5月某日
先ごろ亡くなった見田宗介の「まなざしの地獄-尽きなく生きることの社会学」(河出書房新社 2008年11月)を読む。以前にも読んだことがあるが例によって内容を覚えていない。N・Nというひとりの実在する少年を通して現代日本の都市というもの、その意味の一つの断片を追っている。この本ではN・Nというイニシャルで表記されているが、内容を読んでいくと永山則夫のことだと分かる。永山は私の一歳下、1949年北海道網走の生まれである。65年に青森県内の中学を卒業、集団就職の一員として上京して渋谷駅前の西村フルーツパーラーに就職する半年ほどで離職する。その後、転々として職業を変えるが忍び込んだ米軍人宅で拳銃を入手する。永山はこの拳銃でタクシー運転手ら4人を射殺、69年4月に逮捕されている。起訴後、当時東池袋にあった東京拘置所に移管される。私の推測ではこの東京拘置所はいわゆる巣鴨プリズンで東条英機らの戦犯が収容されていたところである。私も69年の9月に学生運動で逮捕され大森警察署に留置され、10月には東京拘置所に移された。私は分離反省組で12月にはシャバに出たが、2か月ほど拘置所で永山と一緒だったことになる。といっても当時の東拘(東京拘置所の略称)は3階建ての拘置施設が3つ(5つだったかもしれない)あり、顔を合わせたことはない。
「まなざしの地獄」に戻ろう。見田は「都会は一つの、よく機能する消化器系統である。それは年々数十万の新鮮な青少年をのみこみ、その労働力を吸収しつくし、余分なもの、不消化なものを凝固して排泄する」と書いている。「凝固して排泄」されたのは、永山らの未成年の犯罪者またはその予備軍である。私も分離反省組とはいえ、現住建造物放火(火炎瓶を投げたため)、傷害(石を投げて警官に傷を負わせた)、公務執行妨害(排除しようとする警官に逆らった)などの罪で懲役1年6カ月、執行猶予2年の判決を受けた罪人である。しかし私が永山と決定的に違うのは、永山が逮捕後、死刑を執行されるまでシャバに出ることもなかったのに対して、私は何とか大学を4年で卒業し、これも何とか社会に受け入れられたことである。永山の最初の著作のタイトルは「無知の涙」である。永山は中学にもまともに通っていない。貧困と周囲に馴染めなかったためである。永山の貧困は「1968」で小熊英二が分類した「近代的不幸」である。当時われわれ学生が感じていた「現代的不幸」(私の感覚では漠然とした疎外感、精神的欠乏感)ではない。永山の覚醒しようとする意識が「近代的不幸」に阻まれたのに対して、私は「現代的不幸」に甘えきることができたのだ。
5月某日
「あの空の下で」(吉田修一 木楽舎 2008年10月)を読む。吉田修一は多彩な作品を産み出していると思う。もともとは芥川賞受賞作家だから純文学出身ということなのだろうが、近年は新聞や週刊誌の連載も多く、現代の人気作家の一人と行って良い。「あの空の下で」はANAの機内誌「翼の王国」に連載された短編小説とエッセーをまとめたものだ。吉田は長編、中編小説に力を発揮すると思っていたが、短編もなかなかのものだ。一言で言うと「洒落ている」。吉田は1958年長崎生まれだから私の10年年少。私と同年の堤修三氏は長崎出身だが「洒落好み」は似ているかも知れない。
5月某日
13時30分から社保研ティラーレで打ち合わせのつもりだったが、佐藤社長が遅れるということなので近所を散策。私が年友企画にいた頃には開店していなかった店がチラホラ。そのうちの一店の定食屋に入る。ご飯を少なめにすると50円引きというのがうれしい。焼肉定食を頼むと大きな肉が二切れついて、肉を切る鋏が添えられている。名前をネットで検索したが出てこない。今度また行こう。佐藤社長から「お待たせしました」との電話。打ち合わせを終えて西日暮里へ。喫茶店で時間をつぶした後、「焼き鳥道場」へ入る。大谷源一さんへ「フラメンコを観に行った『アルハンブラ』の向かいの『焼き鳥道場』にいます」とメール。何年か前に落合明美さんからフラメンコの発表会に招待されたのが「アルハンブラ」だった。
5月某日
「御当家七代お祟り申す 半次捕物控」(佐藤雅美 講談社文庫 2013年7月)を読む。佐藤雅美の時代小説はほとんど読んできたつもりだが、これは見逃していた。我孫子市民図書館の文庫本のコーナーをブラブラしていたら目に付いたので早速、借りた。佐藤雅美は1919年に79歳で死去している。新聞の死亡記事が一段のベタ扱いだったので憤慨した覚えがある。半次捕物控シリーズは目明しの半次が遭遇する事件を軸に物語が展開する。半次は主人公というよりも狂言回しという役回り。狂言回しに付随する登場人物が弁慶橋で剣術の道場を営む蟋蟀小三郎。今回、主役を務めるのが甲州浪人の武田新之亟。大和郡山の大名、柳沢家を巡る敵討がメインストーリーだ。
5月某日
近所の鍼灸・マッサージのお店『絆』で週2回ほどマッサージをやって貰っている。マッサージを終わって店を出たら目の前のバス停(若松)にちょうど我孫子駅行きのバスが来たので迷わずに乗ることにする。終点の我孫子駅で降りて駅構内を通って北口へ。北口のイトー―ヨーカドー3階の書店に行く。角田光代のトリップ(光文社文庫)を購入。南口に戻って「喜楽」という中華屋さんに入って「焼きそば」を食す。喜楽から歩いて手賀沼公園へ。ベンチに座って白鳥と戯れる子連れの夫婦をぼんやりと眺める。連休は昨日で終わったが、私は「毎日が日曜日」の身分、身も心も連休気分に浸りきっている。