モリちゃんの酒中日記 1月その1

1月某日
「国家をもたぬように社会は務めてきた-クラストルは語る」(ピエール・クラストル 酒井隆史訳・解題 洛北出版 2021年10月)を読む。巻末の著者略歴によると、ピエール・クラストルは「1934年生まれのフランスの人類学者。ソルボンヌ大学でヘーゲルとスピノザを研究し哲学を修め、1956年以降、クロード・レヴィ=ストロースの学生として人類学の研究を始める。(中略)1977年7月、その影響力のきわみにあるなか、自動車事故により他界した」とある。書名の「国家をもたぬように社会は務めてきた」はクラストルが人類学の研究のために南米の未開社会に入り、そこに住む人びととの交流、研究から導き出されたものである。日本古代史でいうと弥生時代の後期、九州北部に倭人の小国家があったことが当時の中国の歴史書、魏志倭人伝などにより確認されている。私にとって国家の存在は自明のことであった。しかしクラストルは、人類社会は「国家をもたぬように務めてきた」というのである。私が注目するのは次のような箇所である。「それ以外の社会とおなじように、未開社会も必要が充たすように構築されています。みずからの必要が充たされたと未開人が考えたならば、彼らの生産活動はおしまいです。(中略)未開人が狩猟をおこなうのは、肉にありつくためなのです。未開社会が環境を破壊するという危惧には及ばないのは、そのためです」。クラストルの調査によれば、彼らは、社会のあらゆる欲求が、平均して、1日3時間の労働によって事足りるという。文明の進歩って何なんだろうと思ってしまう。

1月某日
「九月はもっとも残酷な月」(森達也 ミツイパブリッシング 2024年9月)を読む。タイトルは関東大震災があった1923年の9月、多くの朝鮮人や中国人、日本の被差別民そして普通の日本人が虐殺されたことを示している。森は千葉県福田村(現在の野田市)で起きた虐殺事件を題材にした映画「福田村事件」の監督をしている。森は虐殺について次のように記す。「虐殺の加害者は普通の村民だった。家族を愛し、隣近所の付き合いを大事にし時には義憤に燃え時には涙を流す、そんな市井の心優しい人たちが何十人もの集団となって、乳飲み子を抱いて竹やりで息絶えるまで突き、逃げる子どもに猟銃の照準を合わせ、呆然と立ち尽くす若者の脳天に背後から鳶口を突き立てた。101年前、この光景は関東中で繰り広げられ、6000人余りの命が犠牲になった」「彼らは僕らの祖父であり父であり、そして僕ら自身でもある」。最後の「そして僕ら自身でもある」というところに森の考えの特徴がある。普通の市井の心優しい人たちが残虐行為を行う、これは朝鮮半島や中国大陸で日本兵が行ったことであり、ベトナムで米兵が行ったことでもある。そして現在、ウクライナやガザでも残虐な行為が繰り返されている。森はオウム真理教の元死刑囚らとも交流があったが、彼らも心優しい人たちだったという。
 
1月某日
「西村賢太殺人事件」(小林麻衣子 飛鳥新社 2025年10月)を読む。2022年2月に亡くなった私小説作家、西村賢太との交際を本人の小林麻衣子が綴った。私は西村賢太という作家が割と好きで何作か読んでいる。中卒で肉体労働をしながら古書店で古書を渉猟し、安酒を呷って眠るという日常を描く。その「詰まらない日常」という日常がいいんだよね。西村は確かタクシーのなかで具合が悪くなり、病院へ搬送されたが亡くなった。著者の小林麻衣子は「私は2012年5月に私小説作家、西村賢太と知り合ってから2022年2月5日に彼が亡くなるまで、10年近く、個人的な付き合いがありました。うち、半同棲期間は2013年の暮から2018年の11月5日までの5年弱です」と「まえがき」で明かしている。西村の私小説の本質を突いているような箇所もあった。「自らの傷口を抉って塩を刷り込み、自分の傷心を踏みにじって上に立ち、自分自身に向けて大見得切ってドヤって見せるようなところのあるのが、彼なのだ」。うーん、まさに。

1月某日
「古事記の正体」(関裕二 新潮選書 2025年9月)を読む。著者は歴史学者でもなく、略歴では歴史作家となっている。著者の視点で「古事記の正体」を探っているのだが、私には疑問の残る読後感であった。

1月某日
年初の最初の衝撃は、米軍がベネゼエラに侵攻、大統領夫妻を拘束してニューヨークへ移送したことだ。大統領への容疑は違法な麻薬取引の疑惑と言われている。しかしトランプ大統領の狙いはベネゼエラの石油利権にあると言われている。ベネゼエラでは1999年に反米左派のチャペス政権が誕生、石油産業を国有化しアメリカ資本を排除した。チャペス政権を引き継いだ現政権も、基本的には反米左派でアメリカ資本排除の姿勢は変わらない。しかしだからと言って武力で他国の主権を侵害し、大統領を連れ去るなどは許されない。トランプがベネゼエラでやったこと、イスラエルのネタニヤフがガザでやっていることは日本帝国主義が中国大陸でやったこと、ナチスがソ連に侵攻したことを彷彿とさせる。戦後、80年を経て戦前が露出してきた気がする。

モリちゃんの酒中日記 12月その3

12月某日
「世界経済の死角」(河野龍太郎 唐鎌大輔 幻冬舎新書 2025年7月)を読む。エコノミストの河野と唐鎌が世界経済の現状について話し合った対談集。「先の見えない時代を生き抜くための最強の経済・金融論」とある。本書を読んで「なるほど」と思った箇所を抜粋。●近代が始まって以来、先進国の中で、四半世紀にわたって実質賃金がまったく増えなかった日本は、極めて異例です。(河野)●「生産性が上がらなかったから、賃金が上がらず、物価が上がらなかった」のではなく、「生産性が上がっても、賃金が上がらなかったから、その分、物価上昇が抑えられてきた」というのが真の因果関係だっただったのではないでしょうか。(同)●ここで強調したいのは、日本の長期的な経済停滞の一因がセーフティーネットの乏しい非正規雇用を増やしたことにあるという点です。(同)●(コロナショック後、一時解雇された人々がより高い賃金が得られる企業に転職した傾向が見られることから)そのため、結果的に生産性の高い分野へと労働力がスムーズに移動し、アメリカ経済全体で見ると、生産性が上がり、実質賃金が上がったというわけです。(同)●コロナ終息後も、人手不足によって自動化が一段と進みました。今やあらゆるレストランで、注文も支払いもスマホやタブレットで行われていますが、これが2つ目の資本の深化(キャピタル・ディープニング)の効果で、生産性を高めました。(同)●(ナチス・ドイツのチェコ侵攻をイギリスのチェンバレン首相が容認し、その後、チェコのズデーデン地方がドイツに割譲され、ナチスの侵攻がエスカレートしていった)これと同じ流れが生まれないように、ロシアに強く対抗しなければ、バルト3国などの安全が脅かされないとも限りません。(同)●ロシアは「軍事ケインズ主義体制」に入っており、インフレの問題はありますが、驚くべきことに、経済はほぼ完全雇用の状態です。公共投資の拡大などを通じて有効需要を創出し、不況を脱出して完全雇用を実現する-このケインズ理論が、実際には国防支出の拡大という形で実践されたというわけです。(同)●(日銀の)黒田体制を通じて、金融政策が著しく通貨政策かし、植田体制になってからも、その後遺症に苦しんでいるという理解が正しいような気がします。(唐鎌)●(日本の政策論壇には「一発逆転」の妙手に飛びついてしまう傾向があることから)アベノミクスの名の下で実行された大規模金融緩和はその象徴に見えますが、地域振興券のような定額給付にも同じような印象を抱きます(中略)刹那的な快楽を求めるあまり、長期的な効果はあまり議論してもらえないケースが多くないでしょうか。(同)●日本では官邸の意向を実行する部署に優秀なエース人材を集中させるため、データの作成や分析に人材を割く余裕がありません。その結果、政治家の耳学問に基づいたアイデアを、そのまま政策に落とし込む傾向が強くなってしまいました。(河野)●政府は四半世紀にわたって「デフレ脱却:を目標に掲げ、たしかにそれは日本社会にとって大きな関心事でした。しかし、2022年以降、グローバルインフレの波は日本にも到達しており、インフレによる生活苦が衆議院選挙における政府・与党の大敗につながったと見られています。「デフレ脱却」のテーマ設定は、明らかに現実と乖離しているように思います。(唐鎌)

12月某日
「江戸のいちばん長い日」(安藤優一郎 文春新書)を読む。タイトルは1868(慶応4)年閏5月15日に江戸の寛永寺に立て籠った彰義隊が新政府軍により鎮圧された日のことだ。当時の日本は太陰暦が使われていたため閏月があった。この本にはとくに新発見が記されていたわけではないが、私は昔から彰義隊が好き。負けることが自明なことながら義のために闘うということがね。高倉健主演の仁侠映画もその路線。でもロシアと闘うウクライナ、イスラエルと闘うパレスチナゲリラには勝って欲しい。

12月某日
「日本の経済政策-「失われた30年」をいかに克服するか」(小林慶一郎 中公新書 2024年1月)を読む。本書が執筆されたのはまだ日本経済がデフレの最中のこと。デフレを脱却し円安、原油や食料など資源高からインフレ基調となっている現在には無用の書家というと、そうではない。著者の基本的な認識は、日本の経済社会の構造が変化していることにある。その一つは日本企業がそれまでの雇用第一という規範を捨て、労働コストの削減に邁進したことをあげる。その結果、企業は生き延びたが、非正規雇用が増え、人的資本が劣化した。2010年代の生産性の低迷はそのツケが回ったのだ。対症療法として低金利政策を打ったことで、採算性の悪い事業が延命され、経済全体の生産性がさらに悪化した(まえがき)。円安、資源高から日本経済がインフレ基調になったとしても、日本経済の構造変化という基本は変わらない。政治家も経営者もこのことに気付いて手を打たないと「失われた30年」はさらに続くことになる。

12月某日
元積水ハウスの畠さんが亡くなったという連絡を岡田さんから貰った。畠さんは長く積水ハウスの広報を務め、住宅業界全体にネットワークを築いた人だった。私より1歳上の78歳だったという。合掌。確か進学校の盛岡一高出身で、大学は東京外語大だったと思う。東京外語は早稲田に比べると小さな大学だが、私の知り合いは何人かいる。住宅セールスの評論家になった横尾さん、年友企画の初代社長の田中さん、社会保険研究所の社長だった船木さん、コピーライターの友野君などがそうだ。確かに個性的な人が多いかも知れない。