モリちゃんの酒中日記 5月その3

5月某日
図書館で借りた「私はあなたの記憶のなかに」(角田光代 小学館 2018年3月)を読む。巻末の「初出一覧」によると1996年から2008年に雑誌や単行本に掲載・収録された短編を集めている。したがって各作品に関連はないし統一したテーマもない。あえていえば「関係の困難さ」だろうか。「神さまのタクシー」は勉学にもクラブ活動にも覇気の感じられないミッション系の女子学園の寮を舞台にした「わたし」と同室の「ハミちゃん」と彼女が恋する「泉田さん」の物語。放校処分された「泉田さん」を「わたし」と「ハミちゃん」は校則を破って駅に見送りに行く。寮の近くで流しのタクシーを探すが一向に来ない。「わたし」と「ハミちゃん」は神さまにタクシーが来るように祈る。二人は無事にタクシーに乗ることができるのだが、タイトルの所以である。思春期の同性同士の「関係の困難さ」が描かれていると思う。

5月某日
千葉県地域型年金委員の研修会が千葉市で開催されたので出席する。冒頭、千葉年金事務所の軽部所長が挨拶、小林副所長、渡係員から前年度の活動実績と30年度の新たな取り組みについて話があったが、千葉県地域包括ケア(地域推進フォーラム)への参画を検討しているという発言があった。地域の医療・介護・福祉・自治会等が連携、高齢者の支援を行うが、これに年金委員も参加し、年金の質問等に答えるというものだ。研修会後に千葉県地域型年金委員会の理事会、理事会後、駅前の「文蔵」で「呑み会」。佐々木満さんや軽部所長と懇談。「呑み会」後、京成千葉中央駅から京成上野へ。根津の「ふらここ」が今日から週3回、営業を再開するというので顔を出す。

5月某日
10時半にHCM社で「セルフケアネットワーク」の高本さんと市川さんと約束していたが前日、呑み過ぎて1時間遅刻。元厚労省の川邉さんも参加して新しい提案の検討。川邉さんの参加で検討案に深みと広がりが増した。蕎麦屋で食事、高本さんにご馳走になる。16時からHCM社で李さんと大橋社長と新たな「年金情報の入力システム」について検討。会議後、西新橋の居酒屋「亀清」に移動。流しの女性が伴奏のギターを連れて入店、歌ってくれる。李さんは在日朝鮮人(現在は日本に帰化)にして現在はIT技術者、大橋さんは元明治生命で卓球部、私は元社会保障の専門出版社の社長で今は福祉のフリージャーナリストを名乗っている。経歴はそれぞれ異なっているがなぜかこのところ酒を呑む機会が多い。

5月某日
図書館から借りた「評伝島成郎 ブントから沖縄へ、心病む人びとのなかへ」(佐藤幹夫 筑摩書房 2018年3月)がとても面白かった。島は60年安保闘争を主導した共産主義者同盟(ブント)の創設者にして書記長を務めた。安保闘争敗北後、東大医学部に復学、精神科医となって、沖縄を舞台に先進的な地域精神医療を展開する。ブント書記長の島に興味があって本を手にしたのだが、読んでいるうちに精神科医としての島に強く惹かれるものを感じた。島が沖縄に赴任したのは1968年、沖縄の日本復帰が72年だから復帰前である。当時の沖縄の精神病患者の多くは、監置小屋という小屋や住居の一部の座敷牢のような部屋へ隔離されていた。精神科の専門医が不足していたことに加え、住民や家族の精神病への無理解、そして貧困などがその理由であったろう。島はそうした現実に果敢に切り込んでいく。当時の島の治療観が紹介されているので要約して紹介する。
「治療とは患者を取り巻く、いろいろな立場の人が協力しあって初めてできるものだ。治療は病院のなかだけではできない。地域のなかで患者を助ける力が必要である。これがないと社会復帰できない」(P233 島成郎の治療観と援助観)。50年近く前に島は「地域包括ケアシステム」の原型ともいえる思想に到達していたといえないか。それだけではない看護師や保健師、病院職員や役場の職員、地域住民や患者と家族を巻き込んでいく彼の実践は、まさに多職種協働である。そして晩年の島は認知症にも高い関心を抱く。島は「熟年期の心の健康は、私たちの心、そして人間関係のリストラクチャー(再構築)によって保たれるのです」とし、また「老人問題は、老人の問題ではなく、人間そのものについての問題であり、社会問題であり、政治問題であり、人類史の問題であり、そして科学そのものの問題であり、更に精神医学の再変革につなげる大問題である」(P273~275 中高年の「性愛論」と「痴呆(認知症)論」と述べている。こうしたことを書いたり述べたりしているのは1993年である。島の地域医療の実践と思想はもっと注目されてもいいと思う。