モリちゃんの酒中日記 6月その1

6月某日
次男の友人の「バリッコ」さんの新著「酒場っ子」(スタンド・ブックス 2018年5月)を読む。実はバリッコさんの酒場巡りの文章には非常に共感するものがあり、次男にそのことを伝えたら、「森田茂生さんへ」とサイン付き、イラスト付きの新著を貰ってくれた。酒場の常連になるのも悪くないけれど、知らない町で一人でぶらりと入った店が意外にいい店だったりする。その辺の「酒場感性」というべきものがバリッコさんと私で激しく共振するものがある、と勝手に思い込んでいる。「酒場っ子」に掲載されているのはどれも魅力的な店ばかり。というか閉店してしまって今は営業していない店も紹介されている。これには「単なる酒場のガイドブックじゃないぞ」という主張を感じる。酒場の紹介ではなく酒場で交差する人生のガイドブックなのだ。

6月某日
神田の「清瀧」でHCM社の大橋社長と三浦部長と待ち合わせ。テレビが良く見える4人席に案内される。2人が少し遅れるということなので生ビールを呑みながら日大アメフト部問題を報じるテレビニュースを見る。50年前に闘われた日大闘争とは何だったのだろうと思わざるを得ない。あのときも日大の体育会は理事会の意を汲んで全共闘に対する暴力的敵対に終始した。「何にも変わってないじゃねえか」と思っていると三浦部長、少し遅れて大橋社長が登場。「清瀧」というのは埼玉県蓮田市にある「清瀧酒造」の直営店。日本酒が安くてうまいのは当然だが、肴も安くて種類も豊富。高田馬場の「清瀧」は場所柄、学生が多かったが神田はサラリーマンとそのOBが多いようだ。満足して帰る。

6月某日
新橋の駅前広場で開かれる古本市で100円で買った鷺沢萠の「帰れぬ人びと」(文藝春秋 1989年11月)を読む。鷺沢は1968年生まれ、2004年に35歳で死んでいる。自死と言われている。本作は芥川賞候補になっている。4編の短編が収められているが、鷺沢が20か21歳のころに執筆されたもの。早熟な才能に驚かされる。「かもめ家ものがたり」は「かもめ家」という呑み屋を任された青年が主人公。過激な学生運動を経験した常連客が「かもめ家」で邂逅し和解するエピソードにも時代を感じさせる。あとの3編は家族がテーマ。主人公は男の子もしくは若い男性だが、父親が事業に失敗した鷺沢の体験がベースにあるようだ。鷺沢が今生きていれば50歳。どんな作品を書いていただろうと早世が惜しまれる。

6月某日
元厚生官僚で50歳になる前にがんで早死にしたのが荻島國男さん。私はたぶん10年に満たないお付き合いだったと思うが大きな影響を受けた。その荻島さんの遺児、良太君が愛知芸術大学を出てクラシックのサキソフォン奏者になっている。良太君を含むサキソフォンカルテットの演奏会が上野の東京文化会館で開かれるというので聴きに行くことにする。上野駅公園口で厚生省で荻島さんと同期だった川邉さん、2年下の吉武さん、それと付き合ってくれた大谷さんと待ち合わせる。会場は小ホールということだったが300人以上入ると思われる立派なホール。このカルテットによる演奏会は今年で来年で20回を数えるという。そう思って聞くと4人の息が合ってとてもいい演奏だったと思う。私が言うのもおこがましいが「継続は力」でずいぶんと力量を上げたと思う。演奏会が終わって上野のイタリアンレストランで、吉武さんが持ち込んだドイツワインを呑む。

6月某日
図書館で借りた「明治史講義【人物辺】」(筒井清忠編 ちくま新書 2018年4月)を読む。「はじめに」で編者の筒井は明治という時代を「伝統的であると同時に近代的であり、『頑固』であるとともに『進取』でもある」と表現している。確かに自由民権運動にも急進民主主義的な側面と国権主義的な海外膨張主義的な両義的な側面があった。私は本書で紹介されている人物のなかでは板垣退助、金玉均、谷干城、松浦武四郎、福田英子の項が面白かった。今まで論じられるところが少なかったこともあるのだろう。筒井の執筆による乃木希典も面白かった。日露戦争の203高地攻略戦を巡っての「乃木愚将説」については司馬遼太郎の「坂の上の雲」に由来する側面もあるが、昭和軍閥の「長州閥排斥運動」にその源があるのではないかという指摘は興味深い。歴史の真相は通説だけでは捉えられないのである。