社長の酒中日記 2月

2月某日
「M&A国富論『良い会社買収とはどういうことか』」(岩井克人・佐藤孝弘 プレジデント社 2008年9月)を読む。敵対的買収が日本でも現実的なものとなったのは、2005年の堀江貴文率いるライブドア(今となっては懐かしい気がする)がニッポン放送に対して仕掛けたのが契機だ。岩井は会社の存在理由とは「それが社会に対して付加価値を生み出し、国富(広くは社会全体の厚生)の増進に貢献すること」と定義する。結論から言うと、付加価値と国富を増大させるような会社買収ならOKということになる。また会社買収とは「株式を大量に買い占めて株主総会の過半数を握り、経営者のクビをすげ替えることによって、会社を新たに経営すること」にほかならないとも言っている。日本では会社買収=会社乗っ取り的なあまり良くないイメージが強いが、岩井の考えは付加価値と国富を増大させる会社買収ならば敵対的な買収でも良しとする考えだ。
 会社=「2階建て構造論」も展開する。会社とは、株主がモノ(=株式)として所有する一方で、その会社の法律上の人(=法人)として機械設備などの物的資産を所有し、さらに従業員を中心とした人的資産(=ネットワーク)をコントロールする(ポスト産業資本主義では人的資産のコントロールが重要)2階建ての構造という。2階に住むのが株主で、1階は経営者を頂点とした組織としての会社だ。1階部分でこそ会社の価値、付加価値、国富が生み出されるという考えだ。私には非常に納得できる考え方だし、改めて経営者の経営責任を考えさせられる本だ。

2月某日
 島村洋子の「野球小僧」(講談社 2012年7月)を図書館で借りて読む。島村洋子は割と好きな作家なのだが、なぜか世間的な評価は今ひとつのような気がする。確か直木賞もとってないし。しかしまぁテレビの歌番組の常連が良い歌手とは限らないし、レコード大賞をとらなくとも良い歌手はいるのだから。
 「野球小僧」は往年の歌手、灰田勝彦の同名の歌謡曲がモチーフになっている。ボーイズリーグの花形だった雪彦は、どういうわけか野球の名門校に推薦されず、嫌々行くことになった工業高校も中退、親類の勧めで甲子園のグランドを管理する会社に就職するところから物語ははじまる。ボーイズリーグの有望選手を高校に斡旋する元プロ野球選手の雁金さん、その息子で女装の美少女カオル、グランド管理の名職人、塚本さんらが軸になって物語は展開する。深夜、戦死したかつての名選手(沢村、梶原、吉原たち)が甲子園に集い、ゲームを楽しむ場面は幻想的で美しい。

2月某日
 健康・生きがいづくり財団のO常務が来社。私が手伝っている「地方から考える社会保障フォーラム」の講師をお願いする。会社近くの「福一」で打合せ。Oさんは私と同じ1948年生まれ。Oさんもそうだが、私の友人のこの世代は学生運動経験者が多い。中核派、ブンド、フロント、解放派、革マル、民青と党派はバラバラ。性格もバラバラ。学生運動経験者だから真面目ということは全然なく、私も含めてみな世俗にまみれている。そんななかでOさんは私ら世代にしてはITに詳しく、行動力もあり、いつも勉強になる。

2月某日
 「生活・福祉環境づくり21」のビジネス研究会に出席。この研究会は毎回、会員社が自社のニュービジネスについて発表するという趣向。今回はセントラルスポーツが「職場休職者の早期復帰システム・スポーツ&EPA復職支援サービス」、東急建設が高齢者住宅など集合住宅やホテル、学校などのセキュリティシステムについて発表した。東急建設は耕作放棄地を対象にエコアグリカルチャー事業(たぶん平たく言うと野菜の工場生産だと思う)も展開しているが、お土産にそこで生産された立派なパプリカをもらった。まだ食べていないがおいしそうだ。研究会終了後、レストランで懇談。懇談が終わってからフィスメックのK社長と呑みに行く。

2月某日
 国際厚生事業団のT専務と前の全社協副会長のKさん、当社のO常務と神田明神下の「章大亭」へ。ここは昨年、お茶の水の順天堂大学で認知症のセミナーに出席した後、CIMネットのN理事長とたまたま入った店だ。このあたりは幕末、幕府の教育機関、講武所があったことから、ここらの芸者は講武所芸者と呼ばれていた、そんな話をNさんとしていたら、章大亭のママが「あたしがそうよ」というではないか。章太というのは芸者のとき名前だそうだ。店の雰囲気もよく料理も美味しいので、それ以来何度か使わせてもらっている。TさんもKさんも厚労省のキャリア出身だが、たいへん気取らない付き合いができる人たちでこの日も楽しかった。店も気に入ってもらったようだ。

2月某日
 田辺聖子の「返事はあした」(集英社文庫 2013年3月刊)を読む。最後の頁に「この作品は昭和58年5月、集英社より刊行されました」とあるから30年以上前の作品である。だが中身はまったく色あせていない。もちろん携帯電話などないし、独身者の住まいが風呂なしで電話は呼び出しだったりして、それなりに時代を感じるのだが何しろ田辺の、大阪のOLの恋愛ものであるから、これは「読むしかない」のである。OLルルの恋愛物語であるが、ひとりの女性の自立の物語としても読める。つまり惚れた男からの自立である。従属的な恋愛関係から自立した恋愛関係へ、ということだ。

2月某日
 芥川賞受賞作(「穴」小山田浩子)が掲載されているので、文芸春秋の3月号を買う。受賞作を読む前にパラパラとページをめくっていたらグラビアページが目に留まった。「名作・名食」というコーナーで、田辺聖子の「返事はあした」がとりあげられているではないか。主人公のルルが同僚の村山クンを誘って「美々卯」で「うどんすき」を食べる場面が紹介されていた。「アルミの大鍋に黄金色のだしがたっぷり、なみなみと張られ、そこへ鶏肉、生椎茸をまず最初に抛りこむ。それから蝦に蛤。……」と作品が引用され、「美々卯」の「うどんすき」もカラーで紹介されている。美々卯は東京にも進出していて、私も京橋と新橋の美々卯で食べたことがあるが、そのときは「返事はあした」を読んでいなかったので特別の感慨もなく食べてしまった。今度、行こうっと。

2月某日
 滋賀県大津市で開催されたアメニティフォーラムに参加。障がいを持っている人や援助している人たちが大津プリンスホテルに集合して本音を語り合う集い。私は昨年に続いて2回目。元厚労省年金局長で滋賀県庁への出向経験もある吉武さんが司会で、日本医師会長の横倉さんと滋賀県医師会長の笠原さんが対談する「医療があれば大いに安心!~地域で障害者・高齢者を支えること。医師だからできること」から私は参加。笠原さんの「医療は福祉に含まれる」という言葉に感動した。地域包括ケアもそういうことだと思う。夜は「みえにくい生きづらさに気づくこと~ポスト福祉現場を語り合う」で、渋谷の「漂流少女」の援助しているNPO法人BONDプロジェクトの橘代表や釜ヶ崎でホームレスの支援をやっている僧侶の川波さんの話を聞く。

2月某日
 引き続きアメニティフォーラムに参加。厚労省の蒲原障害保健福祉部長の「我が国の障害者福祉施策の在り方について」と精神科医の北山修さんの「評価の分かれるところに:『私の精神分析的精神療法』」を聞く。蒲原部長の話で障害者福祉政策の流れが一応理解できた(つもり)。北山さんの話は非常に面白かったが、内容は良く覚えていません。北山さんの本を読みます。フォーラムを途中で離脱。琵琶湖の北のマキノ町の湖里庵に鮒寿司を食べに行く。夜は京都へ出てAさんを呼び出して食事。

2月某日
 京都から新幹線で名古屋へ。知多半島の半田に住むKさん夫妻にご馳走になる。障がい児の援助をやっているKさんも一緒。「けあZINE」への執筆を依頼。翌日、新幹線で大阪へ。西成区の社会福祉法人白寿会のMさんに話を聞く。夜は京都で同志社大学のI教授に「ブラッスリー ヴァプール」でご馳走になる。I教授は厚生労働省出身。非常に腰が低く感じの良い人。「けあZINE」への執筆を依頼。次の日、京都駅前の新都ホテルで認知症家族の会のM先生と会う。M先生は厚生省に技官として在籍したこともあるが、“合わなかった”ので京都府に出向させてもらったそうだ。奥さんが認知症で、この日もデイサービスに奥さんを預けてから出てきたという。なかなか面白い人で、ぜひ一緒に呑みたいと思った。新幹線に乗って帰京。といっても自宅が千葉だから東京から小一時間かけて帰宅。ふーぅ、疲れた。

2月某日
 新橋の「花半」で元厚労省の人たちと。この会はEさんとKさんが年金局の資金課長をやっていたころのつながり。当時補佐だった支払基金のA専務、看護大学のI教授、当時年住協の部長だった結核予防会のT理事、それに私が参加。昔話や最近の話に花が咲いて3時間はあっという間に過ぎた。Tさんと新橋の「T&A」へ。

2月某日
 前衆議院議員(落選中)のHさんとスペイン料理の「メゾン・セルバンテス」で食事。健生財団のO常務と共同通信のJ記者も同席。ワインを2本。Hさんは民主党政権下で環境省の政務官を務め、東日本大震災が発生したとき、厚労省も入っている庁舎の24階にいて随分揺れたそうだ。その後、被災地の環境対策を陣頭指揮、その顛末は当社から出版した「愚直に」に詳しい。
 偶然、上智大学のT教授も「メゾン・セルバンテス」に来ていて声を掛けられる。それもその筈でこの店はもともとT教授の店で、私は亡くなった高原さんに連れられて来たのが最初。その後、何回か使っているが料理、ワインともにおいしく、値段もリーズナブルだ。