モリちゃんの酒中日記 10月その4

10月某日
元参議院議員の阿部正俊さんが亡くなった。77歳だった。今から40年近く前、阿部さんが厚生省年金局の資金課長だったころに初めて知り会った。私が日本プレハブ新聞の記者で年金住宅融資の取材がきっかけだった。厚生官僚と親しくなったのは阿部さんが初めてだったが、率直な物言いが印象に残った。阿部さんが老人保健局長のとき、参議院選挙に出馬を決意、当時年金住宅福祉協会の企画部長だった竹下隆夫さんとパンフレットを作ったりした。山形県が選挙区なので現地まで応援に行った。応援と言っても演説に拍手するくらいだったけれど。参議院議員を2期12年務めた後、議員は引退したが社会保険倶楽部の会合で何回かお会いした。議員の頃、厚労省の若手が議員会館に説明に行くと、逆に議論を吹っ掛けられて困っていたという話を聞いたことがある。社会保障の将来を真剣に憂いていたが故と思う。正論を正論として堂々と述べる政治家が少なくなっている現在、阿部正俊という政治家は得難い存在だった。

10月某日
幼馴染の山本義則、通称オッチと我孫子の「もつ焼きやまじゅう」で呑む。小学校入学前からの付き合いなので、70年近くの付き合いとなる。もっともお互いに仕事を持っていた頃はそんなに会うこともなかったが、仕事を引退してからは年に2、3回は会っていたように思う。オッチとは小学校、中学校、高校と一緒だった。室蘭東高の首都圏在住者の同期会でも顔を合わせていたが、コロナ禍で首都圏同期会も開かれず、オッチとも久しぶりの再会となった。小学校5、6年生のときは同じクラスだったが、オッチは圧倒的な存在感があり餓鬼大将だった。

10月某日
神田の社保研ティラーレを13時に訪問する。その前に近くの「台北苑」という中華料理屋で「ルーロー飯」を食べる。社保研ティラーレの佐藤聖子社長と国会議事堂前の内閣府に行く。首相官邸前に「学術会議人事への介入反対」という手書きのポスターを持って立っている紳士がいた。内閣府では厚労省から出向している内閣官房新型コロナ感染症対策推進室の梶尾雅宏審議官に挨拶。梶尾審議官には「地方から考える社会保障フォーラム」で「ウィズコロナ社会の課題~感染拡大防止と社会経済活動の両立」という講演をしていただくことになっている。梶尾審議官とは初対面だったがなかなか感じのいい人だった。もっとも最近の官僚とくに厚生官僚は押しなべて感じがいい。社保研ティラーレに戻って吉高会長と雑談、我孫子へ帰って駅前の「しちりん」で一杯。

10月某日
図書館で借りた「悪党・ヤクザ・ナショナリスト―近代日本の暴力政治」(エイコ・マルコ・シナワ 藤田美菜子訳 朝日新聞出版 2020.9)を読む。幕末から明治以降の政治と暴力との関りについて述べたもの。主として博徒、ヤクザ、愛国主義者ら、つまり右翼と政治権力について分析している。私の学生時代、反日本共産党系の学生は「暴力学生」と呼ばれていた。ゲバ棒と投石で機動隊と対峙していたからね。そして暴力学生の多くは高倉健や鶴田浩二、若山富三郎、藤純子、菅原文太などが出演する主として東映のヤクザ映画に熱狂したものだ。悪辣な敵ヤクザの卑劣な攻撃に耐えながら最後は敵ヤクザに討ち入りするという決まりきったストーリーが、機動隊や敵対する党派の暴力にさらされていたわが身と二重写しになっていたのだろう。この本で初めて知ったのだが、秩父困民党のリーダーだった田代栄助は養蚕業を営む傍ら博打も打つ博徒だったんだ。「強きを挫き弱きを扶ける」という仁侠映画に出てくるような博徒だね。

10月某日
図書館で借りた「ちょっと気になる『働き方』の話」(権丈英子 勁草書房 2019年12月)を読む。著者の権丈先生は亜細亜大学経済学部の教授で副学長。慶応大学商学部出身ということからも、権丈善一先生と夫婦と思われる。この本の装丁も善一先生の「ちょっと気になる社会保障」を踏襲しているしね。それはともかく大変面白くかつわかりやすい語り口で日本の労働市場の現在と将来を明らかにしている。日本は人口減少社会となり生産年齢人口も減少していく。私たちは今までこれを「危機」ととらえてきたが、著者の捉え方は一味違う。著者は「労働力希少社会」ととらえ「早晩、資本に対する労働の相対価値が上昇していきます」とし、「生産要素間の相対価格の変化は、長期的には市場メカニズムによる調整を通じて、歴史を変える力」を持っているとも喝破する。最近の報道によるとコロナ禍でも企業の内部留保は増え続けているという。ということは労働分配率は低下していると思われる。権丈先生はあくまでも「長期的には」という留保を付けているが、日本における労働組合の組織率の低下やパートタイム労働者の増加も「資本に対する労働の相対価値」の上昇を妨げているのかもしれない。 

10月某日
図書館で借りた「推し、燃ゆ」(宇佐美りん 河出書房新社 2020年9月)を読む。宇佐美りんは1999年生まれだから今年21歳か。対談をした村田沙耶香との写真がネットに公開されていたが、どこにでもいる女子大生という感じだった。村田沙耶香だって玉川大学卒業後、コンビニでバイトしながら作家修業してたんだから同じようなものだけれど。村田にしろ宇佐美にしろ才能のひらめきは私にも感じられる。ただ宇佐美となると私と51歳の歳の差がある。孫の世代ですよ。本書はアイドルグループの追っかけをやっている女子高生の日常を題材にしたものだが、言葉についていけないものがある。「スクショ」ってなんだ?ネットで検索するとスクリーンショットのことだというが、スクリーンショットが分からない。ひとつひとつの術語に意味が分からない所があるが、文体はしっかりしている。例えば次のような描写は古風とも言えるのではないか。「風が吹き荒れていた。朝から急激に悪化した天候は、コンクリート製の壁に囲まれた建物の内部をも暗く湿らせている。雷は空を突き崩すような音を立て、壁に走ったひびや、セメントの気泡のあとを白く晒し出す」。これはアイドルグループのコンサート会場の描写なのだが、ある種のカタストロフィーを予感させる描写だ。好きな作家として確か中上健次を挙げていたがさもありなん。