後の庶民の暮らしが描かれている。戦争中の庶民を一括りに被害者ということはできないのかも知れないが、本書で描かれる庶民はやはり被害者。