モリちゃんの酒中日記 8月その3

8月某日
浅田次郎の「天切り松闇がたり 第3巻 初湯千両」(集英社文庫 2005年6月)を読む。初出はいずれも「小説すばる」で1999年1月号から2001年2月号まで年2作づつ、合計6作が収められている。舞台は関東大震災の前年の東京、このとき天切り松こと松蔵は11歳だから、明治末年か大正元年の生まれ。西暦でいえば1912年頃の生まれと考えて差し支えないだろう。小説は現代の警察署の留置場で同房の留置人たちに、あるいは署長室で婦人警官に、そして警視庁の武道場では警視総監以下刑事たちに、松蔵が約70年前の昔語りをするという形式をとっている。この小説での現代は1990年代初頭、松蔵はすでに80翁になっている。浅田次郎の小説は短編にしろ長編にしろ基本は浪漫である。浪漫ではあるが、小説の枠組みはあくまでも厳格、リアリズムに徹している。浅田次郎の小説の魅力はそこにもあると思う。
「天切り松シリーズ」の魅力をもう一つ上げると反権力。明治の大泥棒「仕立屋銀次」の一の子分、「目細の安」一家の面々の活躍を描写するシリーズだから当たり前と言えば当たり前なのだが。表題作の「初湯千両」は第一次世界大戦の青島攻略戦で手柄を立てたもののシベリア出兵で父が戦死した遺児を巡る物語。生活に困窮する遺児とその母に同情した目細の安一家の寅弥兄ィがときの陸軍大臣の屋敷に押し入り、大臣から千円を強請り取って遺児の一家に隠れて渡す。実は寅弥兄ィは203高地の生き残りの軍曹、そのときの大隊長が今の陸軍大臣に出世したのだ。説教強盗寅の大臣への説教「今を去ること20年前、日露戦役の天王山は難攻不落の203高地、やれ行けそれ行けと手柄に逸る大隊長のおかげで、俺の分隊は2人を残して全員が名誉の戦死だあな。あんときてめえは、伝令に走って転進の意見具申をする俺に向かって言いやがった。怖気づいたか軍曹、ってな。(中略)あんとき俺の声にァ耳も貸さず、兵隊たちを虫けらみてえに殺しやがった少佐殿は、その甲斐あって今じゃあ陸軍大将篠原閣下だ」。根底には反権力プラス反戦の思想なのだ。解説は2012年に57歳の若さで亡くなった18代目中村勘三郎。これがまたいい。

8月某日
エッチ・シー・エムサービス社で大谷さんと「月見の会」の打ち合わせ。16時過ぎに終わる。新橋駅前ビルの地下で呑んでいると大谷さんの携帯に電話。エッチ・シー・エムサービス社の大橋社長から、私が携帯を忘れていることを知らせてくれる。大橋社長が私の携帯を持って合流。翌日、大谷さんから「熊谷まで乗り過ごした」というメール。

8月某日
新しく厚労省の会計課長になった横幕さんに挨拶。「月見の会」の紙を渡す。社会保障予算の伸びの抑制が迫られ会計課の仕事も様変わりしているようだ。予算の量的な膨張ではなく「どうやって知恵を使うか」が勝負で、民間との連携や医療と介護の連携など「連携」が一つのキーワードになっていると思う。1階のロビーで元厚労省で現在、ボストン・サイエンティフィックの北村彰さんに会う。「月見の会」の紙を渡す。

8月某日
社会保険研究所に鈴木社長を訪問、「月見の会」の紙を渡し世間話。御徒町の「吉池」9階の「吉池食堂」へ。年友企画の石津さんと待ち合わせ。石津さんは学校の同級生や先生、職場の同僚との関係を大事にする。私は石津さんの中学校1年生のときの担任に紹介されたことがあるが、その先生はある女子高の校長先生をやっていて生徒手帳の制作の仕事を頂いた。「関係を大事にする」ことが仕事につながった例である。本日はすっかり石津さんにご馳走になってしまった。

8月某日
大谷さんと「月見の会」の打ち合わせ。金町の改札で待ち合わせ。うどん屋兼居酒屋という店に行こうと思ったがそこは6時開店。まだ時間があるので京成金町線の踏切を渡るとそこはちょっとした飲み屋街。焼き鳥屋さんに入る。カウンターと座席が3つほどでご主人と思しき中年の男性が焼き鳥を焼いて、奥さんらしき女性が注文をとる。こういう店は少なくなった。焼き鳥、ポテトサラダなどを頼みビール、ウイスキーの水割りを呑む。満足して8時前に店を出る。その頃には店はほぼ満員だった。

8月某日
図書館で借りた「国貧論」(水野和夫 太田出版 2016年7月)を読む。水野和夫は早稲田大学政治経済学部卒業後、同大学大学院経済学研究科修士課程修了。証券会社のエコノミストを経て民主党政権で内閣府審議官。現在は法政大学教授。証券会社の調査部にいたころ債券の利回りを予測する仕事をしていたが、その頃(2000年前後)すでに金利はほぼゼロ%で、債券利回りも2%以下でそんなに変動しない。利回りを予測するという本来の仕事がないので「なんでゼロ金利になるのだろう」と考えた結果が「資本主義の終焉」となったという話が本書に載っている。水野の議論の特徴の一つは「過剰」である。日本の過剰資本(資産)はチェーンストアにあらわれ、世界の過剰資本は粗鋼生産でわかるという。日本のチェーンストアの総販売額は1997年以来17年連続で減少する一方で、店舗面積は増え続けている。総販売額がピークとなった1996年と比べて店舗面積は1.47倍に増えたが、総販売額は24.6%減少している。この結果、店舗面積1㎡当たりの販売額は1997年には99.3万円だったものが2013年には50.8万円へ、この間48.8%減少している。小売業の店舗面積は小売業の供給力で小売業の販売額は消費需要だ。供給力の増大が続く一方で消費需要は減少する。需給ギャップが拡大する以上、デフレは食い止められないだろうというのが水野の論だ。異次元の金融緩和を続けるアベノミクスと黒田日銀では2%の物価上昇はそもそも無理ということだ。私には水野の一種の「歴史観」に裏付けられた現状分析が正しいと思われる。