モリちゃんの酒中日記 7月その3

7月某日
伊藤允博さんと神田の「跳人」で17時30分に待ち合わせ。伊藤さんとの出会いは私が「日本プレハブ新聞」という住宅業界の業界紙の記者をしていた頃だから、35年以上前になる。伊藤さんは住宅展示場を運営していた「ナショナル開発」という会社にいて、プレハブ新聞に広告を出してくれていた。伊藤さんと久しぶりに「呑もう」となったのは私が「バブル経済事件の深層」(岩波新書)を読んで、そこに高橋治則のことが書かれていたからだ。高橋治則と言っても現在は知る人も少ないだろうが、高橋はバブル期に日本長期信用銀行から金を引き出しオーストラリアや南太平洋の開発に乗り出した。結局、長銀から見放されて高橋は破綻するのだが、伊藤さんはナショナル開発の後、高橋の事業を手伝っていたことがある。確かオーストラリアにあるボンド大学の日本の事務局長とか、インドネシア旅行社という会社にも関係していたと思う。こう書くと伊藤さんはバブル紳士のいかがわしい人物と思われがちかもしれないが、私の知る伊藤さんは物腰の柔らかいジェントルマンである。伊藤さんによると、学生時代に日本航空でアルバイトしたときに日本航空の社員だった高橋と知り合ったらしい。

7月某日
乃南アサの「女刑事 音道貴子」シリーズにはまっている。最初に読んだのが「花散る頃の殺人」(新潮文庫 平成21年2月)、次いで「風の墓碑銘(上下)」(同 平成21年1月、2月)。この3冊は我孫子市民図書館で借りたが、「嗤う闇」(同 平成18年11月)は図書館に行く暇がなかったので上野駅構内にある書店で購入した。乃南アサは何冊か読んで面白かったのだが、続けて読むことはなかった。女刑事の音道貴子を主人公にしたこのシリーズは男社会の警察で至極真面目に事件に取り組む主人公の姿勢に好感が持てるし、背が高くオートバイを乗り回す活動的な一面とバツイチ、短い結婚生活を経験しているという設定も小説に陰影を与えていると思う。音道刑事の脇を固める警察官もなかなかに多士済々。停年も近いと思われる老刑事、滝沢や沖縄出身で京大農学部出身のノンキャリア、玉城警部補の性格設定も興味深い。音道と付き合っている椅子職人の昂一との将来はどうなるか?要するに登場人物が魅了的なんだろうな。女刑事シリーズの第一作目で直木賞受賞作ともなった「凍える牙」を早く読まねば。

7月某日
「ニワトリは一度だけ飛べる」(重松清 朝日文庫 2019年3月)を読む。文庫本の扉裏に「本書は「週刊朝日」2002年9月13日号から2003年3月7日号に連載された「ニワトリは一度だけ飛べる」を加筆修正したものです」と断り書きが記されている。重松清の小説ってたとえて言うとNHKのテレビドラマの原作が似合う。残虐シーンや愛欲シーンもないし、まぁホームドラマが基本だしね。主人公の酒井裕介は冷凍食品会社のサラリーマン。家族は妻と息子2人。妻の実家の母が倒れたのを期に実家を2世帯住宅に建て替えて同居することを迫られている。会社では営業2課から「イノベーション室」(通称イノ部屋)への異動を命じられる。「イノ部屋」はリストラ要員が集められる部署で裕介の同期で出世頭の羽村もなぜか異動されてくる。イノ部屋の室長、江崎は冴えない五十男で会社改革に乗り込んできた鎌田に頭が上がらない。実はこの江崎、かつては学生運動のリーダーで会社でも労働組合活動に積極的に取り組んできたのだが、長男が腎臓病を患ったことから一切の運動から身を引く。関西からイノ部屋に送り込まれた中川の内部告発を契機に、江崎はチェ・ゲバラの語録を暗唱するような闘士に変身、裕介や羽村、中川と協力して鎌田一派の追い落としに成功する。うーん、重松のこの小説は現代のお伽噺だね。でも世間はクソ暑く参議院選挙でも安倍自民党が勝利するとき、現代のお伽噺も悪くない。山本太郎の令和新選組のようなものである。

7月某日
フィスメックの小出社長から電話があり、山梨県の大月に住んでいるフリーの編集者、阿部孝嗣さんが出てくるので一緒に呑みましょうと言う。その前に虎ノ門フォーラムの中村秀一理事長から「ちょっと事務所に寄ってくれますか?」という電話。中村さんの厚生労働省時代を振り返ったオーラルヒストリーを単行本にしたいという。中村さんの本は以前に2冊ほど手掛けたことがあるのでもちろん快諾。編集を阿部孝嗣さんにお願いすることにする。17時にフィスメックで阿部さんと会うことにしたので、そこに印刷会社の金子さんも呼んで見積りも依頼する。小出さん、阿部さん、私の3人でフィスメックを出て、神田駅北口近くの「ふくの鳥」へ向かう。ここは私には初めての店だが美味しい日本酒を揃えている店だそうだ。しばらくして社会保険出版社の高本社長も合流。この店の基本は「焼き鳥屋」だが刺身も美味しかった。小出社長にすっかりご馳走になる。