モリちゃんの酒中日記 2月その2

2月某日
図書館で借りた「変半身 KAWARIMI」(村田沙耶香 筑摩書房 2019年11月)を読む。村田沙耶香は1979年千葉県生まれとあるから私の子供世代である。奇妙に魅かれるものを感じて新刊が出るたびに図書館にリクエストする。「変半身」はKAWARIMIとローマ字で書かれている通り「かわりみ」と読んで表題作と「満潮」というタイトルの短編が収められている。私が読んだ村田沙耶香の小説の舞台は近未来の日本だ。日本かどうかも定かではないが登場人物の姓名が日本風であるというだけである。「変半身」は離島の中学校の美術室のシーンから始まる。陸と花蓮と高木君は美術部員で陸は高木君に魅かれている。と粗筋を紹介し始めると現代日本の青春物語と感じてしまうが、それが違うんだなー。物語上の真実は物語の最後に明らかにされるのだが、それは私の想像力の遥かに及ばないものだった。もうひとつの短編「満潮」は女性が射精し、男が「潮」を吹くというストーリーだが、いやらしさは全く感じない。私が思うに村田沙耶香は人間存在の真実を描く舞台として近未来を想定しているのではなかろうか。唐突ではあるが、マルクスが資本論を構想するにあたって、19世紀末のイギリス経済を原型とする、純粋資本主義社会を想定したように。

2月某日
図書館で借りた「聖なるズー」(濱野ちひろ 集英社 2019年11月)を読む。開高健ノンフィクション賞受賞作である。犬や馬など動物をパートナーとして性的な関係を結ぶ人間たちを描いたノンフィクションと一口で言うとそうなるのだが……。作者の濱野は大学生の頃から10数年間、同居し後には結婚する男性から日常的な性暴力を受けていた。離婚しえた頃の濱野は「私は愛もセックスも軽蔑し、そのようなものを求める世の中を、鼻で嗤うことで苦しみから距離を取ろうとしていた」(プロローグ)のだ。濱野は早大一文を卒業後、フリーライターになるのだが、30代の終わりに京大大学院に進学する。テーマは文化人類学におけるセクシュアリティ、なかでも「動物性愛」である。濱野は研究のためドイツにある世界唯一の動物性愛者の団体ZETA(ゼータ)のメンバーと連絡をとる。このノンフィクションはドイツでの彼ら、彼女らとの取材、交流の記録ということになる。ゼータのメンバーは寡黙で上品というのが私の印象だが、私が読後感として感じるのは作者の濱野がゼータのメンバーと交流することによって、過去の性暴力により受けた精神的な傷が徐々に癒されていったのではないかということである。動物性愛には最後まで共感することはできなかったが、ゼータへの深い共感を示す濱野の高い精神性には共感したい。

2月某日
地方議員を対象にした「地方から考える社会保障フォーラム」が無事に終了した。今回は1日目が鈴木俊彦事務次官、渡辺由美子子ども家庭局長、伊原和人政策統括官、2日目が八神敦夫審議官、それに菊池馨実早稲田大学教授という講師陣。やはり局長、審議官クラスの話は視野も広くためになる。地方議員の申し込みも70名を超えたし、講師との意見交換も活発に行われた。地方議員の満足度のバロメーターともいえるのが、意見交換後の名刺交換だが、今回はいつもより長い列ができたような気がする。

2月某日
絲山秋子の「御社のチャラ男」(講談社 2020年1月)を読む。絲山秋子は割と好きな作家で新作が出ると図書館にリクエストすることが多い。絲山秋子は1966年生まれ、早稲田大学政経学部を卒業後、住宅設備メーカーに就職(たぶん東陶)、営業職として福岡、名古屋、高崎等で勤務、2001年に退職して小説家を目指す。2003年に「イッツ・オンリー・トーク」で文学界新人賞を受賞して作家デビューを果たす。小説以外でも自身のうつ病体験を綴った「絲的ココロエ「気の持ちよう」では治せない」などのエッセーも面白い。本作は従来の絲山作品とはいささか趣を異にしていると私は感じる。ジョルジュ食品という食用油メーカーが舞台。社内でひそかにチャラ男と呼ばれる三芳部長を軸に物語は展開する。といって三芳部長は主人公というわけではなく、主人公はジョルジュ食品に勤める男女の社員だ。何人かの社員が語るジョルジュ食品とその周辺がストーリーの軸となっている。作者の絲山は本作で何を言いたかっただろうか。ジョルジュ食品は典型的な日本の中小企業、ソフトバンクや楽天などの新興IT企業とも違うし、トヨタ、新日鉄など巨大製造業とも違う。しかし日本の労働人口の大半はジョルジュ食品のような中小企業で働いている。絲山は現代日本を支えるカイシャと会社員を描くことによって日本社会の一断面を描こうとしたのだと私は思いたい。

2月某日
浜松町の基金連合会で足利聖治理事へ面談。その後、虎ノ門のフェアネス法律事務所で渡邉潤也弁護士と面談。銀座線で神田へ。社保険ティラーレの吉高会長、佐藤社長と面談。地方議員向けの「地方から考える社会保障フォーラム」の過分な謝金を頂く。謝金で一杯やろうかと心が動いたが、新型コロナウイルスの感染が広がっていることから諦め、我孫子へ帰る。

2月某日
図書館で借りた「某(ぼう)」(川上弘美 幻冬舎 2019年9月)を読む。このところ村田沙耶香、濱野ちひろ、絲山秋子と女性作家の作品を続けて読んでいる。私はもともと女性作家との親和性が高い。亡くなった田辺聖子は今でも好きな作家だし、現役の作家では林真理子、井上荒野、江國香織、川上未映子などをよく読んでいる。「某」は非常に面白く読んだのだが、ストーリーの要約は止めておこう。転生を繰り返す人類とは酷似しているが、人類ではない種の話とだけ記しておこう。川上がお茶の水女子大理学部生物学科の出身ということとも関係していると思う。

2月某日
居候させてもらっているHCM社の大橋社長を誘って呑みに行くことにする。HCM社は御徒町駅北口を出て、昭和通り側を渡って上野方面に数分歩いたところにある。韓国料理店が多く、何とも言えない雰囲気のある一帯だ。私は「アジアに開かれた庶民の街」と呼んでいる。今回はHCM社から上野方面へ歩き、上野下谷口近くの「かぶら屋」へ入る。「かぶら屋」へは以前、大谷源一さんと入ったことがあり、そのときは「焼き鳥」を食べたが。今回は「おでん」を頼む。ここは静岡おでんで鰹節の粉が振りかけてあるのが特徴だ。

モリちゃんの酒中日記 2月その1

2月某日
「キッドの運命」(中島京子 集英社 2019年12月)を読む。中島京子は割と好きで読む。戦前の日本の幸せな家族が戦争によって崩壊していく姿を描いた「小さなおうち」、コメディタッチの「妻が椎茸だったころ」、認知症の高齢者とその家族を描いた「長いお別れ」などだ。「キッドの運命」は「著者初の近未来小説」とあるように今まで読んだ中島京子とは一味違っていた。短編集で「種の名前」は、夏休みに母方の祖母に会いに行って、祖母が作る野菜を食べその新鮮な味に驚く少女の話。この未来では食糧生産は一企業に独占されており、個人が野菜を栽培することは禁止されているのだ。祖母は仲間の老婆たちと秘かに畑を開墾、味噌も自家製だ。中島の描く未来は決してバラ色ではない。AIやロボットで社会の生産性は上がったが、社会から自然や人間らしさは失われていく。しかしそんな社会に抗う少数の少女の祖母のような人間も存在する。中島は近未来小説を描くことによって現代社会への警告を発すると同時に、近未来の社会での「抵抗する精神」の崇高さをうたいあげていると感じた。

2月某日
図書館で借りた「失われた女の子 ナポリの物語4」(エレナ・フェッランテ 早川書房 2019年12月)を読んでいる。「リラと私」に始まる「ナポリの物語」の完結編である。ナポリに生まれたリラとエレナという2人の女の子の物語なのだが、小学校でのリラとエレナの出会いから始まるこのストリーはエレナは大学に進学し、大学教授と結婚して作家となり、リラは進学せず10代で結婚して稼業の靴屋を手伝う。リラは離婚後、コンピュータソフトの会社を立ち上げ成功する。作家のエレナ・フェッランテは1943年ナポリ生まれとあるから、物語のエレナとほぼ等身大と見ても良いのでないかと思う。この物語の背景には当時のイタリアの政情がある。第2次世界大戦に敗北したイタリアは、その後高度経済成長を謳歌した日独とは違って、低迷する経済からなかなか脱出することができなかった。北部と南部の経済格差や共産党や社会党が伝統的に強いこと、その反面でファシスト党の根強い地域性があることなどが原因と思われる。ナポリというと日本で言うと大阪かな。方言も結構きついらしい。そこで2人の女の子が恋愛や仕事を通して成長していく。私など日活映画の「キューポラのある街」を連想してしまうのだが、とにかく面白い。A5判で600ページ近くある大著でまだ200ページしか読んでいないがとりあえず中間報告である。

2月某日
「失われた女の子」を読み進む。「ナポリの物語4」のタイトルが「失われた女の子」となったわけが明らかになる。リラとエレナは相次いで女の子を出産する。リラの娘はティーナ、エレナの娘はインマと呼ばれすくすくと育つがある日、舞台は暗転する。ティーナが行方不明となるのだ。誘拐か交通事故に巻き込まれたのか。「キューポラのある街」どころではない、「ゴッドファーザー」の世界である。エレナは作家として成功しリラのコンピュータソフトの会社も順調に成長しているにもかかわらずだ。「ナポリの物語」はリラとエレナという2人の女の子の成長物語ではあるのだが、ナポリという町の光と闇の戦後史も綴っていく。450ページほど読み進んだ。あと150ページ、リラとエレナはどうなるのか「巻を置く能わず」である。

2月某日
重度重複障害者の施設を運営している社会福祉法人キャマラードを高本真佐子(SCN代表理事)さんと訪問。横浜線の中山駅まで送ってもらい、新横浜へ。新横浜から名古屋へ行く新幹線の中で「失われた女の子 ナポリの物語4」を読み進み、名古屋に着くまでに読了。「ナポリの物語」は確かにリラとエレナの2人の女の子の成長物語ではあるが、同時に作家としてのエレナ・フェッランテの苦悩の記録である。作家として成功し3人の女の子も伴侶を見付けて孫にも恵まれる。しかしエレナの心には虚しさが漂う。作中のエレナは、リラとのことを綴った「ある友情」で作家的な名声を不動のものとするが、それをきっかけにリナと交流は途絶える。ナポリからトリノへ引っ越したエレナのもとに、幼いリラとエレナがアパートの地下室に投げ入れた人形が2体届けられる。エレナは思う。「リラがここまではっきりと姿を見せたからには、彼女とは二度と会えぬものと諦めるしかないと」。「ナポリの物語4」は1970年代半ばから2000年代初頭までのおよそ30年間が描かれる。イタリアと日本では社会的政治的な状況が違うことはもちろん承知しているが、日本もイタリアも60年代、70年代には左翼、とくに新左翼の政治的な高揚があった。その一時の高揚も高度経済成長の中で沈静化してゆく。同時代を生きたものとして「ナポリの物語」には深く共感せざるを得ない。

2月某日
図書館で借りた「卍どもえ」(辻原登 中央公論新社 2020年1月)を読む。辻原登は好きな作家でこの数年、何冊も読んだ。ほとんどが図書館で借りたものですが。辻原の特徴は、その物語世界の緻密な構成とでも言おうか。本作品の主要なテーマは女同士のエロスとそれと絡み合う男と女のエロス。デザイナーの瓜生甫(うりゅう・はじめ)を軸に物語は展開する。妻のちづるはネイルサロンを主宰する加奈子とレズビアンの関係となり、二人は共謀して瓜生から加奈子の借金を返済される額を奪う。瓜生は美大を出て博報堂に就職後、独立した売れっ子デザイナーである。瓜生は陸上競技の世界的な大会のエンブレムのデザインコンペに勝ち残るが後にそれが盗作だったが明らかにされ、取り消される。東京オリンピックのエンブレムでも同じような話があったっけ。それにフィリピンやタイの話、戦前の満洲の話、大阪の売春地区、飛田の話までが入り組んでくる。まぁ辻原登ワールドですなぁ。

2月某日
午前中、芝の友愛会館で日本介護クラフトユニオンを介護職へのハラスメントについて取材。年友企画の酒井さんに同行。ユニオンは染川朗事務局長、村上久美子副事務局長、小林みゆき広報担当部長が対応してくれる。取材後、内幸町へ出て酒井さんと昼食。昼食後、会社へ帰る酒井さんと別れ、私は村田沙也加の短編小説に読み入る。14時30分から厚労省老健局高齢者支援課の中村光輝係長に高齢者施設での看取り部屋整備への補助金について取材。高本真佐子SCN代表理事、大谷源一さんに同行。取材後、飯野ビルの神戸屋カフェで3人で打ち合わせ。打ち合わせ後、事務所へ帰る高本さんと別れ、私と大谷さんは神田に新しくオープンした佐渡の立ち食い寿司屋「弁慶」へ。2人でつまみ3~4品とビールにお酒で5000円ちょっとだった。

モリちゃんの酒中日記 1月その5

1月某日
「生命式」(村田紗耶香 河出書房新社 2019年10月)を読む。村田紗耶香は1979年千葉県生まれというから私たち団塊の世代の子供の世代、団塊世代ジュニアということになる。団塊世代ジュニアは卒業時期に不景気が重なり、非正規雇用の割合が高いと言われている。村田沙也加は玉川大学卒業後、コンビニでバイトしながら作家修業をしたという。バイト経験が芥川賞受賞作の「コンビニ人間」に反映している。私は村田沙也加の「コンビニ人間」と「消滅世界」を読んだことがある。確か「消滅世界」だったと思うが、近未来を舞台に性行為抜きに人工授精で人類が繁殖していくという世界を描いていた。「生命式」は表題作を含む14編の短編集。「生命式」は亡くなった人の肉を料理して食べるという習慣が広がっている世界の話。この習慣のことを「生命式」と呼んでいる。村田沙也加は生命について考えたかったのだと思う。「素敵な素材」は故人の遺体を活用して、髪からセーター、歯のイヤリング、皮膚のランプシェイドなどを供給することが常態となっている世界を描く。これらに比べると中学生のときは委員長、高校生のときはアホカ、大学生のサークルでは姫、バイト先ではハルオ、就職先ではミステリアスタカハシと呼ばれている女性の結婚準備を描いた「孵化」はわかりやすいかもしれない。村田沙也加は人間の不可思議さにこそ興味があるのだろう。

1月某日
私が大学に入学したのが1968年だから今から52年前である。私が入学した早稲田の政経学部では第2外国語でクラスが分かれていて、私はロシア語クラスで1年28組だった。前年の1967年の10月8日、当時の佐藤首相の訪米阻止闘争が三派全学連を主体に羽田空港周辺で闘われ、京大生が一人亡くなっていた。そういう物情騒然とした雰囲気も一部にはあったが、私は大学には行ったものの授業にはほとんど出ることもなく、大隈講堂の裏にあった「ロシア語研究会」の部室や3号館の地下にあった政経学部の自治会室にもっぱら出入りしていた。それでもクラスには友達が出来るもので雨宮、内海、岡、吉原、島崎、女子では近藤さんや後に私の奥さんとなる小原さんなどがつるんでいた。私たちのクラスは民青が強かったが、これらの友達はクラス委員選挙のときいつも私に投票してくれた。投票結果は大差で民青の清君に負けていたけれど。2~3年前から今、弁護士をしている雨宮君を中心に何人かが集まるようになった。今日は雨宮君のほか内海君、それに今回初参加の吉原君、そして紅一点の関さんが御徒町の吉池の9階、「吉池食堂」に集まった。関さんはクラスは違ったが、私の奥さんと友達だった関係でこの呑み会に参加するようになった。6時からスタートしたが気が付くとほぼ満席だったのがお客さんもまばらに。再会を期して散会した。

1月某日
高本真佐子さんと大谷源一さんにHCM社に来てもらって打ち合わせ。5時に終わって「食事でも」という話があったが、高本さんは食事会があるそうだ。でも「1時間ほどなら」ということで、御徒町駅近くの「和楽庵はなれ」に行くことにする。「和楽庵」と「和楽庵はなれ」は2軒並んでいる。店員は「どちらも居酒屋兼蕎麦屋です」と言っていたが、つまみの盛り付けも器も凝った感じの店だった。高本さんが1万円を置いて先に帰ったので後日、お釣りを渡さなければ。

1月某日
図書館で借りた「日本経済30年史-バブルからアベノミクスまで」(山家悠紀夫 岩波新書 2019年10月)を読む。山家は「やんべ」と読むが1940年生まれ、1964年神戸大経済学部卒、第一銀行に入行、第一勧業銀行調査部長などを経て神戸大学大学院経済研究科教授を歴任している。この本の狙いは「はじめに」で明らかにされている。30年前の1990年、あるいは90年をはさんでの数年は、世界経済にとっても日本経済にとっても大きな節目であったとする。「ベルリンの壁」崩壊が89年、「統一ドイツ」の発足が90年、ソ連の消滅が91年である。山家は「こうした流れの中で経済面でとくに注目すべきは、旧資本主義国にあって、『新自由主義経済政策』が広まったことである」とする。その大きな背景には社会主義経済圏の崩壊により、欧州の各国政府が自国の社会主義化を恐れることなく、新自由主義経済政策(むき出しの「原始資本主義的政策」)を採用できるようになったという。著者に言わせると社会主義に勝利したのは、原始資本主義(むき出しの資本主義)ではなく、修正された資本主義、福祉国家型の資本主義なのだが。こうした観点から著者は最終章の「日本は世界一の金余り国」の中で、日本の財政健全化と社会保障制度拡充の両立は可能であると主張する。カギは日本の国民負担率(税+社会保険料)の低さである。日本の国民負担率は19年度で42.8%でありOECD加盟国では低いほうから八番目と低い。国民負担率の高いフランスは67.2%で、かりに日本の国民負担率をフランス並みに引き上げれば97兆円の税・社会保険料の収入増が見込まれるという。そして著者はこの負担は負担能力のある大企業や、資産家に求めるべきとし、消費増税に求めるべきではないと主張する。山本太郎の令和新選組とも似た主張ではないか。私は「正しい」と思うけど。

1月某日
昨年暮れに出版された中村秀一さんの「平成の社会保障」企画費が社会保険出版社から振り込まれたので、この前ご馳走になった年友企画の石津さんに「ご馳走します」とメール。御徒町の「吉池食堂」に来てもらう。吉池食堂を使うのは今年3度目、というか1月に入ってから堤さんとが1回目、大学時代の仲間とが2回目、そして今回が3回目だ。まぁ味もそこそこ、値段もリーズナブルだからね。遅れて年友企画の酒井さんも参加。石津さんはビール、私は日本酒。下戸の酒井さんはウーロン茶を頼む。酒井さんに社保険ティラーレの吉高会長と佐藤社長が「酒井さんのことを誉めていたよ」と伝える。酒井さんは「そんなことありません」と謙遜するがそこがまたいいところだ。新婚の酒井さんを先に帰して、私と石津さんはしばらく呑む。今度は吉池以外の東上野のディープな店で呑むことにしよう。

モリちゃんの酒中日記 1月その4

1月某日
図書館で借りた「あたしたち、海へ」(井上荒野 新潮社 2019年11月)を読む。井上荒野は新刊が出るとだいたい図書館に予約する。新聞や週刊誌の書評欄でおおまかな内容を把握しているケースもあるが、井上荒野の場合は内容よりも人。今まで読んでつまらなかったことがないからね。井上荒野のお父さんは井上光晴という小説家で私も30代から40代にかけてよく読んだ。作風は全然違うけれど、父は日本共産党を除名された左翼系の「硬派」の作家。対して娘は都会的で恋愛ものを得意とする。本作は女子中学生が主人公なので「珍しく学園ものか」と思いながら読み進むと、学園ものは学園ものなんだが、今回は虐めがテーマ。虐めと言ってしまうとすでに現代的な風俗や風景のなかに溶け込んでしまっていると私などは思ってしまうので、これは現代における「支配と被支配」の関係性を描いたと言ったほうがよい。3人の仲良しの女子中学生がいて、最初そのうちの一人が虐めの対象とされ転校を余儀なくされる。残った二人は転校した友達のところへ自転車で会いに行ったりするのだが、虐めの矛先はさらに残った二人へも向かう。転校した娘の母親は高齢者向けマンションの炊事係に転職するが、そこでも入居者による虐めを目撃する。虐められた上品な老女は姿を消すが、翌日、髪をピンク色にして現れる。「支配と被支配」の関係性を打破すべく「逆襲」が開始されたのである。女子中学生たちももちろん「逆襲」するのだが、それは「連帯」によって支えられる。ラスト、転校した娘を訪ねた二人と母親の四人が庭でバーベキューをするシーンが描かれる。連帯確認のバーベキューパーティである。

1月某日
昨年の暮れに出版された中村秀一さんの「平成の社会保障-ある厚生官僚の証言」(社会保険出版社)の企画を少し手伝った。中村さんが携わった編集者、デザイナー、出版社にお礼がしたいと有名レストランに招かれた。食事は6時から有楽町の「アピシウス」でということなので、私は社会保険出版社に寄って高本哲史社長とタクシーで会場に向かう。会場にはすでに中村さん、フリーの編集者の阿部さん、デザイナーの工藤さんが来ていたので早速、シャンパンで乾杯。「アピシウス」は30年ほど前に年住協の中村一成理事長と小形カメラマンの3人で来たことがある。当時、中村理事長が雑誌「年金と住宅」に「古地図を歩く」というエッセーを連載していた。奉行所跡や吉良上野介の屋敷跡などを訪ね、古地図での記載と現在の佇まいを写真とエッセーで紹介するという企画だった。連載は2年以上続いたと思うが、取材の後の食事が楽しみな連載だった。そんなことを思い出しながら食事とワイン、おしゃべりを楽しむ。「本日のメニュー」を紹介すると、前菜が「雲丹とキャビア カリフラワーのムース コンソメゼリー寄せ」、魚料理が「豊洲市場から届いたお魚料理 シェフのスタイルで」、肉料理が「シストロン産仔羊のロティとクレビネット包み焼」と「シャラン鴨のロティ サルミ風ソース」のチョイス。それに季節のデザートとコーヒーだ。料理やワインを説明するボーイさんが、部屋に掛けられている絵画についても丁寧に話してくれる。「アピシウス」ともなると料理だけでなく、部屋のインテリア、調度品、ボーイさんまで一流ということであろうか。

1月某日
「漂砂のうたう」(木内昇 集英社文庫 2013年11月)を読む。漂砂は「ひょうさ」と読んで海の底などでうごめく砂のことを言うらしい。舞台は明治10年の根津遊郭。幕臣から根津遊郭の客引きとなった定九郎が主人公。人気の花魁、小野菊や廓を守る龍蔵、噺家のポン太が根津遊郭で漂砂のようにうごめいているさまを描く。何とも救いのない小説だが、直木賞受賞作であり、木内昇の作家としての力量を示す作品。私は嫌いではない。ちなみに木内昇は「きうちのぼり」と読む、1967年生まれの女性である。

1月某日
本郷さん、角田さん、水田さんと町屋の「ときわ」で呑む。私も含めた4人の関係とは次のようなものだ。角田さんは群馬県の前橋高校出身。高校で私の早稲田大学政経学部の1年先輩の鈴木基司さんと一緒だった。角田さんは大学卒業後、石油連盟に就職しそこで同僚だったのが本郷さん。本郷さんは後に石油商社に転職した。最近本郷さんと知り合ったのが水田さんだ。水田さんが一番若く60歳代前半、あと3人は70歳代。この4人の共通点は学生運動崩れ。本郷さんは中大、角田さんは都立大、水田さんは北大、私は早稲田でそれぞれ学生運動を経験している。私たちが大学を卒業したころは高度経済成長期だったから、選びさえしなければ極端な話し、就職先には困らなかった。だけど「権力に歯向かった」活動家崩れとしては、一流企業に就職するのは何となくためらわれた。で、私は友人の親戚が経営する小さな印刷会社に写植のオペレータとして入社し、その後、業界紙の記者に転じた。本郷さんや角田さんが入社した石油連盟のような業界団体も業界紙と同様、学生運動経験者の受け皿となっていたのである。水田さんも大卒後、一部上場企業に就職したもののほどなく塾の講師に転職した。まぁいずれにしても半世紀前の話である。

1月某日
佐藤雅美の「縮尻鏡三郎」シリーズの「夢に見た娑婆」(文春文庫 2014年12月)を読む。佐藤雅美の時代小説は綿密な時代考証が特徴だが、今回の舞台は江戸時代の「鳥の業界」。江戸時代は仏教の教えに基づいて牛や豚など獣の肉を食べることは禁じられていたが、例外として鳥の肉は食べることを許されていた。では、その鳥肉の供給はどうなっていたかというと、そこで佐藤雅美の綿密な時代考証の腕が発揮されるわけである。江戸時代は徳川将軍家をはじめ、有力大名の間では鷹狩りが流行っていた。鷹狩りの鷹を養うにはエサが必要で鷹は一日にスズメ10羽、ハト3羽を食した。鷹は2組で100羽だから年にするとスズメ36万5000羽、ハト10万9500羽が必要となる。この捕獲を担当したのが御鷹餌鳥請負人で、彼らは専門の捕獲人「いさし」に鑑札を与え、スズメとハトを捕獲させた。いさしはスズメやハト以外にもウズラ、ホオジロ、メジロ、大きなものではガン、カモ、ツルなども捕獲したが、これらは市場で売却された。「鳥の業界」が形成されたわけである。佐藤雅美の小説にリアリティを与えているのはこのように綿密な時代考証であるのだが、私などは「浮世には何の役にも立たない」江戸時代の「鳥の業界」のことを知るだけで楽しくなってしまうのである。

モリちゃんの酒中日記 1月その3

1月某日
図書館で借りた「相模原事件とヘイトクライム」(保坂展人 岩波ブックレット 2016年11月)を読む。重度の知的障害者19人の命を奪った相模原市の事件が起こったのは2016年の7月だから、このブックレットが書かれたのは事件の直後と言ってもいい。この本を読んで私がここに書き記しておきたいと思ったことは2つある。ひとつはナチスドイツがホロコーストによりユダヤ人を大虐殺する前に20万人以上の障害者をガス室に送っているという事実。もうひとつは事件が起こった2016年は障害者差別解消法が施行された年であるということ。前者は障害者差別と民族差別が通底していることを意味している。そして個別の差別に反対するということは、あらゆる差別に反対することにつながっていかなければならないことを強く感じる。後者については法に依る差別の解消はもちろん必要だが、人々の(私も含めて)意識改革が求められているということだ。そのためには道路や住宅、施設のバリアフリー化にとどまらず「心のバリアフリー化」が必要ということであろう。

1月某日
図書館で借りた「瓦礫の死角」(西村賢太 講談社 2019年12月)を読む。西村賢太は4~5年前はよく読んだが最近はとんとご無沙汰。しかし読んでみるとやはり面白い。西村賢太の小説の基本は私小説。と言っても庄野潤三のような上品な家庭を描いた私小説ではない。西村賢太の私小説上の人格である「貫多」の実父は強姦と傷害で懲役8年の実刑を受け刑務所に。「貫多」は高校に進学せずに日払いの肉体労働などで日銭を稼いでいる。表題作は半年ほど勤めていた洋食屋を馘首された「貫多」が母親のアパートに転がり込む話だ。いつまで居続けるのかと露骨に嫌な顔をする母親だが、その母親も刑務所の元夫がいつ出てくるかという恐怖に晒されている。共通の恐怖の故にいっとき「貫多」と母親には共に生きる可能性も見えてくるのだが、「結句は何もしてやれぬ。自分が逃げるだけで精一杯である」となる。表題作と「病院裏に埋める」が「貫多」もの、「四冊目の『根津権現裏』」は西村が「没後の弟子」を自称する藤澤清造の著作「根津権現裏」を巡る貫多と古書店主の物語。最後の「崩折れるにはまだ早い」は凝った構成になっている。作者、西村賢太と思しき「渠」(かれと読む。普通は彼だけど渠を使うのがいかにも西村らしい)はあの『文藝春秋』からも『新潮』からも姑息で下らない〝人間関係″のみの齟齬をでもって締め出しを食らっている。「渠」はこの原稿依頼を次の原稿依頼に繋げようと期限の前日に仕上げる。「崩折れるには…」自体がこの原稿を仕上げるメイキングストーリーになっている。「渠」は原稿を書きながら、別れた女のことや自殺した友人のこと、そして面識はなかったが死んだ同業の人物のことを想う。この同業の人物は「他者に云わせると書くものの傾向に似通った部分もあるそうで、その点で渠としても密かに意識せぬこともなかった人物である」「何かの雑誌か新聞でその坊主頭の、苦行僧の陰影の中に飄逸味の同居する風貌を瞥見した」とあるから、この人物とは先年亡くなった車谷長吉であろう。私は義理の姉(兄の奥さん)が編集者をしていた関係で、車谷長吉さんと奥さんで詩人の高橋順子さん、それに義理の姉の四人で入谷の呑み屋で2~3回ご一緒したことがある。その折、車谷さんに西村賢太をどう思うか聞いたのだが、「しりませんねぇ」という答えだった。「崩折れるには…」では最後に「渠」は藤澤清造に、自殺した友人は芥川龍之介に、死んだ同業の人物は田山花袋に置き換えられる。この一瞬の転換こそが西村賢太の技、芸と言えるだろう。

1月某日
「小さき者の幸せが守られる経済へ」(浜矩子 新日本出版社 2019年8月)を読む。浜は以前からアベノミクスをアホノミクスと呼ぶ安倍政権批判の急先鋒のエコノミスト。本書は「アエラ」と「イミダス」に連載されたコラムをまとめたものだ。経済政策批判と並んで現政権の考え方やさらに広く現代社会の在り方についても批判的に論考しているのが特徴だ。浜は一橋大学で経済を学んだあとに三菱総研に入社、ロンドン駐在を務めるなどしてエコノミストとして頭角をあらわした。エコノミストとしてだけでなく和洋の幅広い教養を備えているのが強み。聖書やシェイクスピア、落語、映画などからの的確な引用が本書に限らず彼女の著作の特徴である。

1月某日
香川喜久恵さんからメール。福田博道さんが亡くなったという。福田さんはフリーライターで私より2~3歳下。去年の8月に自宅が火事になり、焼け跡から遺体が発見されたという。福田さんは早稲田の文学部の確か文芸学科を卒業後、調査会社や家具の業界紙に務めた後フリーライターに転身した。10年ほど前「名犬たちの履歴書」という単行本を出して、四谷の主婦会館で出版記念パーティを開いたことがある。お嬢さんがピアノの名手で一般の短大に進学したが、その後チェコに留学した。男の子は日通に勤めシンガポールへ赴任。海外の子供たちのところへ行って楽しんでいた。福田さんも私も酒好きで何度も一緒に呑んだ。我孫子の我が家にも遊びに来てもらったことがある。親友ではなかったが心の友、心友であった。

1月某日
年友企画で季刊誌「へるぱ!」の特集の打ち合わせ。編集会議で私の企画が通ったためだ。終って来週の高齢者住宅財団の仕事で行く静岡への出張費を仮払いしてもらう。年明けて2週間だが土日と祝日以外は毎日出勤している。といっても11時過ぎの出社、16時過ぎの退社というペースだが。今年72歳にしては働いているほうではないか。アンペイドワークが多いけれどそれにしても「当てにされている」わけだから「手抜き」はできない。年友企画での打ち合わせの後、神田の「鳥千」によって石津幸恵さんを待つ。太刀魚とカツオの刺身が美味しかった。石津さんにすっかりご馳走になる。

1月某日
図書館で借りた「家族シネマ」(柳美里 講談社文庫 1999年9月)を読む。「家族シネマ」は芥川賞受賞作で初出は「群像」の1996年12月号である。柳美里は1968年生まれだから、20代後半の作品となる。「家族シネマ」は崩壊した家族が映画出演を機に集まるが、バラバラになった家族の溝は埋まらないというストーリー。私は柳美里の小説は割と好きで何冊か読んでいる。「命」「8月の果て」「JR上野駅公園口」などである。が、「家族シネマ」は私には存外につまらなかった。テレビや新聞で「阪神淡路大震災から25年」という特集を繰り返し行っているが、現実がフィクションを乗り越えているような気がする。もっとも柳美里は原発被害にあった南相馬市に移住、書店を経営して「体を張って」被災地支援を続けている。柳美里自体は尊敬すべき存在である。

モリちゃんの酒中日記 1月その2

1月某日
図書館で借りた「韓国併合 110年後の真実-条約による併合という欺瞞」(和田春樹 岩波ブックレット 2019年12月)を読む。この本の意図するところは1910年8月に締結された韓国併合条約は、そもそも韓国および韓国民の合意に基づいていないと主張することにある。私の常識からしてもそうなのだが、どうも安倍政権の常識はそうでもないようだ。そもそも歴史的に見て日本は朝鮮半島を経由して、中国大陸発祥の中華文明を摂取してきた。豊臣秀吉による二度の朝鮮侵略の戦があったが、江戸時代を通じてほぼ友好的な関係が維持されてきた。明治維新、西南戦争、日清・日露戦争を経て日本は帝国主義国家としての姿を鮮明にしていく。日清戦争で台湾、日露戦争で樺太南部を領有した日本が、次に着目したのが朝鮮半島であった。しかし当時、朝鮮半島は大韓帝国の統治下にあり、日本政府は寺内正毅を統監として派遣、強引ともいえる手法で韓国併合を強行した。これはやはり帝国主義的な考えと行動だと思う。昨年来、日韓の緊張感は高まっているが、日本にとって必要なのは韓国併合以降の歴史認識だと思う。

1月某日
机を置かせてもらっているHCM社が昨年暮れに西新橋から東上野に移転、最寄りの駅は御徒町だが私は上野から徒歩で10分ほどかけて通勤している。韓国系の焼肉屋や食材店が多く町全体がアジアンテイストにあふれている感じだ。夕方、大谷源一さんがHCM社を訪ねてくれ福井土産のフグのひれを頂く。上野駅入谷口近くの「大衆酒場かぶらや屋」に行く。ここはもつ焼きと静岡おでんが売りの店のようだ。レバ、タン、ハツなどを頼み、最後に牛肉コロッケを頂く。値段もリーズナブル、味も上々。東上野はレベルが高い!

1月某日
御徒町の「吉池食堂」で高本真佐子さん、堤修三さん、岩野正史さんと会食。高本さんが進めている「アドバンスケアプランニング(ACP)と重度重複障害者の調査研究」について2人から貴重なアドバイスを頂く。お店の人の配慮で窓際の席に座ることができた。お勘定を頼むととレシートに合計金額と1人当たりの金額が記載されて出てくる。「吉池食堂」は会社帰りの男女やOB会などの年配の客が多い。割勘が多いということなのだろうが、レジの機能アップに感心。帰りは高本さんは仲御徒町から日比谷線で、堤さんと岩野さんは山手線で品川方面、私は山手線で上野へ。

1月某日
上智大学人間関係学部の特任教授をやっている吉武民樹さんに誘われて、滋賀県の信楽の知的障害者の暮らしを描いた記録映画「しがらきから吹いてくる風」を観に行く。13時に上智大学の吉武さんの研究室を訪問すると少し遅れて大谷源一さんが来る。映画をプロデュースした山上徹二郎さんを紹介される。吉武さんの授業で映画を上映、山上さんが学生たちに話をするという趣向のようだ。教室に移動して私と大谷さんは一番後ろに座らせてもらう。映画は1990年の制作だから30年前の作品だが、当時の信楽で今で言う「地域共生」が実践されていたことに驚く。映画は信楽青年寮で暮らす知的障害者たちが地域社会に受け入れられながら作陶の現場で働く姿を描く。映画を見終わった後、学生たちに感想文を書かせる。山上さんが何人かの学生に質問する。教育実習で特別支援学級に行った経験を話す学生など総じて真面目な反応だった。山上さんに「一番後ろの年配の方は」と指名されたので「私も軽い身体障害があるが、身体障害に比べると知的障害者を町中で見かけることは少ない。30年前の信楽で地域共生が行われていることに驚いた」というようなことをしどろもどろしゃべる。終って赤坂見附に移動して「赤坂有薫」で山上さん、吉武さん、大谷さんと食事。吉武さんにすっかりご馳走になる。

1月某日
図書館で借りた「六つの星星-川上未映子対話集」(文藝春秋 2010年3月)を読む。対談というと林真理子や阿川佐和子が週刊誌でやっている芸能人やスポーツ選手などとの軽い対談を私は思い浮かべる。私はこうした軽い対談も嫌いではないのだが、川上未映子の「対話集」は精神分析、生物学、文学、哲学の専門家と川上未映子との真剣勝負の対談が掲載されている。川上未映子は作家であり大学の通信教育で哲学を学んだというから文学者、哲学者の対談ならまだ分かるが、精神分析、生物学でも専門家と堂々の対談を行っている。川上未映子の読書量と理解力は半端ではない。私は一番最後に掲載されている哲学者の永井均との「哲学対話Ⅱ『ヘヴン』をめぐってから読み始めた。もちろん年末に読んだ「ヘヴン」に衝撃を受けたからである。「ヘヴン」の登場人物の「僕」、「コジマ」、「百瀬」それぞれの存在や関係性に哲学的、思想的な考察が加えられている。「あーなるほど、そういう読み方もあるのか」と思って、部分的に「ヘヴン」を読み返したりしたのだが、どうも読んだときのつらい記憶が蘇ってきてしまった。私は生物学者の福岡伸一との「生物と文学のあいだ」が面白かった。生物の起源とか細胞とかについてほとんど考えたことがなかったので。

1月某日
図書館で借りた「北海タイムス物語」(増田俊也 新潮文庫 令和元年11月)を読む。増田のノンフィクション「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったか」が面白かったので図書館にリクエストしていた。横須賀に住む早大生だった主人公の野々村巡洋はマスコミ志望、10数社受けたがすべて落ち、唯一拾ってくれたのが北海道札幌市に本社のある「北海タイムス」。北海タイムスは実在の新聞社で北海道新聞と並ぶ地方紙だったが、北海道に進出した全国紙とそれを迎え撃つ北海道新聞に挟撃され倒産した。この物語はタイムスが倒産する数年前、1990年春に野々村が来札、北海タイムスへタクシーで向かう場面から始まる。最初は青年の単なる成長物語のように読めて正直あまり面白いとも思わなかった。しかし野々村が希望の社会部ではなく整理部に配属されたころから、私にはがぜん面白くなってくる。私は学校を卒業後、印刷会社で2年ほど写植のオペレーターをし、その後、住宅関連の業界新聞社2社に10年ほど勤めた経験がある。1972年から1984年ころまでである。印刷会社は主に労働組合の機関紙や業界新聞を印刷していた。業界紙は自前の印刷工場を持っているわけではなく、主に新聞専門の印刷工場で印刷していた。野々村は整理部で権藤という優秀な整理マンに鍛えられるのだが、最初に勤めた業界紙には同じような雰囲気の人がいた。その人は権藤よりも優しかったけれど。その業界紙には詩人で後に早稲田の文学部の教授になる吉田文憲さんもいた。小説で描かれた地方紙の雰囲気はどこか業界紙を髣髴させるものがあった。北海タイムスの印刷は1990年当時、鉛の活字を使うホットタイプから電算写植のオフセット輪転(コールドタイプ)に転換していたが、私は最後の活字世代である。作者は北大中退後、北海タイムスの記者になっているから主人公の野々村は作者の分身ではなく、北大中退で柔道部出身の松田が分身ということなのだろう。

モリちゃんの酒中日記 1月その1

1月某日
川上未映子の「夏物語」が面白かったので、その原形というか「夏物語」の前編とも言える「乳と卵」(川上未映子 文藝春秋 2008年2月)を図書館で借りて読む。「夏物語」は第1部(2008年夏)と第2部(2016年夏~2019年夏)に分かれているのだが「乳と卵」は時期的には第1部とほぼ重なる。「乳と卵」はずっと「にゅうとらん」と読んでいたのだが本のカバーのタイトルには「ちち」「らん」とルビが振ってあった。大阪で姉の巻子と姉の娘の緑子暮らしていた「わたし」は、作家志望の夢を実現されるべく上京、「上野から乗り換えて2駅」の下町で一人暮らしを送っている。常磐線で上野から2駅の三河島界隈が想定される。下町と一口に言っても神田、上野、浅草、日本橋と小説の舞台となった三河島や千住、町屋などは趣を異にする。私の眼には前者は洗練された下町に、後者はディープな下町に映る。小説にはそこらへんはほとんど反映されていないが、「わたし」のアパートの描写や銭湯での入浴場面にそれらしさがうかがわれる。タイトルの乳は巻子が豊胸手術を希望していること、卵は緑子の初潮や「わたし」の生理のことを表している。「夏物語」と「乳と卵」まで10年以上が経過しているが、作家の文体もそれなりに変化しているように感じる。「乳と卵」は饒舌な大阪弁の語り口で、野坂昭如または町田康の文体を思わせるところがある。私は川上未映子という作家がデビュー作以来(私は未読ですが)、人間の性と関係性について真剣に取り組んでいるように感じられるのだ。
正月休みですることもないので、読書のついでにテレビ、そのついでに酒と食事という暮らしを送っている。昨日の大晦日は松重豊の「孤独のグルメ」を楽しんだ。読書は図書館で借りた「日本銀行『失敗の本質』」(原真人 小学館新書 2019年4月)を読む。書名は日本軍を組織論から分析した「失敗の本質」に依っている。私は元からアベノミクスには疑問的だったので本書の論旨には全面的に賛成である。2年で2%という物価目標は達成されないままに時間が過ぎ、実質賃金は良くて横ばい、庶民の実感としては低下している。だが安倍政権の支持率は昨年末でも45%で不支持37%を大きく上回っている。円安が続き株価が経済の実態以上に好調なのも政権の後押しをしているのだろう(この数字は確かNHKの調査だが、朝日新聞の昨年末の調査では、安倍内閣の支持率は38%、不支持率は42%で、1年ぶりで不支持が支持を上回っている)。共産党を含め立憲民主党、国民民主党、社民党の奮起に期待したいところではある。しかし私が本書を読んで最も感じたのは、日本銀行が大量の国債を事実上引き受けているという現状に対する危機感である。今の国債市場は異常と言っていいのではないか?もし日本国債への信頼が揺らぎ国債価格が暴落(金利は高騰)したら日本の財政は破綻する。現在の日本で財政破綻の影響が最も大きい分野は社会保障と公教育、それに国防であろう。介護保険財政が危機に陥りヘルパーさんに給料が払えなくなり、教員や自衛隊員への給料が遅配したらと思うだけでもぞっとするではないか。

1月某日
年末、上野駅構内にある本屋をブラつくと「リベラル・デモクラシーの現在―「ネオリベラル」と「イレベラル」のはざまで」(樋口陽一 岩波新書 2019年12月9が目に付いたので買うことにする。普段は専ら我孫子市民図書館を利用しているが、たまに本屋をのぞくのも悪くない。著者の樋口陽一という人は全く知らない。でウィキペディアで調べると仙台一高から東北大学の法学部に進学、同大学法学部教授を経て東大法学部教授を歴任。上智大学法学部教授や早稲田大学法学部特任教授も務めた。井上ひさしは仙台一高の同級で菅原文太は一年先輩とあった。専門は憲法学、比較憲法学とあった。この本で言う「デモクラシー」とは、一つの公共社会の構成原理であり、「リベラル」は「基本権」で、具体的には思想の自由、表現の自由である(はじめに)。リベラルとデモクラシー以外でも本書を構成する重要な用語として立憲主義がある。「憲法」の本質的役割を権力への制限とする考えを前提にするなら「リベラル・デモクラシー」は「立憲デモクラシー」と重なる、と著者は言う。この本で初めて分かったことがいくつかあるのだが、最初の驚きは明治憲法についてである。伊藤博文は「憲法ヲ創設スルノ精神ハ第一君権ヲ制限シ第二臣民ノ権利ヲ保護スルニアリ」と言っているという。著者は「今でも大学の教養課程の憲法科目の試験の模範答案に」なると評価している。さらに驚くべきは伊藤のこの発言に対して、森有礼文相が反発して臣民の権利を条文に書いてはいけないと言う。森は「臣民ノ財産及言論ノ自由等ハ人民ノ天然所持スル所ノモノ」であって、法によって与えられるものではないと発言している。これは考えようによっては伊藤博文や森有礼のほうが現代日本の安倍政権を支持する人たちよりよほどリベラルである。こういう本に出合えるからたまに本屋をのぞくのも悪くないのである。

1月某日
図書館で借りた「短編集 ダブル SIDE A」(パク・ミンギュ 筑摩書房 2019年11月)を読む。パク・ミンギュは以前「ピンポン」を面白く読んだ記憶がある。内容はまったく忘れたけれど。「ダブル」は「サイドA」と「サイドB」が同時に刊行され、私はどっちも図書館にリクエストした。「サイドA」は前半の3作がリアリズム、後半の6作がSF・ファンタジーだ。リアリズムの3作は結構、面白かったのだがSF・ファンタジーはちょっと私にはハードルが高かった。日本で言えば安倍公房ぽいのかなぁ。「サイドB」は読まずに図書館に返そうと思ったが、訳者解説に「二冊セットで初めて成立する本なので、ぜひ二冊併せて読んでいただきたいと思う」とあったのでとりあえず、リクエストもないようなので「サイドB」は貸し出し期限まで借りておこう。

1月某日
図書館で借りた「リボンの男」(山崎ナヲコーラ 河出書房新社 2019年12月)を読む。書店の店長を務めながら書評を書くなどして年収650万円を稼ぐ「みどり」は、結婚相談所を通して新古書店のアルバイトで生活する小野と結婚する。小野は小野妹子にちなんでみどりから「妹子」と呼ばれる。みどりの妊娠出産を機に妹子は勤めを辞めて専業主夫となる。前半は結婚まで後半はみどりと妹子、息子の「タロウ」の生活が描かれる。この描かれ方がいいんだよね。みどりが出勤した後、妹子とタロウは川沿いの道を幼稚園に通う。川沿いの自然、野草や虫、山から出てきたタヌキ、こうした都市郊外の自然との交流が新鮮だ。妹子は世間から見ると「ヒモ」かも知れないが、みどりからするとタイトルの「『リボン』の男」だ。作者はきっと手塚治虫の漫画「リボンの騎士」を思い浮かべたに違いない。

モリちゃんの酒中日記 12月その4

12月某日
居候先のHCM社が西新橋から東上野へ引越し。私が学校を出て最初に勤めたのが浜松町のオフセット印刷の「しば企画」。江古田の国際学寮で一緒だった村松茂君の紹介だった。「しば企画」には結局、村松君、私、深谷さん、渡辺君と4人の国際学寮OBが入社した。いずれも学生運動崩れで就職先が無かったためだ。私と村松君は写植のオペレーター、深谷さんと渡辺君は印刷担当だった。2年ほどでそこを辞め次が新聞広告で記者を募集していた新建材新聞社で駒込にあった。そこで業界紙の記者を3年ほどやったところで日本プレハブ新聞社に引き抜かれた。同社は新橋烏森口にあって取材先の建設省や通産省にも近かった。そして35歳ころに神田の年友企画に移る。今の上野、御徒町界隈は通勤場所としては初めて。韓国料理の店が多く、近くにアメ横があるせいか外国人観光客もチラホラ。「アジアに開かれた下町」だ。

12月某日
「長寿時代の医療・ケア-エンドオブライフの論理と倫理」(会田薫子 ちくま文庫 2019年7月)を図書館で借りて読む。著者の会田薫子さんには10年ほど前に厚労省の補助金を得て「末期認知症患者への胃ろう増設について」という研究のお手伝いをしたときに出会っている。そのときは東大大学院の特任助教授だったが、今は特任教授になっている。表紙に「現在、日本は世界でトップレベルの長生きできる国であるが、生物学的に長生きすることと、幸せに長生きすることは同じではない。長命が長寿を意味するために医療とケアはどのようにあるべきか、本書で考えたい」という文章が刷り込まれている。この国では長命が長寿を必ずしも意味しないということを言っているのではないか。会田さんは「物語られる命」に着目し、「本人らしさを決めるのは、その人がどのような人生の物語りを生きているかということであろう。その物語りのなかで本人の生活の質の高低も決まる」と述べている。私には「アドバンス・ケア・プランニング」(ACP)の考え方が大変参考になった。ACPは日本老年医学会の定義によると「ACPは将来の医療・ケアについて、本人を人として尊重した意思決定の実現を支援するプロセスである」ということだ。重度重複障害者にも、この定義は当然適用されるべきだと思われるが、傷害故に本人の意思を確認するには一定の困難がある、それをどうするか…。

12月某日
年友企画の総務の石津幸恵さんから事務的な連絡をもらう。ふと思いついて「夜、空いている?」と聞く。「空いている」という返事なので神田駅東口で待ち合わせすることに。編集者の酒井さんも一緒に来たが酒井さんは新婚なので帰宅することに。2人で東口の呑み屋街をうろつくと「BISTRO TARUYA」という看板が目に付いたので入ることにする。女性がやっているお店で、家庭的な雰囲気で値段もリーズナブル。来年、また来よう。

12月某日
上野駅構内の本屋「BOOK EXPRESS」に立ち寄る。「婚活食堂1」(山口恵以子 PHP文芸文庫 2019年9月)が目に付いたので購入、早速読むことにする。人気占い師だった恵は、マネジャーの夫と付き人が不倫の上に事故死したのをきっかけに占い師を廃業、四谷新道通りで「恵食堂」というおでん屋を開業する。常連客の恋愛話と恵の過去が交差する。まぁどうということのない通俗小説なんだけれど巻末に「恵食堂」のメニューのレシピが載っているのが新しい。ちょいとうまそうではある。

12月某日
「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」(ブレイディみかこ 新潮社 2019年6月)を読む。図書館にリクエストしようかと思ったが、大勢の人がリクエストしているようなので有楽町の交通会館の1階にある三省堂で買った。私が図書館を利用するのは経済的な理由もあるが、自宅の本をもう増やしたくないという理由もある。私が死んだら私のささやかな蔵書など遺族(私の奥さんと二人の息子)にとっては無用の長物以外のものではないと思うからである。終活の意味も含めてそろそろ本の処分を真面目に考えないとね。
今年の私の読書の収穫と言えばこの本の著者のブレイディみかこと「夏物語」の川上未映子に出会えたことである。ブレイディみかこは10月に図書館で「女たちのテロル」(岩波書店)を借りて以来。「女たちのテロル」は日本、イギリス、アイルランドの3人の女性テロリストに関するエッセーなのだが、題材にも文体にも魅かれるものがあった。「女たちのテロル」を読んでから、朝のNHKテレビを見ていたらブレイディみかこが生出演していたのを見かけ、「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」が今年の本屋大賞のノンフィクション本の大賞を受賞したことを知った。
ブレイディみかこは福岡の進学校として有名な修猷館高校を卒業後、イギリスに渡り、アイルランド系のイギリス人と結婚、保育士となって男児を出産。この男の子がカトリックの進学校に進学し、中学も同じカトリックの中学に進学すると思われたが元底辺中学を希望する。息子の元底辺中学での日常とブレイディみかこが暮らすイギリス南部の町ブライトンの日常が描写される。書名は息子のノートへの落書きに由来するが、ふたつのアイデンティティを持つ息子の気持ちがよくあらわされている。私がこの本を読んで一番考えさせられたのが多様性ということである。日本は農耕民族で他国から侵略されたことがほとんどないこともあって、自分と異なる者に対する警戒感、差別感は強いように思われる。外国人、とくに中国人や韓国人、在日朝鮮人、アジア人、アフリカ系の人に対する差別ね。沖縄で基地を警備する機動隊員が抗議する現地の人たちを「土人」と呼んだりしたこともあった。ブレイディみかこは純粋に東洋人の顔立ちだから「チンク」(中国人に対する蔑称)と呼ばれたりする。息子も雑貨屋の前で友だちを待っていると「ファッキン・チンク」と叫ばれたりする。福岡に里帰りすると欧米系の顔立ちで日本語がしゃべれない息子への差別も経験する。私たちは多様性の尊重を真剣に考えていかなければならないと思う。それは人種や民族による差別だけでなく障害者差別についても言えることなのだ。

12月某日
我孫子駅前の「七輪」で元年住協の林弘幸さんと呑むことにする。林さんは新松戸に住んでいるがわざわざ我孫子まで来てくれることに。林さんとは一緒に仕事をしたことはないけれど、「妙に気の合う」間柄が20年近く続いている。利害関係のない付き合いのほうが長続きするんだよね。他愛のない話で3時間はあっという間に過ぎた。

モリちゃんの酒中日記 12月その3

12月某日
16時から高田馬場で打ち合わせ。途中、大谷源一さんに電話して18時に日暮里駅で待ち合わせる。日暮里駅の近くで大谷さんとよく行っていた居酒屋がうどん屋に代わっていた。近くのビルの地下の「手打蕎麦とお山」に入る。瓶ビールを頼んで乾杯。グラスが江戸切子風でなかなか風情がある。ワカサギの天ぷらや鴨肉などつまみや日本酒も揃っていて、この店は当たりです。この店はトイレも清潔、店の女の子も感じが良かった。◎です。

12月某日
大谷源一さんと厚労省で待ち合わせ横幕章人審議官に面談、隣の部屋の八神審議官に「地方から考える社会保障フォーラム」のパンフレットを渡す。HCM社に戻って2人で虎ノ門から四ツ谷駅へ。四ツ谷駅で高本真佐子さんと合流、3人で上智大学の吉武民樹先生の部屋を訪問。吉武先生の部屋にはいずれも厚労省OBの霜鳥一彦船員保険会会長と稼農和久看護大学教授が来ていた。吉武先生の案内で大学構内のクルトゥハイム聖堂を見学に行く。この聖堂は元は軍人のための邸宅として明治29~30(1896~97)年に建築されたもので、明治45(1912)年にイエズス会が購入した。現在はチャペルとして使われている。詳しくは知らないがプロテスタントの教会は偶像崇拝が禁じられていることもあってか、正面に十字架が掲げられているくらいで極めて簡素。それに対してカトリックは十字架に磔にされたイエス像をはじめ祭壇のしつらえなど荘厳な雰囲気満載。教義は別にして教会の雰囲気という点からすると私は断然、カトリック。上智大学の教官専用の喫茶室で私はコーヒーを、私以外はビールやワインなどをご馳走になる。吉武さんの研究室に戻った後、大学近くの「隠れ岩松」という呑み屋へ向かう。ここは長崎のうどん屋のアンテナショップで島原の食材が自慢。吉武さんの同僚の栃本一三郎先生も合流して島原の味を楽しんだ。

12月某日
図書館で借りた「トラジャ-JR『革マル』30年の呪縛、労組の終焉」(西岡研介 東洋経済新報社 2019年10月)を読む。600ページを超える大著。旧国鉄時代から動労は革マル派の牙城だったが、国鉄が分割民営化後もJR総連参加の各労組は革マル派の影響下に置かれた。動労以来の卓越した指導者、松崎明が死亡して以降、革マル派の影響力は次第に低下し、昨年JR東労組は3万5000人の組合脱退者を出す事態に至る。要するに「組合員のため」という労働組合の原点から遊離して革マル派の党派的な利害を優先させたことが、大量脱退者を出した原因であろう。読んでいて気分は良くなかったね。

12月某日
家にあるけどまだ読んでいない本がある。死んだときまだ読んでいない本があったら「もったいない」と思うかな。よくわからないけれどこれも「終活」の一環として考えられないこともない。この前、読んだ川上未映子の「夏物語」が面白かったので、家にあった川上未映子の「ヘブン」(講談社 2009年9月)を読むことにする。定価は1400円だったが、裏表紙の見返しに浅川書店という古本屋の300円の値札が貼られていた。本文が始まる前、本扉の裏にセリーヌ「夜の果てへの旅」の「それは第一、これは誰にだってできることだ。目を閉じさえすればよい。すると人生の向こう側だ」という一節が引用されている。本文を読了した後に改めてこの一節を読むと「あぁ」と何となく納得した気持ちになる。主人公は中学2年生の僕。クラスメートの二ノ宮や百瀬の日常的な苛めにさらされている。もう一人クラスで苛めにあっているのが女子のコジマである。二人はメモを交換するようになり、学校の外で会ったりするのだがその間も陰湿な苛めは続く。苛めの描写が何とも凄い。苛めのシーンが続くと読書を中断、いったんほかのことをしてから読書に戻るほどだった。私の考えでは川上未映子は苛め問題を書きたかったわけではなく苛めを通して人間の存在に迫りたかったのだと思う。そしてそれはある程度成功しているのではないか。もう一つ書いておきたいのは苛めを除くとこの小説は僕とコジマの初々しい恋物語であるということだ。ひどい苛めに晒されながら人間は恋をできる。そしておそらくひどい苛めの加害者も恋におちることはある。人間存在の不思議だよね。

12月某日
セルフケア・ネットワークの高本真佐子代表と横浜市の社会福祉法人キャマラードが運営するグループホームを訪問。キャマラードは重度重複障害者のグループホームやデイサービスを運営している社会福祉法人で、今回私が訪問するのは2回目。高本代表は何度も来ているようで職員とも顔なじみだ。重度重複障害というのは知的障害と身体障害のように異なる障害を併せ持つことを言うようで、私はその存在をキャマラードに来るまで知らなかった。今日は24日で夜は上智大学のクリスマスミサに吉武民樹先生に誘われているのだが、高本代表は体調が悪くキャンセル。私一人で上智大学の吉武先生の部屋を訪ねる。2人でミサが行われる講堂に移動、ここは先日、訪日されたフランシスコ教皇がミサを行ったところだそうだ。讃美歌を歌い司祭の説教を聞く。無宗教の私も敬虔な気持ちになる。上智大学からタクシーで市ヶ谷のスペインレストラン「セルバンテス」に移動、大谷源一さんと合流する。クリスマスイブというのにレストランは閑散としていた。店の人によると最近はイブよりもクリスマス当日が混むようで、この店も明日は満席とのことだった。

モリちゃんの酒中日記 12月その2

12月某日
図書館で借りた「夏物語」(川上未映子 文藝春秋 2019年7月)を読む。人気のある小説らしく裏表紙に「この本は、次の人が予約してまっています」という「おねがい」の紙が貼られていた。で、なるべく早く読もうと努力したのだが四六判で540ページを超える分量があり、読み終えるまで土日を挟んで4日かかってしまった。とても面白い小説だった。登場人物からすると川上の芥川賞受賞作「乳と卵」の続編らしいが、私は未読。読んでみたいと思う。小説は「第1部 2008年夏」と「第2部 2016年夏~2019年夏」に大きく分かれる。第1部では主人公の夏目夏子は30歳、大阪出身で東京の三ノ輪に住む作家志望の女子である。第2部はほぼその10年後、夏子は作家デビューを果たすがなかなか第2作を完成させられない。この小説の特徴の一つは主要な登場人物がほぼ女性。夏子の姉、その一人娘、夏子の担当編集者、夏子の友人の女性作家、以前バイト先の同僚だった女性。この小説のテーマが女性性としての妊娠、出産なので当たり前なのだけれど。テーマを際立たされるために作家が選んだのが非配偶者間人工授精(AID)だ。夏子はAIDで生まれた青年医師の逢沢との子をAIDにより妊娠、出産する。ラストは出産シーン。「元気な女の子ですよと声がした。わたしの両目からは涙が流れつづけていたけれど、それが何の涙なのかわからなかった。わたしが知っている感情のすべてを足してもまだ足りない、名づけることのできないものが胸の底からこみあげて、それがまた涙を流させた」「どこにいたの、ここにきたのと声にならない声で呼びかけながら、わたしはわたしの胸のうえで泣きつづけている赤ん坊をみつめていた」。感動的であるが子どもを産んだことがない私には今一つ実感がともなわないのであった。

12月某日
セルフケア・ネットワークの高本真佐子代表に借りた「うしろめたさの人類学」(松村圭一郎 ミシマ社 2017年10月)を読む。著者の松村圭一郎という人の本を読むのも初めてならミシマ社という出版社の本を読むのも初めてだ。しかし一読して著者の知性と鋭い感性に驚いた。で改めて奥付を見ると初版第一刷が2017年10月で2019年4月に初版第九刷が発行されている。売れているのである。著者の松村圭一郎は1975年生まれ、京都大学の総合人間科学部卒業後、同大学大学院博士課程修了、現在は岡山大学の准教授である。著者の専攻する文化人類学には全く疎いのだが恐らく「人間とは何か探求する学問」と言ってもそう外れていないのではないか。で文化人類学者は先進国からすれば未開とされる地域に滞在してフィールドワークを通じて「人間とは何か」を考察することになる。著者がこだわったものの一つが交換と贈与だ。人類は貨幣が発明される以前はモノとモノの交換、つまり物々交換によって必要なものを手に入れていた。貨幣の登場によって貨幣を媒介させることによって必要なものを手に入れるようになった。ところが人類は交換とは別に贈与という慣習を持っていた。産業化、資本主義化が進展することによって贈与の慣習はすたれていくが発展途上国にはその習慣は色濃く残っている。著者はエチオピアの庶民との交流を通してそのことを確認していく。と同時にバレンタインデーや冠婚葬祭を通して先進国、日本にも贈与の習慣が立派に残っているという。バレンタインデーのチョコの値札が付いていないのも結婚式の祝儀もむき出しの万札でないのもそれが贈与であるからなのだ。著者が最初にエチオピアを訪れたのはまだ20代の頃だが、その体験も本書で一部明らかにされている。これがまたいいんだよなぁ。

12月某日
虎ノ門で足利聖治さんとの打ち合わせが終わり19時。ちょいと行こうかということで飯野ビル地下1階の飲食店街へ。「信州酒房 蓼科庵」に入る。長野の日本酒がたくさん置いてあるので私は「真澄」を頂く。足利さんは三種類の地酒がセットになっているのを頼んでいた。日本人はやはり日本酒ということです。足利さんは九州の大分は杵築市の出身。実家は禅宗のお寺で僧侶の資格も持っていると以前に聞いたことがある。私の母方の祖父が大分出身ということもあって大分の話を楽しく聞かせてもらった。

12月某日
図書館で借りた「ファースト クラッシュ」(山田詠美 文藝春秋 2019年10月)を読む。ファースト クラッシュとは初恋の意味。裕福で恵まれた三人姉妹のもとへある日三人姉妹の父に連れられて少年がやってくる。少年は父の愛人の子供で愛人が亡くなって天涯孤独となった少年を父が引き取ったのだ。父と母と三人の娘、しかも裕福。父は女性にもてて愛人の一人や二人がいたとしてもそれは男の甲斐性というシチュエーションのもとに小説は進行する。父は仕事と情事に忙しく家庭ではあまり存在感がない。母親とお手伝いの女性、それに三姉妹という「女性だけの空間」に異物としての少年が突如、闖入者として現れる。三人姉妹それぞれ、及び母親とお手伝いが異物にどのように反応していくか、が小説のテーマである。それはあたかもビーカーの中での化学反応の実験を見るようでもある。そういう感じ方をしたのは私だけかもしれないが、山田詠美ってうまいなぁ。

12月某日
図書館で借りた「旧友再会」(重松清 講談社 2019年6月)を読む。重松清は人気のある作家でこの本も図書館で7人がウエイティングしている。土日で読んで日曜日には返却しようと思う。本書には3編の長めの短編、1編の中編と短めの短編が収録されている。共通するのは少子高齢化、衰退する町かな。それぞれが味わい深いのだが、ここでは唯一の中編「どしゃぶり」を取り上げる。中国地方の中都市で家具屋を営む伊藤ことヒメは中学時代に野球部でバッテリーを組んだ松井の訪問を受ける。松井は進学校に進み、東京の有名私大に進学、東京に本社のある商社に就職した。松井が帰郷したのは故郷で一人暮らしする母親を引き取り、併せて誰も住む人が居なくなる実家を処分するためだ。野球部のキャプテンだった小林は地元に残り、今は3人の母校、城東中学の教頭を務めている。野球部の顧問の先生が交通事故に遭い、松井は母校の野球部の臨時コーチを引き受けることになる。3人が野球部の現役だったころ、上下関係は厳しく今ではパワハラと受け止められかねない状況もあった。ヒメの長男も野球部だが上級生をクン付けで呼び、技量が劣るヒメの長男も代走や代打で出番を与えられる。松井はこのような「ぬるい」野球部に喝を入れるべく指導にまい進するのだが。「ぬるい」雰囲気は部員だけでなく父兄会にも広がり、松井への不満は高まる。高校で甲子園を目指すわけではないのだから「楽しくやろう」というのが部員や父兄会の考え。臨時コーチの松井が采配を振るった試合で城東中は逆転で惨敗する。試合後、円陣を組んだ部員たちに松井は「ちゃんと悔しがることができないと、いつかおとなになってから後悔するぞ、だから負けたときぐらい、しっかり悔しがれ」という。しかしもちろん部員たちには理解されない。重松清は松井の考え方に共感を示しながらもどちらに軍配を上げようとはしない。そこが私の重松の作風が好きな理由かもしれない。