モリちゃんの酒中日記 10月その1

10月某日
フリーライターの香川喜久恵さんと神田駅西口で待ち合わせる。その前にHCM社の大橋進社長から「今晩一杯どうですか?」といわれていたので、「香川さんと約束があるので一緒にどうですか?」と誘う。大橋さんには店が決まったら連絡することにして香川さんとは神田の葡萄舎に行くことにする。久しぶりに行く葡萄舎は結構混んでいてカウンターに座る。香川さんは病気をしてから酒を呑めなくなったのでコンビニであらかじめお茶を買っていた。私はお刺身を肴に日本酒を頂く。ほどなくして大橋さんが登場。私は調子に乗って日本酒を呑み過ぎる。

10月某日
虎ノ門の日土地ビル地下1階の蕎麦屋「福禄寿」で呑み会。18時30分スタートだが18時過ぎには店に着いてお茶を頂く。少し経って厚労省OBで今は頼まれて大きな社会福祉法人の理事長をやっている堤修三さんがやってくる。「すい臓がんで死ぬのが願望なんだ」と堤さん。「見つかったときはもう手遅れって奴」「そうそう」とまぁ老人の会話ですね。ほどなくして同じく厚労省OBで上智大の特任教授をやっている吉武民樹さん、滋慶学園教育顧問の大谷源一さんが来て「乾杯」。遅れてNHKの堀家春野解説委員、上智大学の栃本一三郎教授が来る。栃本さんがマメに日本酒を頼んでくれる。我孫子へ帰って久しぶりに「愛花」に顔を出す。「愛花」はここしばらく店を閉めていた。常連の福田さんと「俺のボトルはどうなっちゃうのかと心配してたんだよ」「せこいね」と軽口を交わす。

10月某日
図書館で借りた「万波を翔ける」(木内昇 日本経済新聞出版社 2019年8月)を読む。日本経済新聞の夕刊に連載されていたことからその魅力的な挿絵とともに楽しみにしていた。舞台は幕末の江戸。長崎の海軍伝習所で航海術を学んだ幕臣の次男、田辺太一は新設された外国局への出仕を命ぜられる。開国後数年の日本、その中で必死に国益を守ろうとして奮闘する幕臣の姿が描かれる。登場するのは外国奉行の水野忠徳、岩瀬忠震、小栗忠順、それに幕府の幕引きを図る勝海舟、テロリストから一橋家の家臣に変身した渋沢栄一。幕末を幕府の側からそれもあまり有名でもない青年幕吏の視点で描いたのはユニーク。維新後、徳川慶喜に従って静岡に引き込み、沼津の幕臣の子弟のための兵学校で教える太一は、渋沢栄一の勧めで新政府の外務省に出仕することを決意したところで物語は終わる。青年の成長物語であると同時に日本の外交事始めを描いているわけだ。ユニークな挿絵は表紙カバーのイラストにも使用されているが、イラストを描いたのは原田俊二という人だった。

10月某日
図書館で借りた「華族誕生―名誉と体面の明治」(浅見雅男 講談社学術文庫 2015年1月)を読む。浅見という人の本は「公爵の娘」という本を読んだことがある。これは岩倉具視の曾孫が日本女子大学に進学、社会主義思想に触れて治安維持法で逮捕され釈放後自殺するという悲劇を描いたドキュメントだった。巻末の原本あとがきで著者は「世襲の特権階級などないほうがいいに決まっているが、だからといって歴史的存在としての華族(制度)を無視するのは間違いだろう」と書いている。その通りと思うが、「なぜ自分が、なぜわが家がこの爵位なのか、もっと上位でもいいのではないか」という華族の想いが日記などからあぶりだされており、その人間味が何ともおかしい。

10月某日
「姥うかれ」(田辺聖子 新潮文庫 平成2年12月)を図書館で借りて読む。読みながら思い出したのだがこれは78歳で一人暮らしの歌子さんを主人公とするシリーズものの第3作であった。歌子さんは船場の商家に嫁ぎ嫁姑問題で苦労し、商才のない夫に代わって会社に夜も眠られぬ日々を過ごしたりしたのだが、今は旦那も送り、会社も長男に譲って悠々自適の日々である。歌子さんの目を通して現代社会への批評が語られるのだが、単行本が発行されたのは昭和62年とある。西暦で言えば1977年だから今から40年前だが、その批評が色褪せていないことに驚く。しかしここでは歌子さんの現代批評よりも歌子さんその人に焦点を当ててみたい。1970年代に70代ということは1900年前後の生まれだから歌子さんは田辺聖子というよりも彼女の母の世代である。田辺は昭和3年、大阪の写真館の娘に生まれているから本作を書いたころは50代後半、おそらく母の目を通しての現代批評を試みたものと思われる。田辺が描く女性、歌子さんもその一人であるが、その魅力の最大のモノは自立だと思う。戦後日本社会が獲得し、しかし完全に獲得しえていないのが自立であり、それを描こうとする田辺文学は戦後文学の金字塔と私は確信しているのですが。

10月某日
元年住協の林弘幸さんと上野駅で待ち合わせ。私は我孫子、林さんは新松戸なので松戸で呑むことにする。前に行った北口の焼き鳥屋に行く。18時前だったがほぼ満席。焼き鳥屋で閑散としてる店はちょいとヤバイ。そういうことからするとこの店は合格。ハツ、砂肝、ナンコツなどを頼み、ビールと酎ハイを呑む。2時間ほど呑んでお開きに。松戸から各駅停車に乗って林さんは新松戸で下車。私は終点の我孫子まで。

10月某日
社保険ティラーレで打ち合わせ。夕方だったので缶酎ハイを2本頂く。佐藤社長が乾きものを出してくれたのでそれも頂く。打ち合わせが終わって神田駅に向かうと雨が降ってきたので久しぶりに北口の「鳥千」に顔を出す。鰺のナメロウを肴に日本酒を呑んで時間をつぶす。雨が上がったようなので店を出て帰路に。我孫子へ着くとちょうどバスが出た後だったので「七輪」に寄る。「七輪」には焼酎のボトルが置いてあるので白ホッピーと「サービス品」のつまみを頼み、30分ほどで勘定を頼むと千円でお釣りが来た。

10月某日
虎ノ門の医療介護福祉政策研究フォーラムに編集者の阿部孝嗣さんと訪問。3人で中村さんの新刊本についての打ち合わせ。中村さんが研究者のインタビューに答えた「オーラルヒストリー」を軸に専門雑誌などに寄稿した文章をまとめた。「オーラルヒストリー」は平成時代の社会保障政策に関する忌憚のない証言となっていて阿部さんと私の感想も「大変面白い」で一致。私は平成の30年間で官僚の立ち位置とか政治家と官僚の役割とか、かなり変わったなぁという想いを新たにした。台風が迫っているが阿部さんとは久しぶりなので飯野ビルの地下で呑むことにする。阿部さんは若いころ苦労して集めた荒畑寒村などの書籍が二束三文で売られていると嘆く。古書の値が下がったことだけでなく荒畑寒村等の思想が顧みられなくなったことが嘆かわしいのだろう。