8月某日
「日本経済の死角-収奪的システムを解き明かす」(河野龍太郎 ちくま新書 2025年2月)を読む。著者の河野は1964年生まれ。87年、横浜国立大経済学部卒、住友銀行入行。以降、第一生命経済研究所などでエコノミスト。この人の本を読むのは初めてだが、きわめてまとも。この四半世紀で、日本人の時間当たり生産性は3割上昇したが、時間当たり賃金は横ばい(はじめに)というのが、この人の問題意識。国内の売上が増えないのは、3割も生産性が上がっている企業部門が実質賃金を低く抑え込み、個人消費が低迷しているためという。企業が内部留保を溜めこみ、労働者への還元が十分になされていないということだろう。ただ著者は正規従業員へは定期昇給などで還元はされており、問題は非正規労働者への還元がまったく不十分という。既存の労働組合も非正規労働者に対しては冷淡のように思う。今、日本経済に求められているのは収奪的システムではなく包摂的なシステムであろう。
8月某日
「未来地図」(小手鞠るい 原書房 2023年10月)を読む。主人公の私、赤木久児は「ひさこ」と読む、女性である。教員採用試験を目指して花屋と塾講師のバイトで自活している。花屋の客だった銀次からプロポーズされ結婚する。銀次にはつき合っている女がいることが判明、離婚する。ここまでがはなしの前半。離婚後、教員採用試験に合格した私は奈良市の中学校の国語教師となる。小さなサークルで知り合った男性から求婚されるが、男性はアメリカへの赴任が決まっている。ラスト近くに「あれがマンハッタン。あれが愛しい人の暮らす街。私はあなたに会いに行く。胸に未来を抱きしめて」という文章があるから、ハッピーエンドと考えて間違いないと思う。小手鞠るいという作家は優しい人だね。
8月某日
「私たちが轢かなかった鹿」(井上荒野 U-NEXT 2025年8月)を読む。出版社のU-NEXTって何?ネットで調べると通信系の会社らしいけれど、私は完全に時代に遅れているね。惹句に曰く「開けたら最後、劇薬小説集」。同じく「同じ出来事を二人の当事者の視点から描く、騙し絵のように読者を惑わす短編集」とある。井上荒野、なかなかやるね。いま、もっとも面白い(と私が思う)作家の一人だ。そういえば昨日、最終回が放映されたBSNHKの「照子と瑠衣」の原作も井上荒野だ。最終回は九州へ旅立った照子と瑠衣の物語だが、主役は高校3年生の女の子。彼女は第一志望の東京の大学に進学するが、恋人は地元の長崎の大学へ。最後はそれぞれのバカヤロー! 照子と瑠衣もバカヤロー!いいと思います。
8月某日
「一橋桐子(76)の犯罪日記」(原田ひ香 徳間文庫 2022年8月)を読む。2年ほど前かな、BSNHKのテレビドラマを観て面白かった。主演の桐子を演じるのは松坂慶子。桐子の親友で晩年、一緒に住んでいた知子は由紀さおりが演じていた。両親の介護で会社を退社せざるを得なかった桐子は、独身で低年金。76歳の今もビルの掃除の仕事で細々と食べている。桐子は先行きを考えると、住まいと食事が保障されている刑務所暮らしを夢想している。そんな桐子の日常とちょっとした事件を綴る。原田ひ香の小説はテレビドラマ向きと思う。