社長の酒中日記 9月その1

9月某日
久しぶりにディアレイクカントリー倶楽部でゴルフ。旧社会保険庁のOB5人と私。私の組はM本さんとW辺さん。M木さんとI田さんT口さんの組が続く。暑さもそれほどでもなく、ときどき秋を感じさせる爽やかな風が吹いた。私は4年前、脳出血で倒れ、右半身に障碍が残った。それでもゴルフは続けている。ゴルフの上手な人が半身不随になったら、ゴルフを再開するのに抵抗はあると思うが、私のように健常だったときも下手だった場合は再会するのに何の抵抗もなかった。そんな話を妻にしたら、「あんた、そんなことより誘ってくれる人に感謝しなさい!」と怒られた。ごもっとも。

9月某日
フリーライターのI川玲子さんと西新橋の「花半」で5時半から呑み始める。I川さんは日本舞踊をやっていたという。師匠は実の叔母さんで、その師匠と弟子の確執の話がかなりおもしろかったのだが、例によって中身は忘れてしまった。話に夢中になっているうちに、周りのお客さんは皆帰ってしまった。開店から閉店までいたわけね。嗚呼。

9月某日
「へるぱ!」という雑誌の企画・編集・発行を㈶医療経済研究・社会保険福祉協会(社福協)という財団法人から委託されている。今日はそこの常務さんと担当のU田さんたちとの暑気払い。有楽町の「あい谷」で18時から。「へるぱ!」は介護保険のサービス提供責任者向けの雑誌で年4回の発行。実は私はこの雑誌を手掛けるまでは「サービス提供者」のなんたるかを理解していなかった。この雑誌によって介護サービスの実態をわずかながら理解できるようになったし、この雑誌がなかったら当社のビジネスも今のような展開にはなっていなかったと思う。民介協、老年医学会、介護福祉士会、SMS、ソラストなどの団体、企業や多くの介護事業経営者や医師、看護師、ケアマネ、現場のスタッフと出会うことができた。会社にとっても自分にとっても大きな財産だと思っている。社福協には深く感謝している。といっても実際にこの雑誌を切り盛りしているのは当社のS田である。彼女が企画を考え、取材先を選定している。ときに取材先に同行するがこれが実に勉強になる。S田にも深く感謝である。

9月某日

駅員の帽子を被って記念撮影
駅員の帽子を被って記念撮影

健康・生きがいづくり開発財団の仕事で「健康・生きがいづくりアドバイザー」の活動を撮影している。前回は北海道札幌市のA石さんだったが、今回は長野県長野市の「三才プロジェクト」。中央線の長野駅から2つ目に三才駅という駅がある。なんでも名古屋のデパートが三歳児に焦点を当てたキャンペーンを展開、その際に三才駅の切符をプレ算としたのがきっかけになって注目を集めるようになったという。このプロジェクトのリーダーのA井さんや事務局長の話を聞くことができたが、純粋に地域のため三歳児のための活動をしている姿に感動した。この三才プロジェクトには長野高専の生徒たちも協力しているが、その協力の姿も自然で大変、微笑ましかった。北海道のA石さんはじめ、健康・生きがいづくりアドバイザーの活動はあなどれない。高齢者のこうした活動は地域包括ケアの支えの一部となっていく可能性があると思った。お土産に虫かごに入った鈴虫を頂く。会社に持って行ったら可憐な鳴き声を聴かせてくれた。

9月某日
最近、休日の取材が続いている。今日は久しぶりの休みなので近所を散歩する。私の家は千葉県我孫子市の手賀沼の沼縁に建っている。もともとは岳父が引退後、住むために建てたものだが、引退前に亡くなってしまい、最初は私たち夫婦、そして子供が2人生まれ、連れ合いを亡くした私の奥さんの母堂とも同居した。建築後40年、増改築を2度ほどしたけれど、今でも健在だ。その我が家の周辺を紹介します。

手賀沼の夕暮れ
手賀沼の夕暮れ

 

手賀沼公園には愛犬家が多く集う
手賀沼公園には愛犬家が多く集う

 

 

沼縁に若いカップルが寄り添っていた
沼縁に若いカップルが寄り添っていた

 

手賀沼公園の夕景
手賀沼公園の夕景

 

9月某日
元建設省の住宅技官で、現在はプレハブ建築協会のG田専務を誘って神田明神下の章太亭へ。ビールを頼んだ後、日本酒のぬる燗へ。つまみはお造りとサンマ、おでん。旬のサンマは銀色に輝き美味しかった。「これどこのサンマ?」と女将に聞いたら「章太亭の!」という答え。まっそれはそうだ。G田さんには住宅業界の現状とサービス付き高齢者住宅の取組みなどについて教えてもらう。別れ議に「G田さん。尊敬する上司っていた?」と聞いたら「いましたよ。Y本さんにU野さん」という答え。2人とも住宅局長経験者でY本さんは今年亡くなった前山口県知事、U野さんは建設省の住宅技官でG田さんの先輩。「二人とも亡くなったけど」とG田さん。寂しいですね。翻って私には尊敬できる上司はいたか?私は尊敬できる上司であったか?少なくとも尊敬できる上司ではないね。

9月某日

O谷常務と八丈焼酎「島流し」
O谷常務と八丈焼酎「島流し」

健生財団のO谷常務に財団の「健康・生きがいアドバイザー」のDVD制作の途中経過を説明。池袋の前に2人で行った「八丈島」という店に。「島流し」という35度の焼酎をキープしていたので生ビールのあとにそれを呑む。半分以上残っていたが、35度はさすがにきつく全部呑むことはできなかった。O谷常務は「今度来るとき俺が呑んでおくよ」と言っていたのでまかせる。

 

 

 

 

9月某日

林真理子「不機嫌な果実」
林真理子「不機嫌な果実」

林真理子の「不機嫌な果実」(文春文庫 単行本は1996年10月)を読む。読み始めはあまり感心しなかった。人妻とかつての恋人である広告会社の社員とのたんなる不倫話としか思えなかったからである。だが中盤から音楽評論家の新しい恋人が登場するあたりから、話は面白くなってくる。人妻は真剣に離婚を考え、家を出て実家に帰る。結婚、恋愛、セックスって何だろうと高校生のように考えてしまうところだった。小説は再び広告会社の社員との不倫に走るシーンで終わる。主人公が最後に到達したの「子供をつくること」。私はこの唐突な終わり方に林真理子の並々ならぬ「作家的力量」を感じたのだが。

 

 

9月某日
北海道室蘭市の小中高と一緒だったS藤正輝君が夫婦で上京。高校が一緒だったS川、U野君、女子は北海道室蘭市の小中高と一緒だったS藤正輝君が夫婦で上京。高校が一緒だったS川、U野君、女子はN田さんとO原さんに声かけて集まることにした。会場は東京駅丸の内口と三菱UFJ信託銀行本店ビル地下1階の「ヴァン・ドゥ・ヴィ」。約束の6時に行くと、S川、U野、N田、O原はもう来ていたので、とりあえずビールで乾杯。10分ほど遅れてS藤夫妻が到着。お土産に北海道の銘菓「若狭イモ」を頂く。私の高校は第一次ベビーブーマー世代の私の1年上が1期生で私たちは2期生。つまり新設校だったわけで少子化にともなって数年前室蘭商業高校と統合されて東翔高校という名前になったという話を風の便りに聞いたことがある。普通科3クラス、商業科2クラスでクラス会は普通科3クラスが合同で行う。それだけ仲がいいということだと思う。首都圏同窓会を今月に開く予定だ。S藤夫妻の歓迎会なのにお勘定はS藤君が払ってくれた。