モリちゃんの酒中日記 11月その2

11月某日
土曜日だが、いつもより早く目を覚ました。新聞を取りに行って1時間ほど寝床の中で読む。7時過ぎに起床。入浴。朝食を済ませ9時30分からNHKBSの「高倉健にあいたい」を見る。高倉健の生前の映像と武田鉄矢、佐藤浩一などのインタビューで構成される。高倉健は役柄からして「寡黙な人」と見られがちだが、佐藤浩市によると実際はよくしゃべる人だったという。しかしだからといって明るい人だったかどうかは分からない。番組では高倉健の座右の銘が紹介されていた。「往く道は精進にして、忍びて終わりて悔いなし」という仏教の言葉。ネットで調べると大無量寿経の歎仏偈(たんぶつげ)に出てくる言葉で、正確には「たとい身を、もろもろの苦毒の中に終わるとも、我が行は精進して、忍びてついに悔いじ」(たとえどんな苦難にあおうとも、決して後悔しないであろう)だそうだ。思うに高倉健は精進と決意の人であったのであろう。本日は15時45分に柏駅中央口で高校時代の友人たちと待ち合わせ、会食の予定。15時30分過ぎに柏駅中央口で待つ。45分を過ぎても50分を過ぎてもだれもあらわれない。幹事役のYさんの携帯に電話しようとして気がついた。今日ではなく12月だったんだ。昔から思い込みが激しいんだよ!

11月某日
「アイヌがまなざす-痛みの声を聴くとき」(石原真衣 村上靖彦 岩波書店 2024年6月)を読む。石原は1982年、アイヌと琴似屯田兵(会津藩)とのマルチレイシャルとして生まれる。村上は1972年生まれ、大阪大学人間科学科教授。本書は石原と村上によるアイヌの人びとへのインタビューとそれへの考察によって構成される。私は北海道室蘭市出身でアイヌの人びとには多少の理解があるつもりでいたのだが、本書を読んで北海道と先住民のアイヌについてあまりにも知らないことだらけだったのに驚かされた。まず私たちの先祖は植民者、侵略者として先住民アイヌの土地を奪ったということ。恐らく狩猟採集の民族だったアイヌには土地を私有するという観念はなかったと思われるが、彼らが狩猟や採集で歩いた北海道の大地(アイヌモシリ)はアイヌの共有地、コモンであった。所有権は当然、共同体としてアイヌ全体にある。それを植民者は共有地からアイヌを追い出し移住させた。明治になってからも収奪は続いた。一部を除いてアイヌの生活水準は低く、高校への進学率も低かった。人類学研究の名前でアイヌの墓から遺骨が盗掘された事実もある。唐突だが、私は東アジア反日武装戦線のことを思いだした。主犯の大道寺は釧路出身、逮捕当日の自殺したSは私と同じ室蘭出身。ともにアイヌ差別や在日朝鮮人差別への怒りが運動を始めた動機という。無差別テロは許されないけれど…。

11月某日
「だめになった僕」(井上荒野 小学館 2024年10月)を読む。ネットによると「著者23年ぶりの書下ろし長編恋愛小説」だって。主人公は音村綾、長野でペンションを経営しながら漫画家としても活躍している。綾が東京で開かれるサイン会に出席するところから話は始まり、物語は「現在」から「1年前」「4年前」…「14年前」「16年前」とさかのぼり、エピローグ「現在」で終わる。恋愛小説であるとともにちょっとした「謎解き小説」でもあると思うのでストーリーの詳細は省きます。私としては大変満足した小説でした。

11月某日
「聖書の同盟-アメリカはなぜユダヤ国家を支持するのか」(船津靖 KAWADE夢新書 2024年6月)を読む。パレスチナの紛争は分かりにくい。とりわけ外国に占領された経験が第2次世界大戦に敗れて連合国、主として米国に占領された1回だけという日本人にとっては分かりにくい。本書は共同通信で海外特派員経験が長く、現在は広島修道大学で国際政治を教える著者が優しい語り口で解き明かしてくれる。現在のイスラエルやパレスチナが存在する地域は第1次世界大戦までがドイツと同盟国だったオスマントルコが領有していた。しかしもともとこの地域にはユダヤ人の国家が存在していた。本書によると「ユダヤ人の歴史で確かなのは前9世紀以降、エルサレムを中心に、伝説的なダビデ王家の血統を主張する王が支配する南王国ユダが存在し、その北方に強大な北王国イスラエルがあった」「両王国ともヤハウェを信仰する宗教的部族連合」だった。北王国はアッシリアに滅ぼされ、南王国もやがて新バビロニアに滅ぼされる。その後、ペルシアやシリアの支配を経てユダヤ人独立国家、ハスモン王朝が成立するがやがてローマの支配下に入る。そこで君臨したのがヘロデ王で、このときにユダヤ教の神殿支配者層を公然と批判したのがイエスである。イエスはユダヤ教の革新を目指したとも言えるが同時にキリスト教の創始者でもあった。「ユダヤ人は「神の選民」でありながら「神の子」イエスを受け入れることを拒んで殺した、とキリスト教徒に非難され」「ユダヤ教徒のその後の苦難は「神罰」として正当化され」た。
独立国家を失ったユダヤ人は世界各地へとくにヨーロッパへ移住した。ユダヤ人は差別されてきたが19世紀以降、故郷への帰郷運動が本格化する。第一次世界大戦中、英米仏はユダヤ財閥からの戦費調達のため戦後のユダヤ国家創設を約束し、アラブには対オスマントルコへの戦闘協力と引き換えに戦後の独立を約束した。有名な2枚舌、3枚舌外交である。ナチスのユダヤ人迫害もあって戦前からイスラエルへのユダヤ人帰還は続いた。しかしそこはアラブ人が平和に暮らしていた土地でもあった。イスラエルとアラブは1948年から67年まで3次に渡る中東戦争を戦った。昨年10月のハマスのイスラエル侵攻に始まり、報復にイスラエルがガザを侵攻しているのは第4次中東戦争ということになる。トランプ再選の場合、著者は次のように予想する。サウジアラビアとイスラエルの国交を正常化させ、イラン封じ込めの負担も両国に分担させ、中東への軍事的関与を減らし、余力を中国との競争やアメリカ国内への投資に充てたいところだろう、というものだ。なかなかに説得力のある主張だと思うのだが。

モリちゃんの酒中日記 11月その1

11月某日
「転がる珠玉のように」(ブレイディみかこ 中央公論新社 2024年6月)を読む。ブレイディみかこの本に出合ったのは19年6月に出版された「女たちのテロル」を図書館で見て借りたのがきっかけだ。「女たちのテロル」は戦前のアナキストで、摂政暗殺を企てたとして死刑を宣告され、後に無期懲役に減刑されるも獄中で縊死した金子文子と海外の女性テロリスト2名の評伝をまとめたもの。これ以降ブレイディみかこの著作を読むようになった。「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」は英国ブライトンでのアイルランド系イギリス人の夫と息子との暮らしを描いて話題となった。彼女は福岡の名門校、修猷館高校を卒業後、進学せずに英国へ渡った。「ぼくはイエローで…」の頃、中学生だった息子が「転がる…」では高校生で大学を受験するまでになっている。夫が癌になったり母親が死んだり…。それなりに起伏のある家族や周囲の人たちの人生を淡々と描く。

11月某日
社保研ティラーレを表敬訪問。吉高会長と佐藤社長へ挨拶。衆議院選挙ではティラーレは立憲民主党の神奈川県の新人候補を応援していたが、めでたく当選したそうだ。帰りに我孫子駅前の「しちりん」で夕食兼晩酌。

11月某日
アメリカ大統領選で共和党のトランプが当選。予想された大接戦とはならず、ハリスは敗退した。大統領選ではヒラリークリントンとハリス、二人の女性民主党候補がトランプに敗れている。米国の大統領は軍の最高司令官も兼ねるが、女性に最高司令官は務まらないということか。トランプはロシアのプーチンや北朝鮮の金最高指導者と親近性が高いように思う。それが国際間の緊張緩和に向かうのか。私はプーチンや金を増長させることを恐れる。

11月某日
「言葉果つるところ」(鶴見和子 石牟礼道子 藤原書店 2024年9月)を読む。本書は鶴見(1918~2006)と石牟礼(1927~2018)の対談集で、2002年に発行された(鶴見和子・対話まんだら)『石牟礼道子の巻』を底本としている。タイトルは鶴見が石牟礼を評して「言葉果てたるところから文学が出発する。そして文学は言葉果つるところに到達する、かつそこが出発点になる」と発言しているところからとられている。水俣病の闘いも「言葉果つるところ」から始まったし、水俣にほど近い島原の地で400年前に闘われた島原の乱も同様であった。水俣病の問題はもう終わったように私などは感じていたが、それはどうも終わっていないのだ。産業革命以降の人類の深刻な環境汚染が終わらないかぎり、水俣の問題は繰り返されている。

11月某日
週1回のマッサージで「絆」へ。今日は長男が休みなので車でスーパーウエルシアによってアイリッシュウイスキーを購入、ついでに床屋まで送ってもらう。床屋の後、近くの食堂「三平」で中華丼を食べる。駅前からバスでアビスタ前まで。

11月某日
「罪名、一万年愛す」(吉田修一 KADOKAWA 2024年10月)を読む。吉田修一は芥川賞受賞作家だが作品は純文学に限らず、恋愛小説、冒険小説と幅が広い。本作は冒険小説と言える。横浜の私立探偵に一風変わった依頼が舞い込む。「一万年愛す」と名付けられた35カラット以上のルビーを探してもらいたいというのだ。舞台は富豪の一家が滞在する九州の孤島。実は九州でデパート経営に成功した富豪一家の祖父には隠された秘密があった。

モリちゃんの酒中日記 10月その3

10月某日
日曜日の朝日新聞「歌壇 俳壇」から。ガザに想いを寄せて。「ガザの子はたぶん大谷翔平を知らない野球さえできなくて」(近江八幡市 寺下吉則)「『将来はヒズボラになる』と泣きながら父の屍のそばに座る子」(牛久市 高木美鈴)。袴田さん、無罪。「再審の無罪となりし弟をこの日も車椅子で押す姉」(寝屋川市 今西富幸)「弟よ、巌、巌は無実なり姉の見据ゑし判決下る」(東京都 笹山羊)。袴田さんは俳壇にも。「袴田さんさて何をせん秋の暮れ」(八王子市 額田博文)。次の2句は全共闘世代の俳句?「連帯も共闘もせず秋の蠅」(東京都新宿区 山口晴雄)「青茄子に思想の如く棘がある」(東京都渋谷区 佐藤正夫)。

10月某日
「あなたを待ついくつもの部屋」(角田光代 文藝春秋 2024年7月)を読む。部屋とはホテルの部屋のことである。ホテルは東京、大阪、上高地の帝国ホテルである。初出はIMPERIAL80号から122号とあるから帝国ホテルのPR雑誌に掲載されたものであろう。東京、大阪、上高地の帝国ホテルを訪ねる老若の女性を主人公とした42編の短編が収録されている。ホテルを舞台にした42編のショートストーリー、どれも都会的で洒脱であった。最後の「光り輝くその場所」は20歳のとき、はじめて帝国ホテルに足を踏み入れた楓子は、宴会場で開催されていた文学賞の受賞パーティに迷い込む。38歳になった楓子は、自身の受賞パーティ会場となった帝国ホテルへ向かうという話。

10月某日
17時30分に神田駅で前の職場の友人と待ち合わせ。少し早く出て上野の国立東京博物館で開催中の「はにわ展」を観に行こうかと思ったが、思い直して東京駅へ。丸の内口を出て、丸善の書籍売り場に向かう。吉田修一の新刊、「罪名、一万年愛す」を購入。丸の内口から歩いて神田駅へ。待ち合わせ時間にはまだ時間があるので駅近くの居酒屋で時間をつぶす。時間になったので神田駅北口へ。かつての同僚と北口近くの居酒屋で呑む。

10月某日
「猛獣ども」(井上荒野 春陽堂書店 2024年8月)を読む。高原の別荘地でのひと夏のできごと。密会中の男女が熊に殺される。愛に傷ついた管理人の男女と別荘の6組の夫婦に何が…。「夫婦って不思議だな」と思ってしまう。なんの関係もなかった一組の男女が出会い恋に落ち、家庭を営む。その不思議さを井上荒野はたんたんとさりげなく描く。巧み!

10月某日
幼馴染の佐藤君が出張で東京に出てくるので新橋で会食の予定。先日、国立東京博物館の「はにわ展」に行けなかったので上野駅で下車したら雨が降ってきたので、上野駅近くの西洋美術館に変更、クロード・モネ展が開催中だった。実は私は障害者手帳を持っているので公立の美術館や博物館は基本的に無料。平日の午後だったのに結構、混んでいて入場者が並んでいたが、こちらも障害者優先でスイスイ。しかもエレベータまで案内してくれる。一通り鑑賞したので新橋へ。昔、新橋烏森口の日本プレハブ新聞社という業界紙に勤めていたことがあった。会社があったビルには呑み屋さんが入っていた。約束の17時30分近くなったので烏森口へ。高校で1年後輩だった小川君、井出君などがすでに到着していた。女子の旧姓中田さん、佐藤君も揃ったので会場の銀座ライオン新橋店へ。実はこの集まりは室蘭東高スキー部のOB会なのだが、ほぼ幽霊会員だった私にも声が掛る。会費は6000円だったが、佐藤君がすべて払ってくれた。佐藤君は札幌でIT会社を創業、社長から会長に退いた。ありがたくご馳走になる。佐藤君にご馳走になったうえ、お土産に北海道の銘菓「わかさ芋」をいただく。

10月某日
「正しく読む古事記」(武光誠 エムディエヌコーポレーション 2019年10月)を読む。古事記と日本書紀は日本の国の成り立ちを伝えるという同じような役割を持っていると思っていたが、本書によるとその役割をそれぞれ違っていた。古事記は人々に読ませる「伝説集」で、日本書紀は、日本の公式の史書としてつくられた。古事記は天皇家の歴史であるのに対して日本書紀は、海外向け(当時は唐か)の日本の歴史で、記述内容も古事記が漢文を下敷きにした和文であるのに日本書紀は漢文であった。古事記には子供ころ親しんだ童話もとになったものもある。海彦山彦、ヤマトタケルなどなど。