モリちゃんの酒中日記 10月その5

10月某日
浅田次郎の「見知らぬ妻へ」(光文社文庫 2001年4月 単行本は平成10年5月)を読む。初出は平成7年から10年の小説宝石や小説現代など。今から20年前後も前に書かれた小説だが、文章の巧みさは今と変わらない。この短編集の共通したテーマは「都会の孤独」だろうか。表題作「見知らぬ妻へ」の主人公花田は札幌で会社を潰し、浮気相手の女子社員と歌舞伎町にやってくる。女はひと月で札幌へ帰り花田はボッタクリバーの客引きで口を糊する。知り合いの出稼ぎ外国人手配師の土橋から、中国人との偽装結婚を持ち掛けられた花田は承知する。玲明と名乗る中国娘との束の間の同棲生活の中で、花田と娘との間に愛情が芽生え始めるが、娘は組織の指令により東京から別の街へ。突然の別れ。「都会の孤独」に飲み込まれていくはかない恋を描く現代のおとぎ話。

10月某日
健康生きがい財団の大谷さんが常務理事退任のあいさつに来る。そのまま会社近くの「跳人」で飲む。我孫子へ帰って駅前の「愛花」に寄る。看護大学の助教の佳代ちゃん、常連の福田さんに挨拶。家に帰って三浦しをんの「天国旅行」(新潮文庫 平成25年8月 単行本は2010年3月)を読む。死をテーマにした短編集である。それも自然死ではなく自死、心中、事故死である。死をテーマにしつつ三浦の文章はときにユーモラスである。そこに才能を感じざるを得ない。

10月某日
図書館で借りた「永山則夫 封印された鑑定記録」(堀川恵子 岩波書店 2013年2月)を読む。永山則夫といっても今の若い人にはピンと来ないだろうな。永山は1968年10月から11月にかけて発生した4件の連続射殺事件の犯人として逮捕され、最高裁で死刑判決が確定、1997年8月に死刑が執行されている。4件の中には2件のタクシー運転手射殺が含まれている。当時、私は早稲田大学の1年生。新宿で高校の同級生と飲んでいて終電を逃し、明大前の同級生の下宿に帰ろうとタクシーを止めたら、運転手から「学生さん?一人だったら絶対乗せないね」といわれたことを思い出す。若い学生風の男が調査対象とされていたのだ。犯人の永山は逮捕当時19歳、私より一歳下の昭和24年生まれだった。本書は永山の精神鑑定に当たった石川医師が心血を注いで作成した「永山則夫精神鑑定書」と、それを作成するために録音された100時間を超える永山の録音テープをもとに書かれている。当時、私は高度経済成長に浮かれつつ過激な学生運動にのめり込んでいくという矛盾した生活を送っていたのだが、貧困から逃れようにも逃れられなかった永山のような青春もあったのである。

10月某日
広島市のデルタツーリング社を取材。ツーリングはtoolingで金型のこと。金型メーカーから出発して、現在は工作機械の設計などにも手を広げている。技能士検定の取材だったが、人材と設備への積極的な投資が特徴。労働力人口が減少する中で日本の中小企業の生き残る一つの方向を示しているように思う。広島出張は日帰り。名古屋を過ぎたあたりから飲み始める。我孫子についたら10時を過ぎていた。駅前の「愛花」に寄る。

10月某日
広島往復の新幹線の中で「日本の宿命」(佐伯啓思 新潮新書 2013年1月)を読む。佐伯は1949年生まれ。東大経済学部卒、東大の大学院では西部邁が指導教官だったのではないかなぁ。民主主義やヒューマニズム、平等と権利などに対する根本的な疑念の表明は西部に近いものがある。したがって私としては親近感を持たざるを得ない。

10月某日
図書館で借りた「石原吉郎セレクション」(岩波現代文庫 2016年8月)を読む。石原のシベリア抑留体験を綴った「望郷と海」(筑摩書房)は読んだことがある。年譜を見ると「望郷と海」の出版は1972年、私が読んだのもそのころ。過酷なという言葉では言い表せられないようなシベリア体験。帰国した石原の目に映った日本は、復興から高度成長をひたすらに歩む日本だった。それは永山則夫の感じた違和感と似たような思いのような気がする。石原は1977年、62歳で入浴中に心不全で亡くなっている。早すぎる死。