10月某日
「おいしいものと恋のはなし」(田辺聖子 文春文庫 2018年6月)を読む。すでに文庫本に収録されている作品の中から「食べ物と恋愛」というテーマに沿ったものが集められている。とは言っても田辺先生の短編小説は恋愛をテーマないしはサブテーマにしたものがほとんどである。そのなかで編者が気に入っているものを集めたのであろうか。ちなみに編者が明らかにされていないのも如何なものか。単行本は2015年7月に世界文化社から刊行されているので世界文化社の編集者が編者なのかもしれない。それにしても田辺先生の小説を読むのは久しぶりである。であるがほとんど読んだことのある小説であった。でも私にとって田辺先生の小説は何度読んでも楽しいのである。ちょいと哀切なのが「ちさという女」。主人公の「私」が勤める会社の同僚が「秋本ちさ」。独身で30代後半、しまり屋で自分が住むマンションのほかにもいくつかの賃貸物件を所有している。私は会社の同僚、工藤静夫と恋愛関係にある。ちさは私に「あんた、工藤さんとあやしいの?」と聞いてくる。以下原文。
「さあ。どうかな」
と私はいい、ちさをからかいたくなった。
「でも、工藤サンは、秋本さんが好きやって。尊敬するっていってたわよ」
「阿呆なこと、いいなさなんな」
とちさは狼狽して、常になく、まぶしそうな顔をした。
ちさは工藤の誕生日に直径30センチくらいの大きなバースデイケーキを贈ってくる。この短編小説は以下の私の独白で終わっている。
静夫と結婚して、三歳の男の子がある今になっても、私は、ちさのバースデイケーキを思い出すと胸いたむ。ちさにしみじみとした思いを持つようになった。
最後の一行が効いています。
10月某日
マッサージの日。近所のマッサージ店絆へ週2回通っている。予約の5分ほど前にお店の前に着く。施術を終わったおばあさんが出て来て、玄関の引き戸を閉める。私に気がついて玄関を開けてくれる。この頃、おばあさんに親切にされる。先日もマッサージに行くとき、おばさんに「どこへ行くの?」と聞かれ「すぐそこまで」と答えると「近くまでついていってやろうか?」といわれた。丁重に断ったが、俺ってそんなに弱々しく見えるのかなぁ。
「星間商事株式会社社史編纂室」(三浦しをん ちくま文庫 2014年3月)を読む。タイトルのとおり、星間商事という会社の社史編纂室の日常のドタバタを描くのだが、三浦しをんの作品としては私にはつまらなかった。話の軸のひとつが戦後、星間商事が太平洋上のサリメニという島に経済進出するというもの。日本帝国主義の復活の一局面だと思うのだが、著者の三浦にはその意識は薄いようだ。
10月某日
「天使に見捨てられた夜」(桐野夏生 講談社文庫 2017年7月)を読む。単行本は94年6月の発行である。主人公は新宿に住む私立探偵、村野ミロ。小説の時代背景は90年前後か、小説中に携帯電話を使う場面が出てこないからね。フェミニスト系の出版社の女社長に人探しを依頼されたミロ。探すのはアダルトビデオの出演者の若い女性だ。人探しを縦糸とすると横糸はミロのマンションの隣人トモさん、ビデオ制作会社の代表矢代との性愛だ。トモさんには恋愛感情を持っているミロだが、トモさんは女には欲情しない同性愛者である。一方、矢代には恋愛感情は持っていないが、二度ほど体を重ねてしまう。人探しのストーリーももちろん読ませるのだが、私はミロの性愛に興味が行ってしまう。ミロのトモさんへの感情。「しかし彼を好きになれば、私は底に穴の空いた壺で水を汲むようなものなのだ。壺から水がこぼれる時の音まで聞こえるような気がする。こぼれた水は私の足を濡らすだろう」。これってハードボイルドな文章だと思う。90年前後は私のいた会社でもビデオ制作を受注していた。もちろん実際の制作はビデオ制作会社に外注する。その制作会社で裏ビデオを見せてもらったことがある。そのことを思い出してしまった。
10月某日
「荒畑寒村-反逆の文字とこしえに」(川村邦光 ミネルヴァ書房 2022年8月)を読む。「ミネルヴァ日本評伝選」シリーズの一冊。寒村は1886(明治20)年8月に横浜で生まれ昭和56(1981)年3月に95歳で亡くなっている。私が学生の頃にはまだ現役の運動家だったようで巻末の略年譜によると昭和43(1968)年11月に革共同中核派の政治集会で講演、昭和45(1970)年には全国反戦青年委員会集会で講演している。荒畑寒村は青年期には菅野スガ(大逆事件で死刑)と婚姻関係にあり、菅野の死後に竹内玉と結婚している。玉は11歳年上だが献身的に寒村を支えたという。寒村が54歳のとき玉は66歳で死去、寒村60歳のとき森川初枝と再婚するが、寒村88歳のとき初枝は享年76歳で亡くなる。寒村の運動家としての出発は無政府主義者、アナーキストであった。現在では考えられないことだが当時、社会主義者と無政府主義者の勢力は拮抗していたようだ。むしろ1917年にロシアで社会主義革命が成功するまでは無政府主義が社会主義を圧倒していたのではないだろうか。著者の川村邦光という人は1950年福島県生まれ。1984年東北大学大学院博士課程単位取得満期退学。大阪大学文学部教授を経て現在、同大学名誉教授という経歴である。ウイキペディアによると学生運動経験者とある。