モリちゃんの酒中日記 3月その3

3月某日
監事をしている一般社団法人の理事会が東京駅近くの貸会議室であったので出席する。会議の冒頭、弁護士でもある会長さんが再審の期待される袴田事件に触れた挨拶をした。弁護士だけに正義感が強いのだろう。理事会終了後、上野の東京博物館へ。特別展で京都の東福寺の寺宝が展示されていた。仁王像など鎌倉期の彫刻に圧倒される。谷中を通って根津へ。千代田線で我孫子へ、我孫子駅北口の「やまじゅう」で一杯。

3月某日
「裏表忠臣蔵」(小林信彦 新潮文庫 平成4年11月)を読む。忠臣蔵、子どもの頃、正月に映画で何回か観た記憶がある。確か浅野内匠頭が中村錦之助、大石内蔵助が片岡千恵蔵だったような。NHKの大河ドラマでもやったかなぁ。大石内蔵助が長谷川一夫ね。ただ私たちの知る忠臣蔵は歌舞伎の忠臣蔵をもとにした映画やテレビドラマのイメージで史実とは異なっている。本書は事件当時の関係者の日記や記録をもとにして批判的な考証が加えられているのが特徴。赤穂の浅野家では士分以上の者が二百十余騎あったが、五万石の家中の標準が七十騎だから通常の3倍の軍備を持っていたことになる。過剰な軍備を支えるために領民に過酷な負担を強いた。内匠頭が切腹したとの報を耳にした多くの領民は快哉を挙げたという。ちなみに著者の小林は今年90歳になる。長命ですね。

3月某日
「物価とは何か」(渡辺努 講談社選書メチエ 2022年1月)を読む。10年前、財務省出身の黒田東彦氏が日銀総裁に就任し、2%の物価上昇を2年で達成すると公約した。昨年まで物価上昇率は0%近辺で上下して公約は果たされることはなかった。ところが今年1月の消費者物価指数(CPI)は104.3で前年同月比4.7%上昇した。円安で輸入物価が上昇したことに加えてロシアのウクライナ侵攻による原油高が影響しているようだ。日銀が苦労しても実現できなかった2%の物価上昇をウクライナでの戦争が実現させてしまった。本書が執筆されたのは2021年であり、物価の上昇が起きる前だ。しかし東大経済学部卒業後、日銀に勤務しその後、東大大学院経済学研究科教授を務める著者は、物価のメカニズムについて丁寧に説明してくれる。とは言え経済学の素人の当方としては著者の言説を理解できたとは言えない。私が理解できたのは「インフレもデフレも気分次第」ということと、それを裏付けるベン・バーナンキFed議長の「中央銀行の行う金融政策は98%がトークで、アクションは残りの2%に過ぎない」という発言くらいである。

3月某日
「日本の保守とリベラル-思考の座標軸を立て直す」(宇野重規 中央公論新社 2023年1月)を読む。昔と言うか20年くらいまでは「保守とリベラル」という言い方はしてこなかった。保守vs革新という図式で保守は自民党が代表し、革新は社会党、次いで共産党が代表していた。東京都や大阪府、京都府、大阪市や横浜市に社共共闘をベースに革新系の知事や市長が誕生したのは半世紀も前である。リベラルという言葉が頻繁に使われ出したのは社会党がほぼ消滅し民主党が政権をとった頃かも知れない。著者の宇野は思想としてのリベラルに注目し、福沢諭吉や石橋湛山、丸山眞男や丸山の師、南原繁をリベラルの系譜に登場させている。それ以外でも鶴見俊輔、清沢冽があげられている。一方の保守では代表的知識人として福田恒存を挙げている一方で、伊藤博文を「明治憲法を前提に、その漸進的な発展を目指したという点では、伊藤は近代日本における『保守主義』を担ったといえる」と評価している。宇野の分析で興味深いのは「保守リベラル」という視点である。戦後、短期間ではあったが政権を担当した石橋湛山をはじめ、池田勇人を淵源とする宏池会の面々が「保守リベラル」に相当する。大平正芳、宮澤喜一、加藤紘一などであり、現首相の岸田文雄もそれに連なる。宏池会は岸信介から安倍元首相に至る清話会が軍備の増強をはじめタカ派路線をとるのに対して軽武装と経済重視の路線を掲げた。岸田首相がどれほど宏池会の路線を継承しているか、疑問の残るところではある。しかし昨日来、報じられている「ウクライナへの電撃訪問」の記事を読むと、多少の期待は残るのである。宇野が福沢諭吉と福田恒存を評価しているのを読んで、西部邁もこの2人を評価していることを思い出した(「思想史の相貌-近代日本の思想家たち」 1991年6月 世界文化社)である。

3月某日
WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の決勝戦が日米で戦われた。朝7時からのTV中継を観ていたら歯医者の予約時間が来てしまった。家から歩いて7~8分の石戸歯科クリニックを訪問。診察台に着席すると歯科衛生士のお姉さんが「森田さん、野球観てましたか?」と聞くので「大谷が内野安打で一塁に行ったところまで」と答える。「帰ったらゆっくり観てください」と言われる。歯医者から帰るとすでに決着は着いていて3対2で日本の勝利であった。降圧剤がなくなったので15時過ぎに中山クリニックへ。「どうですか?」「はぁ花粉症が…」「花粉症の薬を出しておきましょう」。中山クリニックから大手薬局チェーンのウエルシアへ。家に帰って外出の準備。本日は18時に根津で友人の石津さんと待ち合わせ。18時ちょうどに石津さん登場。初めて行く中華「安暖亭」へ。割と安くて美味しい店だった。