モリちゃんの酒中日記 8月その1

8月某日
図書館で借りた桐野夏生の「水の眠り 灰の夢」(文春文庫 1998年10月 単行本は95年10月)を読む。舞台はオリンピックを1年後に控える1963年9月の東京、主人公は週刊誌のトップ屋、村善こと村野善一。桐野は女探偵、桐野ミロを主人公とする連作小説を執筆している(93年「顔に降りかかる雨」、94年「天使に見捨てられた夜」、00年「ローズガーデン」、02年「ダーク」)が、本作はミロの父親善一が主人公である。オリンピックを控えて東京の街は大改造の真っ最中に加えて、景気は高度成長を続けている。だが光があれば闇がある。作家、桐野はその闇の部分にしっかりと目を向ける。闇とは女子高校生の売春や薬中毒であり、その女子高校生に群がる大人たちである。村野は女子高校生の殺人、死体遺棄事件それに草加次郎を名乗る爆弾事件に巻き込まれていく。作中で村野と友人で同業の後藤が1958年に日本で公開されたポーランド映画「灰とダイヤモンド」について語り合うシーンがあるが、「水の眠り 灰の夢」というタイトルにも「灰とダイヤモンド」の反時代的な気分が反映されている。

8月某日
何気なく本棚に目をやると桐野夏生の「水の眠り 灰の夢」(文春文庫 2016年4月新装版第1刷)があるではないか。4年前に買って読んでいたのをすっかり忘れていたのだ。新装版ということで表紙も一新されていたし、解説も旧版の井家上隆幸(書評家)からライターの武田砂鉄に代わっていたけれど。読んでいるときはまったく気付かなかった。人間の記憶なんて当てにならないと思ったが、人間一般ではなく、当てにならないのは「私の」記憶だ。

8月某日
図書館で借りた「明日香さんの霊異記」(高城のぶ子 潮文庫 2020年4月)を読む。奈良の薬師寺の非正規職員として売店などで働く明日香が主人公。明日香は短大卒のまだあどけなさが残る女性だが愛読書が日本霊異記で、おまけに各地の地名の由来を調べるのが趣味。野生のカラスの「ケーカイ」と仲がいい。ちなみにケーカイは日本霊異記の作者の景戒にちなんでいる。それなりに面白かったんだけれど、現代の若い女性を主人公にしたのは疑問。高城にはむしろ日本霊異記を題材にしたファンタジーを期待したい。

8月某日
図書館で借りた「チーム・オベリべリ」(乃南アサ 講談社 2020年6月)を読む。乃南アサは「女刑事・音道貴子シリーズ」や「前持ち女二人組」シリーズなどで知られるミステリーと人情ものを併せ持つ作風で、私は割と好きな作家である。だが本作は北海道開拓の実録ものである。主人公は渡辺カツという女性。依田勉三とともに晩成社を興し北海道十勝の開拓を行った渡辺勝の妻である。依田勉三といっても北海道出身者以外にはあまり知られていないと思うが、高校卒業まで北海道室蘭市で育った私には郷土の偉人として胸に刻まれた名前である。チーム・オベリべリというタイトルは現在の帯広市周辺のアイヌ語の地名、オベリべリの開拓者チームという意味である。A5判600ページを超える大著だが2日半で読み通してしまった。年金生活者で他にすることもないこともあるが、故郷北海道の草創期の物語として興味深く読んだ。晩成社を興した3人(依田勉三、渡辺勝、カツの実兄の鈴木銃太郎)はスコットランド出身の宣教師で医師のワデルの英語塾で学び、北海道開拓を志す。今からおよそ140年前である。その頃の北海道十勝は厳しい自然の大地があるのみで人工物は何もない土地だった。家も畑も自分たちで建て、開墾するしかなかった。カツは横浜の共立女子校で英語を学んだ才媛でかつ敬虔なキリスト教徒であった。私の父方の祖父も、カツや依田勉三より遅れること20年で滋賀県の彦根から北海道に渡っている。もっとも私の祖父は開拓者ではなく、開拓者相手の古着を扱っていたようだ。浄土真宗の信徒でもあった。西部邁の父も札幌郊外の真宗の信徒であったように記憶しているが、北海道の厳しい自然と立ち向かっていくには何らかの信仰が必要だったのかも知れない。

8月某日
コロナ感染者の拡大が進む中、ほぼ1週間ぶりで東京へ。社保研ティラーレで佐藤社長、吉高会長と次回の社会保障フォーラムの打ち合わせ。次回からリモートでの参加もできるようにしたが、今のところリモートと会場の割合が4対6というところ。講演をお願いしている伊原和人政策統括官とリモートで打ち合わせ。折角、東京に来たのだから誰かと呑みに行こうかと思ったが、コロナのことを考えて真直ぐ帰ることに。我孫子へ帰って家呑みのウイスキーが切れていることを思い出して、駅前の関口酒店へ。今回はギルビージンを購入。
店番のお母さんが「明日は熱中症注意報が出るそうですよ」というので、キンミヤ焼酎の「シャリキン」を2つ購入。シャリキンとはパックされたキンミヤ焼酎を冷凍庫でシャリシャリにシャーベット状にすること。ちょいと楽しみ。

8月某日
新型コロナに対する安倍政権の対応がチグハグさを増していると感じるのは私だけだろうか。例えばgo toキャンペーン。知事たちが県をまたぐ移動は自粛してもらいたいと言っているのに観光需要を刺激する施策ではないか。今週発売の週刊文春では政権を支える自民党の二階幹事長と旅行業界の親密さが指摘されていたが、どうもこの政権は身内に甘すぎる。安倍首相は来年の東京オリンピックの終了を政権の花道としたいと考えているらしい。だが、最近の世論調査によると安倍政権の不支持率が支持率を大幅に上回っているし、このところの安倍首相の顔色も心なしか優れない。早ければ年内の政権投げだしもあり得るかも。