モリちゃんの酒中日記 7月その5

7月某日
浅田次郎の「マンチュリアン・レポート」が面白かったので、同じ著者の「清朝末期もの」を読むことにする。手始めに「珍妃の井戸」(講談社文庫 2005年4月)を読む。義和団事件から2年後の北京が舞台。北京から西安に事件を避けようとする西太后と光緒帝一家、光緒帝の愛妾、珍妃は同行を許されず紫禁城内で死ぬ。珍妃の死の真相を探ろうとする英、独、日、露の北京駐在員。英国はエドモンド・ソールズベリー伯爵、英国海軍の提督。ドイツはヘルベルト・フォン・シュミット男爵、ドイツ帝国の陸軍大佐、ロシアはセルゲイ・ペトロヴィッチ公爵、露清銀行総裁、日本は松平忠永子爵、東京帝大教授の4人である。それにしても、浅田の歴史的事実をもとに壮大なフィクションを形づくっていく力量には舌を巻かざるを得ない。珍妃自体が実在の人物で、史実では西太后に西安行きの直前に死を賜ったことになっているという。清末の宮廷、宦官、袁世凱らの軍人、北京の外交団が織りなす華麗な人間関係、その奥にある王朝末期の華美にして不穏な雰囲気、そこら辺が実に巧みに描かれている。

7月某日
図書館で借りた「恋愛未満」(篠田節子 光文社 2020年4月)を読む。篠田節子ってほとんど読んだことないのだけれど、巻末の著者略歴によると1955年東京生まれ、90年に「絹の変容」で小説すばる新人賞新人賞受賞、デビューとある。今年65歳ということか。本作には5編の短編が納められている。どれも嫌味のない爽やかな読後感の小説だが、私的には最後の「夜の森の騎士」がお薦めかな。13年連れ添った夫と円満に協議離婚した亜希子は実家へ戻る。実家の父はすでに亡くなり母には認知症の兆候が。入院先でMRI検査を担当した不愛想な検査技師は、しかし認知症の母親への対応はナイト=騎士を思わせるものだった。母親の付き添いで深夜の病院で目覚めた亜希子はのどの渇きを覚え自販機を探す。病棟で迷った亜希子に手を差し伸べてくれたのは検査技師だった。技師は自販機用の小銭を貸してくれた上、亜希子を病室へ導いてくれる。母親の死後、病院の清算を済ました亜希子は検査技師に小銭を返し、今朝ほど自分で揚げたドーナッツを差し出す。「恋愛未満」というタイトルは恋愛に至る前の男女の触れ合いを表現している。「夜の森の騎士」における亜希子と検査技師の交情がまさにそれに当たる。そういえば篠田には認知症の母と自分のがん体験を綴ったエッセーがあった筈。ネットで検索すると「介護のうしろから『がん』が来た」だった。今度読んでみよう。

7月某日
テレビで映画「グラン・トリノ」を観る。クリントイーストウッド主演・監督のこの映画を観るのは2回目。イーストウッドが演じるのは自動車工場を退職し、妻にも先立たれたやもめの頑固な爺さん。隣に越してきたインドシナ半島の少数民族、モン族の一家と親しくなる。モン族はベトナム戦争のときに米軍側に味方したことから革命政権に迫害され、アメリカに逃れてきたらしい。モン族一家の息子はモン族の不良たちに虐められるが、イーストウッドに助けられる。不良たちは報復に息子の姉を凌辱する。イーストウッドは単身で不良たちのアジトに乗り込む。懐から銃を取り出す仕草を見せたイーストウッドに不良たちは銃を乱射する。実はイーストウッドは丸腰で不良たちに銃を撃たせるために仕組んだのだ。「グラン・トリノ」はイーストウッドの演じる元自動車工の愛車。大型で燃費が悪く小回りが効かないところが元自動車工と似ている。私は「居酒屋兆次」や「幸福の黄色いハンカチ」の高倉健を思い出した。ちなみにイーストウッドは1930年生まれ、健さんは1931年生まれだ。

7月某日
図書館で借りた「宣告」(加賀乙彦 新潮社 1993年8月)を読む。A5判上製、本文796ページでしかも上下2段組だから、読み通すのに5日もかかったが面白かった。加賀乙彦は1929年生まれ、府立6中(現新宿高校)から陸軍幼年学校、終戦により6中に復学し旧制の都立高校理科(現都立大学)から東大医学部に進学した。精神医学者として東京拘置所の医務部技官を務めたことがある。「宣告」にはこのときの経験が下敷きになっている。主人公は死刑囚の楠本他家雄、モデルはメッカ殺人事件の犯人で1969年12月に死刑が執行された正田昭である。楠本を診察する精神科医、近木は加賀がモデル。主な舞台は東京拘置所の死刑囚が収容されている獄舎と医務部。死刑囚というのは死刑が執行されるまでは未決囚なので、刑務所ではなく拘置所に収容される。死刑囚の死刑が執行されるまでの心理を描いた類い稀な小説である。小説全体の空気は明るくはないけれども真っ暗というわけではない。楠本と文通するJ大学心理学科の大学生、玉置恵津子とのエピソードは微笑ましくもある。ここでも上智大学で心理学の教授だったこともある加賀の経験が生かされている。東京拘置所には死刑確定囚が収容されている一角があるが、そこでの死刑囚同士の交流も興味深く描かれる。中卒で獄中でマルクス主義の文献を学習する河野は、連続射殺事件の永山則夫を彷彿させるし、河野に影響を与え後に自殺する学生運動家の唐沢は、連合赤軍事件の東京拘置所で自殺した森恒夫のことを思い出させる。死刑執行は執行の前日に本人に言い渡される。この小説も読み進んでページが残り少なくなってくると「あぁ楠本も間もなく処刑されるのか」と切なくなってくる。

7月某日
図書館にリクエストしていた「最高のオバハン―中島ハルコはまだ懲りていない!」(林真理子 文春文庫 2019年8月)を読む。「この本は、次の人が予約して待っています」という黄色い紙が裏表紙に貼られていたので急いで読むことにする。NHKBSプレミアムで「アラビアのロレンス」を放映するが、それも観ないで「最高のオバハン」に集中することにする。そしたら2時間30分ほどで読み終わってしまった。「宣告」に比べるとこちらは文庫本で236ページ、内容も軽いからね。中島ハルコという女社長と、独身のフードライター、菊池いづみの織りなす軽妙な物語。毎回、いろんな美味しいものを食べ歩くのも物語に彩りを添えている。

7月某日
「地方から考える社会保障フォーラム」の打ち合わせで神田の「社保研ティラーレ」で吉高会長と佐藤社長と面談。その後、地下鉄銀座線で神田から虎ノ門へ。「フェアネス法律事務所」で打ち合わせ。虎ノ門から銀座へ出て有楽町の交通会館へ。交通会館の「ふるさと回帰支援センター」を訪問する。高橋公理事長と最近、高橋理事長から総務部長の代役を仰せつかった大谷源一さんに挨拶。高橋理事長に来客があるので、大谷さんと先に交通会館地下1階の「博多うどん・よかよか」へ行く。ここは「博多うどん」はもちろん提供するが、日本酒を揃えていることで、高橋理事長が贔屓にしている店だ。店長は日本酒にももちろん詳しいが、依然聞いたことによるとネパールだったかミャンマーだったかの出身。だが顔は日本人にしか見えないし日本語も日本人以上に上手だ。高橋さんが来たので日本酒で乾杯。高橋さんにすっかりご馳走になる。