モリちゃんの酒中日記 3月その1

3月某日
今日から3月。暖かいので散歩。家の前の「手賀沼ふれあいライン」と称するバス通りを渡って、そのまま成田街道に出る。成田街道を左折して横断歩道を渡って我孫子駅へ。我孫子駅構内を通って北口へ。構内のキオスクがスシローに代わっていた。北口のショッピングプラザ3階の書店に寄る。ちくま文庫の「はたらかないで、たらふく食べたい」(栗原康)を購入。我孫子駅南口でレストラン「こびあん」によってランチ。「生姜焼き定食」を食べる。

3月某日
「はたらかないで、たらふく食べたい 増補版」(栗原康 ちくま文庫 2021年2月)を読む。本書は2015年4月にタバブックスから刊行された単行本に未収録原稿などを加えたから増補版というわけだ。著者は1979年生まれ、早稲田大学政治経済学部を卒業後、同大学の政治学研究の博士課程を修了した。だけど定職につかず親のもとで暮らしている。結婚を決めた彼女に振られる話は本書の「豚小屋に火を放て」に詳しい。「文庫版あとがき」によると栗原先生の現在の年収は200万円、この本を書き始めた頃の、「およそ20倍だ」。栗原先生独特の踊るような文体のカゲで実は、現在の資本制社会に根本的な批判を行っていることを見逃してはならないと思う。船本洲治って人について書かれた「だまってトイレをつまらせろ」では、山谷、釜ヶ崎での暴動を「秩序紊乱だ。たのしすぎる」と肯定的に評価する。栗原先生は著者略歴では「アナキズム研究家」となっているし、読み込んでいる文献はアナキズム関係に止まらず「老子」「荘子」「本居宣長」などにまで及んでいる。相当な勉強家であることは確かである。しかし先生は大杉栄がそうだったように、すぐれた実践家だと思う。書斎におさまりきらないのである。

3月某日
「余白の春 金子文子」(瀬戸内寂聴 岩波現代文庫 2019年2月)を読む。初出は「婦人公論」1971年1月号~72年3月号に連載された。大杉栄とともに虐殺された伊藤野枝を主人公にした評伝小説「風よあらしよ」(村山由佳)から読み始めた大正期のアナキストの評伝小説も、これで5作目。金子文子は伊藤野枝とほぼ同時代に生きた。伊藤野枝が虐殺されたときと同じ頃に大正天皇と皇太子(後の昭和天皇)の暗殺を企てた容疑で逮捕され、大逆罪で死刑判決を受けた後、無期懲役に減刑される。宇都宮刑務所栃木支所に収監されたが、独房で縊死。金子文子は山梨の貧しい家に生まれた。肉親の愛には恵まれなかったようで10代の頃朝鮮の祖母と叔母に引き取られるが虐待に近い扱いを受け、日本に逃げ戻る。親類を頼って上京、働きながら正則学園と研数学館に通う。社会主義者が通うおでん屋に勤めていたときに朝鮮人の朴烈と知りあい同棲する。朴烈は朝鮮独立を志すのだが思想的にはニヒリストだ。金子文子も思想的に朴烈と同化していく。アナキストとニヒリストは同じような思想ととられがちだが、違うようだ。アナキストは無政府共産主義社会の実現を目指すが、ニヒリストは国家や社会そのものの否定を目指す。金子文子は朴烈との刑死を望むが減刑によりその望みは叶えられなくなる。その絶望感が縊死を選ばせたのか。瀬戸内寂聴が金子文子の韓国の墓を訪ねる場面が描かれているが、これが何とも美しくも悲しい。

3月某日
阿部正俊さんの本の校正紙の受け渡しを社会保険出版社の1階で、キタジマの金子さんから校正者の香川さんへ。その後、香川さんとニコライ堂を観に行く。コロナで一般公開は中止で中には入れなかった。聖橋を渡って湯島の聖堂の脇を通って神田明神へ。お参りした後、急な階段(男坂)を下る。以前、よく利用した章太亭の前を通って大きな通りへ出る。2時過ぎだがイタリア料理店が空いていたので入る。香川さんが「今日はご馳走しますよ」と言ってくれたので遠慮なくご馳走になる。食べ終わって私は千代田線の湯島駅へ、香川さんは秋葉原へ。

3月某日
私の故郷室蘭を舞台にした映画「モルエラニの霧のなか」を観に行ったとき、一緒に行った山本良則君が貸してくれた「猛スピードで母は」(長嶋有 文藝春秋 2002年1月)を読む。表題作と「サイドカーに犬」の2編の中編小説が収められている。表題作の舞台は北海道の南岸沿いの小都市M市。もちろん室蘭である。離婚した母と団地に二人暮らしする慎の物語である。ウイキペディアで調べると長嶋は幼い頃両親の離婚で室蘭に引っ越し。港南中学、清水が丘高校をへて東洋大学2部に進学。サラリーマン生活を経て作家になった。なんか面白そうなのでもう少し読んでみようかな。

3月某日
鎌倉河岸ビルの地下1階「跳人」でランチ。お店の大谷君が「サッパリですよ」とさえない表情で嘆く。「そのうちコロナも収まるよ」と根拠のない激励をする。「社保研ティラーレ」によって吉高会長と雑談。神田からお茶の水経由で社会保険出版社へ。高本社長と近藤役員に故阿部正俊さんの「真の成熟社会求めて」出版のお願いをする。お茶の水から秋葉原、上野経由で我孫子へ。