モリちゃんの酒中日記 10月その2

10月某日
「ダークネス」(桐野夏生 新潮社 2025年7月)を読む。惹句に曰く、「シリーズ最終にして怒涛の最高傑作」「見届けよ、凍る火の玉、ミロの最後の戦いを」。ネットで村野ミロを検索すると、読む順は「刊行順」がおすすめとして、①「顔に降りかかる雨」②「天使に見捨てられた夜」③「水の眠り灰の夢」④「ローズガーデン」⑤「ダーク」⑥「ダークネス」となっている。私はすべてを読んでいると思う。主人公の村野ミロという人物像が素敵でさ。桐野夏生の現物は観たことがないけれど、写真で観るとなかなか素敵なおばさんだ。おばさんといっても1950年10月生まれの74歳ですが。なお「ダークネス」の内容についてはネタバレを恐れて割愛。沖縄、大阪、東京、ソウルをまたぐ、暴力と策謀、純愛の物語だ。

10月某日
公明党が26年に及ぶ自民党との連立を解消する。直接的には自民党の「政治と金」に対する取り組みが公明党からすれば不充分ということなのだろう。直近の参議院、衆議院選挙で自公は敗北した。都議会選挙を含めれば3連敗である。公明党と支持母体の創価学会がこれ以上の自民党との連立を続けていれば公明党も創価学会も危ういと判断したのではないだろうか。創価学会はもともと反戦平和を掲げる宗教団体であった。戦前には幹部が治安維持法違反で逮捕され、なかには獄死した人もいる。そして公明党もかつては人間的社会主義を唱えていたし、自社二大政党時代は社会党、民社党と連携し社公民路線で自民党と対峙していた時代もあった。公明党・創価学会は都市の労働者を支持基盤にしている。所得の再分配、軍事より経済や福祉を優先する層だ。自民党で言えば旧宏池会(池田派)、旧創生会(田中派)と親和性が高い。旧清和会(安倍派)の系譜を引く高市総裁とは親和性が高いとは言えない。高市総裁は総理になれるのか?なれたとしても短命に終わると予測する。

10月某日
「あなたが政治について語る時」(岩波新書 平野啓一郎 2025年8月)を読む。著者の平野は1975年生まれ、京大法学部在学中に「日蝕」により芥川賞受賞と略歴にあるけれど私は平野の著作を読むのは初めて。読んで著者がリベラルな意識を持っていることが感じられた。世の中、日本だけでなく先進国共通の問題として右傾化の傾向が指摘されるなか、貴重な存在だ。一節を引用する。「アベノミクスは、金融政策、財政政策、成長戦略という「三本の矢」を謳っていたが、最も重要で、かつ複雑な成長戦略が何もなく、従って、何に向けて財政出動すべきかがわからず、ただひたすらに金融緩和を行って円安を誘導し、国内の株高を演出するだけで、必然的に失敗に終わった。私たちは、その深刻な後遺症の最中にいる」。アベノミクスを引き継ぐのが高市早苗のサナエノミクスであるという。となれば日本の現状は政治的・経済的危機の前夜にあるということか。

10月某日
「読んではいけない-日本経済への不都合な遺言」(森永卓郎 小学館 2025年4月)を読む。今年1月に亡くなった森永の週刊ポストに連載されていた時評を収録。森永氏もリベラルだった。死ぬ直前まで執筆やテレビ出演をしていた。現在の株高はいずれ暴落に転ずると予測している。公明が連立からの離脱を表明する前までは株価は史上最高額を維持していたようだ。果たして連休明けに市場はどう反応するだろうか?私は暴落まではいかないが、株価は大幅に下げる気がする。

10月某日
「中学生から知りたいパレスチナのこと」(岡真理 小川哲 藤原辰史 ミシマ社 2024年7月)を読む。イスラエルがパレスチナに侵攻している直接的な原因は、2022年11月7日にハマス主導のイスラエルへの越境攻撃とされがちだ。しかし本書を読むとアラブ人の土地を奪って建国されたイスラエルの国の在り様にそもそもの原因があるように思えてくる。1948年11月、国連総会で「パレスチナ分割案」が採択され、パレスチナでシオニストによる民族浄化が始まったことがそもそもの始まりではないか、というのが本書の基本的立場である。パレスチナに対する民族浄化とは、占領、集団虐殺、レイプ、強制追放…などなどである。その結果パレスチナ人75万人が故郷を追われ難民となった。本書の「はじめに」で次のように述べられている。「世界は、ナチス・ドイツによるユダヤ人のジェノサイドという犯罪の尻拭いを、それとはなんの関係もないパレスチナ人に代償を支払わせることで図った」のであり、「国連は、以降76年経っても解決しない紛争の種を自ら蒔き、ガザにおけるジェノサイドという事態に至っている」のだ。後半の座談会では岡が「アメリカもイスラエルと同じ入植者による植民地主義の国家です」と述べ、藤原も「日本では、1932年から満洲への武装移民が始まりました。(中略)その精神構造はまさにイスラエルと同じで、未開拓の地を、文明化された勤勉な日本人、大和民族が、指導的立場で開墾していくというものです」と指摘する。私が生まれ育った北海道でも、もともとはアイヌの土地だったものを、「文明化された勤勉な日本人」が開拓した。植民地主義は国内にもあったのだ。

10月某日
「アジア・太平洋戦争(シリーズ日本近現代史⑥)」(吉田裕 岩波新書 2007年 8月)を読む。私は日本史の中でも近現代史が好きである。古代史も戦国時代も面白いのだが、近現代史は現代の日本社会と直接のつながりがあるから興味深いのだと思う。本書を読んで感じたのはアジア・太平洋戦争において日本は「負けるべくして負けた」ということと、現在の日本社会の制度、慣習のいくつかがアジア・太平洋戦争に源流を持つということだ。「負けるべくして負けた」というのは主として太平洋を舞台として戦われた日米戦では、戦前から生産力には圧倒的な差があった。そして開戦前から日本の陸軍と海軍には戦略の違いがあり、それは終戦まであとを引いていた。陸軍は伝統的に北進論(対ソ戦)重視であり、海軍は南進論(対米英蘭戦)であった。アメリカの日本に対する即時中国撤兵などの強硬論から陸軍も南進に応ずることになる。だが日本軍が米英軍に対して優位だったのは海軍の真珠湾攻撃、陸軍のマレー半島奇襲、シンガポール攻略くらいまでで、以降、陸海軍は圧倒的な物量を誇る米軍に対して敗退を重ねていく。
第二の現在の日本社会の制度・慣習のいくつかはアジア・太平洋戦争に源流を持つ、については本書「第4章 総力戦の進行と日本社会」の「2 戦時下の社会変容」に詳しい。日中戦争以降の統制経済への移行の下で、日本経済の重化学工業化・軍需産業化が進行した。日本資本主義を支えてきた繊維部門が凋落し、航空機・軍工廠などの「躍進」が際立っている。総力戦は日本の農村も変えた。食糧増産に応えるために小作人の権利の保護が図られ、小作料の値上げが実施された。結果として寄生地主制は、大きく後退することになる。総力戦は労資関係も変えた。家族手当の支給が始まり、年功序列型賃金が拡大していった。労働者組織としての産業報国会は戦後の企業別労働組合の母体の一つとなった。深刻な労働力不足は女性の社会進出を促し、女性の地位向上に道を開いた。戦中と戦後の日本社会は必ずしも断絶していたわけではなく、連続していたと見ることができる。

10月某日
「そこにはいない男たちについて」(井上荒野 角川春樹事務所 2020年7月)を読む。2組の夫婦の関係を中心に物語は進む。まりと光一は不動産鑑定士の資格のための専門学校で出会う。資格試験に合格し二人は結婚する。まりが通う料理教室の講師が実日子。実日子は昨年、古書店を営んでいた俊生と死別し、その痛手から回復していない。まりと光一との関係は悪化する一方で離婚に至る。実日子には新しい恋の相手があらわれ、ふたりが結ばれることを暗示して小説は終わる。私はこの小説を読んで「夫婦の基本は男女の関係にある」のだなぁと思った。男女の関係は広く言えば人間関係である。ややこしいけれど面白い。面白いけれどややこしい。