モリちゃんの酒中日記 9月その2

9月某日
図書館で借りた「魯肉飯(ろばぷん)のさえずり」(温又柔 中央公論新社 2020年8月)を読む。台湾に赴任した男が台湾人女性と結婚、日本に帰国して生まれた女児が主人公の桃嘉(ももか)。桃嘉は台湾人の母親(雪穂)と日本人の父親(茂吉)によって大切に育てられ大学に進学する。いくつかの就職試験を受けるが全敗したこともあってサークルの先輩で商社マンの聖司のプロポーズを受け入れる。日本人と台湾人のハーフの桃嘉と台湾人の雪穂の眼を通して家族とは、夫婦とは?を問いかける。私は桃嘉の夫の聖司の描き方がやや類型的と思った以外は大変面白かった。魯肉飯とは台湾料理でご飯に肉とスープを掛けたものらしい。今度、食べてみよう。

9月某日
「自治体職員かく生きる」(自治体活性化研究会 生活福祉機構 2019年5月)が5冊送られてくる。自治体活性化研究会の幹事のひとりの古都賢一さんから「モリちゃん買ってよ」と言われたからである。定価2000円を1600円に割り引いてくれたので8000円である。早速、神田のきらぼし銀行から送金する。神田に来たついでに「魯肉飯」を食べようと、スマホで台湾料理店を探す。駅の南口にあるということだが見つからない。スマホの地図ってわかりにくいんだよね、私にとっては。仕方がないので前に行ったことのある「隨苑」で「カニチャーハン」(700円)を頼む。神田の社保研ティラーレに寄った後、虎ノ門のフェアネス法律事務所の渡邉弁護士と面談、遠藤代表弁護士も顔を出す。霞が関から千代田線で我孫子へ。駅前の「しちりん」で黒ホッピーと白ホッピー。

9月某日
厚生労働事務次官を退任する鈴木俊彦さんに挨拶するために社保研ティラーレの吉高会長、佐藤社長と事務次官室へ。15分ほど話しをして退出。社保研ティラーレに帰って「魯肉飯」の話をすると、吉高さんが「台湾料理で暑気払いしようか」。ということで昨日見つからなかった神田駅南口の台湾料理店に向かう。やはり見つからないので店に電話すると、神田店は撤収したということだ。近くの「アサリラーメン」をメインにしている店に入る。アサリの蒸したものやムール貝の韓国料理風に味付けしたものとか意外に美味しかった。すっかりご馳走になってしまった。

9月某日
図書館で借りた「帰らざる夏」(加賀乙彦 講談社文芸文庫 1993年8月)を読む。加賀乙彦は今年になってから「湿原」「宣告」を読んだがいずれも読み応えがあった。「帰らざる夏」は太平洋戦争末期の陸軍幼年学校を舞台とした長編小説である。加賀自身が陸軍幼年学校に入学し終戦により学校自体が消滅し、旧制中学に復学しているから主人公の幼年学校生徒、鹿木省司という少年には作家自身の体験が反映されている筈だ。戦争末期であるから幼年学校全体が「天皇陛下のために死ぬ」という空気に覆われていた。これはおそらく事実と思われる。が14歳で幼年学校に入学し16歳で卒業して陸軍士官学校に進学するわけだから、そこにはもちろん青春がある。男だけの世界であるからそこには男同士の同性愛的な感情も発生する。戦争自体は天皇の玉音放送によって終結するのだが、それに納得できない鹿木と鹿木と同性愛的に結ばれている源は、割腹自殺する。小説のラストは鹿木と源の割腹シーンで終わる。三島由紀夫と森田必勝の市谷陸上自衛隊での自決を思い出させるシーンである。

9月某日
図書館で借りた「ジョージ・オーウェル-『人間らしさ』への賛歌」(川端康雄 岩波新書 2020年7月)を読む。ジョージ・オーウェルは「動物牧場」「1984」といった全体主義を風刺したイギリスの作家で、私はオーウェルがスペイン内戦に人民戦線側の義勇軍に参加したときのドキュメント「カタロニア賛歌」を昔、面白く読んだことがある。しかしオーウェルについての知識はそれくらいで今回、この本を読んで作家の誕生から死までのおおよそを理解することができた。オーウェルは1903年にインドで生まれた。父親は現地で英国政府の役人をしていた。オーウェルによると「ありきたりの中流階級家庭のひとつ」だ。オーウェルは生後一歳で英国に戻り、18歳でパブリック・スクールのイートン校を卒業、大学には進学せず当時英国の植民地だったインド帝国警察官任用試験に合格する。赴任先はビルマで24歳まで植民地での警察官を務める。中産階級の出身で植民地の警察官を務めた経験が、オーウェルの労働者階級への同情や反帝国主義的な感情を高めることになったようだ。英国に帰国後は作家を志す一方で貧民窟を訪ねたり、ホテルのポーターや皿洗いを経験する。1933年、「パリ・ロンドン放浪記」で作家デビューする。
1936年6月にアイリーンと結婚、7月にスペイン内戦が勃発、12月にスペイン、バルセロナに入る。1937年1~6月、人民政府側のPOUM(マルクス主義統一労働者党)の民兵隊に参加し、アラゴン戦線で闘う。これをドキュメントとして描いたのが「カタロニア賛歌」である。スペイン内戦は政権を握っていた人民政府に対する、ドイツ、イタリアの支援を受けたフランコの率いるファシストのクーデターにより始まった。人民政府側にはソ連が支援し、世界各地から労働者、市民が義勇軍として参加した。ヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」はスペイン内戦を舞台としたもので、ゲイリー・クーパーとイングリッド・バークマンの主演で映画化されている。私はテレビで放映されているのを観たが、義勇軍として参加したアメリカ人(クーパー)とファシストにより金髪を丸刈りにされたバーグマンの悲恋映画である。重傷を負ったクーパーがバーグマンを逃がすために、独り機関銃坐に残る。私も残ると泣き叫ぶバーグマンにクーパーは「逃げろ!僕は君の心に生き続ける」と叫ぶ(私の記憶による再現です)。話は逸れたがPOUMはトロツキスト主体の政党であったため最初はファシストに次いでソ連に支援されたスターリニストに弾圧される。このときのスターリニストやファシストに対する嫌悪がオーウェルに「動物牧場」や「1984」を書かせたと言える。
スペインでのスターリニストからの逮捕を辛うじて逃れたオーウェルは「ソヴィエト神話を暴露」するために「動物牧場」の執筆を開始する。1944年2月に脱稿するが何社もの出版社から出版を断られる。というのも第2次世界大戦の末期であり、英国とソ連は同盟関係にあったため、出版は友好関係を損なうと思われたためだ。「動物牧場」の出版は1945年の8月まで引き延ばされることになるが、これが功を奏して「動物牧場」は世界的なベストセラーとなる。戦争の終息は冷戦の始まりでもあり「動物牧場」はソ連の体制批判として受け入れられたのだ。「あらすじ」は本書によると、農場で酷使されていた動物たち(農民、プロレタリアート)が人間の農場主(皇帝、ブルジョアジー)を追放、動物たちの自主管理による「動物牧場」(ソ連)が成立するが、やがて動物たちのなかでも管理能力のある豚たち(共産党)が農場の運営を組織してゆく。まもなく豚の特権化が進行し、権力闘争の末、豚のナポレオン(スターリン)の独裁体制が完成するというものである。「動物牧場」の完成を待たずに最初の妻、アイリーンは39歳で死去する。
「動物牧場」に続いてベストセラーとなったのが1949年6月に刊行された「1984」である。同じく本書の「あらすじ」によると、1984年、世界は3つの超大国に分割されている。主な舞台はオセアニア国に属するロンドン。神格化された指導者ビッグ・ブラザーを頂点とする党の支配が貫徹している。「テレスクリーン」による私生活の監視、友人や家族による密告、マスメディアの操作、言語の改造によって思想統制が徹底されている。党支配に疑問を抱くようになった主人公は恋人と密会し禁断の自由恋愛を実行する。現体制の転覆を夢想するが、思想警察に逮捕され、ついには破滅する。この「あらすじ」だけでもいろんなことが連想させられる。ビッグ・ブラザーは麻原彰晃を、私生活の監視、友人家族による密告はコロナ禍の「自粛警察」、マスメディアの操作、言語の改造は安倍政権による文書の改ざん、森友、加計、桜疑惑だ。「1984」の刊行後、その年の10月にオーウェルは肺結核で入院していた病院で15歳年下のソニアと再婚するが、翌年1月に大量喀血で死去、46歳であった。