1月某日
「可能性としての戦後以降」(加藤典洋 2020年4月 岩波現代文庫)を読む。加藤は1948年生まれ、2019年に亡くなっている。本書の単行本は1999年3月に岩波書店から刊行された。Ⅲ部構成で先ほどⅠ部の「『日本人』の成立」を読みおわった。初出は明治学院論叢「国際学研究」第2号(1988年3月)である。自分が日本人であると意識するのはどういうときか? 湾岸戦争や中東危機のとき、自衛隊の艦船や兵員、航空機が派遣されるとかすべきでないとか議論されたとき、日本はどうなるんだ、日本人としてどうすべきだ、というふうに考えたのは事実だし、東日本大震災のときも、そしてコロナ禍の今も、そんなことを考える。アメリカはイギリスから脱出した清教徒がアメリカ東海岸にたどり着いて独立宣言を発出したのが国の始まりだし、中国は辛亥革命、抗日戦争、国共内戦を経て中華人民共和国の成立が宣言された。同じようにフランスはフランス革命の結果、共和国となり、イギリスは名誉革命を経て立憲民主国家となった。日本はどうか。3~4世紀に九州北部から近畿地方にかけて部族国家が成立し、中国大陸との交渉があったのは歴史的な事実だ。その国家の一つが邪馬台国である。
しかしこの頃はわれわれの先祖は日本人ではなく倭人と称していた。日本書紀の成立が720年で完成まで40年を要したというから日本という呼称は600年代、7世紀にはすでに使われていたのではないか。加藤は「『日本書紀』を作っているのは、『日本人』になろうとする「倭人」たちなのである」と書いているが、うまいことを言うね。いくつかの部族国家がまとまって倭国が成立したと思われるが、その長は大王(おおきみ)と呼ばれた。天皇と呼ばれるようになったのは雄略の頃だったか。高句麗人、新羅人、百済人と並んで倭人(日本人)がいた。日本海を通じて朝鮮半島と日本列島は親密な交流があり、日本と百済の連合軍が新羅に敗れた白村江の戦いなどの戦争行為もあった。朝鮮半島から日本への移住も盛んで、仏教や最新の文物、技術とともに日本に移り住んだ彼らは帰化人と呼ばれた。蘇我氏の先祖も帰化人という説もあり、天皇の妃が朝鮮半島の出身という例もある。どうも日本人が朝鮮人や中国人を差別するようになったのは明治以降らしい。これはやはり恥ずべきことと言わざるを得ない。
1月某日
社保研ティラーレに年始の挨拶。吉高会長と1時間ほど雑談。千代田線霞が関から町屋へ。「ときわ」で16時から大谷さんと呑む約束。「ときわ」に行くと16時30分からスタートと張り紙が。仕方ないので近くの蕎麦屋で生ビールで時間をつぶす。16時30分に「ときわ」に行くと7~8人の行列ができていた。栃尾油揚げやナマコを堪能。
1月某日
「カムカムエヴリバディ」を毎日欠かさず観ている。「カムカム」は1日に4回放映される。第1回目は朝7時30分からでNHKのBSプレミアム、2回目は8時30分からNHKで、同じものがお昼の12時45分から再放送、最後に11時からNHKBSプレミアムで。上白石萌音が主演した岡山編が年末で終わり、現在は深津絵里が上白石萌音の娘るいを演ずる大阪編だ。昭和38年頃の大阪だ。私はその頃、北海道の室蘭市で中学生だった。テレビが普及してきたが、映画は娯楽の王者の最後の光芒を放っていたように思う。るいが弁護士の卵と初デートで観に行った映画が「椿三十郎」。主演が三船敏郎、敵役が仲代達矢。私も観ましたね。「カムカム」もそうだがNHKの朝のテレビ小説って、戦争の影が色濃く残っているのが多い。「ひよっこ」ではヒロインの叔父さんがインパール帰りだったし、「エール」では作曲家の主人公が戦地慰問をするし戦意高揚の曲も作っている。日中戦争から太平洋戦争に至る「この前の戦争」は日本にとって大変な戦争だったんだと改めて思う。
1月某日
NHKBSの「呑み鉄本線日本旅」を観る。俳優の六角精児が地方の鉄道に乗るという趣旨の番組なのだが、ゆく先々の美味いもの美味しい酒との出会いも見どころ。今日は宗谷本線を起点の旭川から終点の稚内まで。美味しいものは稚内での水ダコのしゃぶしゃぶ、美味しい酒は日本最北端の「ブルアリー」での地ビール、ここのビールには白樺の樹液が入っているそうだ。