モリちゃんの酒中日記 10月その2

10月某日
内神田の「跳人」で大谷さんと待ち合わせ。大谷さんが来る前に店員の大谷さん(同じ苗字)と雑談。土方歳三の生涯を描いた司馬遼太郎の「燃えよ剣」を読みたいそうだ。何でも京極夏彦の土方を扱った小説を読んで土方に興味を持ったようだ。京極ではなかったかもしれないが、分厚くて持ち運びに苦労すると言っていたので多分京極だろう(京極の小説は分厚くて定評がありサイコロ本と呼ばれているそうだ)。大谷さんが来たので本格的に呑み始める。今日はビールに始まってウイスキー、日本酒、焼酎を一通り呑む。帰りは神田から京浜東北線で大谷さんは川口まで、私は上野から常磐線で我孫子まで。我孫子で「しちりん」による。

10月某日
「道」(白石一文 小学館 2022年7月)を読む。並製で500ページを超える長編である。「道」というのはニコラ・ド・スタールという人の描いた絵画のタイトルで、この絵はこの本の扉にも使われ、小説でも重要な役割を演ずる。主人公の功一郎は高校受験のときに手痛い失敗をしてしまう。合格間違いなしと思われていたので、そのことを母親に言い出せずにいる。母親が家政婦として働いている富豪の家に遊びに行ってその絵「道」に出会う。絵を見つめていると突然、絵に引き込まれてしまう。引き込まれたのは受験の前の世界である。この世界で功一郎はなんなく高校受験に成功する。2021年の2月、功一郎は食品会社の我孫子工場の責任者となっている。しかし女子大生の娘を交通事故で亡くし、それが原因で妻は重篤なうつ病を病み自殺未遂を繰り返す。功一郎は再び絵の前に立ち、娘が交通事故に逢った現場に時空を移動し、娘を助ける。まぁ荒唐無稽な話しなんですが、功一郎の働く我孫子の描写はリアル。功一郎が贔屓にしている我孫子の鰻屋「木暮屋」は天王台駅近くに実在する。東日本大震災をはじめとしてこの世には悲惨な災害、事故、事件が絶えない。最近では元首相への銃撃事件とかウクライナ戦争、コロナもあるしね。別の世界を思い浮かべたくもなるよね。

10月某日
有楽町のふるさと回帰支援センターに大谷さんと高橋公理事長を訪問。11月3日の同センター20周年記念レセプションの件。有楽町からバスでトリトンスクエアの㈱日本建築住宅センターの合田純一社長に面談、レセプションに出席とのこと。トリトン発のバスで有楽町へ。途中双子用の乳母車に双子の赤ちゃんを乗せた若いお母さんが乗車、バスの若い運転手が乗降を手伝う。有楽町で下車。大谷さんはJRへ、私は千代田線の日比谷から大手町へ。社保険ティラーレで吉高会長、佐藤社長と面談。帰りは神田から上野経由で我孫子へ。

10月某日
「昭和史講義【戦後文化篇】(上)」(筒井清忠編 ちくま新書 2022年7月)を読む。「日本が迫られている課題・問題と格闘した」思想家や作家、運動がとりあげられている。第1講の「丸山眞男と橋川文三-昭和超国家主義の転換」から第19講の「全共闘運動-課題と遺産」まで、中には興味をひかないものもあったが、私にはおおむね面白かった。例えば宇野重規の「福田恒存と保守思想」は「福田は日本の近代が脆弱であると知りつつ、それでも世界における日本の役割を模索したように思う。それが福田の『保守』だったのではなかろうか」という文章で結ばれている。「獅子文六と復興」(牧村健一郎)では戦後、戦犯指定に怯えつつも文壇復活を果たした文六を「戦前、戦中、戦後の昭和と並走、同伴した作家だった。ただ、時代に埋没したわけではない。フランス仕込みの個人主義とクールな視点が、作品に批評性を持たせた」と評価する。戦後の一時期流行した「葦」や「人生手帖」という人生雑誌というメディアについては「勤労青年の教養文化」(福間良明)の項で、これらの人生雑誌には「『想像の読者共同体』と反知性主義的知性」があったと論じている。今はほとんどの中学生が高校に進学し、大学への進学率も60%を超えていると思うが、私の中学時代、高校に進学しない人が20%くらいいたし、大学進学率も30%未満だったように思う。高校や大学への進学を断念しながらも知性へのあこがれを持ち続けた人たちには「反知性主義的知性」が必要だったのかも知れない。

10月某日
円安が止まらない。直接的な原因はアメリカが金融引き締めを意図して金利の引き上げに舵を切っているのに対して、日本は金融の緩和、ゼロ金利政策をとっているためだろう。だが日本の国力、経済力の低下により円が売られているという側面もあるに違いない。30年ほど前はジャパンアズナンバーワンといわれ、日本資本がアメリカの著名なビルや企業を買って顰蹙を買ったりしたものだ。今や賃金は上がらず、賃金水準は韓国にも抜かれたらしい。少子高齢化に対する無策も円安に拍車をかけているのではなかろうか。教育環境や研究環境の地道な見直しが求められているように思う。