モリちゃんの酒中日記 2月その4

2月某日
「黄色い家 SISTERS IN YELLOW」(川上未映子 中央公論新社 2023年2月)を読む。奥付には2月25日初版発行となっているが、私が買ったのは24日(金曜日)の午後、JR上野駅構内の書店だった。川上未映子の小説の登場人物はそれぞれが圧倒的な存在感を持っている。それが魅力だ。私は読む本のほとんどは近所の我孫子市民図書館で借りるのだが、川上と桐野夏生の二人の作家だけは書店で購入することにしている。図書館にリクエストしても順番が来るまで時間がかかり、川上と桐野について一刻も早く読みたいためだ。主人公は今年(2020年)40歳の花。花はネットの小さな記事で昔の知り合いの名を見つける。吉川黄美子。花が20年前、共同生活を送った人物だ。黄美子は60歳になっていて、記事には「20代の女性を1年3ヶ月にわたり室内に閉じ込め、暴行して負傷を負わせたなどして、傷害と脅迫、逮捕監禁の罪に問われた」とあった。それをきっかけに花は15歳からの黄美子との出会いを振り返る。高校を不登校となった花は再会した黄美子とスナックを開業。キャバクラのホステスだった蘭と不登校の女子高生、桃子を加えて4人の共同生活が始まる。そこそこ繁盛していたスナックだったが入居していたビルが火事に見舞われ廃業状態になってしまう。生活のために花たちが始めたのが裏世界と繋がった銀行カードによる詐欺。巻末に主要参考図書として「シノギの鉄人-素敵なカード詐欺の巻」と「テキヤ稼業のフォークロア」の2冊が掲載されていたが、カード詐欺や裏世界の描写は微妙にリアル。執行猶予付きの判決が出た黄美子に花は会いに行く。同居をすすめるが拒否される。その後の描写。
「黄美子さん、わたし」
「うん」
「会いにくる」
「うん」
「会いにくるよ」
 黄美子さんは笑った。そしてゆっくりとドアを閉めてなかに入った。


本の帯に「善と悪の境界に肉薄する、今世紀最大の問題作!」とあった。確かに犯罪小説とも読めるが、私はこの小説の本質は「青春」だと思う。

2月某日
(一財)社会保険福祉協会の保健福祉活動支援事業運営委員会に出席する。協会の事務所が西新橋から虎ノ門の東急虎ノ門ビルに移転してから初の協会訪問。協会が行っている事業のうちセミナーの開催や調査研究事業、広報誌の発行について報告を受け、意見交換を行う。次回から新たな委員としてカラーズの田尻久美子代表が参加するという。田尻さんは大田区で訪問介護事業などを展開、医療との連携や事務の電子化などで先進的な実績をあげている。1時間ほどで委員会が終了、まだ午後3時。この時間から飲めるのは大谷さんからいしかいないので電話すると、「これから理学療法士のところ」と断られる。仕方がないので霞が関から千代田線に乗車することにする。思い立って新松戸在住の林さんの携帯に電話するが出ず、電車は我孫子へ。林さんから電話があり「足を痛めて当分は呑み会は無理」とのこと。私の友人の多くは老人ないし老人予備軍で、呑み会もままならないのである。我孫子駅前の「しちりん」に寄ってビールとホッピーを呑んで自宅へ。

2月某日
昨年2月に亡くなった私小説作家の西村賢太、図書館で「羅針盤は壊れても」(西村賢太 講談社 平成30年1月)を借りて読む。8ページの特別折り込み付録が付いていて、それによるとこの本は著者初の「函入り」だった。図書館では函は外されているので実物は見ることが出来ない。そういえば私の学生時代は函入りの単行本が多かったような気がする。そう思って改めてこの本の奥付を見ると、その意匠がオールドスタイルであることに気付く。発行年が西暦でなく平成で表示されているしね。西村がこだわりの強い私小説作家であることを印象付ける。本書には短編4作が収められているがいずれも西村の分身である「貫太」が主人公。前半2作の貫太が20代であるのに対して後半の2作は秋恵という女性と同棲中ですでに田中英光や藤沢清造の初版本の収集家になっている。とは言っても生活の過半は秋恵に依存し、必要があれば古書や著名作家の色紙を売って資金としている。秋恵と藤沢清造の初版本を求めて岐阜の古書店を訪ねる顛末が描写される短編は「あとから思うと、すでに女はこの時期、パート先で知り合った優男と親密な間柄になりかけていたものらしい。そしてこのときが、これより約三箇月後にその男のところへ逃げ去った女との、最後の遠出となったのである」という文章で結ばれる。悲しいが何か可笑しい。自分を客観的に見ることができるというのも私小説作家の最低限の才能であろう。