9月某日
「星屑」(村山由佳 幻冬舎 2022年7月)を読む。ジャンルでいえば「芸能小説」かな。ときは1970年代後半、博多のライブハウスでジャズを歌っていた少女ミチルは芸能プロダクションの桐江にスカウトされる。著名な作曲家、高尾のレッスンでミチルの歌には磨きがかかる。芸能プロの専務の娘で社長の孫でもある真由とコンビを組むことになる。最初は反発し合う2人だが、徐々に互いを認め合っていく。ヨーロッパで活躍するロックバンドに才能を見出されたミチルはロンドンに旅立つ。芸能界での成功物語だが、女性マネージャーの桐江の成長譚もサブストーリーとして読める。70年代後半といえば職場の女性差別は露骨にあった。芸能界でも例外ではなく桐江も女性であるうえに短大卒ということもあって、マネージャー業を本格的に任せられているわけではなく雑用に振り回されている。ミチルと出会いが桐江の運命もかえていくのだ。村山由佳の小説は伊藤野枝の生涯を描いた「風よあらしよ」を読んだのが最初。同作は最近、NHKでテレビドラマ化されて伊藤野枝は吉高由里子が好演していた。でも星屑はテレビや映画よりアニメーションが向いていると思う。
9月某日
ほぼ1週間ぶりで東京へ。14時近くに神田駅到着。昼ご飯がまだだったことに気づき飯屋を捜す。しかしここらは13時30分か14時でランチタイムが終わってしまう店が多いようだ。ようやくオープンしている中華屋を見つけ「五目焼きそば」を食べる。15時前に社保研ティラーレを訪問、佐藤社長と吉高会長と雑談していると、松下政経塾で学んでいる宗野君が来る。佐藤社長と宗野君の3人で赤坂の医療科学研究所の江利川理事長を訪ねる。江利川さんが厚生省年金局の資金管理課長時代から親しくさせてもらっている。今から30年以上前の話だ。江利川さんはその後、年金課長、薬務局経済課長といった難しいポストを歴任、海保保険法が国会で審議されていた頃は担当の審議官だった。内閣府に移って官房長、次官を務める。退官後、一時証券会社系のシンクタンクの理事長を務めたが、厚労省がいろいろな問題を抱えていたとき、厚生労働省の次官に就任。内閣府、厚労省と中央官庁の次官を二度も務めるのは異例である。江利川さんはその後、人事院総裁に就任、民主党政権下で「筋を通した官僚」として知られる。江利川さんが予約してくれた南欧料理の店「月の市場」へ移動。ほどなく武田製薬からゼンセン同盟に出向している永井さん、年友企画の岩佐さんが来て全員が揃う。江利川さんは内閣主席参事官も勤め官邸の勤務も長い。今の官邸官僚に対してはかなり厳しい評価、さもありなん。
9月某日
「この30年の小説、ぜんぶ-読んでしゃべって社会が見えた」(高橋源一郎・斎藤美奈子 河出新書 2021年12月)を読む。高橋源一郎は1951年1月生まれ、東大の入試が中止になった1969年に京都大学を受験するが不合格、横浜国立大学に入学する。学生運動の活動家になり1970年2月に凶器準備集合罪で逮捕起訴され、8月まで東京拘置所で過ごす。元活動家で作家になった人って小嵐九八郎くらいかな。思想家の内田樹は東大の革マル派の活動家だったらしいけれど。斎藤美奈子は1956年生まれ、新潟高校から成城大学経済学部卒。父親は新潟大学名誉教授の物理学者、妹は韓国文学の翻訳家の斎藤真理子。高橋源一郎にも斎藤真理子にも私は親近感を持つけれど、まともに著作を読んだことはなかった。この本は「SIGHT」という雑誌で2005年から始められた「ブック・オブ・ザ・イヤー」という名称の対談がもとになり、「すばる」での対談や「語り下ろし」が加えられている。この本で取り上げられた小説のほとんどは読んでいない。私が小説や評論を読みだしたのは、会社を辞めた後の2019年だから無理もないのだけれど。最終章の「コロナ禍がやってきた-令和の小説を読む(2021)」ではさすがに、半分くらいの本を読んでいた。しかし二人の発言には共感するところが多かった。共感した箇所に付箋を貼っておいたのだが、あとで確認するとほとんどが高橋の発言だった。斎藤に共感しなかったわけではなくて、たぶん斎藤が挑発役となり高橋がまとめ役という役割分担がなされたためではなかろうか。以下、付箋部分。
「ほんとうに社会のことが知りたいのなら、小説を読むべきなのである。…小説家たちは誰よりも深く、社会の底まで潜り、…そのすべてを小説の中で報告してくれるのだから」(はじめに)。「おもしろいのは、やっぱり3.11以降のひとつの問題は、原発に反対する側がシリアスになり過ぎていることなんだよね。厳しい問題であるほどユーモアが必要で、あんまり厳しい顔をしていると反対も続かないと思うんだ」(第2章)。「やっぱり小説は、どこかで不遜な、野蛮なものであってほしい。…作家は、守るべきモラルもあるけど、大抵のことは守らなくてもいいっていうのが、実は小説の、ある種の生命線だと思っている」(第3章)。田中康夫の「33年後のなんとなく、クリスタル」に触れて、高橋は「なんクリ」の解説で、「この本は資本論」としたうえで「33年後に問題になっているのは…レーニンの帝国主義論」「だから、このあとは『実践論』だね。毛沢東の(笑)」(第4章)。「3.11の問題にしても、原発の問題にしても、昨日今日始まったんじゃなくて、この社会が生んだ必然的な帰結だとするなら、明治維新から描かなきゃダメだろうと」(同)。高橋は自身のラジオ番組で女性作家の作品ばかり選んでいるという指摘に「結果として女性のものが圧倒的に多い。小説だけじゃなく、詩でも短歌でも…気になる言葉を発信している人たちは、どこかでマイノリティの声を代弁している。すると必然的に女性が多くなる」(第6章)。ブレイディみかこの「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」について「しかもこれがすごく売れたのがいいですね。理想の社会を生きているから羨ましいんじゃなくて、そこで起きている葛藤が羨ましい」(同)。コロナについて「感染症は単なる病気じゃなくて、文明の病なんですね。文化や文明と交流するようになって初めて、感染症が一つの地域を超えて伝播していった」(同)。コロナ禍と3.11はどこかで通底しているのだ。
9月某日
午前中にマッサージを受ける。11時からの予約だったが15分ほど遅刻してしまった。12時に自宅に帰り昼食。我孫子から各駅停車で大手町へ向かう。社保研ティラーレで次回の「地方から考える社会保障」の打ち合わせ。吉高会長、佐藤社長と私、それに松下政経塾生の宗野君が加わる。吉高会長と私が70代、佐藤社長が50代、対して宗野君は30歳前後で新鮮な意見を言ってくれるのでうれしい。17時45分に御徒町の吉池食堂で前の会社の同僚の石津さんと待ち合わせているので17時に社保研ティラーレを辞去。吉池食堂へ行くと金曜日ということで結構混んでいた。カウンターに案内されてメニューを見ていると石津さんが登場。2時間ほど食べて呑んで喋って帰る。家で大分の焼酎「銀座のすずめ」の封を切り呑み始める。旨い。