モリちゃんの酒中日記 10月その5

10月某日
「へるぱ!」の特集「私が介護職を辞めた理由(わけ)」(仮題)の事前取材で年友企画の迫田さんと千駄木の駅で待ち合わせ。千駄木からタクシーで駒込病院へ向かう。「介護ユーアイ」の馬木功社長が入院しているためだが、「肺炎だけど、私は全然構わないよ」ということなので病棟のラウンジで取材させてもらう。いろいろと面白い話が聞けたが、「職員のキャリアアップのための社内外の研修に力を入れている」という話は大切なことだと思った。それと転職を繰り返す人は、普通の仕事では敬遠されがちだが、介護事業ではちょっと違うようだ。圧倒的な人手不足が背景にあると同時に、転職でキャリアアップを図っているという側面もあるようなのだ。板前さんとか美容師さんと同じ感じだ。勤め人というより「職人」感覚なのかもしれない。駒込病院からタクシーで地下鉄南北線の本駒込駅へ。四谷で丸の内線に乗り換え南阿佐ヶ谷へ。ケアセンターやわらぎのデイサービスへ向かう。理事長の石川はるえさんに取材。石川さんは30年来の古い友人だが、早くからISOに取組み、介護事業に標準化、合理化といった近代的な経営を推進してきた人だ。もっとも私は、いつも石川さんにご馳走になる人なのだが。石川さんは「介護保険は第2ステージに入った」として大胆な政策転換が必要なことを示唆した。取材を終わって荻窪の角打ち(酒屋の立ち飲み)「酒ノみつや」に行って青森の地酒「安藤水軍」を2杯いただき、寿司屋「日本海」で握り寿司をご馳走になる。

10月某日
社福協の「保健福祉活動支援事業」運営委員会に出席。社福協が開催するセミナーや調査研究事業等について報告を受けるのだが、その後の意見交換が私にはとてもためになる。介護事業の経営コンサルをやっている堀口直孝先生とホームヘルパー出身で自身もNPO法人楽の理事長を務め、川崎で小規模多機能事業所を経営している柴田範子先生が委員なので、お二人の味わい深い話が聞ける。外国人労働者についても日本人が使う日本語の微妙な言い回しを理解させるのは至難の業という話になった。本当はケアをやってほしい利用者が「いやぁいいですよ」というと外国人は額面通りに受け取ってケアをしない。また逆にやさしさからケアをし過ぎてしまう外国人労働者もいたそうだ。自立支援の観点から「違うのよ」と言っても「どうして」と理解されない。ちなみにこの労働者はフィリピン人で、確かにフィリピンの女性は働き者で男性にとっては大変優しい。こんな話はよそではなかなか聞けない。
「胃ろう・吸引」のシミュレータを開発したデザイナーの土方さんとHCM社の大橋社長と新橋の「焼き鳥センター」で待ち合わせ。ここのウエイトレスも外国人が多い。この前来たときは男性の確かネパール人だったが、今回は東南アジア系の美人ウエイトレスだった。大橋社長が「どこから来たの?」と聞くと愛想よく「タイです」と答えていた。2次会は近くのスナック「八田」。ママは岩手県の滝沢村(現在は滝沢市)出身で、旧丸ビルの小岩井農場に勤めていたとのこと。大橋社長とは卓球つながりだそうだ。昭和の香りのたっぷりあるスナックだった。我孫子へ帰って「愛花」による。

10月某日
「ヴィルヘルム2世-ドイツ帝国と命運を共にした『国民皇帝』」(竹中亨 中公新書 2018年5月)を読む。ヴィルヘルム2世のことは第一次世界大戦で敗北し、玉座から追われた皇帝くらいの認識しかなかったし、ドイツ帝国の成立についても高校の世界史の教科書程度の知識しかなかったので、私にはとても面白かった。ドイツ帝国はプロイセンが中心になって小国部分立にあえいでいたドイツを統一し1871年に生まれた。薩長が中心になって幕府を倒し明治政府を樹立したようなものである。違うのは幕藩体制における諸藩は版籍奉還や廃藩置県により明治新政権に統合されていくが、ドイツ帝国を構成するプロイセンをはじめとする各国(邦と呼ばれる)は存続し、独自の憲法、君主、政府、軍隊を保有した。世界大戦で連合国側と戦ったドイツ軍とは、法的にはプロイセンやバイエルンなどの邦の軍隊であった。ただしヴィルヘルム2世が創設したに等しいドイツ海軍は帝国直轄の軍であった。著者の竹中は「ドイツ帝国は、国家連合と統一国民国家という相反する二つの原理を連邦国家という形で糊塗したものといえる」とし、次第に「時代の要請に合致しない国家連合の要素が後退し、代わって統一国民国家の要素が強まっていく」と述べている。ドイツ帝国は明治国家のモデルと考えられていたし、明治憲法や陸軍さらに医学をはじめとした諸科学においてドイツは先達であった。だが中央集権国家としては、明治政府のほうがドイツ帝国よりも進んでいた面がある。

10月某日
「彼女は頭が悪いから」(姫野カオルコ 文藝春秋 2018年7月)を読む。姫野は何年か前「昭和の犬」で直木賞を受賞した人だが私は初めて読む作家。帯に「非さわやか100%青春小説」とある。この小説を読み終わった後に再びこのコピーを目にし「巧い!」と思った。横浜郊外の青葉区に住む神立美咲はもともと地元の農家の家系で、父方も母方も法事や正月に集まると「うちはもともと百姓だったから」とおおらかに語る。父は学校の給食センターに職を得、母は実家のクリーニング店を手伝う。通う大学は第3志望の、河合塾の女子大生偏差値ランキングでは48枠に位置されている水谷女子大学総合生活学科である。東京大学理科Ⅰ類から本郷の工学部へ進学した竹内つばさは、渋谷区広尾の申し分のない環境で育ち、兄は東大法学部から法科大学院に進み、つばさも大学院を目指している。美咲とつばさは出会い恋に落ちたはずだったが…。美咲はつばさへの恋心を募らせるがつばさの心は離れていく。つばさに池袋の呑み会に誘われた美咲は、巣鴨のつばさの友人のマンションに連れ込まれ友人たちに服を脱がされる。何とか逃げ出した美咲は公衆電話から110番する。東大生たちは強制わいせつで逮捕、起訴される。しかしネット上で非難されたのは美咲のほうであった。【のこのこついてったんだから、合意だろ】【これ、女の陰謀じゃねーの? 怖いねー】などなど。加害者対被害者の関係は容易に東大生対3流女子大生の関係に置き換わり、世論は東大生におもねる。「非さわやか100%」である。救いは美咲の大学の教授が自分が学生の頃、男子学生に乱暴されそうになった経験を話し「神立さんがどれだけいやな気持ちだったか、私は完全にはわかりません。ただ察することしかできません。でも、どうか元気を出して」と語りかけるシーンである。人間の本当の強さ弱さ、賢さ愚かさを考えさせられる小説である。

10月某日
年友企画の総務・経理を担当している石津さんと御徒町のスーパー吉池の9階にある「吉池食堂」で待ち合わせ。スーパー吉池は食品スーパーの老舗、吉池食堂は食材が良くて値段もリーズナブルなことから人気の店で、忘年会シーズンなど予約でいっぱいのときもある。本日は予約なしで6時前に入ると余裕で席に着けた。私のような年寄りのグループも多いが若いOLのグループもいる。生ビールを呑んでいると石津さん来る。石津さんと世間話。話題はどうしても最近亡くなった竹下さんのこと、そして竹下さんと同じくすい臓がんで亡くなった石津さんの上司だった大前さんのこと。石津さんに「森田さん死なないでよ!」「まぁ死にそうにもないか」と言われる。石津さんにすっかりご馳走になる。

10月某日
常連だったスナック「ふらここ」のママ、半谷さんと西新橋の「花半」へ。「花半」は純子さんというママが取り仕切っている店だが、お店に行くと違う女性が「姉は骨折で入院して今週、退院です」という。「予約の電話に出てたじゃない」と言うと「あれは私です」。姉妹、兄弟は声も似るものだ。ビールの後、私は富山の地ウイスキーを呑むが、これがスモーキーで私の好みに合った。ママは日本酒を頼んでいた。我孫子へ帰って駅前の「愛花」による。

10月某日
石川はるえに「ちょいと相談が」とメールすると「今日なら18時30分ころ東京駅周辺で」返事が来る。京都大学東京事務所の大谷源一さんに電話して、東京駅丸の内北口の居酒屋で時間をつぶす。18時30分に新丸ビルの1階ロビーで石川さんと会う。別の居酒屋で3人で食事。石川さんにすっかりご馳走になる。