モリちゃんの酒中日記 4月その3

4月某日
白梅学園大学の山路憲夫さんと「ビアレストランかまくら橋」で会食。山路さんは元毎日新聞の論説委員。毎日新聞では長く社会保障と労働運動を担当していた。実は私は学生時代、西武池袋線の江古田にあった国際学寮という学生寮に寄宿していたのだが、山路さんはその学生寮でも先輩にあたる。山路さんは3月で常勤の教授職は退いて障がい者のグループホームなどを運営する社会福祉法人の理事長に専念するとのことだった。そういえば山路さんと一緒の吞み仲間だった元自治労副委員長の徳茂真知子さんも横浜の寿町で福祉施設の施設長をやっているという。偉いなー。

4月某日
半藤一利の「文士の遺言-なつかしき作家たちと昭和史」(講談社 2017年3月)を読む。半藤は東大文学部卒、文藝春秋社に入社、雑誌の編集を長く携わり、専務で退社。歴史探偵を名乗りとくに昭和史をテーマにした著作が何冊もある。私には文藝春秋社専務という経歴から「保守的な歴史観の持ち主」という先入観があり、今までほとんど著作を読んだことはなかった。だが加藤陽子東大教授との対談や「ノモンハン事件」を読んで、昭和の軍部の独走やそれを許した政治家や言論界に対して非常に批判的であることを知ることができた。それ以来、半藤の著作を割りとよく読む。本書も永井荷風の「断腸亭日乗」に触れ、荷風が張作霖爆殺事件、満州事変、2.26事件、日中戦争、日独伊三国同盟が太平洋戦争への道に繋がっているとの認識を昭和16年の時点で抱いていたことを明らかにしている。終章の「宮崎駿さんへの手紙」では特定秘密保護法の制定、集団的自衛権の行使の閣議決定などに強い危機感を表明している。「そうなんだ、一所懸命につくってきた平和日本・主権在民という国家機軸は、かくも根の浅いものであったのだ」という具合である。半藤は86歳、私もがんばらなきゃと思うのである。

4月某日
HCMの大橋社長は高校、大学、就職した明治生命でも卓球部、高校の卓球部の後輩が三浦さん。今、2人は年住協主催の介護予防を目的とした卓球教室のコーチもしている。今日は大橋、三浦さんに加えシミュレーターを開発した土方さん、映像担当の横溝君と私で卓球をすることに。川崎の宮前平のスポーツセンターに集合した4人、早速卓球に興じる。私は三浦さんに教えを乞うが最初は全然、ラケットにボールが当たらなかった。だんだんボールが当たるようになるとがぜん面白くなってくる。だが、八丁堀で呑み会があるのでお先に失礼する。ラケットと靴を買わなくては!八丁堀の「うみかぜ」に行くとまだ誰も来ていない。しばらくすると健康生きがい財団の大谷さんが来たのでビールで乾杯、厚労省からがんセンターに出向している横幕さんも来る。少し遅れて東京都介護福祉士会の白井会長が来て全員が揃う。利害関係のないもの同士、気楽におしゃべりを楽しんだ。東京駅から上野東京ラインで我孫子へ。駅前の「愛花」に寄ると市橋君が来ていた。

4月某日
HCMの事務所で大橋社長から朝日不動産鑑定事務所の田坂社長を紹介される。田坂社長は私と同い年で早稲田高等学院から現役で早稲田の政経学部に進学、私は一浪だから私より1年早く卒業して大正海上(現在の三井住友海上)に入社したという。年友企画は年金住宅融資の申込書類なども制作していたからローン保証をしていた大正海上にはお世話になった。当時の担当だった大正海上の遠山さんや後に三井住友海上の社長になった江頭さんのこともよく知っているということだった。
(一財)医療経済研究・社会保険福祉協会の委託で宇野裕さん(元厚労省・ひつじ企画代表)が「音楽運動療法の在宅普及方策に関する調査研究」を行うことになり、私も研究委員会のメンバーとなった。第1回の顔合わせが武蔵小金井駅近くの「全力屋」というところであるというので顔を出す。今日集まったのは宇野さんと私以外では、小金井リハビリテーション病院の副院長で日本スポーツ連盟会長でもある川内基裕さん、認定音楽療法士の丸山ひろ子さん、(社福)一廣会の金井原苑苑長の依田明子さん。専門分野がそれぞれ違うので、話をしていてもなかなか新鮮だった。

4月某日
昨日、一昨日と地方議員を対象にした第12回の「地方から考える社会保障フォーラム」が社会保険研究所で開催された。今回は65名の定員に100名を超える申し込みがあったということだ。地方議員の社会保障に対する関心は高いということだろう。初日は厚労省の度山徹政策統括官付社会保障担当参事官に「医療・介護・福祉」について制度改正の方向を、川崎で小規模多機能事業所を運営しているNPO法人ひつじ雲の柴田範子理事長には「認知症高齢者と地域」について語ってもらった。武田俊彦厚労省医薬・生活衛生局長、訪問管理栄養士の奥村圭子さん、日本薬剤師会相談役の漆畑稔氏には「地域包括ケアシステムと栄養士薬剤師の役割」について語り合ってもらったが、結論は「薬より食事」。
2日目は国土交通省住宅局審議官の伊藤明子さんに「新たな住宅セーフティネット制度」と題して高齢者や障がい者、外国人の居住対策と空き家の活用について話してもらい、午後は元宮城県知事の浅野史郎さんに「地方議会の行政チェック」について講演してもらった。夜は石川はるえさんが代表を務める「やわらぎ・にんじん実践報告会」に吉武民樹さんと参加。介護職が地域包括ケアシステムの重要な一翼を担っていることがよくわかる報告だった。終わってから吉武さんと上野の「養老乃瀧」へ。

モリちゃんの酒中日記 4月その2

4月某日
図書館のリサイクル本に「魂萌え」(桐野夏生 毎日新聞社 2005年4月)が出ていたので、早速家に持ち帰り読むことにする。最近、桐野の新刊本をよく買う。桐野は我孫子図書館でも人気が高く、リクエストすると何十人も待たされるからだ。最近買って読んだのが「夜また夜の深い夜」「抱く女」「バラカ」「サルの見る夢」「夜の谷を行く」だ。このところの桐野の小説には時代的なメッセージ性が強いと思う。「抱く女」と「夜の谷を行く」では70年代初頭の学生運動に焦点があてられているし、「バラカ」は福島の原発事故が背景にある。「魂萌え」はそれらとは趣を異にする。帯に曰く「夫の急死後、世間という荒波を漂流する主婦・敏子。60歳を前にして惑う心は何処へ? ささやかな日常の中に豊饒な世界を描き出した桐野夏生の新たな代表作」。夫あるいは夫の属する世界に守られていた専業主婦の敏子は、夫の死後、夫の愛人関係にあった存在を知ることになり、遺産を巡って子どもたちとの関係もきしむ。そんななかで敏子は少しずつ変わっていく。それは夫に従属していた暮らしからの自立と言い換えられるかもしれない。自立は一方で過去からの清算を迫られることでもある。そこにおずおずと、しかし毅然として立ち向かおうとする敏子の姿は美しい。

4月某日
年住協の倉沢氏(倉ちゃん)、阿部氏(あべっち)と呑みに行くことにする。以前は竹内理事を交えてよく呑みに行ったものだが、竹内理事の退職後はとんとご無沙汰だった。倉ちゃんが五反田のNTT病院の先生と会うというので、6時に五反田駅の改札で待ち合わせ。五反田から池上線で2つ目の戸越銀座の焼鳥屋で吞む。久しぶりなので吞みすぎてしまって何を話したかよく覚えていない。品川から上野東京ラインで我孫子へ。駅前の「愛花」に寄る。

4月某日
図書館で借りた「天皇制批判の常識」(小谷野敦 洋泉社 2010年10月)を読む。新書版で200ページほどの本だが、小谷野の言いたいことは「まえがき」の「私は中学生の頃、身分制というのがよくないと教えられ、誰それの子供であるからということで優遇されたり冷遇されたりすることは間違いだと教えられた。その過程で、では天皇制は良くないはずではないか、と考えたのは、当然のことである」につきていると思う。彼はその後も天皇制について考え続けたが、天皇制を認めていいという結論には至らなかったということである。小谷野の該博な知識、独自の思想性、文学性を既存のアカデミズムやジャーナリズムは正当に評価していないのではないか。その意味では小室直樹を彷彿させる。

4月某日
社長を退任したので会社に出勤するのは週4日か3日にしようと思う。で今日はウイークデイだけど休み。客が少ないだろうと思って行きつけの理髪店を覗くと、待合のソファーにはお客が4人も座っていた。あきらめて家に帰る。私の住んでいるところは我孫子市若松というところなのだが、近所の人が「年寄りばかりで若松じゃなくて老松だよ」と自嘲気味にしゃべっていたことを思い出す。「毎日が日曜日」の住人が増えているのだ。だから平日でも理髪店は混んでいるのだろう。家に帰ると携帯にHCMの大橋さんから電話。呑みに行きませんかという誘いの電話。「今自宅です」「じゃ駄目だね」「行くから上野あたりで吞んでて」と電話を切って上野に向かう。ところが電車が柏を出た時点で携帯を忘れたことに気付く。携帯がなければ上野で会うことは不可能と思い家に引き返す。1時間ほど遅れて上野駅前で大橋さんと大橋さんの高校の卓球部の後輩、三浦さんに会うことが出来た。ガード下の居酒屋にここがよさそうと入る。入ってからここはSCNの高本代表、市川理事と尾久でのインタビューの帰りに寄った店だったことを思い出す。生ビールとホッピー(黒)でいい気持ちになる。

4月某日
図書館で借りた「最後の資本主義」(ロバート・B・ライシュ 東洋経済新報社 2016年12月)を読む。原題はSAVING CAPITALISM。「資本主義の救済」という意味だろうか。ライシュはアメリカの社会や経済の現状を鋭く分析、第2次世界大戦後のアメリカンドリームを支えた膨大な中間層がやせ細り、今や富を独占する大企業の経営者や金融エリートたちと中間層から脱落した非正規の低学歴の労働者たちに分裂していると説く。たとえばアメリカの大企業のCEOの報酬は1978年から2013年の間に937%(8.4倍)になったのに対し、同時期の労働者の賃金上昇はわずか10.2%だった(第11章 CEO報酬の隠れた仕組み)という具合である。このままではアメリカの社会や経済が壊滅的な打撃を被るであろうという危機感がライシュにこの本を書かせたのであろう。そういう意味が原題には込められている。日本では宮本太郎中大教授の共生社会が同じような立脚点に立っているように思う。

モリちゃんの酒中日記 4月その1

4月某日
桐野夏生が月刊文藝春秋に連載(2014年11月号から2016年3月号)していた「夜の谷を行く」が単行本となって出版された。新聞広告に出ていたので早速、上野駅構内の書店、ブックエクスプレスで購入する。1972年の連合赤軍事件で逮捕、有罪判決を受けた主人公、西田啓子の40年後を描いたもの。西田啓子は恐らく架空の人物だが、主犯で逮捕後に東京拘置所で自殺した森恒夫、死刑判決が出た後、病死した永田洋子などはすべて実名である。啓子は刑期を終えた後、小さな学習塾を経営していたが数年前に塾を閉鎖、今は年金と貯金を取り崩して生活している。美容院を経営する妹の和子やその娘との啓子の過去を巡るトラブルが前半の主なストーリー。後半は一緒に連合赤軍の山岳ベースから逃亡した君塚佐知子や元夫の久間との再会を軸にストーリーは進む。その合間に山岳ベースでの生活やリンチの場面が回想される。連合赤軍の取材を続けているフリーライターの古市のことを啓子は好ましい青年と感じ、一緒に現在の山岳ベースを見に行くことにする。山の中で古市から驚くべき過去を聞かされる啓子。ラストの「ふと気が付くと、山は恐ろしいほどの命の気配に満ちていた。蝉しぐれ、虫の羽音、せせらぎ。啓子は目を閉じてその中に浸ろうとした」という文章は事件を浄化させるがごとく美しい。

4月某日
川越の尚美大学に総合政策学部の高橋幸裕専任講師をSCNの高本代表理事のお供で訪問。帰りに池袋で下車。前にHCMの大橋社長にご馳走になった「鳥定」へ行く。ここは昭和レトロな店で、バックに流される音楽は昭和の懐かしい歌謡曲。高本代表とは珍しくこの頃の政治状況について語り合った。

4月某日
出勤は週に3日くらいに止めようと思い今日は休み。10時頃起床、11時頃朝昼兼用の食事。2時頃まで家にいて2時過ぎに図書館、花見を兼ねて手賀沼のほとりを散策。4時半に駅前の「七輪」へ。今日は5時から元年住協の林さんと呑み会。林さんは新松戸に住まいがあり、新松戸で何回か吞んだことがある。林さんから勤めていた環境協会を退社したというメールが来たので呑み会となった。林さんと別れてから我孫子駅前のマッサージ店へ。

4月某日
帰宅しようと山手線に乗っていたら健康・生きがい財団の大谷さんから電話。今、和歌山から帰って東京駅だという。日暮里で吞もうということになって北改札で待つこと5分。大谷さんとまず谷中霊園方面に向かい、ついで太田道灌像のある東口へ。太田道灌像の向かいにある「いづみや」へ。ここは以前一人で入ったことがあるが安くて大衆的なお店。大谷さんによると大宮にも兄弟店があるそうだ。だがメニューには微妙な違いがある。ここは一人で来て30分ほどで帰る人が多い。居酒屋にも個性があるのだ。

4月某日
新宿歌舞伎町のスナック「ジャックの豆の木」の店長だった三輪さんは、お店を閉店後奥さんの実家がある鹿児島に帰っているが、不動産の管理や何やかやでときどき東京に出てくる。私も会社を休んで神保町で待ち合わせ。桜を見に行こうと靖国神社へ。平日だが私らのような高齢者で境内は混んでいた。大鳥居を潜り、桜を見ながら本殿へ。係りの人が「本殿を正面から写真に撮らないでください」と叫んでいる。三輪さんはお父さんの弟が戦死したとかで子どものころ母親に連れられて、靖国に足を運んだことがあるという。お国のために死んでいった英霊を祀っている靖国神社には尊崇の念が強い。そんな三輪さんも安保法制等の安倍政権の姿勢には批判的だ。まっとうな常識人なのである。靖国神社から千鳥ヶ淵へ。歩きながら歌舞伎町時代の話を聞く。「歌舞伎町の三大スケベ」の話とかここには書けない話も聞くことが出来た。三輪さんと別れ私は半蔵門線の麴町駅へ。帰ろうと思ったが大手町で千代田線に乗り換え湯島へ。不忍池で花見という魂胆だ。不忍池も花見客でいっぱい。ここは外国人の花見客も多い。金髪の若い男女が和服を着て花見に来ている。よく見ると足にはスニーカーを履いている。外国人の若い女性2人連れが和服で通る。こちらはちゃんと草履を履いていた。

4月某日
図書館で借りた「闇の奥」(辻原登 2010年10月 文藝春秋)を読む。最近、辻原登をよく読むのだけれど、きっかけはたぶん「許されざる者」だと思う。4、5年前に発表された作品で、大逆事件に連座して死刑になった和歌山の医師、大石の事績を追った内容だったと思う。舞台は確か新宮だったと記憶している。和歌山は京都、奈良、大阪に距離的には近いけれど「異郷」なんだよね。「闇の奥」にもそれは感じられる。「闇の奥」は読み進んでいくうちにどんどん面白くなっていくのだけれど、作家としての辻原が何を目指しているのか、それもよくわからなくなってますます面白くなってくる。ストーリーは私が要約するには複雑すぎるけど、要するに作者、辻原と辻原の父の村上とその小学校時代の同級生、三上隆の物語である。三上は蝶と小人伝説に魅せられてボルネオの秘境に挑み、消息が途絶える。村上が中心になって何度か現地、ボルネオを捜索するというストーリーだが、最終的には舞台はチベットへ。きっと事実とフィクションがない交ぜになっていると思うけれど、辻原の物語の構想力はすごいと思う。