モリちゃんの酒中日記 3月その4

3月某日
バイデン米大統領が訪問先のポーランドでロシアのプーチン大統領について「この男が権力にとどまってはいけない」と演説したことが報じられている。私はこの演説を支持する。しかし1960年代に米国はケネディ、ジョンソン、ニクソン大統領のもと、南ベトナムを侵略し北ベトナムへの空爆を行った。このとき北ベトナムを支持したのは旧ソ連、今のロシアと中国だった。1930年代に日本は中国大陸への侵略を開始した。このとき中国国民党軍や共産党軍を支援したのは米英と旧ソ連だった。アメリカはベトナム戦争当時、南ベトナム政府を民主主義陣営として位置づけ、東南アジア全体の共産化を防ぐために南ベトナム政府を支援した。米国および米国民はこのことを忘れてはならない。どうように日本および日本国民は中国大陸への侵略や朝鮮半島支配の現実を忘れてはならないと思う。

3月某日
「戦争は女の顔をしていない」(岩波現代文庫 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 三浦みどり訳 2016年2月)を読む。巻末の澤地久枝による解説によると、作者は1948年生まれで私と同年である。母の故郷ウクライナで生まれ、育ったのは父の故郷ベラルーシ。本書は第二次世界大戦中に対ドイツ戦に従軍した女性兵士たちへの聞き書きである。男女平等の観点からだと思うが、アメリカでも日本でも女性の兵士や士官が誕生してきている。しかし第二次世界大戦で女性兵士が活躍したのはソ連くらいだろう。社会主義体制のソ連には男女平等の観点ももちろんあったと思うが、最大の要因はソ連の兵力不足だったろう。緒戦においてソ連はドイツ軍の奇襲を許し敗走を余儀なくされた。兵士や兵器の損耗率も高く軍医や看護兵だけでなく女性の戦闘員も必要だったのである。と同時に本書を読んでわかったのは志願した女性たちの祖国防衛意識の高さである。作者はこうした意識の高さを描くだけでなく戦争の残酷さ、理不尽さも女性兵士たちに語らせる。復員した多くの女性兵士たちは戦争中の自分について語ろうとしない。彼女たちは世間からむしろ白眼視されたという。作者は2015年にノーベル文学賞を授与されているが、作者を日本に紹介した訳者の三浦は2012年にガンで死去している。このエピソードも壮絶である。

3月某日
「思いがけずに利他」(中島岳志 ミシマ社 2021年10月)を読む。中島岳志には私には保守的な思想家のイメージがあった。本書でも西部邁に大きな影響を受けたことを明らかにして「二十歳以降の私は、保守思想家の西部邁先生に多大な影響を受けました。三十代以降は直接、お話をお伺いする機会ができ、多くのことを学びました」と書いている。文体からも西部のことを敬愛していることがうかがえる。今、なぜ利他なのか? 「はじめに」で中島は「自己責任論が蔓延し、人間を生産性によって価値づける社会を打破する契機が、『利他』には含まれていることも確かです。コロナ危機の中で私たちの間に湧き起こった『利他』の中にも、新しい予兆があるのではないでしょうか」と述べている。本書で中島は落語の「文七元結」を手掛かりに利他の問題を解明しよう試みる。「文七元結」は明治中期に三遊亭圓朝が創作したもので、腕のいい左官職人の長兵衛が娘を吉原から身請けしようと用意した五十両を、店の金五十両を紛失したために身投げしようとしていた番頭、文七に差し出すという話だ。まさに利他である。三遊亭志ん朝は文七への共感から長兵衛が五十両を差し出すという解釈、立川談志の解釈は長兵衛の「江戸っ子気質」というものだ。中島は談志の解釈に共感を示すのだが…。中島の語り口は易しいが、相当高度なことを言ってるね。