モリちゃんの酒中日記 4月その3

4月某日
家に閉じこもってばかりは体に毒、といっても近所を散策するのもいささか飽き気味。ということで午後、電車に乗る。我孫子駅から快速電車の上野行に乗車、座席に一人おきに乗客が座っている。松戸で特別快速の品川行に乗り換え。いつもは特別快速で座れたことはないのだが、今日はらくらく座れた。上野駅で下車、上野駅構内の書店「BOOK EXPRESS」に寄って、文庫本と新書を購入して我孫子へ帰る。我孫子で駅前の居酒屋「七輪」の顔を出すと、こちらもカウンターに一人おきで客が座っている。隣を見ると「愛花」の常連の荒岡さんがいたのでおしゃべり。このところ家で奥さんとしか会話しないので新鮮だった。

4月某日
上野駅構内の書店で買った「路(ルウ)」(吉田修一 文春文庫 2015年5月 単行本は2012年11月)を読む。帯に「ドラマ化決定!NHK総合2020年5月放送予定」とあったが、新型コロナでどうなることやら。総合商社、大井物産に勤める入社4年目の多田春香が主人公。青山通りに面する本社ビルの20階にある「台湾新幹線事業部」で春香は、新幹線受注の可否の電話を待っている。春香は東京生まれの神戸育ち、関西の私立大学を卒業後に商社に入社した。在学中に旅行で訪れた台湾で一人の青年と出会う。再会を約束し青年からは住所を記したメモを貰うのだが春香の不注意から失くしてしまう。劉人豪(通称エリック)という名の青年は当時、台湾の大学の建築科に通う大学生。阪神大震災の報に接して春香の身を案じて神戸に駆け付けるが春香に出会うことはなかった。エリックは卒業後、日本の大学院で学び九段下の設計事務所で働く。新幹線は大井物産が受注し春香は台北支社へ異動する。春香はエリックのことは忘れられないが、現在はホテルマンの繁之と恋愛中である。新幹線の受注から建設、試運転、開業までを物語の縦糸とするなら春香とエリックの別離と再会、春香と繁之の恋愛と別離、さらに幾つかの恋愛と友情が物語の横糸を構成する。吉田修一の小説はいつも楽しまさせてもらうのだが、今回はストーリーに加えて台湾の自然や風物、食べ物の巧みな描写に感心させられた。台湾には奥さんと一度訪ねたことがあるが、また行きたくなってしまった。

4月某日
朝日新聞朝刊1面に「米原油初のマイナス価格」「世界の景気悪化深刻」の見出しが。記事は「米国で原油先物価格が暴落し、史上初めて「マイナス価格」に落ち込んだ。新型コロナウイルスを封じ込める措置によりエネルギー需要が低迷し、貯蔵する場所がないほど原油が余っているためだ。マイナス価格自体は一時的なものとみられるが、原油市場の動揺は、世界的な景気悪化の深刻さを伝える」と続く。記事によるとマイナス価格というのは、原油を売る側が手数料を払って買い手に引き取ってもらうということだ。日本でもガソリンの値段が13週連続して下がっているとTVニュースで報じられていた。消費者の「ガソリンが安くなるのは嬉しいが、どこにも行けないし」という声も紹介されていたが、事態はもっと深刻なのではないか。同日の朝日新聞夕刊では「原油先物6月もの、一時6ドル台」として、21日の米ニューヨーク商業取引所で米国産WTI原油の先物価格は前日のマイナス価格からは持ち直したが、取引の中心となった6月物は一時、前日の3分の1の1バレル=6ドル台まで暴落し、これを受けて米株式相場も急落している、と報じている。原油、株式相場の下落が続けば、他の商品相場も下げざるを得ない。おそらくすでに下がっているに違いない。日本を含む世界資本主義は第2次世界大戦後、不況は何度も経験しているが、1929年のニューヨーク株式市場の暴落に端を発した世界大恐慌のような恐慌は体験していない。不況になると公共事業の増大などによって景気の下支えを図ってきたためだ。しかし新型コロナ不況に対してはどうか。赤字国債を増発して新型コロナ対策の費用を捻出しているのが現状だ。さらに不況対策で赤字国債に頼るとすれば、国債価格の暴落を招きかねない。国債価格の暴落=金利の上昇である。日本の財政破綻が現実となりかねないのだ。

4月某日
「五・一五事件-海軍青年将校たちの「昭和維新」」(小山俊樹 中公新書 2020年4月)を読む。1932(昭和7)年5月に起きた5.15事件は4年後に起きた2.26事件に比べると注目度が低い気がする。2.26は小説や映画の素材に何度か取り上げられているが5.15はそうでもない。というようなこともあって上野駅構内の書店で購入することにした。2.26と5.15は何しろ規模感が違う。5.15の直接的な被害者は犬養毅首相と護衛の巡査だけだが、2.26では陸軍の歩兵第1連隊などから将校、下士官、兵1500人余りが参加、高橋是清蔵相、斎藤実内大臣、渡辺錠太郎教育総監が殺され、警察官5名が殉職している。2.26は本格的なクーデター未遂事件だが5.15はテロの域を出ない。2.26の首謀者は民間人の北一輝を含め、将校らは銃殺されたが、5.15は事件から6年後に三上卓らの首謀者も釈放されている。釈放後、三上は近衛文麿に面会したり、東条英機の暗殺計画に一枚かんだりしている。戦後の三上の人生が興味深い。右翼団体の全国的な糾合を試みたり、台湾からペニシリンなどの密輸を図ったり(逮捕され入獄している)、参議院選挙に全国区から出馬したり(落選)している。何か「永遠の国士」という気がするね。

4月某日
朝日新聞の朝刊1面準トップ「フランス介護崩壊 死者4割が集中」という見出しが白抜きで踊る。本文は「新型コロナウイルスの感染が拡大している欧州で、高齢者向けなどの介護施設が危機的状況に陥っている。フランスでは全体の死者数の約4割が施設の入所者らに集中している」と報じている。2面では「日本も募る懸念」として、日本でも介護施設やデイサービスでの集団感染が各地で発生、緊急事態宣言で休業や事業を縮小する事業者が増え、経営不安が広がると報じている。介護事業者の知り合いが多いので心配だがどうすることもできない。同紙のオピニオン欄では「新型コロナ まさかのマスク2枚」というタイトルで3人の識者が意見を述べている。小川仁志山口大教授(哲学)は「すべてが場当たり的で、妥協の産物です。いまの政治は世の中の感覚、民意とずれてしまっているように感じます」、テレビでよく見かける山口真由信州大学特任准教授は、モリカケ問題や桜を見る会などのスキャンダルでもそれほど支持率が下がらなかった安倍政権も、コロナ危機は私たちの生活に多大な影響を及ぼし、国民の不満が噴き出ていると分析している。ユニークだったのは、お笑いコンビ髭男爵の山田ルイ53世の「安倍晋三首相の周りにはツッコミの人材がいないのではと心配です」という意見。本当にそうだと思う。長期政権が続くと首相に意見を言う人が遠ざけられ、周りをイエスマンで囲みがちになる。「マスク2枚」は安倍政権のつまづきの石となるかも知れないよ。