4月某日
HCM社の大橋さんから尾身茂さんの日本経済新聞に連載された「私の履歴書」の切り抜きが送られてきた。今朝、新聞を取りに行ったら大橋さんからの封書があったのだ。「私の履歴書」によると尾身さんは子どもの頃から外交官志望であった。高校生のときに米国に1年間留学し、帰国したとき東大は紛争で入試はなく、慶應大学法学部に通うことに。自治医科大学が一期生を募集していることを知り、入試を受け合格する。卒業後は東京都の離島の診療所や都立墨東病院で地域医療に携わる。WHOへの赴任を希望し、そのため厚生省に入省する。WHOではフィリピンにある西太平洋事務局に勤務、ポリオ撲滅などに貢献した。尾身さんはSARSの流行も半年で終息させた。後にコロナウイルスの闘いで中心的な役割を担うことになるが、感染症と向き合った人生とも言えようか。尾身さんは現在、結核予防会の理事長。6年ほど前に亡くなった竹下隆夫さんが専務理事を務めていた団体だ。竹下さんが元気だったころ、水道橋のビルにあった予防会の本部によく竹下さんを訪問したことを思いだす。
4月某日
図書館で借りた「鯨の岬」(河崎秋子 集英社文庫 2022年6月)と「村田兆治という生き方-マサカリ投法、永遠なれ」(三浦基裕 ベースボール・マガジン社 2024年11月)を読む。「鯨の岬」は表題作と「東陬(とうすう)遺事」がおさめられている。表題作は老年期に差し掛かろうとする主婦が幼年期を振り返るというストーリー。私にとっては可もなく不可もなしという読後感。「東陬遺事」は読み応えがあった。幕末、幕府の直轄地となった北海道東部のネモロ(根室)地方の物語。東陬とは東の僻地という意味らしい。河崎は北海学園大学出身の酪農家、「東陬遺事」で北海道新聞文学賞を受賞、その後、直木賞も受賞。文章もしっかりしているし時代考証もホンモノだ。「村田兆治」はマサカリ投法で名をはせた元ロッテライオンズの村田兆治の物語。作者の三浦基裕は日刊スポーツの社長を務めた後、佐渡市長を1期務めた。2期目は元市役所職員に敗れたが、この時の市長選には元厚労省職員で佐渡市の副市長を務めた私の友人も出馬した。それはさておき、村田はプロを引退した後、離島甲子園の開催など少年野球の振興に尽力した。自宅の火災で死亡したが、著者の哀惜の情が伝わってくる書である。
4月某日
「ピリオド」(乃南アサ 双葉文庫 2024年5月)を読む。巻末に「本書は2002年5月、小社より文庫判で刊行された同名作品の新装版です」との文章がある。乃南は1960年生まれだから40歳頃に構想、執筆された小説である。当時、話題になったという記憶もないが、私は面白く読んだ。主人公は40歳、×1のフリーカメラマンの葉子。冒頭、葉子が津軽の廃屋と化したアパートを訪ねるシーンから物語は始まる。去年、死刑になったという男の育った家だという。小説では死刑囚の名前は明らかにされないが、永山則夫のことであろう。物語では葉子の住む中野のマンション、葉子の兄一家が住む長野の家、それと葉子と兄が育った栃木の家、そして津軽の廃屋が重要な意味を持っている(と思う)。葉子と不倫関係にあった編集者の妻が殺害される。葉子のマンションには甥が受験のために滞在し、姪も春休み遊びにくるに。葉子の兄は末期がんで長野の病院に入院している。葉子の旧友でもある兄の妻は近くのガソリンスタンドの主人との不倫が疑われている。終章で葉子が撮影した栃木の実家の写真を見るシーンがある。そこで葉子は津軽の廃屋のことを思いだす。「あの長屋が残る限り、既に刑死している男の記憶は、人々から薄れることはないだろう。男は今も不名誉なまま、生き続けることになる」と記されている。
4月某日
アメリカのトランプ大統領が自国第一主義に基づいて高い関税障壁を設けようとしている。これについて今朝の朝日新聞(4月14日)に小野塚知二・東大特任教授(西洋社会経済史)が解説していた。19世紀、重商主義のもと自国の産業を保護するために高い関税がかけられていた。当時の英国では人口増加に伴う穀物価格の上昇が問題になっていた。そこで外国の食糧に関税をかけずに輸入することを主張したのがリカードで、その考え方は1846年の穀物法廃止につながり、輸入穀物の関税が撤廃された。しかし自由貿易の考え方がそのまま単線的に広がったと見るのは過ちで、第一次世界大戦の背景には英国やドイツ、イタリア、ロシアに広がった経済的なナショナリズムがある。戦間期の1932年、英国は自由貿易から保護主義に転換、オーストラリアやインドなどを自国の経済圏に囲い込み、それ以外の国には高い関税を課した。やがて世界は連合国側(米英中ソなど)と枢軸国(日独伊)に分かれ、第二次世界大戦を戦うことになる。戦後の国際通貨基金(IMF)や関税貿易一般協定(GATT)に通底するのは、経済的に相互依存が進めば戦争の可能性が低くなるという思想だ。小野塚教授は最後に次のように警告する。「米国が経済圏を囲い込み始めたりすれば、1930年代のブロック化に近づくかもしれない。関税をおもちゃのようにもてあそび続けるなら、これまで経験したことのない緊張と摩擦がもたらされる恐れがある」。何年か前にタモリが言っていた「新しい戦前が始まる」という言葉が思い出される。