モリちゃんの酒中日記 3月その2

3月某日
「昭和天皇の敗北-日本国憲法第一条をめぐる闘い」(小宮京 中央公論新社 2025年1月)を読む。1945年8月に大日本帝国は米国を主体とする連合国に敗北した。これは歴史的な事実であるが、敗北を境として天皇制国家が民主的国家に転換した、と私などは思っていたのだが、本書を読む限りはそれは誤りであったようだ。8月の敗戦は軍事的な敗北であって、昭和天皇はじめ支配者層は天皇制が敗北したとは考えていなかった。それが米軍を主体とする進駐軍との折衝を経ながら、日本型ファシズムとしての天皇制が敗北したことを支配者層が骨身にしみて感じるようになる。私は少し猫背で、国民に帽子を振る昭和天皇しか記憶にないのだが、戦前戦中は天皇は大元帥陛下でもあったのだ。敗戦後、新憲法の公布とその定着まで、天皇の地位は結構、不安定だったのではないか。

3月某日
「宮尾登美子全集 第四巻(岩伍覚書 寒椿)」(朝日新聞社 1993年2月)を読む。「岩伍覚書」は「櫂」「春燈」「朱夏」で岩伍と妻の喜和、娘の綾子の生涯を描いたシリーズのいわば外伝。三作は喜和や綾子の視点で描かれているが、「岩伍覚書」はタイトルのとおり岩伍の視点で描かれている。作者の宮尾登美子は父の死後、父の日記を読むことになるが、「岩伍覚書」の一部もその日記に基づいていると思われる。「寒椿」は高知の芸者子方屋の松崎に売られてきた澄子、民江、貞子、妙子の物語。芸者子方屋で三味線や踊りなどの芸を仕込まれた少女たちはやがて芸者や娼婦として売られていく。少女たちは親の借金のために芸者子方屋に売られ、さらに膨らんだ親の借金のために売られていく。戦前は日本が進出した中国大陸へ渡った女性も多かった。戦前は人身売買も普通に行われていたのである。岩伍はその人身売買で財を築くわけだが、岩伍自身は貧しい人のためと思っている。宮尾登美子はこのような人身売買を必ずしも「悪」とは描いていない。物語の前提として、時代小説が身分制度を前提として描くように描いているのである。

3月某日
中央区新川の高本夫妻のマンションの集会室で花見の会。八丁堀駅からマンションを目指すがスマホの地図がうまく読み取れず、高本(夫)さんに迎えに来てもらう。部屋に着くと全員が揃っていた。元民介協専務の扇田さんとは久しぶりに会うことができた。元厚生労働省の江利川、吉武さん、社保研ティラーレ社長の佐藤さん(現在は立憲民主党の衆議院議員秘書)、元滋慶学園の大谷さんらと歓談。年友企画の岩佐さんが医師の小堀鴎一郎先生を連れてくる。先生は1938年生まれだから私の10歳年上だが、とてもお元気で現在も自分で車を運転して訪問診療を行っているという。先生は文豪森鴎外の孫ということで、私も上野の池之端にあったホテル、鴎外荘の話などをする。先生は外科医で江利川さんの実父の手術も執刀したそうだ。帰りは吉武さん、大谷さんと茅場町駅から日比谷線で上野へ。私と吉武さんはそのまま北千住で常磐線に乗り換えて我孫子まで。

3月某日
昨年、ノーベル文学賞を受賞したハン・ガンの「少年が来る 新しい韓国の文学15」(クオン 2016年10月)を読む。2024年12月に第2班第4刷が発行されている。作者のノーベル賞受賞で売れ行きに弾みがついたのである。1980年の光州事件を舞台としつつ、事件の死者の魂が時空を超えて語る。リアルかつファンタジックな不思議な作品。繰り返し読みたいが「この本は、次の人が予約してまっています」という黄色い札が貼ってあるので、これから図書館に返却します。

3月某日
「ダーク」(桐野夏生 講談社 2002年10月)を読む。パソコンで光州事件を検索したら、ハン・ガンの「少年が来る」などと一緒に桐野の「ダーク」が示されたので、我孫子市民図書館にリクエストした。02年の発行なので通常の書棚ではなく書庫に在庫されていて、図書館員が書庫から出してくれた。私立探偵の村野ミロを主人公としたシリーズの最終作。私は「ダーク」を除いてすべて読んでいる。第一作の「頬に降りかかる雨」が93年で02年の「ダーク」までシリーズは5作である。この頃の桐野はハードボイルド作家に分類されていたし、本作においても暴力とセックスの場面の描写はさすがである。ミロはソウルで日本人に強姦され、その子を身ごもる。ミロは中絶はせず出産することを決意する。ラストシーンは赤ん坊のハルオと訪れた那覇市である。光州事件に釜山から光州を訪れた少年が、後にミロと結ばれる徐である。「ダーク」はミロシリーズのなかでも時間的、空間的な広がりと内容的な深さで際立っているように思う。

3月某日
床屋「カットクラブパパ」に散髪に行ったら2人待ち、近くのレストラン「コビアン」で生ビール中と「エビとキノコのアヒージョ」を頼んで時間をつぶす。コビアンに小1時間ほどいて再び床屋へ。10分ほど待って散髪、今年から料金が500円上がって4000円に。以前行っていた若松の床屋は2500円で、こちらは25日に1回のペースで行っていた。カットクラブパパは35日~40日に1回で行こう。こちらの床屋さんは腕がいいというか、センスがいいんだよな。

3月某日
「男の愛-俺たちの家」(町田康 左右社 2025年1月)を読む。「男の愛-たびだちの詩」の続編。ヤクザとしてデビューした清水次郎長がヤクザとして世の中に認められていく過程を描く。町田はヤクザとしての次郎長を肯定も否定もしない。その破天荒な人生を率直に描く。人間としての次郎長は肯定していると言ってよい。「ギケイキ」もそうだったけれど、町田は「人生を外れた」人が好きなんだ。本書の最後で次郎長は恋女房お蝶と結婚する。次郎長には過ぎた女房なのだが、町田はその次郎長を「その後ろ影には華やかな孤独の香りが漂っていた」と形容する。「華やかな孤独」だよ。

モリちゃんの酒中日記 3月その1

3月某日
宮尾登美子の「櫂」(新潮文庫 平成8年11月)と「春燈」(朝日新聞社 宮尾登美子全集第2巻)を読む。15歳で渡世人・岩伍に嫁いだ喜和と岩伍が娘義太夫との間に儲けた綾子の物語。芸妓娼妓紹介業を始めた岩伍は商売に集中するあまり家庭を顧みない。喜和は家を出て小商いを始める。綾子は喜和になつき岩伍の家には寄り付かない。しかし綾子の高女受験を機に綾子は岩伍の家に帰ることにする。岩伍と喜和の離婚は成立し、岩伍はすでに使用人だったお照と事実上の夫婦となり、お照の連れ子二人も同居する。喜和と別れ、岩伍の家へひとり自動車で向かう綾子。「櫂」は喜和の視点から大正、昭和の高知の街と芸妓娼妓紹介業という現在では特別な世界を描く。「春燈」では今度は綾子の視点で昭和戦前期の高知の街と綾子の県立高女の受験失敗と、高坂高女への進学と卒業後の研究科での勉学、そして高知の山村での綾子の代用教員生活を描く。綾子が赴任した山村は高女時代の親友で夭折した規子の故郷でもあった。山村の自然の描写が美しく、高知の街中で育った綾子、そして作者の感激が伝わってくる。
「春燈」の最後で綾子は小学校教員の同僚と結婚する。綾子は岩伍の経営する芸妓娼妓紹介業という仕事が若い女性の生き血を仕事に見えて嫌でたまらない。そういう価値観は喜和とは共有されるが岩伍には通じない。岩伍にとっては女性の貧困からの脱出に手を貸している感覚である。NHKBSのドラマでは岩伍は仲村トオルが演じていた。喜和を演じていたのが松たか子だからバランス的には仲村トオルでいいのかもしれない。しかし岩伍の複雑な性格を演じるにはもう少しベテランがいいのではないか。イメージでいうと三船敏郎とか萬屋錦之助、青年期は仲村トオルでいいが、中年以降はかえてもらいたい。ところで芸妓娼妓紹介業は戦後の売春防止法により、少なくとも娼妓紹介業は違法とされる。

3月某日
監事をしている一般社団法人の理事会に出席。会場は八重洲の貸会議室。会長(代表理事)の挨拶がいつも聞かせる。今回は東日本大震災から14年ということもあって震災がらみのお話。死者は15900人にのぼるが、うち70-79歳が23.8%、80歳以上が20%だったとか、高齢者の比率が高い。あの日は確か金曜日、地震の発生は午後2時46分。高齢者は自宅にいて津波に襲われたということだろう。この日は根津で呑み会があるので八重洲から丸の内口に出て、千代田線の大手町から根津へ。駅近くの喫茶店で遅いランチのサンドイッチをいただく。喫茶店を出て言問通りを5分ほど行ったところで「森田さん!」と声を掛けられる。本日の呑み会のメンバー、大橋さんに土方さん、石津さんだった。4人で本日の会場「たけむら」へ。上品な割烹で日本酒も揃っている。土方さんにすっかりご馳走になる。大橋さんからはお土産をいただく。

3月某日
「仁淀川」(宮尾登美子 新潮文庫 平成15年9月)を読む。「櫂」「春燈」「朱夏」と続く岩伍と喜和、そして綾子の物語の最終版。満洲から体一つで引き揚げてきた綾子と夫の要、娘の美耶は故郷高知の仁淀川のほとりにある夫の生家に身を落ち着ける。貧しい農家を手伝いながら綾子は満洲からの帰還やここでの暮らしを娘のために書き残そうと決意する。後に綾子は要と離婚し夫の生家も出ることになる。綾子は作者の宮尾登美子その人がモデルであるが、宮尾は高知市で再婚後、上京して遅咲きの作家デビューを果たすことになる。

モリちゃんの酒中日記 2月その3

2月某日
水曜日の夜はNHKBSのドラマを見る。7時からは特選ドラマ「櫂」。原作は宮尾登美子の同名の自伝的小説。遊郭への女郎紹介業を営む岩伍(仲村トオル)に嫁いだ喜和(松たか子)が主人公。夫の稼業に反発する喜和。しかし満州事変当時の時代の雰囲気はそれを許さない。20代前半と思われる松たか子の初々しさが光る。櫂が終わると同じNHKBSで「ハルとナツ-届かなかった手紙」。脚本は橋田須賀子。戦前、北海道から南米に渡った姉妹、ハルとナツの物語。実はナツは渡航直前にトラホームに罹患、独り北海道の親戚の家に預けられる。親戚の家では叔母に苛め抜かれるナツ。ここらへんはさすがに「おしん」を手がけた橋田須賀子。70年後、日本に里帰りしたハル(森光子)に日本で成功したナツ(野際陽子)はあおうともしない…。森光子も野際陽子もすでに物故しているが、二人とも達者な演技で。「ハルとナツ」が終わると10時、ウイスキーを飲み始める時間である。

2月某日
図書館で借りた「おらおらでひとりいぐも」(若竹千佐子 河出書房新社 2017年11月)を読む。実は宮沢賢治の詩「永訣の朝」に同じ一節があることを朝日新聞の天声人語で知った。若竹の小説は高卒後、上京した私が夫と出会い、そして死に別れる。悲しみのなかで私は自立の道を選ぶ。「ひとりでいぐも」である。宮沢賢治の詩では「いぐも」は病床の妹が「ひとりで逝くも」とつぶやいたことを描写している。若竹の「いぐも」は「行くぞ!」という意味ね。

2月某日
手賀沼健康歯科で3カ月健診、奥歯に磨き残しがあると指摘される。頑張って歯磨きしてきたのに残念である。歯医者の帰りにスーパーに寄って歯ブラシと歯間ブラシを購入、さらに丁寧な口腔ケアを目指す。

2月某日
我孫子駅前の千葉県福祉ふれあいプラザ2階の「ふれあいホール」に「我孫子市ふるさとお笑いLIVE!」を観に行く。全席指定で前売券は4000円、即日完売という。我孫子市出身の塙が属するナイツが出演するのが目玉。14時30分の開場に合わせて行くと、ホールにはすでに人が詰めかけていた。ナイツ他、10組ほどの芸人が出演、ライブとテレビでは演目の内容が微妙に違うことを発見、テレビでは他人のプライバシーや差別発言と捉えられることを気にするのが一般的。しかし誤解を恐れずに言えば、プライバシーの暴露や差別は芸能の重要な要素だったはずだ。例えば歌舞伎や文楽の心中ものは実際の事件に題材をとったものがあるし、落語では与太郎は知恵遅れを主人公にしているといえなくもない。現代でもビートたけしや爆笑問題はテレビでもぎりぎり切り込んでいるように思う。

2月某日
日曜午後1時からはBSNHKで映画が放映されている。今日はデビットリーン監督の「ドクトルジバゴ」が放映されるので観ることにした。この映画が日本で公開されたのは私が高校生のとき。同級生の山本君と観に行った。観た後に山本君が「社会主義も嫌に感じるな」といったのに対し、私が「そんなことはない」と反論したのを覚えている。今にしてみると山本君が正しかった。

2月某日
「孤独な夜のココア」(田辺聖子 新潮文庫 昭和58年3月)を読む。何度目かな、少なくとも2回は読んでいるはず。12の短編小説がおさめられている。惹句に曰く「田辺聖子の恋愛小説。そのエッセンスが詰まった、珠玉の作品集」。失恋もめでたく成就する恋愛も描かれるが、私はどちらかというと悲恋ものが好き。なかでもお薦めは「春つげ鳥」と「ひなげしの家」。「春つげ鳥」は22歳のわたしとちょうど倍、年上の笹原サンの物語。笹原サンには妻子がいるが、子どもの進学を機会に離婚する心を固める。笹原サンは二人のために山の上に家を買い、家財道具もそろえ始める。「毎夜、笹原サンは正確に七時ごろ帰る。…でも、その夜、笹原サンは、いつまで待っても帰らなかった」。会社で倒れて病院で死んだのだ。山の上の家には毎朝、春告鳥が姿を見せていた。「もしかしたら笹原サンは、わたしに、あの春つげ鳥を見せるために、わたしにめぐりあったのではないかと思われる」。「ひなげしの家」は、神戸の都心をはずれた西の盛り場でバーをやっているわたしの叔母さんには長年連れ添っている画家の叔父さんがいる。叔父さんには別に家族がいるが別居している。「ひなげしの咲く前に、叔父さんは入院した」「たった七十日の入院で、叔父さんは死んだ」「ガンである」。病室から叔母さんが出て行った。「いつまでたっても、叔母さんは帰らなかった。叔母さんはひなげしの家で、首を吊って死んでいた」。「遺書もなかった。叔母さんはいさぎよかった」「ひなげしの家は、いまは人手に渡った」。

2月某日
虎ノ門の社会保険福祉協会で「保健福祉委員会」。協会の保健福祉活動の報告を受け、必要に応じて助言する。今回で委員会は役割を終えるということで近くのフレンチレストランで昼食をご馳走になる。昼食後、15時に人と会うことになっているので新橋界隈をしばし散策。15時に烏森口で厚労省OBの堤修三さんと待ち合わせ。近くの昼飲みできる店に入る。もともと厚労省の医系技官だった高原亮治さんと3人の呑み会だったが高原さんが赴任先の高知で亡くなったので2人の呑み会に。3人は堤さんが東大法学部、高原さんが岡山大学医学部、私が早稲田の政経と出身大学も別々だが、それぞれの大学の全共闘崩れという共通項がある。

2月某日
図書館で借りた「ゲーテはすべてを言った」(鈴木結生 朝日新聞出版 2025年1月)を読む。芥川賞受賞作である。高名なゲーテ学者の博把統一(ひろば・とういち)の一家を描く。惹句に曰く「若き才能が描くアカデミック冒険譚!」。まぁそういうことである。

モリちゃんの酒中日記 2月その2

2月某日
「力道山-『プロレス神話』と戦後日本」(斎藤文彦 岩波新書 2024年12月)を読む。力道山は私の子どものころのヒーロー。著者は力道山を描くことによって戦前から戦後日本の一断面を描きたかったようだ。「いまここにいるぼくたちにとって、力道山の歩んだ道こそは、戦前・戦中から戦後の復興、高度経済成長期までの昭和そのものであり、戦争を体験した世代の日本人の物語であり、いままでとこれからの日本の物語、アジアの物語なのである」(あとがき)。「日本とアジアの物語」であることに共感する。力道山は戦前、日本の植民地であった朝鮮半島に生まれた。生年は1920年、22年、23年、24年など諸説ある。力道山は現在の北朝鮮、韓国でも人気があるようだ。金日成主席に自動車を贈ったという話も紹介されている。プロレスラーとして成功しただけでなくプロモーター、実業家としても成功した。頭が良かっただけでなく、勝負勘にも優れていたのだろう。

2月某日
「イスラーム 生と死と聖戦」(中田考 集英社新書 2015年2月)を読む。パレスチナでは今もイスラエルとアラブ国家に支援されたアラブゲリラが戦闘を続けている。アラブの人びとが信仰しているのがイスラム教で、仏教やキリスト教と並んで世界三大宗教とも言われる。しかしその割にはイスラム教の何たるかを知らないことから図書館で本書を借りた。聖戦とはジハードのことで私の考えではアラブの人は自爆ゲリラも聖戦と考えているように思う。ジハードについて著者は「ジハードは死ぬことを目的にした自殺ではなく、あくまでも戦いであって、死ぬまで戦うのが基本」(序章)と言い切っている。そういえば半世紀ほど前、イスラエルの空港で銃を乱射して自爆した日本赤軍がいた。彼らがイスラム教徒であったかどうか知らないが、恐らくジハードを意識していたと思われる。

2月某日
アビスタにある我孫子市民図書館へ「イスラーム 生と死と聖戦」を返却に行く。良い天気なのでアビスタ前から「天王台経由湖北行き」のバスに乗る。天王台で下車、北口の泰山逸品という中華料理屋でランチ。店員の言葉使いからすると、中国人の経営かと推定される。泰山一品という店名からして中国っぽい。五目チャーハンを注文する。私好みにパラパラに仕上がっている。満足して代金、880円を支払う。帰りは天王台から一駅の我孫子へ。我孫子からバスに乗車、手賀沼公園前で下車。市民図書館に寄って帰宅。

2月某日
今日は月曜日で図書館の休館日。遅い朝食をとったあと、徒歩で駅前の我孫子県民プラザへ。ここは県の施設で学習室や会議室などが充実している。私はだいたいが1階のホールのベンチに座って読書。私のような高齢者が待ち合わせ場所として使っている。15時になったので駅前の「しちりん」がオープンする時間。マスターが暖簾を出すと同時に入店、ホッピーと国産ニンニクオイル揚げをいただく。我孫子駅前からバスでアビスタ前へ。そして帰宅。

2月某日
「力道山未亡人」(細田昌志 小学館 2024年6月)を読む。日本航空の客室乗務員だった田中敬子は21歳で当時、人気も実力も絶頂期にあった力道山と結婚する。しかし盛大な結婚式を挙げて1年も経たないうちに力道山はヤクザとの諍いの末に死ぬ。敬子は小学生のとき神奈川県の健康優良児に選ばれ、高校生のときは神奈川新聞主催の英語論文コンクールで特等賞をとるなど健康にして学業優秀な少女だった。彼女の夢は外交官となることで、大学は国際基督教大学を志望する。入試に落ちて予備校の通学途中の電車で「日本航空客室乗務員・臨時募集」のポスターに魅かれ、試験を受けて見事、合格する。ポスターと出会わなければ客室乗務員になることもなく、力道山との結婚もなかったであろう。力道山は粗暴で酒癖が悪いとの風評があるが、敬子には優しかったようだ。しかも企業家としても鋭いセンスを持っていたといってよい。力道山と敬子は娘に恵まれたが、その娘の子が慶応高校で甲子園に出場したことも明かされている。彼は慶応高校から慶應大学に進み、三菱商事に就職したという。そういえばプロレス中継は三菱電機の提供であった。

モリちゃんの酒中日記 2月その1

2月某日
久しぶりに我孫子から上野経由で神田へ。社保研ティラーレの吉高会長を訪問。佐藤社長は新人議員の秘書仕事に多忙を極めているようだ。吉高会長と雑談しながら缶ビールをいただく。地下鉄の大手町から銀座へ。銀座風月堂ビルでセルフケアネットワークの高本代表を訪ね3月22日の花見の会の概要を聞く。風月堂ビルから歩いて有楽町の東京交通会館へ。ふるさと回帰支援センターの高橋ハム代表を訪問。ほどなく大谷源一さんが登場。3人で銀座のフランス料理店へ。元厚生労働省の中村秀一さん、元読売新聞記者で現在は「子どもと家族のための政策提言プロジェクト」の共同代表を務める榊原智子さんが待っていた。高級フランス料理を堪能。大谷さんと有楽町から上野まで山手線で帰る。上野で大谷さんと別れ、私は上野から我孫子へ。運よく座れた。豪華フランス料理は中村さんと高橋さんにご馳走になる。

2月某日
北海道室蘭市で小中高が一緒だった佐藤正輝君が東京に来るというので新橋駅の機関車前で4時50分に待ち合わせ。私が行くとすでに佐藤君、山本良則君、上野英雄君、大郷君それに山本君の前の奥さんの新谷真理さん、高校から一緒だった中田(旧姓)志賀子さんが揃っていた。大郷君が別に用事があるというので機関車前で記念撮影。客引きをしていた青年にシャッターを頼むと機嫌よく引き受けてくれた。私が予約を入れておいた、ニュー新橋ビル2階の初藤へ。佐藤君、山本君、上野君は小学校からの付き合いだから、およそ70年くらいか、新谷さん、中田さんは高校からだが、それでも60年くらいの付き合いだ。楽しく歓談してひとり3000円ほどの勘定になったが、佐藤君が全部払ってくれた。佐藤君は全員にお土産までくれた。新橋で解散。私は新橋から山本君と上野東京ラインに乗り、山本君は北千住で春日部へ。私はそのまま我孫子へ。

2月某日
「代替伴侶」(白石一文 筑摩書房 2024年10月)を読む。「国連が『世界人口爆発宣言』を行ったのがいまからほぼ半世紀前」という近未来が舞台。伴侶を失い精神的に打撃を被った人間に対し、最大10年という期限つきで、かつての伴侶と同じ記憶や内面を持った「代替伴侶」が貸与されることになった…。というストリー。私はマンガの「鉄腕アトム」を思い出した。最愛の息子を失った天馬博士が息子にそっくりなロボット「アトム」を開発する。
子どもの頃は「鉄腕アトム」に夢中になったが、この小説には夢中になれなかった。舞台が近未来でも小説にはリアリティが必要と思うが、それが希薄なのだ。

2月某日
「別れを告げない」(ハン・ガン 斎藤真理子訳 白水社 2024年4月)を読む。昨年、ノーベル文学賞を受賞した韓国の文学者の作品。韓国の済州島(チェジュド)事件を生き残った母親と、いまを生きる力を取り戻そうとする二人の若い女性が主要な登場人物。済州島4.3事件は1948年に南半分だけの「単独選挙」に反対して済州島民が起こした武装蜂起を契機とする、朝鮮半島の現代史上最大のトラウマともいうべき凄惨な事件である。現代の韓国もユン大統領の戒厳令や大統領の解任など、政治的な混乱が続いている。私はそこに韓国の民主主義の成熟を感じるのだが、逆に未成熟を指摘する識者もいる。私は本書を読んで済州島事件や光州事件を通して韓国民は民主主義を「戦いとった」と思う。本書はもう一度読みたいし、ハン・ガンの他の作品も読んでみたい。

モリちゃんの酒中日記 1月その4

1月某日
「ロシアとは何ものか-過去が貫く現在」(池田嘉郎 中央公論新社 2024年5月)を読む。プーチン大統領が率いる現在のロシア連邦、その前身はソ連であり、ソ連はロシア帝国の打倒のうえに築かれた。東京大学大学院教授で73年生まれの著者は、該博な知識をもとに「ロシアとは何ものか」を解説してくれる。「はじめに」で「過去100年ほどのあいだに、ロシアは帝政から共産党独裁へ、そして大統領国家へと変転をとげた。だが、ロシア史を貫く基本構造は同じである」とし、「統治が直接的な人間関係によって支えられている」と続ける。これを説明するために著者はゲマインシャフトとゲゼルシャフトという概念を用いる。ゲマインシャフトとは、血縁共同体が代表的で「個々の部分がはじめから全体の有機的な一部をなす共同体」でゲゼルシャフトとは、「個々の部分がある利害のために集まって、全体を形成している共同体」で会社が代表的な事例である。「各人が固有の権利をもたず、一個の集団として上位権力から構成されるロシアの人的結合は、よりゲマインシャフト的な傾向をもつ。これに対して、各人が固有の権利をもつヨーロッパ人の人的結合は、よりゲゼルシャフト的な傾向をもつ」。なるほどで。そうすると戦前の日本はゲマインシャフト的であり、中国や北朝鮮もそういう傾向があることにならないか。ただ日本は戦後、完全にゲゼルシャフト化したかというとそうでもないのではないか。昨今のフジテレビや中居某の問題を見聞するに現代日本にもゲマインシャフトの影が残っているように思う。ただロシアもゴルバチョフの時代にゲゼルシャフト化する機会があったようだ。

1月某日
監事をやっている一般社団法人の理事会が八重洲であるので出席。2月にある高校の同期会の会場の予約のためにニュー新橋ビルの「初藤」へ。ランチの後、予約を済ませる。神田駅西口で前の会社の同僚と17時30分に待ち合わせ。時間があるので新橋⇒有楽町⇒東京⇒神田と歩く。17時30分に同僚と会い、西口直ぐの「ととや大関」へ。調子に乗っていささか呑み過ぎ。

1月某日
「あさ酒」(原田ひ香 祥伝社 2024年10月)を読む。「ランチ酒」シリーズの最新刊。「見守り屋」を始めることになった美麻。一晩、クライアントが眠っているのを見守るのが「見守り屋」の仕事。仕事が終わってから朝からやっている食べ物屋で朝食をとることになるのだが…。「ランチ酒」シリーズはそこそこ面白いと感じたのだが、本作はちょっとね。「読み終わったらなるべく早くお返しください」の黄色いラベルが貼ってあったので、これから図書館に行って返してきます。

1月某日
有名タレント中居某から発したフジテレビ問題。社長と会長が辞任し、遠藤龍之介副会長も3月に辞任するという。フジテレビの経営陣はこれで何とか問題の決着を図ろうとしたのだろうが、マスコミと世間の追求の嵐は収まりそうもない。社長と会長を歴任した日枝取締役相談役の辞任は避けられないのではないか、というのが私の個人的な観測。さらに個人的な観測を言わせてもらえば、フジテレビ問題には日本の天皇制の問題が潜んでいる。戦前の明治憲法では天皇は無答責とされた。天皇にはあらゆることに責任がないのである。天皇を政治家や軍部から一歩距離を置かせた伊藤博文らの知恵であった。フジテレビの相談役も無答責なのである。明治憲法は立憲君主制に立脚した、当時としては優れた憲法であったが、軍部の独裁を防ぐことはできなかった。フジテレビは元に戻ることはできるのだろうか?

1月某日
「天皇の歴史08 昭和天皇と戦争の世紀」(加藤陽子 講談社 2011年8月)を読む。昭和天皇は1901(明治34)年4月、明治天皇の皇太子(後の大正天皇)の第1子として生まれる。生涯に3度の焦土を経験した。1度目は皇太子として訪問したヨーロッパで第1次世界大戦の戦跡を訪ねた。皇太子は「戦争というのは実にひどいものだ」とつぶやいたという。2度目は1923年の関東大震災。皇太子は摂政に就任していた。自動車や騎馬で現場を視察した。3度目は太平洋戦争末期の東京大空襲で、天皇は陸軍の軍装で被害地を自動車で巡行した。本書を読むと日中戦争から太平洋戦争における天皇の軍事的な発言が目につく。かなり的確な発言だったようだ。軍事的な知識も豊富だったと思われる。私などは戦後の昭和天皇しか知らないから、生物学者としての天皇や地方巡行の際の「愛される皇室」を体現した天皇皇后像を思い浮かべるだけだが、戦前は確かに大元帥陛下としての天皇でもあったのだ。著者の加藤陽子は東大教授、日本近代史専攻の歴史学者である。半藤一利との共著もある。略歴を見ると1960年うまれ、今年65歳だから東大は定年の歳である。 

モリちゃんの酒中日記 1月その3

1月某日
小川町の蕎麦屋「創」でフィスメックの小出社長、社会保険出版社の高本社長と会食。ここは料理もおいしいが日本酒の品揃えが多いのが特色。日本酒に目を奪われて料理のことをあまり覚えていないのが難点だ。小出社長にすっかりご馳走になる。帰りは新御茶ノ水から千代田線で我孫子まで1本。途中で家に電話して我孫子駅まで迎えに来てもらう。

1月某日
「全斗煥-数字はラッキー7だ」(木村幹 ミネルヴァ書房 2024年9月)を読む。韓国では現職のユン大統領が訴追され、職を追われる危機にあるという。その一方で直近の世論調査では野党に水を開けられていた与党の支持率が野党を逆転したという。韓国の政治状況に比べると日本はぬるま湯と思うのは私だけだろうか。韓国では大統領を辞めた後に訴追されるケースが極めて多い。訴追されていないのはユン大統領の前の文大統領など僅かといってよい。全斗煥は朴大統領が暗殺された後の大統領で朴と同様、陸軍の出身である。彼が在任した1981~87年は朴に引き続き、韓国の高度成長期であり、退任した翌年にはソウル五輪が開催されている。しかしその開会式に全が出席することはなかった。在任中に起きた光州事件への関与などが影響したと思われる。結局、全は95年に収監され96年に無期懲役が確定するが、翌年には特赦で放免されている。21年11月、90歳で死去している。なぜ韓国は権力を失った前大統領に厳しいのだろうか。私は韓国が保守と革新の厳しい対立、されも僅差の対立によることが大きいと思う。対して日本の場合は天皇の存在が大きいのではないか。天皇は権力は持たないが、それ故、国民の統合の象徴としての機能を果たしているように思う。

1月某日
「加耶/任那-古代朝鮮に倭の拠点はあったか」(仁藤敦 中公新書 2024年11月)を読む。私が日本史を学んだのはもう60年も前の高校生のとき。そのとき朝鮮半島の南部には任那日本府というのがあって日本が領有していたと学んだものだった。しかしそれは現在ではかなり否定されている学説だということを本書で初めて知った。任那日本府の存在は日本書紀に記述されているのを根拠とし、また好太王の碑にも倭が百残(百済の蔑称)を従えたということが記されている。著者の仁藤はきちんとした史料批判により歴史的事実を明らかにして行く。任那は日本書紀ではそのように表記されているが、古代朝鮮では加耶と呼ばれた地域である。では任那日本府はあったのか。「あとがき」から引用する。「本書を手に取る方が、一番関心あると思われるのは『任那日本府』の解釈だろう。これは、倭から派遣された使者、土着した二世の旧倭臣、在地系加耶人という三つから構成された集団である」。科学としての歴史学が定着するまで、権力者に都合の良い歴史が作られたのだ。

1月某日
フジテレビの社長会見に反発、フジへのCM放送を差し止める企業が相次いでいると報じられている。朝日新聞によると「現時点ではACジャパンのCMが流れても、広告料金はテレビ局に支払われるという。フジ関係者によると深刻な影響が出るのは、4月以降の番組だ」という。もともとタレントの中井某と女性の間で発生したトラブルに端を発した問題。インターネットの発達などによって新聞やテレビなどの既存メディアの影響力は急速に低下しているという。今回の問題はそれに拍車をかけることになるだろう。
兵庫県議会の百条委員会の委員を務めていた前県議が死亡(自殺とみられる)した。NHK党の立花孝志氏らによるネットでの誹謗中傷が原因という。立花氏は「前県議は兵庫県警の任意取り調べを受けていた」「明日逮捕される予定」などの事実とは異なる情報をネットで流していた。ネットなど情報の進化に比べて、それとどう向き合うかという態度、慣習、リテラシーの整備が追いついていないのだろう。

1月某日
トランプ大統領の就任式。トランプ支持層の熱狂と反トランプ層の沈黙。私の観るところ熱狂的なトランプ支持層というのは白人の労働者階級が多いのではないか。アメリカの製造業の多くが国際競争力を失い、多くの労働者が工場を去った。職とともに誇りを失った労働者も多かったのではないか。そんな彼らに訴えたのがトランプの「メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン」だ。そこにファシズムの兆しはないのか。私は第一次世界大戦の敗北により自信喪失したドイツ国民に、アーリア民族の栄光を訴えたヒットラーを思い浮かべてしまうのだが。

1月某日
「西郷従道-維新革命を追求した最強の「弟」」(小川原正道 中公新書 2024年8月)を読む。西郷従道(1843~1902)は西郷隆盛の実弟であるが、父を幼くして亡くした従道にとって、15歳離れた隆盛は父代わりの存在であった。従道は戊辰戦争に従軍、明治新政府でも主として軍事畑で能力を発揮する。兄隆盛は西南戦争で賊軍の将として自裁するが、従道は軍隊でも政府でも要職を歴任する。何度か「総理大臣」の声があったが従道が受けることはなかった。従道は当初は陸軍に属し、陸軍として台湾出兵も経験しているが、初の入閣は第1次伊藤内閣の海軍大臣であった。当時彼は陸軍中将であった。従道は権力欲が薄く、したがって敵も少なかったと思える。総理大臣を受けなかったのも「分をわきまえる」ためだったのかもしれない。

モリちゃんの酒中日記 1月その2

1月某日
「この星のソウル」(黒川創 新潮社 2024年11月)を読む。戦前の日本と朝鮮、戦後の独裁政権下の韓国と高度経済成長期の日本、そして現在の韓国と日本、時空を超えた旅を体験させてくれる小説である。主人公の中村直人は1961年生まれ。著者の黒川も1961年生まれだから著者の分身と考えてよさそうだ。中村は韓国のガイドブックを編集するためにソウルを訪れる。ガイドを頼んだのが在日韓国人でソウルに留学中の崔(チェ)さんである。崔さんと二人で訪れるソウルの街、そこは戦前の李王朝の首都でもあり、日本に併合された後の京城である。韓国の現代史へのあまりの無知に恥ずかしくなる。

1月某日
韓国の現代史を知ろうと図書館で「新・韓国現代史」(文京殊 岩波新書 2015年12月)を借りる。序章で幕末から明治期の日本人の朝鮮、朝鮮人観を描き、さらに1910年の日本の韓国併合の歴史をたどる。韓国は現在、ユン大統領の弾劾が国会で議決されたが、大統領は官邸での籠城を続けている。私は韓国の民主主義の徹底と市民のデモによる政治参加、政治意識の高さに驚いたものだ。本書を読むと韓国の民主主義が多くの市民が犠牲になった光州事件をはじめとした市民的な抵抗をもとにしていることがわかった。戦後、日本がアメリカから与えられた民主主義を受け入れたのとは、基本が違う気がする。韓国は日本と違って終戦後直ぐに民主主義的な政体が発足したわけではない。日本の敗戦により日本の植民地であった朝鮮半島には北にはソ連軍が、南には米軍が進駐し北には朝鮮民主主義人民共和国、南には大韓民国が成立する。韓国では李承晩が政権を長く握ったが1960年の広範な学生デモにより退陣に追い込まれる。民主主義が定着するかに見えたが朴正煕の軍事クーデターにより朴が独裁的な権力を手中にする。朴のもとで日韓条約が結ばれ、また驚異的な経済成長を遂げる。朴は1979年に暗殺される。朴の後を継いだのが同じ軍人出身の全斗煥で80年には民主化を求める光州事件が起きる。民主化の声が高まり92年には金泳三が大統領に就任、97年に金大中、03年に廬武鉉、07年には李明博、12年には朴槿恵が大統領に当選する。「新・韓国現代史」はここらで記述を終了するのだが、大統領は文大統領に続いてユン大統領が就任する。韓国には政権交代のダイナミズムが存在する。だからこそ市民の政治意識も高くならざるを得ないのではないか。

1月某日
「三千円の使いかた」(原田ひ香 中公文庫 2021年8月)を読む。単行本は18年4月発行だから時代状況は10年代後半か。私が会社を辞めたのが確か16年の11月だからその頃とも重なる。東京は十条に暮らすサラリーマン一家の暮らし、とくにお金を巡る物語である。十条というのがミソ。北区十条、JRの駅でいうと京浜東北線の東十条と赤羽線の十条である。住宅地ではあるが決して高級ではない。東十条から赤羽を過ぎて川を渡ると川口、埼玉県だ。私は中年の母・智子や姉娘の真帆に感情移入してしまったが、実は祖母の琴子と同年代であった。琴子は夫を亡くした後、年金を減額され働きに出ることに。琴子の決意が美しくたくましいのだ。

1月某日
大学の同級生が新橋で弁護士事務所を開いている。彼が幹事をやって毎年、同級生が4、5人集まって新年会をやっている。でも今年は入院や検査、風邪などで欠席者が相次ぎ、私と弁護士の先生だけが出席ということに。5時過ぎに西新橋の事務所を訪問。先生は家族でロスアンゼルスに行ってきたそうでお土産をいただく。先生の事務所の女性を交えて3人で新年会。事務所の女性と話すのは初めてだが、話題が豊富でなかなか面白かった。ちなみに愛読書

モリちゃんの酒中日記 1月その1

1月某日
「明治天皇の大日本帝国 天皇の歴史07」(西川誠 講談社 2011年7月)を読む。平安時代以降、日本の国王たる天皇は後醍醐天皇など一部の例外を除いて直接的な権力を行使してこなかった。「君臨すれども統治せず」ということだが、江戸時代の庶民にとって、自らの王は自分たちと領地を統治する大名とその大名を支配する将軍であって、天皇は京都の御所の密やかな存在で「君臨」とは遠い存在であった。そういう存在が明治維新で一変する。薩長などの倒幕勢力は、その目的のために王政復古というイデオロギーとその象徴として天皇を担ぎだした。維新当時、明治天皇はわずか16歳。

1月某日
11時30分に予約していたマッサージ店「絆」へ。年賀状の返事をポストに出して坂東バスの停留所「若松」から「我孫子駅」行きに乗車、「八坂神社前」で下車、町中華の「喜楽」で中華焼きそばを食す。一人で食べている高齢男子多し。もちろん私もそのひとり。「カットクラブパパ」で散髪。今年から料金が500円上がって4000円に。「八坂神社前」から「アビスタ前」までバス。

1月某日
「ガザ虐殺を考える-その悲痛で不条理な歴史と現状を知るために」(森達也編著 論創社
2024年11月)を読む。現在のイスラエルのガザ侵攻は、直接的には2023年のヒズボラによるイスラエルに対する奇襲攻撃への報復であり、イスラエルに正当性があるかのように見える。しかし本書を読むと、イスラエルというユダヤ国家の建国そのものに疑念が持たれるし、現在のガザ侵攻は本書のタイトルのようにガザ虐殺そのものだ。酒井啓子は「2023年10月7日以降世界で起きていることとして、ガザで数万の住民が圧倒的な軍事力のもとで殺戮されていること、完全封鎖状態のなかで飢餓、衛生状態の悪化により死に瀕していることという、人道的危機の深刻さが第一に指摘できるが、加えて深刻視すべき点は、国連や人道支援組織、国際社会が、この紛争を解決できていないことだ」と述べる。新右翼の代表的な活動家、木村三浩は「今こそ、ベトナムやイラクをはじめ、アメリカがやってきた侵略戦争、介入戦争を徹底的に批判し、検証しつつ、裁く時ではないだろうか。パレスチナ・ハマスの決起とは、彼らが長い歴史の中で置かれた立場からの言い分だということを、我々は想像してみる必要があるのだ」と書いている。虐げられている人々を想像する力ということだろう。

1月某日
「台所で考えた」(若竹千佐子 河出書房新社 2024年11月)を読む。若竹は63歳で主婦から作家になり、70万部のベストセラー「おらおらでひとりでいぐも」で芥川賞を受賞した。若竹の著作を読むのは初めてだがかなり共感できた。弱者への共感そして強者への抵抗とかね。

1月某日
上野駅不忍口で大谷さんと待ち合わせ。御徒町まで歩く。御徒町で前に行った中華、大興を目指すが開店前で断念、御徒町駅前の吉池食堂に変更。ビール、日本酒を頼み、刺身などを食す。吉池は新潟の出なので栃尾の油偈も頂く。大谷さんにすっかりご馳走になる。上野駅で大谷さんと別れ、私は常磐線で我孫子へ。駅前の「しちりん」による。

1月某日
「あの家に暮らす四人の女」(三浦しをん 中公文庫 2018年6月)を読む。「あの家」とは阿佐ヶ谷駅から徒歩20分、善福寺川にほど近い敷地150坪の古い洋館、牧田家のことである。家には寡婦の鶴代、鶴代の娘で刺繍作家の佐知、下宿人の雪乃と多恵美が暮らす。佐知は「私たち、『細雪』に出てくる四姉妹と同じ名前なんだよ」と語る。解説(清水良典)によると「この物語は、谷崎潤一郎の『細雪』が下敷きになっているのである」「長女の鶴子が夫の転勤に伴って東京へ去り、芦屋の邸宅には幸子、雪子、妙子の三姉妹が暮らす」ということだ。私は「細雪」は未読。だがこの小説は楽しく読ませてもらった。私は舞台となった阿佐ヶ谷駅から徒歩20分あたりには土地勘がある。私の知り合いが理事長をやっていた社会福祉法人の経営するグループホームがあったのだ。ヒマに任せてグループホームに通い、阿佐ヶ谷駅界隈で理事長に何度かご馳走になったことを覚えている。

モリちゃんの酒中日記 12月その2

12月某日
「ナチュラルボーンチキン」(金原ひとみ 河出書房新社 2024年10月)を読む。ナチュラルボーンは「生まれつきの」、チキンは「ニワトリ」ではなく俗語の「臆病モノ」という意味である。主人公の浜野は45歳独身の×1女性。出版社の文芸図書の編集部に在籍していたが、同業者との離婚を機に経理担当となり、「仕事に動画とご飯」がルーティンとなる。浜野はある日、部長から在宅勤務の平木と連絡をとれないので様子を見て来てくれないかと頼まれる。ホストクラブに通いロックグループのコンサートに入れあげる平木の日常は、浜野の「仕事と動画とご飯」とは全く異質のものだった。浜野は平木に誘われてロックコンサートへ行き、バンドの打ち上げにも参加する。そしてそこで出会ったバンドのメンバー、まさかと恋仲になるのだが…。金原ひとみは1983年生まれ、私と35歳違う。出てくる用語も私には意味不明な横文字も多い。それでも私にはこの物語が面白かった。柄谷行人が言っていたと思うが、中上健次や村上春樹以降の「新しい文学」の世界があるように感じられるのだ。

12月某日
目が覚めると喉が痛い。体の節々も痛い。体温を測ると平熱であった。念のため名戸ヶ谷我孫子病院へ行く。アビスタ前からバスに乗って4つ目の市役所前で降りると病院のすぐ前に着く。内科外来で3時間待って診察は5分。たんなる風邪だった。まぁ採血や採尿、CTで肺も撮影してもらったし、いい機会とゆうことで。市役所前からバスに乗って若松で下車、調剤薬局のウエルシアで調剤。ウエルシアから徒歩で自宅へ。朝から何も食べていなかったので、妻にうどんを作ってもらって食す。

12月某日
テレビでクリントイーストウッド主演、監督の「グラントリノ」を観る。実はこの作品は2度ほど観ているのだが、いつも途中から。今回初めて最初から観る。「グラントリノ」というのはフォード社の制作した1970年代の乗用車。燃費が悪く現代向きではないということでは主人公のコワルスキーを象徴している。コワルスキーの住む町にベトナムから脱出したモン族が住み着くようになる。モン族の少年との淡い友情が描かれる。少年の姉がモン族の不良に凌辱され、コワルスキーは立ち上がる。コワルスキーは死に、グラントリノはモン族の少年に遺贈される。コワルスキーはポーランド系移民の末裔で宗教はカソリック。アメリカ社会では少数派である。トランプの大統領再登場でアメリカ社会の分断が強化されるという予測も根強い。「グラントリノ」はアメリカ社会における少数派、ベトナム難民の少年とポーランド移民の末裔のカソリックの老人の友情を描いたという観方もできる。

12月某日
「ナチズム前夜-ワイマル共和国と政治的暴力」(原田昌博 集英社新書 2024年8月)を読む。第1次世界大戦でドイツが敗北し、ワイマル共和国が成立する。やがてナチスが台頭しワイマル共和制は崩壊する。本書は当時、ドイツの街頭や酒場で起きていた「暴力」に着目し、それが共和国の政治や社会を蝕んでいった過程をひもとくことによって答えを探る。この時期のドイツ政治の特徴のひとつは街頭での政治的暴力である。主として共産党とナチスが時に死者を出しながら激しく戦った。私は日本において1980年代から顕著になった革共同革マル派と中核派の内ゲバを連想してしまう。こちらの場合は多数の犠牲者を出しながら暴力的な衝突は一応は終息したようだ。

12月某日
「消費される階級」(酒井順子 集英社 2024年6月)を読む。著者の酒井順子は「負け犬の遠吠え」(2004年)が出世作となったエッセイスト。私は酒井の著作を読むのは本作がはじめて、おおむね酒井の考えに同意できた。例えば「結婚する人が減り続け、そうして日本の人口が減っていくのは、制度上の平等と精神的平等の乖離から日本人が眼を逸らし、放置し続けているから」というくだり。「制度上の平等と精神的平等の乖離」ね。確かに私の在職していた会社も日本の多くの職場にも男女の「制度上の平等」は保障されていた。しかし「精神的平等」はどうか? おそらく精神的な平等はまだのような気がする。

12月某日
「坂の中のまち」(中島京子 文藝春秋 2024年11月)を読む。北陸の高校から東京の女子大に進学した私は、茗荷谷の志桜里さんの家に下宿する。私と志桜里さんの日常が淡々と描かれる。私の学生時代というと50年以上前だが、学生運動が盛んな時代で、学生同士の暴力事件が日常的に起きていた。とても「淡々と」してはいなかった。しかし今にして思うと「坂の中のまち」に描かれるような日常が正しいのだと思う。