モリちゃんの酒中日記 9月その2

9月某日
「偉い人ほどすぐ逃げる」(武田砂鉄 文藝春秋 2021年5月)を読む。著者の武田は1982年生まれ、ということは今年39歳か。私の息子の年代である。河出書房新社を経て2014年からフリーライター。かなり人気があるようで、この本にも「この本は、次の人が予約してまってます。読みおわったらなるべく早くお返しください」という図書館からのメッセージが貼られていたし、奥付を見ると初刷が5月23日で早くも8月20日には3刷となっている。2016年から純文学の雑誌とされている「文学界」に「時事殺し」として連載されたものから選び抜いて一冊にして出版したものだ。保守かリベラルかという範疇からすると武田は間違いなくリベラルである。本書にも保守派との論争がいくつか出てくるが、相手の論理が破綻していることを指摘するのに容赦がない。武田が相手にしたのは保守派を自称する非論理的な右派に過ぎないということももちろんある。武田は東京オリンピックの開催に反対し本書でも第3章のタイトルは「五輪を止める」となっている。そのなかで新国立競技場建設のために国立競技場に隣接していた都営霞ヶ丘アパートが解体され住民が追い出されたことが記されている。私はオリパラに関してさしたる興味もなかったが、競技のテレビ画像を漫然と追っていた。当初は既存の施設の活用により安上がりな五輪を目指していたのにいつの間にかオオゴトになってしまった。民主的な手続きを経ているとは思えない。そしてそれを見過ごしている私たち。本書はコロナ禍の市民、国民にも問うている。

9月某日
先日、頂いた商品券で柏の高島屋でウイスキーを買うことにする。地下2階の酒売り場に行く。ウイスキーのコーナーで品定め。いつもは千円~二千円のウイスキーを買っているのだが、今回は奮発してHIGHLAND PARKの12年物、4620円(税込み)を買うことにする。家へ帰ってネットで調べるとスコットランド最北端の蒸留所で、評価も高かった。さらにネットで調べると、その蒸留所はオークニー諸島にあり、この島々は古くはバイキングの支配下にあったという。それでこのウイスキーの箱には「THE ORKNEY SINGLE MALT WITH VIKING SOUL」と記されているわけだ。きっとオークニー諸島の住民は誇り高きバイキングの末裔なのだろう。

9月某日
「尊王攘夷-水戸学の四百年」(片山杜秀 新潮選書 2021年5月)を読む。片山杜秀は慶應大学法学部教授で日本政治思想史の研究者であると同時に音楽評論家としても活躍している。学部は慶應大学法学部だが大学院は橋川文三のいた明治大学大学院に進んでいる。本書は雑誌連載(新潮45、新潮)をもとにしていることもあって、尊王攘夷や水戸学にまつわる幅広いテーマに着目しており、普通の歴史書にはない楽しさがあった。明治維新の捉え方にしても「薩長土肥が連合して幕府を倒した」という従来の見方に対して「天皇が政治に前面化する不可逆的なきっかけを作って、維新への流れを動かしがたいものにしたのは、徳川斉昭に感化された阿部正弘で、その不可逆性を可逆性と思って引き戻そうとし、失敗したのが井伊直弼で、不可逆的な流れを最終到達点まで導いたのは、これもまた斉昭が徹底教育した息子の徳川慶喜だった」という見解が示される。また三島由紀夫(本名・平岡公毅)は祖母に溺愛されて育てられたことは知られているが、その祖母、平岡なつの母は永井高で、水戸藩の支藩、宍戸藩のお姫様であった。永井高の兄、宍戸藩主の徳川頼徳は水戸藩の内紛の鎮撫を命ぜられるが果たせず、切腹させられる。菅義偉の敬愛する政治家、梶山清六は祖父の静から静の父の弟、梶山敬介が天狗党に参加し各地を転戦の後、越前敦賀で武田耕運斎や藤田小四郎らと処刑されていると聞かされた。現在放映されているNHKの大河ドラマ「青天を衝け」の主人公、渋沢栄一も熊谷の豪農出身だが尊王攘夷に目覚め高崎城を襲って銃を奪い、横浜の外人居留地を襲う計画を立てたが従弟に説得され未遂に終わる。幕末、維新期は小説、映画、テレビドラマの舞台となることも多いが、それだけ血なまぐさい時代だったとも言える。

9月某日
銀座の弁護士事務所で打ち合わせ。その後、大谷さんと呑みに行くことになっている。弁護士事務所を出た後で大谷さんから電話、近くにいるらしい。山形県のアンテナショップ前で待ち合わせて有楽町のガード下へ向かう。オープンしたてらしい「アジェ有楽町」という焼肉屋へ入る。店の女の子によると京都が本店で大阪、金沢にも店があるという。なかなか美味しかったし値段もリーズナブルであった。久しぶりの外呑みであった。

9月某日
図書館で借りた「評伝 福田赳夫 五百旗頭真監修 井上正也 上西朗夫 長瀬要石 岩波書店 2021年6月」を読む。田中角栄や大平正芳に比べて福田を論じた書物は少ないそうだ。田中は庶民宰相として圧倒的な人気を図りながらロッキード事件で退陣を余儀なくされた後も闇将軍として権力の座にこだわった。大平は田中の盟友として田中の積極財政を引き継ぎ、総選挙の最中に急死する。福田は三木から政権を引き継いだ後、2年で大平・田中連合に総裁選に敗れ退陣する。福田は岸信介の直系ということもあって、私の頭の中では長く自民党右派の位置づけであった。事実、福田派を引き継ぐ清話会は安倍晋三の長期政権を支え、今回の総裁選挙でも安倍はタカ派の高市早苗の支持をいち早く打ち出している。しかし「評伝 福田赳夫」を読むと今まで私が描いていた福田赳夫像とは異なるイメージが浮かんでくる。福田は大蔵官僚として主計局長まで務め日本の財政について、責任ある見解を抱いていたし、その背景には後にOBサミットに結実する地球の未来、有限な環境資源に対する深い洞察があった。本書に「第一次オイルショックからの勃発から約五年、福田は一貫して日本の経済政策を主導した。それは日本経済が高度成長から安定成長へと移行する過渡期であった」という文章がある。福田亡き後、日本経済は安定成長からゼロ成長、マイナス成長へと陥る。米国に次いで世界第二位の経済大国という座を滑り落ちても久しい。日本はどこへ行くのか。福田を評する言葉に「政策の勝者、政争の敗者」がある。裏返すと政策の敗者が政争で勝利してきたわけである。少子化が進む現在、日本には後がないと思うのだが。