モリちゃんの酒中日記 12月その4

12月某日
「湖の女たち」(吉田修一 新潮社 2020年10月)を読む。琵琶湖湖畔の介護療養施設で元京大教授の百歳の男が殺される。事件を追う2人の刑事、介護施設で働く若い女、事件を取材する週刊誌記者はかつて被害者が薬害事件に関わっていたこと、さらに戦前の満洲で731部隊に所属していたことを探り出す。「湖の女たち」の湖はもちろん琵琶湖のことだが、同時にハルビンの平房湖も暗示させる。終戦の年の冬、平房湖の湖岸で少年たちによるおぞましい事件が起きていた。幾筋の起伏に富んだストーリーが交錯する。吉田修一の構想力、想像力に圧倒される。

12月某日
「愛がなんだ」(角田光代 角川文庫 平成18年2月)を読む。通称テルちゃん(20代OL)とマモちゃん(20代出版社勤務)の交際というか交流を中心とするストーリー。テルちゃんはマモちゃんに惚れている。マモちゃんの私用にこき使われ会社の仕事がおろそかになり解雇同然に会社を辞める。そうした今どきの若者の日常をユーモアを交えて描く。私は全然納得いかなかった。マモちゃんにもマモちゃんの理不尽な要求に唯々諾々と従うテルちゃんの姿勢にも。しかし奥付を見ると令和元年の6月で19刷を記録している。それなりの支持を得ているのである。さらにネットで検索すると昨年には映画化もされてある程度のヒットをしているらしい。私は少し反省する。恋愛小説として読むから納得できないのだ、現代の若者の習俗を描いた小説として読めばそれなりの納得はできる。小説中の居酒屋のメニュー紹介も結構詳しい。決して美味そうとは言えないが。

12月某日
図書館で「日本史」のコーナーを眺めていたら岩波新書の「新選組」(松浦玲 2003年9月)が目に付く。松浦玲は以前、大谷さんから貰った「勝海舟」を読んで面白かった記憶があるので早速借りることにする。新選組って幕末に活躍した集団のなかではかなりユニークだと思う。集団のイデオロギーは尊王攘夷であり尽忠報国である。尊王攘夷というスローガンは敵対する長州や薩摩、さらに当時の京都に出没した不逞浪士と一致する。薩長の尊王攘夷は慶応3年10月の徳川慶喜の大政奉還により、尊王倒幕に変換される。しかし新選組は幕命により京都守護職、松平容保預かりとされ京都の市中警護を委任されていた集団である。まして尊王攘夷は大政奉還の1年前に逝去した孝明天皇が固執したイデオロギーで、新選組がこれに敵対することはありえなかった。しかし近藤勇も禁門の変から第1次長州征伐あたりから微妙に変化し、ついには蘭方医松本良順に西洋事情の教えを乞うようになる。ちなみに松本良順は榎本武揚に従って函館まで従軍している。それにしても新選組が幕臣となるのは慶応3年6月である。それまでは京都守護職から市中警護を任された浪士の集団という扱いである。逮捕権や尋問権は持っていたものの幕臣、今で言う公務員ではなかった。町奉行所の与力や同心が幕臣だったのに、その下の岡っ引には正式な形では報酬は支給されなかったのと同じである。著者の松浦玲は京大を学生運動で放校処分にあっている。幕末でいえば不逞浪士の一派だったわけですが、きちんと歴史的に新選組を評価しています。

12月某日
図書館で借りた「ヤマト王権-シリーズ日本古代史②」(岩波新書 吉村武彦 2010年11月)を読む。1カ月ほど前に読んだ「ワカタケル」(池澤夏樹)は倭の5王の一人、雄略天皇となるワカタケルを主人公とした小説だったが、政(まつりごと)や性愛などに対する古代人の荒々しくも瑞々しい感性を描いた好著であった。私は「ヤマト王権」を飛鳥時代に連なる大和政権について歴史学ではどうとらえているのか興味深く読んだ。この時代(だいたい6世紀より前)は紙による記録がほとんどない。古事記や日本書紀(記紀)の編まれたのは古事記が712年、日本書紀が720年だし、厳密な歴史書と見ることはできない。中国の歴史書(魏志や宋書など)に出てくる倭国の記述と記紀の記述を照らし合わせたり、考古学と連携して検証したりする作業が必要となってくる。ヤマト王権とは現在の天皇家の先祖となるのはほぼ間違いない。しかし天皇家が男系男子で受け継がれてきたとか長子相続というのは、近代の明治以降に刷り込まれたものではないか、という疑問が本書を読むと湧いてくる。ワカタケルは兄の安康天皇を刺殺してるし、本書によると蘇我馬子は配下に命じて崇峻天皇を殺させた。古代、中世、近世と、天皇は権力のあるなしに関わらず、政治的、思想的にこの国の柱だったんだね。

12月某日
図書館で借りた「東京湾景」(吉田修一 新潮文庫 平成18年7月)を読む。吉田修一の小説に私はなぜ魅かれるのだろうか?ひとつは描かれる人間像であり、登場人物の置かれた社会関係の巧みな描き方に魅かれるのではないか。本編の主人公は亮介、品川埠頭の貨物倉庫で働く25歳。出会い系サイトで知り合った恋人の美緒は対岸のお台場の石油会社で広報を担当するOL。男は高卒で倉庫でフォークリフトを操る肉体労働者、女は大卒で一流企業の美人OL。この設定は普通に考えれば不自然である。しかしこの小説を読んでいると、不自然さはまったく感じられない。吉田修一の作家的な力量という他ない。舞台は品川駅港南口から天王洲アイル駅、品川埠頭、お台場である。この30年か40年で最も変貌をとげた地域である。時代設定としては、りんかい線が開通した1996年頃、だから亮介の行く銭湯「海岸浴場」もまだ残っているのだ。ネットで調べると「海岸浴場」は実在するが2002年3月をもって廃業したそうだ。

12月某日
社保研ティラーレで吉高会長、柳子氏、雑賀氏とG-バスター販売の打ち合わせ。確実に売れてはいるようだが、期待していたほどには出ていない。新型コロナウイルスに対して「三密回避は守り」「G-バスターによる滅菌は攻め」という形で営業したらと提案する。1月中旬以降に厚労省記者クラブで記者発表を予定するが、どういった切り口での記者発表にするか、思案のしどころ。

12月某日
河幹夫さんとJRお茶の水駅で待ち合わせ、社会保険出版社で阿部正俊さんの遺稿集の打ち合わせ。印刷会社のキタジマの金子さんが加わる。何とか今年度中の出版に漕ぎ着けたい。河さんと阿部さんの思い出話をする。阿部さんの年譜を整理していて思い出したが私が阿部さんに初めて会ったのは阿部さんが年金局の資金課長で、私が日本プレハブ新聞という住宅業界の記者をしていたときだ。阿部さんが38歳、私が32歳のときだ。今から40年前である。当時の資金課は公的年金の運用を担当していたが、多くは大蔵省の資金運用部へ預託していた。資金運用部から住宅金融公庫や年金福祉事業団を通じて住宅融資が行われていた。住宅資金の担当課長として阿部さんを取材したのだ。一介の業界紙の記者に対しても阿部さんは丁寧に答えてくれた。