7月某日
「女たちのポリティクス-台頭する世界の女性政治家たち」(ブレイディみかこ 幻冬舎新書 2021年5月)を読む。「小説幻冬」の2018年12月号から20年11月号に連載されたもの。英国のブライトンに労働者階級のアイルランド系の夫とハーフの息子と暮らすブレイディみかこは「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」がベストセラーとなって以来の読者である。というか私はその少し前に発売された「女たちのテロル」(岩波書店)を面白く読んだ。その頃、私にとってはブレイディみかこはまったくの無名のライターだった。「女たちのテロル」では20世紀の女性のテロリストを何人か取り上げているのだが、日本人では関東大震災直後に、摂政の宮(昭和天皇)暗殺未遂事件で夫の朴烈とともに逮捕され、後に宇都宮刑務所で縊死した金子文子の生涯がスケッチされている。貧しい人々への共感が彼女の考え方の基本にはある。政治思想的には無政府主義ね。そしてブレイディみかこが英国在住ということも見逃せない。日本、日本人という限定的な視点から解放されているのだ。英国首相だったメイ、ドイツ首相のメルケルには辛口の評価。ニュージーランドのアーダーン首相、フィンランドのマリン首相らには肯定的な評価が下されている。メイはEU離脱後の国家運営における無能さ、メルケルはこてこての財政再建論者であることが否定的な評価の理由である。私はブレイディみかこの本に出合うまでは財政再建主義者であったのだが、少し考えを改めようかなと考え始めているところ。MMT(現代貨幣理論)を少し勉強してみるか。
7月某日
「身分帳」(佐木隆三 講談社文庫 2020年7月)を読む。佐木隆三は1937~2015年。「復讐するは我にあり」はじめ、犯罪小説の第一人者。「死刑囚 永山則夫」「小説 大逆事件」は未読だがそのうちぜひ読みたい。人生の大半を刑務所で送った主人公の山川一は、昭和61年2月に旭川刑務所を出所、東京の弁護士が身元引受人となったことから上京する。生活保護を受けながら職を探し、運転免許取得の苦労や近所の人々との交流などが描写される。
私はこの本を読みながら大学生の頃、交流のあったMさんのことを思い出した。今から半世紀以上前の1969年の4月28日(4.28沖縄闘争)で私の友人が逮捕された。そのとき留置所で同房だったのがMさんである。Mさんはその頃30代前半だったと思うが、少年の頃から素行が悪く刑務所を出たり入ったりの生活だったらしい。留置所でも警官に反抗し「エビ固め」で攻められるなどの拷問を受け、同房の私の友人に「留置所を出たら証言してほしい」と依頼した。この一件の結末は知らないが、この年の夏以降、私たちはMさんのもとで土方のアルバイトに精を出すことになる。その年の9月、私は早大第2学生会館屋上で凶器準備集合、傷害、公務執行妨害、現住建造物放火などの容疑で逮捕される。学生会館の屋上から押し寄せる機動隊に向けて火炎瓶や石ころを投げつけたわけね。逮捕起訴されて東京拘置所(その頃はまだ東池袋に会った)にMさんから「私がもっと若かったら君と一緒に戦いたい」という内容の封書が届いた。在学中はよくMさんのもとで土方のバイトをしたっけ。かなり割のよいバイトだった。なお「身分帳」は西川美和監督、役所広司主演で「すばらしき世界」として映画化されている。
7月某日
東京神田の社保研ティラーレを訪問。吉高会長、佐藤社長、議員秘書の神戸さんと懇談。吉高さんから高級焼酎「百年の孤独」を頂く(ネットで値段を調べたら、定価5726円!)。キタジマの金子さんの営業車で社会保険出版社へ。近藤さんと「真の成熟社会を求めて」の打ち合わせ。御茶ノ水の社会保険出版社から上野駅まで金子さんに送って貰う。我孫子で「しちりん」に寄る。
「蟲息山房から-車谷長吉遺稿集」(新書館 2015年12月)を読む。蟲息山房は「ちゅうそくさんぼう」と読み、車谷と奥さんで詩人の高橋順子さんが住む家のこと。車谷が命名した。全集に入らなかった短編小説や俳句、連句、対談、インタビューなどが収められている。玄侑宗久との対談で車谷は何を目指しているかと問われ、「人間が人間であることの不気味さをテーマに書きたいわけです」と答えている。今思えば覚悟を持った小説家だったように思う。「10年夏に全集を刊行してから執筆意欲を失った」と高橋順子さんが書いている。10年とは2010(平成22)年のことである。車谷が妻の留守に食べ物を喉に詰まらせて窒息死したのが、それから5年後の2015(平成27)年5月であった。
7月某日
「財政赤字の神話-MMTと国民のための経済の誕生」(ステファニー・ケルトン 早川書房 2020年10月)を読む。MMTとは現代貨幣理論のことで、アメリカ、イギリス、日本など自国通貨の発行権を有する国の政府は、赤字国債を発行し続けても問題ない(ただしインフレには注意)という理論である。今回のコロナ対策に関しても多くの公費が使われているが、その多くの(おそらくすべての)財源は国債である。私は長く「健全財政論者」で、借金を子や孫の世代に残すのには反対という立場である。だがこの本を読んで私の考えは揺らぎ始める。この本の第1章は「家計と比べない」で章の扉にはタイトルの文字とともにオバマ大統領の2010年一般教書演説から「アメリカ中の家族が支出を控え、困難な決断をしている。政府もそうしなければならない」という文言が添えられている。そして扉の裏には「神話1 政府は家計と同じように収支を管理しなければならない」と並べて「現実 家計と異なり、政府は自らが使う通貨の発行体である」という言葉が掲げられている。「自らが使う通貨の発行体」というのがミソでEU加盟国や地方政府は除外される。ステファニー・ケルトンはニューヨーク州立大学の教授で経済学者。2015年の米上院予算委員会でチーフエコノミスト、大統領選挙では民主党の予備選でバーニー・サンダース候補の政策顧問を務めたという。社会主義者ではないがバリバリの左派である。
7月某日
MMTについてさらに「MMT-現代貨幣理論とは何か」(井上智洋 講談社選書メチエ 2019年12月)を読む。ステファニー・ケルトンは自ら現代貨幣理論派を名乗っているが、井上智洋はMMTに「全面的に賛成でも、反対でもありません」(はじめに)としている。当然、ステファニー・ケルトンの語り口には迫力があり、井上智洋にはそれが欠ける。井上はベーシック・インカム(BI)の導入論者として知られるが、本書でもAI・ロボットが高度に発達した未来にBIが導入されると多くの人が労働から解放される「脱労働社会」が実現する、と主張している(第5章)。私はそれがマルクスの言う共産主義社会と思えるのだが。