モリちゃんの酒中日記 2月その1

2月某日
「キッドの運命」(中島京子 集英社 2019年12月)を読む。中島京子は割と好きで読む。戦前の日本の幸せな家族が戦争によって崩壊していく姿を描いた「小さなおうち」、コメディタッチの「妻が椎茸だったころ」、認知症の高齢者とその家族を描いた「長いお別れ」などだ。「キッドの運命」は「著者初の近未来小説」とあるように今まで読んだ中島京子とは一味違っていた。短編集で「種の名前」は、夏休みに母方の祖母に会いに行って、祖母が作る野菜を食べその新鮮な味に驚く少女の話。この未来では食糧生産は一企業に独占されており、個人が野菜を栽培することは禁止されているのだ。祖母は仲間の老婆たちと秘かに畑を開墾、味噌も自家製だ。中島の描く未来は決してバラ色ではない。AIやロボットで社会の生産性は上がったが、社会から自然や人間らしさは失われていく。しかしそんな社会に抗う少数の少女の祖母のような人間も存在する。中島は近未来小説を描くことによって現代社会への警告を発すると同時に、近未来の社会での「抵抗する精神」の崇高さをうたいあげていると感じた。

2月某日
図書館で借りた「失われた女の子 ナポリの物語4」(エレナ・フェッランテ 早川書房 2019年12月)を読んでいる。「リラと私」に始まる「ナポリの物語」の完結編である。ナポリに生まれたリラとエレナという2人の女の子の物語なのだが、小学校でのリラとエレナの出会いから始まるこのストリーはエレナは大学に進学し、大学教授と結婚して作家となり、リラは進学せず10代で結婚して稼業の靴屋を手伝う。リラは離婚後、コンピュータソフトの会社を立ち上げ成功する。作家のエレナ・フェッランテは1943年ナポリ生まれとあるから、物語のエレナとほぼ等身大と見ても良いのでないかと思う。この物語の背景には当時のイタリアの政情がある。第2次世界大戦に敗北したイタリアは、その後高度経済成長を謳歌した日独とは違って、低迷する経済からなかなか脱出することができなかった。北部と南部の経済格差や共産党や社会党が伝統的に強いこと、その反面でファシスト党の根強い地域性があることなどが原因と思われる。ナポリというと日本で言うと大阪かな。方言も結構きついらしい。そこで2人の女の子が恋愛や仕事を通して成長していく。私など日活映画の「キューポラのある街」を連想してしまうのだが、とにかく面白い。A5判で600ページ近くある大著でまだ200ページしか読んでいないがとりあえず中間報告である。

2月某日
「失われた女の子」を読み進む。「ナポリの物語4」のタイトルが「失われた女の子」となったわけが明らかになる。リラとエレナは相次いで女の子を出産する。リラの娘はティーナ、エレナの娘はインマと呼ばれすくすくと育つがある日、舞台は暗転する。ティーナが行方不明となるのだ。誘拐か交通事故に巻き込まれたのか。「キューポラのある街」どころではない、「ゴッドファーザー」の世界である。エレナは作家として成功しリラのコンピュータソフトの会社も順調に成長しているにもかかわらずだ。「ナポリの物語」はリラとエレナという2人の女の子の成長物語ではあるのだが、ナポリという町の光と闇の戦後史も綴っていく。450ページほど読み進んだ。あと150ページ、リラとエレナはどうなるのか「巻を置く能わず」である。

2月某日
重度重複障害者の施設を運営している社会福祉法人キャマラードを高本真佐子(SCN代表理事)さんと訪問。横浜線の中山駅まで送ってもらい、新横浜へ。新横浜から名古屋へ行く新幹線の中で「失われた女の子 ナポリの物語4」を読み進み、名古屋に着くまでに読了。「ナポリの物語」は確かにリラとエレナの2人の女の子の成長物語ではあるが、同時に作家としてのエレナ・フェッランテの苦悩の記録である。作家として成功し3人の女の子も伴侶を見付けて孫にも恵まれる。しかしエレナの心には虚しさが漂う。作中のエレナは、リラとのことを綴った「ある友情」で作家的な名声を不動のものとするが、それをきっかけにリナと交流は途絶える。ナポリからトリノへ引っ越したエレナのもとに、幼いリラとエレナがアパートの地下室に投げ入れた人形が2体届けられる。エレナは思う。「リラがここまではっきりと姿を見せたからには、彼女とは二度と会えぬものと諦めるしかないと」。「ナポリの物語4」は1970年代半ばから2000年代初頭までのおよそ30年間が描かれる。イタリアと日本では社会的政治的な状況が違うことはもちろん承知しているが、日本もイタリアも60年代、70年代には左翼、とくに新左翼の政治的な高揚があった。その一時の高揚も高度経済成長の中で沈静化してゆく。同時代を生きたものとして「ナポリの物語」には深く共感せざるを得ない。

2月某日
図書館で借りた「卍どもえ」(辻原登 中央公論新社 2020年1月)を読む。辻原登は好きな作家でこの数年、何冊も読んだ。ほとんどが図書館で借りたものですが。辻原の特徴は、その物語世界の緻密な構成とでも言おうか。本作品の主要なテーマは女同士のエロスとそれと絡み合う男と女のエロス。デザイナーの瓜生甫(うりゅう・はじめ)を軸に物語は展開する。妻のちづるはネイルサロンを主宰する加奈子とレズビアンの関係となり、二人は共謀して瓜生から加奈子の借金を返済される額を奪う。瓜生は美大を出て博報堂に就職後、独立した売れっ子デザイナーである。瓜生は陸上競技の世界的な大会のエンブレムのデザインコンペに勝ち残るが後にそれが盗作だったが明らかにされ、取り消される。東京オリンピックのエンブレムでも同じような話があったっけ。それにフィリピンやタイの話、戦前の満洲の話、大阪の売春地区、飛田の話までが入り組んでくる。まぁ辻原登ワールドですなぁ。

2月某日
午前中、芝の友愛会館で日本介護クラフトユニオンを介護職へのハラスメントについて取材。年友企画の酒井さんに同行。ユニオンは染川朗事務局長、村上久美子副事務局長、小林みゆき広報担当部長が対応してくれる。取材後、内幸町へ出て酒井さんと昼食。昼食後、会社へ帰る酒井さんと別れ、私は村田沙也加の短編小説に読み入る。14時30分から厚労省老健局高齢者支援課の中村光輝係長に高齢者施設での看取り部屋整備への補助金について取材。高本真佐子SCN代表理事、大谷源一さんに同行。取材後、飯野ビルの神戸屋カフェで3人で打ち合わせ。打ち合わせ後、事務所へ帰る高本さんと別れ、私と大谷さんは神田に新しくオープンした佐渡の立ち食い寿司屋「弁慶」へ。2人でつまみ3~4品とビールにお酒で5000円ちょっとだった。