モリちゃんの酒中日記 7月その4

7月某日
「テルアビブの犬」(小手鞠るい 文藝春秋 2015年9月)を読む。小手鞠るいは、漫画家のやなせたかしを敬愛していて、本の帯に「本作は、45年あまり師と仰いできたやなせたかし先生に『いつか必ず書きます』と約束していた作品です」とある。現在放映中のNHKの朝ドラ「あんぱん」もやなせたかしとその奥さんがモデルという。で本作「テルアビブの犬」だが、名作「フランダースの犬」を下敷きにしている。戦後直ぐの地方都市が舞台。貧しい祖父との二人暮らしを続けるツヨシが主人公。ソラと名付けた犬と暮らし始める。なぜテルアビブか。ツヨシは長じてテルアビブの空港でイスラエルの乗客に対して銃を乱射し、自身も死亡する。日本赤軍の元京大生、奥平剛士がモデルである。著者には同じく奥平剛士をモデルとした「乱れる海よ」がある。

7月某日
「この国のかたちを見つめ直す」(加藤陽子 毎日文庫 2025年1月)を読む。著者は日本近代史が専門の東京大学文学部教授。日本学術会議の委員に推薦されたにも関わらず、菅首相(当時)に拒否された。私は半藤一利や保阪正康、そして加藤陽子の著作によって日本近代史の多くを学んだ。本書で加藤先生が言いたかったのは、歴史を学ぶだけでなく、歴史を学んだうえで現代社会の出来事に対して批判的な目を持つことではないか、と思う。

7月某日
「陽だまりの昭和」(川本三郎 白水社 2025年2月)を読む。奥付によると今年2月に初刷、5月に第5刷となっている。ベストセラー作家みたいじゃないか。川本は1944年7月生まれで今年81歳、1968年に東大法学部卒、1年間の就職浪人を経て70年に朝日新聞社に就職。朝霞の自衛官刺殺事件に関連して証拠隠滅の罪に問われ、同社を懲戒解雇される。麻布中学、高校から東大法学部、朝日新聞と絵に描いたようなエリートコースを歩むが突然の転落劇。そしてそこからエッセイストとして活躍。私見だが、川本は転落劇があったからこそエッセイストとしての活躍があったのだと思う。小さい者、弱い者への共感が彼のエッセーの根底にあるように思えるのだ。本書にも何度か登場する成瀬巳喜男が監督した映画のように。

7月某日
「東学農民戦争と日本-もう一つの日清戦争」(中塚明 井上勝生 パクメンス 高文研 2024年4月新版第1刷)を読む。井上勝生の「明治日本の植民地支配-北海道から朝鮮へ」(岩波現代選書)を読んだのがきっかけ。本書でも紹介されているが、井上はもともと幕末維新史が専門の北大教授だったが、大学の施設で「東学党首魁」と墨書された頭蓋骨が見つかったことから東学党の戦いに興味を抱くようになる。私も高校生の日本史の教科書で「東学党の乱」を見かけたような気がするが、ほとんど覚えていない。しかし日清戦争のとき、戦争の当事者ではない朝鮮人民に対して、明確に国際法違反のジェノサイドを仕掛けたのが日本軍であった。日清戦争から10年後の日露戦争では、捕虜となったロシア兵に対して日本人が手厚く保護したエピソードは聞いたことがある。日本人は欧米白色人種に対して劣等感を抱く一方で、アジアやアフリカの有色の人びとに対していわれのない優越感を抱く傾向がある。私も、朝鮮や東アジア、東南アジアの歴史を学びたいと思う。

7月某日
「恋恋往時」(温又柔 集英社 2025年5月)を読む。温又柔は1980年台北生まれ、両親は台湾人。幼少期から日本で暮らす。台湾はもともと台湾で暮らす本省人、国共内戦に敗れて中国本土から台湾に渡ってきた外省人がいる。さらに戦前は日本語を話す日本人だった。国際化、グローバリズムは進む一方に思える。しかし反面でナショナリズムや愛国主義の台頭も見逃せない。参議院選挙で躍進した参政党とかね。日本人は単一民族との誤解がある。アイヌは日本語とは違う言語を使っていたし、明治の琉球処分前の沖縄は、薩摩藩と清に朝貢外交をしながらも、独自の王朝を築いていた。温又柔の小説はあからさまに台湾ナショナリズムを主張することはないが、台湾と台湾人が置かれている微妙な位置を表現しているように思う。