モリちゃんの酒中日記 6月その4

6月某日
(一財)医療経済研究・社会保険福祉協会から委託を受けて実施した「音楽運動療法の在宅普及に関する調査研究」がまとまったので、「打ち上げ」をするという連絡が入った。委託を受けたのは㈱ひつじ企画で、同社の社長が元厚労省の宇野裕さん。調査の全体的な方向性を決めて報告書の執筆、作成もほとんど一人で仕上げてくれた。「打ち上げ」には座長の川内基裕小金井リハビリテーション副院長は海外出張中で欠席だったが、それ以外は全員出席した。会場の新宿の中華料理店「西安」に行くと私が一番乗り、続いて特養「かないばら苑」苑長の依田明子さん、宇野さん宇野さんの奥さんの宇野雅子さんが来る。そして音楽療法士の丸山ひろ子さん、ホームヘルパー協会東京都支部の黒澤加代子さんが来て乾杯。私はこの研究会に参加するまで音楽療法の存在すら知らなかったのだが、一般市民代表という感じで参加させてもらった。音楽療法の可能性について十分な手応えを感じたことを先ずは報告しておきたい。詳しくは報告書を読んでもらいたいが、以下は私の個人的な感想。ひとつは、音楽のメロディーやリズム、そして歌なら歌詞は人間の意識のかなり深いところで繋がっているのではないかということ。もうひとつはスマホやタブレットの登場で、利用者や入所者のマイソングが簡単に検索できるということ。認知症で問題行動を繰り返す利用者に、スマホで検索して卒業した小学校の校歌を聴かせたところ問題行動は収まり、スマホに合わせて校歌を歌いだした。おそらく認知症予防や認知症の進行を遅らせる効果もあると思う。ジャズの源流はアフリカから連れてこられた黒人奴隷たちの歌やリズムにあると言われているが、おそらく日本のお寺で唱えられる声明(しょうみょう)にもそんな原初的な力が感じられる。音楽の力、「恐るべし!」である。

6月某日
図書館から借りた「憑神」(浅田次郎 新潮文庫 平成19年5月)と「密約 物書同心居眠り紋蔵」(佐藤雅美 講談社文庫 2001年1月)を読む。浅田は1951(昭和26)年生まれ、佐藤は1941(昭和16)年生まれだから10歳違い。浅田は‘97年「鉄道員(ぽっぽや)」で、佐藤は’94年「恵比寿屋喜兵衛手控え」で直木賞を受賞している。浅田は江戸時代とくに幕末を中心にした時代小説に加えて明治、大正、昭和そして現代を舞台にした小説を数多く執筆していて、確か「ペンクラブ」会長も務めた今や文壇の重鎮。一方の佐藤は幕末の通貨戦争を描いた「大君の通貨」がデビュー作、しっかりとした時代考証には定評がある。「憑神」は三河以来の幕臣、別所彦四郎が主人公。御目見え以下の御徒歩組に生まれ、24歳のとき組頭の井上家に婿入りするが男子を授かったとたんに露骨な婿いびりが始まり、ついには離縁される。彦四郎はある日、草に埋もれた小さな祠を見つけ酔いに任せて神頼みをするが、この神様が貧乏神。貧乏神に憑かれた故に憑神である。将軍家が大政奉還し鳥羽伏見の戦いを経て、幕府の残党は上野の山に立て籠って気勢を上げている。彦四郎は貧乏神が音を上げるほどの正直者だが、最後は甲冑に身を固め上野の山に向かう。「密約」の舞台は11代将軍の家斉の治世、文化文政の頃か。江戸町奉行所勤めの藤木紋蔵は、今で言うナルコレプシーという突然眠気に襲われるという奇病に取りつかれている。であるが故に奉行所勤務の花形、定廻り勤務にはまわされず内勤の「例繰り方」勤務に勤める。例繰り方は過去の判例を調べるのが主な仕事で物書同心は以下で言えば東京地裁の書記と、東京検察庁の検察事務官を兼ねたような存在なのだろうか。紋蔵は市井の様々な事件に関わる一方、30年前に殺害された父を手に掛けた犯人を追っている。「密約」ではまだ犯人が分かっていないけれど、徐々にその網は絞り込められつつある。続巻が楽しみです。

6月某日
「ニュースの深き欲望」(森達也 朝日選書 2018年3月)を読む。森達也という人はオウム真理教信者のドキュメンタリー映画「A」と「A2」を撮った映像作家で、オウムの実態に迫った「A3」という著作で講談社ノンフィクション賞を受賞している。映像は見たことはないが「A3」を読んで、オウムという集団に対して先入観なく、その実像に迫ろうとしている態度に好感を持った。今回の著作では情報とは何か、メディアとは何かについて森の考えを率直に述べている。エピローグで森は「事実はない。あるのは解釈だけだ」というニーチェの言葉を引いて「僕たちが見たり聴いたり読んだりする情報は、誰かが誰かの視点で解釈した情報だ」とし、だからこそ記者やディレクターなどのメディア関係者の責任は「とてつもなく重い」と断じている。納得である。

6月某日
社会福祉法人にんじんの会の評議員会に出席のため立川へ。立川駅で同じ評議員の中村秀一さんに会ったので一緒に会場へ。決算と新しい理事の承認が主な議題。確か昨年の決算は利益率が1%台に低迷していたと思ったが、今年はV字回復を成し遂げていた。介護報酬がなかなか引き上げられない中でのV字回復は立派。評議員会を終わって石川はるえ理事長に評議員の中村さんや吉武民樹さん、監事の税理士の先生と近くの美登利寿司でご馳走になる。

6月某日
神田駅北口の「鳥千」を6時から予約。ここは20年くらい前にはよく来たのだが、最近、大谷源一さんと来ることが多い。「鳥千」という店名から焼き鳥がメインと思いがちだが、ここの売りは魚。6時からビールを呑み始めていると大谷さんが到着。遅れて高齢者住宅財団の落合明美さんが来る。刺身の盛り合わせと「アラ煮」を堪能。我孫子に帰って久しぶりに「愛花」に寄る。

6月某日
「鳥千」に行く前に神田神保町の古書店街を歩く。このところ図書館ばかりで新刊の書店も足が遠のきまして古書店に足を踏み入れるのは久しぶり。桐野夏生のサイン本が店頭に置いてあるので迷わず買うことにする。定価は1600円(税別)だが、古書店の売値は税込み300円、しかもどう見ても新刊である。「ローズガーデン」(講談社 2000年6月)である。村野ミロという女性探偵を主人公にした小説で「顔に降りかかる雨」「天使に見捨てられた夜」に続くシリーズ3作目。前2作はミステリーの長編小説だが、「ローズガーデン」は表題作で高校生の村野ミロを描く。それも後にミロと結婚する高校の同級生、博夫が結婚後、インドネシアに単身赴任し、奥地へ商品の部品を届けに行くために河をボートで遡りながらミロを回想するという凝った構造になっている。ミロの生い立ちや家族構成、生業などは桐野夏生を全く違うのだが、なぜか「ローズガーデン」を読んで私は「ミロ=夏生」の想いを強くした。