モリちゃんの酒中日記 2月その1

2月某日
「機関車先生」(伊集院静 文春文庫 2008年5月)を読む。この作品は1994年に講談社より刊行され、柴田錬三郎賞も受賞している。伊集院は1950年生まれだから40代前半の作品ということになる。小説の舞台は瀬戸内海の小さな島、葉名島。ある春の朝、島の桟橋についたばかりの連絡船からひとり男が降りてくる。島の小学校に赴任する青年教師、吉岡誠吾である。誠吾は幼児の頃の病気で口が利けない障がい者である。子供たちは口が利けないこととその大柄な体型から、誠吾に親しみを込めて「機関車先生」と綽名をつける。美しい瀬戸内を背景にした教師と子供たちの物語と括ってしまうと「24の瞳」(壷井栄原作、木下恵介監督、高峰秀子主演で松竹が映画化)を思い浮かべるが、私のこの小説への想いは「差別」。障がい者への差別、本土の離島に対する差別、網元の漁民に対する差別である。そして戦前、ドイツ人男性と島の女性の間に生まれた一人の少年ヤコブは島民に差別され続けながらも、米軍機の爆撃から島を守るために死ぬ。伊集院は在日韓国人2世。美男子で腕っぷしも強そうだから表立っての差別は受けなかったと思うが、その分陰湿な差別は受けたのではないか。この小説は少年少女向けに書かれたが、「差別」について考える良いきっかけになると思う。

2月某日
フェルメール展を観に行くため15時に上野駅公園口で香川喜久恵さんと待ち合わせ。上野の森美術館の前に行くと長い列が。2月3日までだから無理もない。諦めて「西洋美術館にでも行こうか」「国立博物館で顔真卿展をやっているので、そこ行きましょう」ということで国立博物館へ。顔真卿は「昔の中国の書家」程度の認識しかないけれど。書家だから展示物はほとんどが拓本。金曜日ということもあってかなり混雑していた。中国語らしき異国の言葉が飛び交っていることからすると中国人もかなり多い。台湾台北の故宮博物館、日本の書道博物館からの協力と出品があるから、中国本土からの観光客かもしれない。私は前半だけで疲れてしまい2階のミュージアムショップのソファーで休む。1階のビデオを映写しているところを覘くと、顔真卿の解説ビデオが放映されていた。それによると、顔真卿は唐代の政治家、官僚でもあった。安禄山の反乱(安史の乱)では、皇帝に忠誠を誓って安禄山軍と戦う。一族三十数人が殺されているという。大谷源一さんから「今、上野に向かっています」のメールが来る。京成上野駅で待ち合わせて「番屋余市」へ。私は日本酒のお燗、大谷さんはハイボール、香川さんはウーロン茶で乾杯。私は我孫子で久しぶりに「愛花」に寄る。

2月某日
「町医 北村宗哲」(佐藤雅美 角川文庫 平成20年12月 単行本は2006年8月)を読む。佐藤雅美の時代小説と言えば、町奉行所の内勤の記録係を主人公にした「物書同心居眠り紋蔵」、勘定奉行に所属し江戸市中以外の関東の犯罪を取り締まる「八州廻り桑山十兵衛」、江戸市中の交番であり、留置所であり、簡単な裁判所も兼ねた大番屋の元締を主人公にした「縮尻鏡三郎」などがシリーズとなっている。これらは現代で言う犯罪小説、警察小説と言えるが、「町医 北村宗哲」はタイトルにもあるように医者、北村宗哲が主人公である。主人公の宗哲は医者の子供に生まれたが妾腹だ。宗哲が11歳のとき母が死に宗哲は父の屋敷に引き取られたが何かにつけて差別された。見かねた実父は15歳から医師の養成施設である医学館に通わせる。宗哲は必死に医学を学んだが、実父の死亡によって学資を絶たれ居場所を失う。宗哲はひょんなことから浅草雷門前を本拠とする青龍松こと松五郎の身内になるのだが、青龍松の惣領息子を刺殺したことから長い逃亡の旅に出る。巻末の縄田一男の解説によると、この設定はデヴィット・ジャンセン主演のTVドラマ「逃亡者」に着想を得たということだ。しかしこの辺の話が主題となっているのは「啓順兇状旅」「啓順地獄旅」の「啓順シリーズ」である。啓順が宗哲に名を替え芝神明で内科医を開業してからが「宗哲シリーズ」となる。それぞれが独立してそれぞれが面白いのだけれど、一度「啓順」と「宗哲」を通して読まなければ。

2月某日
「くちぶえ番長」(重松清 新潮文庫 平成19年7月)を読む。宮沢賢治の「風の又三郎」以来、児童文学の世界では「転校生もの」というジャンルが確立したかどうかは知らないけれど、本作もまぎれもなく「転校生もの」。小学校4年生に進級したツヨシのクラスにマコトという名前の女の子が転校してくる。女の子だけれど一輪車を乗りこなし木登りも得意、6年生のいじめっ子グループ「ガムガム団」もマコトの前では形無しだ。ツヨシ「はオトナになったら、マコトとケッコンしてあげてもいいかな」とふと思う。でも次の年の3月、マコトはまた転校してツヨシの前からいなくなる。転校生がまた転校していくというのも「転校生もの」の定番。定番だけれど泣けてしまう。年をとって涙腺がゆるくなったのか? いや、作家の力量というものでしょう。巻末に「この作品は、2005年4月から2006年3月にわたって雑誌『小学4年生』に連載されたものに、書き下ろしを加えた、文庫オリジナル作品」とあった。4年生対象の作品に泣いてしまったわけだ。幼稚なのか? ここは感性が小学生並みにみずみずしいとしておこう。

2月某日
上野駅の不忍口で根津のスナック「ふらここ」のママ、半谷陽子さんと待ち合わせ。晩御飯を一緒に食べる約束。アメ横へ出て小料理屋に入る。「さんとも」という店で古くからある店のようだ。70代後半か80代と思われる女将さんが店を仕切っている。ふぐの刺身、白子を久しぶりに食べる。何年か前、出張で下関に行って食べて以来か。ぬる燗で日本酒を3、4本(ただし2合徳利)。最近はもっぱら「千ベロ」(千円でベロベロ)を目指しているが、たまには小料理屋でふぐも悪くない。