モリちゃんの酒中日記 4月その4

4月某日
「いっちみち」(乃南アサ 新潮文庫 令和3年3月)を読む。「乃南アサ短編傑作選」と銘打たれていてすでに発行されている単行本や雑誌に掲載されたものを収録している。表題作となった「いっちみち」は「小説新潮」の昨年7月号に掲載されたもの。新型コロナウィルスが蔓延するなか松山の高齢者施設に勤める芳恵は、30年間帰っていなかった故郷、臼杵へ行ってみることを思いつく。「いっちみち」は臼杵の言葉で「行ってみよう」ほどの意味。芳恵は臼杵で初恋の人に再会するが…。あとはホラーの短編。

4月某日
今日(4月27日)の朝日新聞朝刊のオピニオン欄に阿古智子東大教授の「香港、強まる共産党支配」というインタビューが掲載されていた。阿古さんは1997年に香港が英国から中国に返還されたときに香港大学に留学していた。当時、阿古さんは「香港が英国の植民地支配から解放され、現地の人々が自らの政治制度をつくっていく。一方、中国は香港を『世界への窓』と位置づけ、経済を発展させ、政治体制もオープンにしていく」と楽観していた。今は「見方が甘かったと言われればその通りです」と。阿古さんは香港の民主活動家、周庭(アグネス・チョウ)とも親交があり、実刑判決を受けた周さんたちを心配していた。昨年6月のオンラインセミナーでの周さんの発言が紹介されていた。「私たちは命をかけて闘っています。将来には不安しかありません。来年、私は生きているでしょうか。人権、民主主義、自由を空気のように思っていてよいのでしょうか。なくなると分かるのです。その価値を」。うーん、この言葉は重い。日本でも菅首相の学術会議会員の任命拒否について何ら合理的な説明がされない事態が続いている。「自由を空気のように思っていてよいのか」という周さんの言葉をかみしめるべきだ。

4月某日
NHK BSプレミアムで「内藤大助の大冒険」を見る。内藤大助ってプロボクシングの世界チャンピオンだった人でテレビのバラエティ番組に出演したりしてるちょっとした人気者だ。
北海道の豊浦町出身で生後間もなく両親が離婚、母親に育てられた。「内藤大助の大冒険」は京成立石駅前の居酒屋から始まる。常連の内藤が「オレ、今度アラスカに行くんだよ」と店の大将に話すシーンである。京成立石駅前の呑み屋街っていかにもディープでね。私も飲み友達の大越さんに連れられて行ったことがあるけれど。アラスカでは犬ぞりで奥地の温泉まで何日もかけて行くのだ。犬ぞりの指導をするのは30歳の女性で子供のころからそりを引くシベリアンハスキー犬と親しんでいる。女性に厳しく指導される内藤はカゲで悪態をつく。ゴールの温泉に着いたとき、女性は初めて内藤のことを誉めてくれる。内藤は女性に尊敬の念さえ抱くようになる。ここら辺には内藤の「素」の良さが出ている。「内藤大助の大冒険」ってシリーズものなのかなぁ、また観てみたい。

4月某日
「もう死んでいる12人の女たちと」(パク・ソルメ 斎藤真理子訳 白水社 2021年3月)を読む。難解!ストーリーがよく分からない。しかし斎藤真理子の解説を読んでパク・ソルメに対する興味がわいてきた。もともとパク・ソルメはデビュー以来、「個性的」「独創的」「前衛的」という評価がされてきたようなのだ。パク・ソルメは1986年、光州市に生まれる。作品には光州事件の影響を思わせるものも多い。2011年の3.11フクシマ原発事件に言及している作品もある。パク・ソルメの作品は難解ではあるけれど、現代社会が抱える困難さと向き合った作品と言えるのかも知れない。

4月某日
「大暴落 ガラ 内閣総理大臣三崎皓子」(幸田真音 中公文庫 2020年3月)を読む。日本初の女性総理大臣に就任した三崎皓子が、大洪水に見舞われた首都、東京の危機に対処していく姿を描いた小説と一口に言ってしまえばそうなのだが、私には現在のコロナ禍への対応に右往左往している政治家たちと二重写しに感じられとても面白かった。本作はシリーズ2作目で、「スケープゴート 金融担当大臣三崎皓子」に続くもの。「スケープゴート」は未読だが、気鋭の経済学者だった三崎皓子が民間人として金融担当大臣となり、請われて参議院選挙に出馬して当選、官房長官に抜擢される。前総理の引退後、与党の一部と野党の支持により初の女性総理となった三崎皓子の活躍を描くのが本書だ。タイトルの大暴落は、東京を襲った大洪水と時を同じくして起こった株式市場の暴落と円相場の急落のことを指している。自然災害と金融危機が同時に日本を襲うというストーリーである。洪水は三崎の的確な指揮と現場の頑張りとによって被害の拡大を防ぐことができ、金融危機は三崎の学生時代からのライバルで財務省に入省後、中国のインフラ投資銀行の幹部に転職した北条由紀子の協力により収束に向かう。現実はどうか?コロナ禍は縮小の兆しさえ見せず、首都圏、大阪圏、中部圏を中心に拡大を続けている。小説と違って現実の対応は後手後手に回っているように思える。経済はアメリカの好景気に支えられて株価も円ドル相場も安定しているかに見える。しかしコロナ対策費は新規国債の発行により賄われている。金利が超低金利だから何とか財政が持っているようなもので、金利が上昇局面になれば日本財政は危険水域に入ってしまう。現実は小説よりもはるかに厳しいのである。