モリちゃんの酒中日記 4月その1

4月某日
昨年亡くなった元参議院議員の阿部正俊さんの本、「真の成熟社会を求めて」が完成に近づいているので、阿部さんの都内のマンションを訪問して奥さんと息子さんと打ち合わせ。お土産に沖縄のお菓子を頂く。社会保険出版社の1階でゲラをキタジマの金子さんに渡す。金子さんの車で神田まで送って貰う。鎌倉河岸ビルの「跳人」でランチ。有楽町の「ふるさと回帰支援センター」に大谷さんを訪問。アイスコーヒーをもらう。高橋理事長に挨拶。第2次早大闘争のとき、8号館で山下洋輔トリオが演奏したライブのCD「DANCING古事記」を頂く。今日は何かものを貰う日だ。

4月某日
図書館で借りた「心が雨漏りする日には」(中島らも 青春出版社 2002年10月)を読む。アル中で睡眠薬中毒患者の日常を描いた「今夜、いつものバーで」は小説だが、「心が雨漏りする日には」はエッセー。「今夜…」が映画やテレビドラマとすれば「心が…」は実写版、ドキュメントである。「心が…」を読むと、中島らもの薬物やアルコールに対する依存度はかなり深刻だったことがうかがえる。しかし中島らもの小説やエッセー、舞台での活躍は半端ではない。早世が惜しまれる。
同じく図書館で借りた「ムーンライト・イン」(中島京子 KADOKAWA 2021年3月)を読む。「ムーンライト・イン」というペンションを経営していた中林虹太郎は同居していた妹の死をきっかけにペンションをたたむ。虹太郎は独身だが信金に勤めていた頃、美貌の人妻と恋に陥る。彼女は事故で車椅子を余儀なくされるが夫を亡くして虹太郎のもとに身を寄せることに。この二人に引き寄せられるように介護福祉士、日本とフィリピンのハーフのヘルパー、自転車で放浪する青年が「ムーンライト・イン」に棲みつく。一種のハウスシェアだが、血縁関係のない疑似家族ということができる。私はこの小説を読んで50年前の東大闘争のとき壁に残された「連帯を求めて、孤立を恐れず」という落書きを思い出した。人は本来、孤独ではあるが結びつくことを求める存在であるという意味において。

4月某日
社会保険旬報の4月1日号に前厚労省医務技監の鈴木康博さんの「新型コロナウイルスと今後の医療」という講演が紹介されていた。「あぁ成程ね」と読みながら思った。たとえばウイルスは人間や動物に寄生して生きていく。寄生した人間を殺さず、長生きさせて自分も長く生きる。その意味では今回のコロナも、2年になるか3年になるかわからないが、いずれ弱毒化して通常の季節性コロナ風邪になる、と言っている。また日本が感染者数や死者が少ない要因として、マスク着用の徹底、挨拶様式(これは多分、抱擁や握手などの濃厚接触が少ない様式のことだろう)、家の中では靴を脱ぐ、などを挙げていた。日本のコロナ対策は遅れているという印象だったが、鈴木さんの講演ではちょっと違うようだ。

4月某日
「地方から考える社会保障フォーラム」。千代田線大手町駅からすぐの日本生命丸の内ガーデンタワー3階へ。今回の講師は厚労省の認知症施策・地域介護推進課長、ワクチン産業協会理事長らだが、聴衆を最も魅了した講師は香取照幸(上智大学教授・未来研究所臥竜代表理事)だった。テーマは「持続可能な社会保障制度を考える」だったが、少子化対策について「最も重要なのは、『家庭的責任の公平な分担とそれを可能にする働き方改革』であり、その鍵は『企業の行動変容』であり、『経済システム改革』」とし、政府がやるべきことも多いが、産業界・個別企業、そして社会を支配している男性が果たすべき責任と役割は極めて大きい、と語っていたのが印象的であった。フォーラム終了後、大手町から一駅の神保町へ。社会保険出版社の高本社長を訪問。帰りは御茶ノ水から秋葉原、上野経由で我孫子へ。駅前の「しちりん」で一杯。

4月某日
図書館でたまたま手にした「大審問官スターリン」(亀山郁夫 岩波現代文庫 2019年9月)を読む。スターリンとは言うまでもなく世界で初めての社会主義革命をロシアで成功させたレーニンの後継者で、ソ連をアメリカと並ぶ強大国に育て上げたあの独裁者、スターリンである。本書はスターリンの評伝というのではない。評伝ならばもっと詳細に彼の生涯を描いたものがある筈だ。私はスターリンを中心にした、当時の革命家、政治家、陰謀家、芸術家の群像劇として本書を読んだ。スターリンは1924年にレーニンが死去して以降、1953年に死去するまで権力を独占し続けた。毛沢東は確かに中国においては現在でも神格化されているかも知れないが、文革以前は劉少奇や鄧小平らにより実質的な権力からは遠ざけられていた(それが文革による奪権闘争の始まり)。ヒットラーに至っては首相、総統であった期間は20年に満たないのではないか。キューバのカストロ首相は半世紀近く首相の座にあったと思うが、独裁者の暗いイメージはない。スターリンも死後のスターリン批判によって、大粛清の事実が明らかにされて初めてイメージ失墜に見舞われた。それまではソ連人民やソ連に忠誠を誓う人民にとっては「全民族の父」であった。
本書を読んで思ったのは、いわゆるスターリン主義とは何だったのかということである。スターリン本人は共産主義者、レーニン主義者と自己規定していたかも知れぬがスターリン主義者とは自称していなかったと思う。日本では革命的共産主義者同盟の革マル派と中核派が反スターリン主義を標榜している。官僚主義や一国社会主義、政治的には共産党独裁体制、経済体制として国家独占資本主義体制を言うのだろうか。北朝鮮の体制はスターリン主義体制だろうか。むしろ封建的な軍事独裁世襲国家体制と言った方がいいかも知れない。スターリンはトロツキーを恐れていたと思う。レーニンの戦友で革命戦争の輝かしい指導者。スターリンにはなかった名声と知性。スターリンはトロツキーを党から除名し国外追放し、さらに亡命先のメキシコで暗殺者に殺させる。暗殺者はメキシコの刑務所に20数年収監された後、ソ連に帰国した。トロツキーと同様、ロシア革命の指導者だったブハーリン、カーメネフ、ルイコフらは反革命の容疑で裁判にかけられ、死刑判決のあと銃殺される。結局、ロシア革命は失敗だったのではないだろうか。遅れた資本主義国としてのロシア帝国にはまずブルジョア民主主義革命が必要だった。メンシェヴィキや社会革命党の路線が正しかったのでは。ボルシェビキがもたらしたのは開発独裁の専制国家だったのではないか。