9月某日
「我が産声を聞きに」(白石一文 講談社 2021年3月)を読む。英語学校の非常勤講師と自宅での英会話の個人レッスンを続けている名香子は47歳、夫の良治は54歳、大手家電メーカーの研究職、一人娘の真理恵は早稲田大学の建築学科の2年生で大学進学を契機に一人暮らし。名香子は良治とともに良治のがん検診の結果を聞きにがんセンターへ向かう。初期の肺がんとの結果を聞いた後、二人で食事へ。食事の席で良治から聞かされたのは、好きな人がいる、その人と暮らしたいので家を出るという衝撃の告白。困惑する名香子の心理と行動を描くというのが、この小説のストーリーだ。小学生の名香子は捨てられた子猫と出会いミーコと名付けて飼い猫とするが、母の貴和子に猫の毛アレルギーが出て、ミーコは貰われていった。良治と結婚してしばらく経って庭に幼い猫が迷い込んできた。この猫もミーコと名付け一家で可愛がるのだが、良治の不手際から失踪してしまう。良治が家を出てからしばらくしての朝、庭で子猫の鳴き声がする。この小説は「『ミーコ、お帰り』/そう呟いて、彼女は一歩一歩、猫の鳴き声のする草むらへと近づいていく。」という文章で終わる。子猫が名香子の再生の象徴となっていると私は読みました。そしてもう一つ。実家の貴和子から手渡された句集の一句に小さな丸い印が付いていた。その句は「初みくじ凶なり戦い甲斐ある年だ」。これは母親から名香子へのメッセージなのだが、作者から読者へのメッセージでもあるように私には思えた。
9月某日
近所の鍼灸接骨院へ通っている。週2回、週1回は電気とマッサージ、あと1回はこれに鍼が加わる。鍼は昔、週1回ほど中国鍼に通っていたことがある。目黒の王先生のところだ。王先生は中国出身だが、文化大革命で迫害されて日本に来たそうだ。いつだったか尖閣列島問題についてどう思うか聞かれ、私が口よどんでいると「日本人はもっと毅然としなければダメよ」とそれこそ毅然と言われてしまった。中国共産党嫌いは徹底していると思ったものだが、現在の習近平指導部を見ると王先生の見方は正しかったという他ない。ネットで調べると目黒の店は閉店したようで、立川と国立で「こらんこらん」という鍼灸マッサージ院を経営しているみたいだ。
9月某日
ご近所シリーズ。床屋は近所の「髪工房」を利用している。11時頃、店を覗いたら平日にもかかわらず4人ほどが待っていた。我孫子の農産物を売っている「アビコン」が近くなので寄ってみると今日は休み。「髪工房」まで戻ると待ち客は二人に減っていたので待つことにする。平日なので空いていると思ったのが間違いのようで、本日の利用者は私も含めて全員が老人。年金受給者にとっては毎日が日曜日なのである。「髪工房」は私より少し年上のご主人とその娘さんの二人でやっている。店を出るときのお二人の「ありがとうございました」の声が心地よい。今日は「アビコン」まで足を延ばしたので万歩計は9000歩を超えていた。
9月某日
「武器としての『資本論』」(白井聡 東洋経済新報社 2020年4月)を読む。昨年の4月に初刷りが出て7月に第7刷が発行されているから、この種の本というかマルクス関係の本としては異例の売れ行きではなかろうか。斎藤幸平の「人新世の『資本論』」(2020年9月)も増刷を重ねているから、マルクスは再び注目を集められているのかも知れない。私たちが学生の頃は初期マルクスの「経済学哲学草稿」や「ドイツイデオロギー」がよく読まれていた。内容をよく理解したとは思えないが、前者では「資本制社会では人間が自らが産み出したものから敵対(疎外)される」こと後者からは「将来の共産主義社会の自由なイメージ」を読み取ったような記憶がある。さて今、なぜ資本論なのだろうか?私が白井の著作を読んで感じたことは資本制社会(現代社会)の有限性ということだ。資本制社会に先行する社会、ヨーロッパや中国、日本の封建社会も有限だったし、中央集権的な封建国家も部族的な封建国家がもとになっている。資本制社会にも理屈としては「次の社会」が待っているのだろう。マルクスはその社会を共産主義社会と予見した。今の資本制社会を永続的な社会として見るのではなく、「次の社会」はどうあるべきなのかという視点を持つことは重要なことだと思う。
9月某日
「めだか、太平洋を往け」(重松清 幻冬舎文庫 2021年8月)を読む。重松が得意とする教師もの。今回の主人公はアンミツ先生、22歳で教師となり60歳の定年まで勤めあげ、定年後はさらに一年、再雇用で教師を続けた。同僚だった夫は五年前にすい臓がんで世を去り、娘はカナダで働いている。息子の健夫は妻の薫とともに自動車事故で死亡、遺された孫の翔也を引き取ることになる。翔也は薫の連れ子で健夫と血縁関係はない。アンミツ先生は63歳にして血縁関係のない孫と二人の生活を東京郊外で始めることになる。ここを主舞台とすると副舞台は東日本大震災の被災地、北三陸市。アンミツ先生の教え子のキックがボランティアで復興に取り組んでいる。タイトルはアンミツ先生が6年生を担任したとき、卒業式の日に「太平洋を泳ぐめだかになりなさい」とスピーチしたことから。この小説は2012年12月から2014年4月まで十勝毎日新聞、神奈川新聞など地方紙16紙で連載された。小説で描かれる時期も震災の翌年だからほぼリアルタイムで震災後が舞台となっている。この小説に底流として流れているのは死と再生の物語である。