モリちゃんの酒中日記 2月その4

2月某日
室蘭の小学校、中学校、高校で一緒だった山本良則君と岩波ホールで待ち合わせ。「モルエラニの霧の中」という映画を観るためだ。坪川拓史という室蘭市在住の監督が撮ったこの映画の舞台はもちろん室蘭である。モルエラニとはアイヌの言葉で「小さな坂道をおりた所」という意味で室蘭の語源の一つと言われているそうだ。上映時間3時間を超える長編だが、「冬の章」「春の章」「夏の章」「晩夏の章」「秋の章」「晩秋の章」「初冬の章」の7話で構成されており、長さは苦にならなかった。ただ映画の舞台となったのはかつての室蘭の中心地だった絵鞆半島で、私や山本君が少年時代を過ごした水元町や知利別町はまったく登場しない。水元町や知利別町は室蘭岳の麓に位置し、どちらかというと山の入り口。対して絵鞆半島は噴火湾(内浦湾)に突き出た海の街でモルエラニの言葉通り、坂の多い街だ。室蘭というタイトルを避けてモルエラニという言葉を使ったのは、抽象的な海の街での物語としたかったためではなかろうか。画面がとても美しく、私はこの映画を気に入りました。私が生まれ育ったのは水元町の公務員宿舎なのだが、父親の退職後、家を建てたのは絵鞆半島の突端でこの映画にも出てくる白鳥大橋のすぐ近くだった。私は高台の上に建ち海からの風がビュービュー騒ぐこの家が割と好きだったのだが、父も母も亡くなり家を継いだ弟はこの家を売却して新しくコンパクトな家を建てたそうだ。

2月某日
社会保険出版社で阿部正俊さんの遺稿集のゲラの受け渡し。校正者の香川さんからキタジマの金子さんへ。その後、香川さんと神保町の古書店街へ。久しぶりに建築専門書店の南陽道をのぞく。ランチに香草の香り高い蘭州拉麺を頂く。香川さんと別れ私は新御茶ノ水から千代田線で我孫子へ。駅前の「しちりん」でホッピー。

2月某日
「諧調は偽りなり-伊藤野枝と大杉栄」(上下)(瀬戸内寂聴 岩波現代文庫 2017年12月)を読む。伊藤野枝の生涯を描いた小説だが、同じ作者の「美は乱調にあり」が葉山の日蔭茶屋で大杉栄が神近市子に刺されるまでを描いているのに対して、こちらは日蔭茶屋以降、甘粕正彦らに虐殺されるまでを描いている。「美は乱調にあり」が月刊文藝春秋に連載されたのが1865年、「諧調は偽りなり」は同誌の1981年3月号~83年8月号に連載されている。15年ほどの期間があるが、甘粕正彦像を確定させるのにそれだけの時間がかかったということも一因という。大杉と野枝、さらに満6歳の甥の橘宗一を虐殺したことにより甘粕は懲役10年の判決を言い渡されるが、2年10カ月務めただけで出所している。出所後、満洲に渡った甘粕は満洲映画(満映)の理事長として満洲の政財界で重きをなした。日本の敗戦時に甘粕は青酸カリで服毒自殺を遂げているが、満洲時代の甘粕は人の面倒見がよかったという。これがのちの甘粕善人説に繋がっているようだ。瀬戸内寂聴は甘粕善人説も紹介しながら、甘粕の本質が虐殺者であり弾圧者であることをきちんと描いている。ちなみに大杉らの虐殺に対する報復として、和田久太郎、村木源次郎、古田大次郎らが関東大震災時の戒厳司令長官だった福田雅太郎大将暗殺未遂事件を起こしている。村木は逮捕後獄死、古田は判決後わずか1カ月で死刑が執行され、終身刑の和田は昭和3年2月、秋田刑務所で縊死した。甘粕は3人殺して3年足らずで出獄、和田ら3人は未遂でも刑死、獄死、獄中での自死である。この不公平さにはやりきれないものを感じてしまう。