モリちゃんの酒中日記 9月その2

9月某日
「楽しく読むだけでアタマがキレッキレになる奇跡の経済教室【大論争篇】」(中野剛志 KKベストセラーズ 2022年3月)を読む。著者は現役の経産官僚で1971年生まれ、東大教養学部(国際関係論)卒業後、通産省に入省。影響を受けた人物に小林秀雄、佐藤誠三郎と並んで西部邁を挙げている(ウイキペディアによる)。本書を私なりに要約すると月刊誌「文藝春秋」の2021年の10月号に掲載された矢野康治財務次官の「財務次官、モノ申す『このままでは国家財政は破綻する』」という論文(通称矢野論文)を批判するかたちをとりながら、日本の経済学者や政治家を徹底的に批判した書である。矢野論文を私は未読だが、本書によると「財政出動や減税を求める与野党の政治の議論を『バラマキ合戦』と批判した上に、こんなことでは日本の財政はいずれ破綻すると警鐘を鳴らし、『タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなもの』」という内容だ。一言でいえば財政健全化論で、内容的に別に新しいものではない。ただ現役の財務次官が「文藝春秋」に寄稿したということで話題を呼んだ。
著者はMMT(現代貨幣理論)や「機能的財政」という考え方を参考にしながら、「政府は、国庫が空っぽでも、お金を無尽蔵に生み出すことができるのです。(念のために付言すると、インフレを気にしなければ、ですが)」と主張する。これはつまり、国債をどんどん発行して国の借金を増やすべきだ、という考えである。そして「防災、健康・医療、防衛、環境対策、教育など、政府として当然やるべき仕事をやるために、財政支出を拡大すれば、需給ギャップは埋まって、経済は成長する」とも主張する。過激でトンデモ経済理論にも受け取られかねないが、著者の主張には「インフレを気にしなければ」という留保が付いていることに着目すべきだろう。さらにMMTや機能的財政論の他に著者の思想の根底にはケインズの思想があることにも注目したい。どうも私たちは国の財政を家計とのアナロジーで考えがちである。「家計の収入の10数年分の借金を抱える日本財政」とかね。しかし国は通貨の発行権を持っている。家計にはもちろんそれがない。ロシアのウクライナ侵攻以前であれば私も著者の考えに全面的に賛成をしたであろう。しかし、ウクライナ侵攻以降、円安は進み原油や小麦などの輸入物価は高騰している。世界的なコストプッシュインフレが進んでいる。この段階での著者の見解を聞きたいものだ。

9月某日
午前中、近所でマッサージ治療を30分受けた後、柏へ。頂いた商品券で柏高島屋でウイスキーを購入するためだ。高島屋ではバーボンのMARKERSMARKを購入。アルコール度数45度だ。柏では他にどこにも寄らず我孫子へ。我孫子では近所の蕎麦屋、湖庵で蕎麦を頂く。家へ帰って「赤い長靴」(江國香織 文春文庫 2008年3月)を読む。単行本は2005年1月で出ているから15年以上前の作品。結婚10年になる日和子と逍三の日常を描く連作短編集。二人には子供はいない。結婚前や新婚時代のような強い恋愛感情は消えていて、しかも子供はいない。そんな夫婦関係は何によって成立しうるか、というようなことを考えさせられた。作家の青木淳悟という人が解説で「家庭の平穏さのその底では、二人の心理が絶えずゆれ動き、浮き沈みしている」と表現しているが、まさにそんな感じだ。

9月某日
「そばですよ-立ちそばの世界」(平松洋子 本の雑誌社 2018年11月)を読む。本の雑誌に連載していたものを単行本化したもの。平松洋子が都内の立ち食いそばを訪ね、実際にそばを食しつつ家族のファミリーヒストリーに迫る。私は立ち食いそばをほとんど食べたことがなかったのだが、この本を読んでその奥深さを垣間見ることができた。川一(台東区台東)、そばよし(中央区日本橋本町)、峠そば(港区虎ノ門)には行ってみたい。そして新潟のへぎ蕎麦に加えて日本酒も提供するがんぎ新川一丁目店には17時以降ぜひ。

9月某日
某財団法人の「保健福祉活動支援事業」運営委員会に参加。この財団法人は公益事業の一環として介護事業者やヘルパー向けにセミナーを実施したり、調査研究事業の助成を行っているが、その報告を受けてコメントするというものだ。介護現場での人手不足はかなり深刻なようで、「ICTやロボットの導入が急がれますね」という無難なコメントをしておいた。某財団法人の近くにある法律事務所に寄って情報交換。その後、千代田線の霞が関から我孫子へ。我孫子駅北口の南フランス料理とワインのお店「Bistoro Vin‐dange」(ビストロ・ヴァン・ダンジュ)で神山弓子さんと大谷源一さんと会食。神山さんにすっかりご馳走になる。

9月某日
「そばですよ」に続いて平松洋子の「食べる私」(文藝春秋 2006年4月)を読む。「そばですよ」は立ち食いそばの食べ歩きだが、こちらは著名人と食の関りを、平松洋子がインタビューで明らかにしてゆく。もともとは「オール読物」に連載されていたもので、インタビューした著名人はデーブ・スペクターから樹木希林まで29人。食文化や発酵学が専門の小泉武夫をインタビューしたのは神田の「鯨のお宿 一乃谷」。これは前の会社にいたときランチで何回か行きました。「食べる」という行為は人間、人柄が出るものだということを知らされる一冊。

モリちゃんの酒中日記 9月その1

9月某日
「暗鬼」(乃南アサ 文春文庫 2000年10月)を読む。初出は1993年角川文庫である。たまたま図書館で目にした本だが、新聞やテレビ、週刊誌で話題となっているカルト宗教を思い起こされる内容となっている。両親、弟妹、祖父母に曾祖母という大家族が同居する一家に嫁いだ法子が主人公。東京郊外の小金井に広壮な屋敷を持ち他に何軒かの家作を持つ婚家の本業は米屋で、米穀以外にも燃料や調味料も扱っている。家族仲は睦まじく法子も何不自由のない生活を送っている。ある日、店子の一家が無理心中で亡くなるまでは。以下、中村うさぎの解説に沿ってこの小説の中身を見てみたい。中村は「家族とは、ひとつの宗教である」と断言し、「その教義や秘儀は、多かれ少なかれ、他者を戸惑わせるモノなのである」とする。私は毎晩の晩酌を欠かせない。私の実家もそうであったし、私の連れ合いの父上も酒飲みであったから、連れ合いも私の飲酒には好意的(?)である。しかし酒を呑む習慣のない家で育った女性と結婚していたらどうであろうか、そうとう悲劇的な晩飯風景となったのではなかろうか。中村はこの小説を「『家族という名の宗教団体』の得体の知れない暗闇を、外部からの闖入者である『嫁』の目を通して、きわめてミステリアスにグロテスクに描いている」とする。安倍元首相を狙撃した容疑者の母親は旧統一教会の信者となって教団への献金を繰り返し、家庭は崩壊した。中村は「時代とともに、日本の家族は解体した」とし、「家族を失うことで、我々は宗教を失」い、そして「新たな宗教観・世界観を求めて」「新興宗教や自己啓発セミナーに逃げ込んだ」と指摘する。1993年が初出のこの小説は、カルト宗教の現在を予感させるのである。

9月某日
「昭和史講義【戦後文化篇】(下)」(筒井清忠編 ちくま新書 2022年7月)を読む。この新書の袖には「『昭和史講義』シリーズの最終配本となるこの戦後文化篇の下巻では、さまざまなジャンルの映画作品とそれをつくった監督たち、テレビドラマからアニメ、雑誌に至るまで、百花繚乱のメディア文化を、19の観点から第一線の研究者がわかりやすく解説する」と綴られている。私の家に白黒テレビが入ってきたのは私が小学校の4,5年生の頃だったと思う。それまでの娯楽といえば漫画雑誌、トランプなどの室内ゲーム、空き地でのチャンバラそして映画であった。今でこそほとんど観なくなった映画だが、中学生くらいまでは夏休みや冬休み、GWには必ずといっていいほど映画館に行っていた。本書にも出てくる「ゴジラ」「明治天皇と日露大戦争」「若大将シリーズ」などは映画館で観た記憶がある。今でこそ映画監督は大学出が常識で、大島渚は京大、山田洋次は東大である。しかし本書によると、成瀬巳喜男も小津安二郎も木下恵介も黒澤明も大学を出ていない。「撮影所で育った叩き上げである」(第3講 成瀬巳喜男)。本書によれば劇作家の菊田一夫も大学出ではない。菊田は大学どころか「生地も実の両親も明らかではない。(中略)転々とした前半生なので、各地でゆかりの作家として紹介されている」(第13講 菊田一夫-歯を喰いしばる人生)。私は大学に入学すると再び映画を観るようになった。主として東映の仁侠映画である。本書によれば東映の「人生劇場・飛車角」(沢島忠監督 1963年)が仁侠映画の最初となっているが、1968年か69年に確か早稲田松竹で観たはず。シリーズの昭和残侠伝、網走番外地(いずれも高倉健主演)、緋牡丹博徒(藤純子主演)も観たねぇ。日本初の本格的劇場用アニメ「白蛇伝」も小学生の頃、劇場で観た。同作は東映動画の制作だが、「NHK朝の連続テレビ小説「なつぞら」(2019)の主人公・奥原なつのモデルとなったのは、東映動画に所属したアニメーター・奥山玲子である」(第15講 東映動画とスタジオジブリ)。

9月某日
「セカンドチャンス」(篠田節子 講談社 2022年6月)を読む。惹句に曰く「50歳を過ぎても、敗者復活(セカンドチャンス)の大逆転!」「麻里、51歳。長い介護の末母親を見送った。婚期も逃し、病院に行けばひどい数値で医者に叱られ、この先は坂を下っていくだけと思っていたが…」「水泳教室に飛び込んだら、人生がゆるゆると転がりだした」「人生、まだまだ捨てたもんじゃない」。主人公の通うスポーツジムは「プレハブのようなかまぼこ形屋根の平屋建てだ」。大手のスポーツジムとは大違い。主人公と主人公が通うジムにはポンコツ手前という共通項があるのだ。しかし主人公を加えた4人のチームはマスターズでの入賞を果たす。

9月某日
「新選組の遠景」(集英社 野口武彦 2004年8月)を読む。著者の野口武彦は1937年東京生まれ。早稲田大学文学部卒業後、東京大学大学院博士課程中退。神戸大学文学部教授を経て著述業。本書はタイトル通りに新選組のちょっとしたエピソードを残された資料から検証していく。近藤勇、土方歳三、沖田総司らは剣の遣い手として知られているが、彼ら3人の属した剣術の流派は天然理心流である。この流派は「剣術・柔術・棒術・気合術を総合した武術」で「勝つためには何でもやる下卒の兵法なのである」。また天然理心流は集団戦法を得意とした。近藤や土方は三多摩の農家の出身で「新選組には農村自警団の延長といった一面がある」。幕末、京都における過激派浪士の取り締まりには打ってつけと言える。新選組だけでなく幕軍全体が鳥羽伏見の戦いで薩長らの官軍に敗北する。これが戊辰戦争の行方を決定づけるのだが、土方は「武器は鉄砲でなければだめだ。自分は刀と槍で戦ったが、何の役にも立たなかった」と述懐している。土方は会津、蝦夷と転戦するが鳥羽伏見の戦いを教訓にして銃を中心とした近代戦に切り替えていく。野口武彦が早稲田大学在学中はちょうど60年安保の最中で、野口は日共の構造改革派リーダーだったという。

モリちゃんの酒中日記 8月その2

8月某日
図書館で借りた「まっとうな人生」(絲山秋子 河出書房新社 2022年5月)を読む。フツーの人の人生に潜む楽しさと辛さ、それを絲山秋子は暖かい目線で描く。自身の「双極性障害」の病歴の影響もあるのだろうと思う。本作は前作「逃亡くそたわけ」で福岡の精神病院を逃げ出したなごやんと花ちゃんがその後、富山で再会するという話。互いに家庭を持って平和に暮らしているのだが…。平凡な暮らしを描いて一編の小説に仕上げる―それが絲山の作家的力量である。ただ私は「逃亡くそたわけ」を読んだ記憶がない。今度、図書館で借ります。

8月某日
学生時代からの友人、馬木君が亡くなった。同じ寮にいた加賀(旧姓木下)さんからの電話で知った。西武池袋線の江古田駅の近くにあった国際学寮で馬木君とは出会った。学生運動で逮捕され、私は前に住んでいた下井草のアパートに居づらくなり、先輩のいた国際学寮に引っ越した。馬木君は初めて会ったときは上智大学の1年生、私は早稲田の2年生。ただ国際学寮では馬木君の方が先輩だった。学生時代からよく呑んだしバイトも一緒に行った。大学を卒業してから馬木君は新潟のテトラポットの会社を皮切りに、肉の卸会社や千葉のマザーズ牧場などで働いていた。私も同じようなものだが、要するに職を転々としていたわけだ。馬木君は30歳を過ぎてから鍼灸の専門学校に通い、鍼灸師の国家資格を取得し、自宅のある荒川区で鍼灸院を開業した。ケアマネジャーの第1回の資格試験に合格し、ケアマネ事業所、訪問介護事業所、デイサービスを次々と開業させた。女子医大病院で助産婦をしていた奥さんも退職して、一緒に訪問看護事業所も始めた。事業は順調のように見えたのだが、癌には柔道の猛者だった馬木君も勝てなかった。冥福を祈る。

8月某日
「歴史のなかの新選組」(宮地正人 岩波現代文庫 2017年6月)を読む。宮地は1944年生まれ、東大史料編纂所教授、国立歴史民俗博物館館長を経て、東大名誉教授。私は同氏の「幕末維新変革史」(岩波書店)を購入、幕末から明治初期で分からないことがあると確認するのに重宝している。本書は幕末の著名人はもちろん、市井の庶民の書簡など史料の引用が多い。それは本書の目的の一つが「新選組論における、歴史学の時代小説からの訣別を試みるところにあり、そのためには、徹頭徹尾、史料をもとにして論を展開することが求められるからである」(前置き)としている。近藤勇の書簡も引用されているが、粗野な武人と思われがちな近藤の豊かな教養人としての一面が伺われる。近藤は土方歳三と共に多摩の豪農の出身、剣は天然理心流を学んだが、書をはじめ学問もそこそこ学んだに違いない。近藤は最後、現在の千葉県流山で捕らえられ板橋で斬首される。本書では「近藤は、この場において動揺するような恥ずかしい男ではなかった。新政府は薩長二藩の私的権力であるといいはなち、従容として斬首された」(第8章)と描かれる。

8月某日
馬木君の通夜。町屋斎場へ向かう。友野君、井上さん、渡辺さんといった国際学寮の懐かしい顔に出会う。3人に加えて同じ国際学寮の豊島さん、鈴木さん、それに私を加え6人で呑むことにする。町屋といえば「ときわ食堂」なのだが、あいにく満席だったので隣の蕎麦屋へ入る。当然、話題は「馬木君とあの時代」。私が国際学寮に入寮したのは1969年の年末、退寮したのは卒業した72年3月だ。2年の3学期と3年と4年まるまる国際学寮にいたことになる。学問はまったくしなかった。国際学寮から大学院に進んだ人も何人かいたから、学問に真面目に取り組んでいた人もいた。馬木君や井上さんと土方のバイトに良く行った。土方のバイトは北千住の水野勝吉さんのもとで働くのだ。水野さんと僕らの出会いは1969年4月28日の「4.28沖縄デー」に遡る。この日、ブンドのデモに参加してパクられた国際学寮の森君と警官に暴行してパクられた水野さんが同房だったのだ。留置場でのリンチの証言を求められたのがきっかけで二人は仲良くなり、国際学寮から何人もの学生が土方のバイトに行くことになる。馬木君の通夜が縁で集まった6人、同時代を生きたんだよね。井上さんが「馬木の会」としてまた集まろうと言っていた。賛成。

モリちゃんの酒中日記 8月その1

8月某日
「橋川文三とその浪漫」(杉田俊介 河出書房新社 2022年4月)を読む。本文だけでも500ページ近くある。橋川文三は1922年に生まれ1983年に亡くなっている。東大で丸山眞男門下、近代日本思想史を専攻、明治大学政治経済学部で教える。代表作は「日本浪漫派批判序説」で私の学生時代は吉本隆明などと並んで人気があった。本文の構成は「序章 橋川文三にとって歴史意識とは何か」に続いて、「第一章 保田與重郎と日本的ロマン主義」「第二章 丸山眞男と日本ファシズム」「第三章 柳田国男と日本ナショナリズム」「第四章
三島由紀夫と美的革命」となっている。それぞれ興味深かったが私には「三島由紀夫」の項が面白かった。三島由紀夫は1925年生まれ、1970年11月25日に自衛隊の東部方面総監部で隊員に決起を呼びかけた後、割腹自殺した。橋川と三島は3歳違いだが、橋川は1月1日生まれだから学年は2学年の違いか。吉本隆明は1924年生まれだから三人はほぼ同年代の戦中派ということになる。とはいっても三人の先の大戦への評価や天皇制の捉え方は異なる。三島は橋川に共感するところが大きかったが、晩年には微妙なずれを感じるようになる。それはそれで面白いところがある。この本はまた読み返してみたい。

8月某日
「ギフテッド」(鈴木涼美 文藝春秋 2022年7月)を読む。今年の芥川賞の候補作である。作者の鈴木は慶応義塾大学環境情報学部在学中にAV女優としてデビュー、東京大学大学院社会情報学修士課程修了。上野千鶴子との共著もある。本作は作者の分身と思われるホステスの「私」が末期がんの母親を引き取り、病院で看取るという物語である。おそらく自らの体験をもとにして描いているのだろうが、リアルを超えた奇妙な透明感がある。その透明感の底に危うさを感じてしまうのは私だけだろうか。

8月某日
小学校以来の友人、山本君が我孫子まで来てくれた。山本君は中学も高校も一緒。演劇志望で高校卒業後に上京、劇団員として活動した後に劇場の照明の仕事を続けていた。数年前に仕事も引退、いまは悠々自適である。我孫子駅前の「しちりん」に同行。最近、他人と呑むことが少ないので楽しかった。山本君から自家製の野菜と佐藤愛子のエッセーを頂く。

8月某日
「職業としての官僚制」(嶋田博子 岩波新書 2022年5月)を読む。著者の嶋田は1964年生まれ、96年京都大学法学部卒、人事院入庁、人事院人材局審議官等を経て現在、京都大学公共政策大学院教授。タイトルはマックス・ウェーバーの「職業としての学問」を意識したそうだが、内実のあまり知られていない日本の官僚制の一端を知ることができた。英米独仏と日本の制度比較も興味深かった。個人的な感想ですが日本の役所も他省庁や民間との交流人事をもっと進めた方がいいかも。あと本書では触れられてはいないが技官の存在にもスッポトを当ててもらいたい。厚労省でいえば医者、看護師、薬剤師らが技官として事務官と伍して仕事をしている。私がよく知るのは旧建設省の住宅技官。私の知る限り仕事ができるんですよ。

8月某日
「人生百年の教養」(亀山郁夫 講談社現代選書 2022年4月)を読む。亀山郁夫は1949年栃木県生まれ、東京外語大学ロシア語学科卒業、東大大学院人文科学専攻科博士課程満期終了。東外大の学長を務めた後、現在は名古屋外国語大学学長。私とほぼ同年齢。私は一浪して早稲田だが、彼は現役で東外大だから大学は同学年。入学しても大学封鎖で授業がなかったのも同じ。ただし彼は授業がないから独学でロシア語を学び、大学3年生の夏休みに「罪と罰」を原書で読んだ。私も第2外国語はロシア語を選択したが全然、勉強しなかった。高い学費を親に払わせて校舎を封鎖し、革マル派と激しく対立する毎日。やったことは後悔していないが、もっと勉強しておけばとよかったと痛切に思います。

モリちゃんの酒中日記 7月その3

7月某日
図書館で借りた「日本共産党-『革命』を夢見た100年」(中北浩嗣 中公新書 2022年5月)を読む。日本共産党は1922年7月15日、堺利彦や山川均ら8名によって正式に結成された。そのほかの創立メンバーには荒畑寒村、徳田球一らがいた。それからの100年を概説したのが本書である。著者の中北は1968年生まれ、東大法学部、同大学院博士課程中退、立教大学教授を経て2013年より一橋大学大学院教授。「あとがき」で本書を坂野潤治先生に捧げると記している。坂野先生は日本近代史の泰斗(1937~2020年)、東大国史学科では樺美智子さんの先輩で60年安保ブンドの指導者のひとりだった。私は坂野先生の本は何冊も読んだがとてもわかりやすくて実証的だった。明治時代の自由民権運動、大正デモクラシー、昭和初期の立憲政治について学ぶことは多かった。
本書で私は初めて日本共産党の通史を読んだ。私は学生時代、反日共系の学生運動に参加していたので日本共産党とその青年組織の民主青年同盟(民青)とは敵対していた。敵対していたが当時の早稲田大学は革マル派の牙城で、我々、全共闘派の学生にとっては革マル派が主要な敵であって、民青は「その他」であった印象である。本題に入ると、戦前、さらに戦後も1960年代までは共産党もソ連共産党、中国共産党の支配下にあった。思想的、理論的にはもちろん財政的にもソ連や中国からの援助に頼っていた。そもそもロシア革命後、1919年に第1回のコミンテルン大会が開催され、各国共産党はその支部とされたから、コミンテルンが廃止される1963年までは組織上も、ソ連共産党の指導を受けていた。六全協以降、党内の指導体制を確立させた宮本顕治は中ソ対立の当初は、中国共産党寄りだったが、ソ連、中国双方に批判を強め自主独立路線をとり始める。
宮本は「国際共産主義運動の支援を受けて暴力革命を遂行するのではなく、日本国民の支持を得て大衆的な党組織を建設し、国会で議席を増やして平和革命を実現する」路線を確定させる。50年前反日共系の学生運動は、量的にも理論的にも日共系を凌駕していたと思うが、50年後残っている反日共系の党派は革共同の中核派、革マル派くらいのものであろう。日本共産党は100年かけて大きく変化したことは間違いない。しかしだからといって日本革命に向けて大きく前進したというわけでもない。直近の参議院選挙でも日本共産党は議席を減らした。党員数も機関紙「赤旗」の購読者数も減っている。著者は①イタリア共産党のような社会民主主義への移行②マルクス主義を含む多様な社会主義イデオロギーに立脚し、直接的な市民参加に活動の力点をおく民主的社会主義への移行-もあり得るのではと示唆する。どうする日本共産党?

7月某日
「両手にトカレフ」(ブレイディみかこ ポプラ社 2022年6月)を読む。どのような内容なのか、まったく知らずに著者がブレイディみかこという理由で我孫子市民図書館にリクエストした。表紙は金髪の制服女子と黒髪の和服の女子が手をつないでいるイラストだ。イギリスの公営住宅にアル中でドラッグ中毒の母と小学生の弟と住むミアが主人公。ミアはある日図書館でホームレスっぽいおじさんから、一冊の本を進められる。表紙には「ある日本人女性の刑務所回顧録」とあり、その女性の名はカネコ、フミコというらしい。大正末期に摂政宮(後の昭和天皇)暗殺未遂事件により逮捕された金子文子のことである。文子は共犯で同棲相手だった朴烈とともに死刑判決を受けたのちに、無期懲役に減刑されるが、収容先の栃木女子刑務所で自殺する。後に自伝的手記「何が私をこうさせたか 獄中手記」が公刊される。「両手にトカレフ」では貧困と弟の世話に追われながらもラップのリリックに挑戦するといったミアの日常が活写される一方で、ミアが読み進む文子の手記が掲載される。私が最近、無政府主義に興味を持つようになったのはブレイディみかこの「女たちのテロル」を読んだのがきっかけだ。そこでは唯一の日本人として金子文子がとりあげられていた。それから瀬戸内寂聴の文子の伝記小説「余白の春」、「何が私をこうさせたか」を読んだ。ブレイディみかこも金子文子も私にとっては無政府主義の先導者なのだ。ちなみに表紙の金髪少女がミアで黒髪の少女が金子文子ということだ。

7月某日
「70歳、これからは湯豆腐-私の方丈記」(太田和彦 亜紀書房 2020年12月)を読む。太田和彦はグラフィックデザイナーで東北芸術工科大学教授も務めたりしたが、私には「全国居酒屋巡り」のような居酒屋番組の司会進行役にして主演者の印象が強い。居酒屋番組としては吉田類の「酒場放浪記」やきたろうの「夕焼け酒場」をよく見るが、吉田類は庶民的で酒場の客とも乾杯を繰り返したりしている。「夕焼け酒場」は宝焼酎がスポンサーということもあってか酒場と酒場の主人の紹介がメイン。これに対して太田和彦は居酒屋で孤独に酒と向き合う。これは太田が東京教育大学芸術科を卒業、電通に勤務した後、グラフィックデザイナーとして独立したという経歴とは無縁ではないように思う。よく言えば孤高、悪く言ってしまえばキザ。この本のタイトルにもそれは現れている。これといった趣味のない私にとってレコード収集や登山、写真、焚火などの趣味の話は多少の嫌味をともなう(個人の感想です)。しかし最終章の「誰かのために」では安倍元首相や麻生某をきちんと批判している。この項は「すぐ言い訳し、まともに謝ることができず、責任転嫁するのは小人物の証明で恥ずかしい、気をつけよう」という文章で結ばれている。

7月某日
「オリーブの実るころ」(中島京子 講談社 2022年6月)を読む。6つの短編が収められている。それぞれの短編が描くのはさまざまな家族の形と愛の形だ。「家猫」は離婚して高層マンションに一人で暮らす息子の姿を、母親、息子、息子の同棲相手のそれぞれの視点から描く。同棲していることはときどき息子のマンションを訪れる母親には秘密だ。同棲相手の気配を「猫」と言いくるめることからタイトルになっている。「ローゼンブルグで恋をして」は、5年前に妻を亡くした馬淵豊が妻と結婚する前に結婚していた女の娘が中国地方の市議会議員選挙に立候補する話。馬淵は東京から選挙の手伝いに行くが、支援者の青年が都道府県名をドイツ語に言い換えることに凝っていて、馬淵が最初に結婚したのがローゼンブルグ、すなわち茨城県だ。「川端康成が死んだ日」は子どもの頃、家を出て行った母親の話。父の海外出張中に知り合った青年と恋に落ちた母親は、青年の実家がある葉山へ家出する。葉山に行く前に寄った鎌倉で乗ったタクシーの前の車に乗っていたのが川端康成。渋滞で車が進まなかったとき、川端は車を降りて母親へ「今日の鎌倉は美しいね」と告げ「でもそれはねえ、あなたが僕と同じ、末期の眼でそれを見ているからだ」と語る。翌日、新聞の一面にはノーベル賞作家の自殺が報じられていた。後の3編も実に面白かった。中島京子の作品は、短編であっても筋が複線、複々線に分かれ私には多少難解。この小説も私は続けて二度読んで理解した。

7月某日
「ホモ・エコノミクス-『利己的人間』の思想史」(重田園江 ちくま新書 2022年3月)を読む。経済学が前提とする人間は「自分の利益を第一に考えて合理的に行動する主体=経済人」であり、この経済人が利己的人間であり、すなわち「ホモ・エコノミクス」である。ヒュームやスミスをはじめ、ヨーロッパの思想史の素養がない私にとって読み通すのは、かなりしんどいものがあったが、読後感は悪くない。著者の本をもうちょっと読んでみようという気になった。だいたいこの本は図書館で借りたので傍線を引くことも出来なかった。ならば新刊を買ってみようかという気にもなった。著者の重田園江は1968年生まれ、早稲田大学政経学部政治学科卒業後、日本開発銀行を1年で退社、東大大学院博士課程を経て現在、明治大学政経学部教授である。早稲田の政治学科で私の20年ほど後輩である。もっとも私は学部の授業に面白さが感じられず、5月以降は当時盛んだった過激な学生運動に参加、授業にはほとんど出席したことがなかった。重田も学部生であった1980年代を振り返り、「60年代に(大学の費用で)アメリカ留学したであろう教員陣による、熱意も新鮮味もないアメリカ政治学の授業が行われていた。聞くに耐えない退屈な授業に辟易し、経済学科への編入を試みたほどだ」と書いている。それでも重田は藤原保信ゼミに参加したぐらいなのだから優秀だったのは間違いのないところ。本書の感想は本屋で新刊を入手し再読してからということにしよう。

モリちゃんの酒中日記 7月その2

7月某日
「資本主義の方程式-経済停滞と格差拡大の謎を解く」(小野善康 中公新書 2022年1月)を読む。経済の長期低迷が続いている。株価は回復し雇用も安定しているが、肝心の給料が上がらない。ロシアのウクライナ侵攻を契機に石油や小麦価格を押し上げているが、所得の上昇をともなわない典型的な「悪いインフレ」だ。本書でも触れられているが、国内総生産(名目GDP)は1997年の534兆円に対して2015年は531兆円で、18年間、経済はまったく成長していない。私の理解したところによると日本経済は1980年代を境に成長経済から成熟経済に移行した。成熟経済の下では国民の多くは消費よりも貯蓄に関心が向かう。消費選好から資産選好への移行である。成長経済では個人の勤勉と質素倹約という美徳が、そのまま経済成長につながるが、成熟経済では、これらは経済の低迷をもたらす。著者はこれらを打破するために、政府による富の再分配や教育、医療、介護、保育等の充実を挙げている。真っ当な意見だと思うけれど。

7月某日
「ひなた」(吉田修一 光文社 2006年1月)を読む。「JJ」(光文社)という雑誌に2003年5月号~2004年8月号に連載された。まだバブルの余韻があるころかな。茗荷谷の一軒家に住む大学生の尚純が主人公。かなり広い一軒家と想定されるのは、後に兄夫婦や兄の友人が同居することになることからも分かる。実は尚純は父母の実の子どもではないことが明らかにされ、ストーリーは吉田修一っぽくなるのだが…。

7月某日
「樽とタタン」(中島京子 新潮文庫 令和2年9月)を読む。小学生の女の子が学校が終わると喫茶店で過ごす。女の子は店でタタンと呼ばれ、働いている母親が仕事を終えて迎えに来るまで喫茶店の、前はコーヒーの豆を入れてたであろう樽で主に過ごす。で、タイトルが「樽とタタン」。小説家が少女時代を回想するという形式は悪くない。悪くないけど私にはピンと来なかった。

7月某日
「私と街たち(ほぼ自伝)」(吉本ばなな 河出書房新社 2022年6月)を読む。(ほぼ自伝)となっているが「まえがき」では「これは自伝っぽいある種のフィクションだと思ってくださるとありがたい」と書いている。同じく「まえがき」で「今なら立派な発達障害と呼ばれるであろう私は、学校で地獄を見たし、実際生きるためのことが何もできない」とも書いている。吉本ばななは戦後最大の思想家と呼ばれる吉本隆明の次女で、表紙には海水浴にときの一家の写真などが使われている。本扉はどこかの神社(根津神社か)にお参りしている親娘の写真である。「私と街たち」の街たちとは親と一緒に過ごした根津界隈やバイトに明け暮れていた東上野の呑み屋の思い出であったりする。街とそこに生きる人たちを描いて、ばななの筆は冴えるのである。

7月某日
林さんと15時に我孫子駅前の「しちりん」で待ち合わせ。林さんは元年住協で福岡支所長や東京支所長を歴任、営業の第一人者だった。私も年友企画で営業の面白さを知ったこともあり仲良くなった。まぁ林さんは新松戸に住んでいて家が近いというのも仲良くなった理由だ。以前は新松戸界隈で呑むことが多かったが、最近は我孫子が多い。と言ってもコロナ禍で去年は呑まなかったはずだから今回は久しぶりである。

7月某日
梅雨は終わった筈なのに雨が続く。11時30分から近所のマッサージ屋でマッサージを受ける。マッサージ屋の前のバス停から我孫子駅へ。我孫子駅から千代田線で霞が関へ。飯野ビルの地下でランチ、「生姜焼き定食」(1000円)を頂く。日土地ビルの弁護士事務所で打ち合わせ。虎ノ門から銀座線で新橋、新橋から山手線で上野、上野から常磐線で我孫子へ。最近は週1回くらいで東京に行くが、何もなくても楽しい感じがする。

7月某日
図書館で借りた「信仰」(村田沙耶香 文藝春秋 2022年6月)を読む。村田沙耶香の小説は割と好きで「コンビニ人間」「地球星人」「生命式」などを面白く読んだ記憶がある。現実との違和感をシュールに描くという感じが気に入ったのだと思う。ただ今回読んだ「信仰」は「ちょっとついて行けないかな」というのが素直な感想。ただ村田沙耶香ってよしもとばななに感性が似ているのでは感じた。何か月か後にまた挑戦してみようと思う。

モリちゃんの酒中日記 7月その1

7月某日
図書館で借りた「奇跡」(林真理子 講談社 2022年2月)を読む。この本は「多くの人の予約が入っています。なるべく1週間くらいでお返し下さい」という赤い紙が裏表紙に貼ってあった。奥付の横に「本書は、取材に基づいたフィクションです」と印刷されているが、読んだ感じでは事実に基づいたノンフィクションかな。写真家の田原圭一(私はこの人のことを知らなかったが、長くフランスに滞在した写真家で日本に帰国後、亡くなった)と梨園の人妻、博子との出会い、不倫の恋、離婚と結婚、そして2017年の田原の癌による死までを描いている。博子は近江屋という屋号の歌舞伎の名門に嫁ぎ一人息子、清之助を授かる。博子は息子を連れて田原に会いに行く。清之助も田原になつく。田原と博子、清之助の3人家族のようだ。ウィキペディアで検索すると博子が最初に結婚した歌舞伎役者は片岡孝太郎、息子は片岡千之助ということがわかる。もちろん小説では実名では描かれてはいないが、最近はウイキペディアで大概のことは分かっちゃうからね。「奇跡」は1日で読んじゃったので明日、図書館に返します。

7月某日
4回目のワクチン接種。マッサージを受けた後、マッサージ店の真ん前にあるバス停から我孫子駅前へ。12時過ぎに会場のイトーヨーカ堂の3階に行くと受付開始は13時からとのこと。ランチを北海道ラーメンの「ヒムロ」で食べることにする。以前は結構、混んでいた店なのだが、12時過ぎというのにお客もまばらだった。これもコロナの影響か。つけ麺に煮卵をトッピング、これで1000円。会場に戻ってワクチン接種を受ける。駅前からバスでアビスタ前へ。バス停から歩いて5分で我が家。部屋を冷やして図書館から借りた「幕末史」(佐々木克 ちくま新書 2014年11月)を読み進む。

7月某日
「幕末史」を読了。著者の佐々木は立教大学、同大学院博士課程で日本近代史を専攻、京都大学で助教授、教授。2016年7月に亡くなっている。本書は遺作ということになるが「あとがき」で「幕末の日本が立ち直っていく姿を伝えたいというおもいと気力がエネルギーとなった。74歳の、癌と共生しながらよたよたと歩いている老人の、生きている証である」と記している。本書は維新史の通説にも果敢に挑んでいる。とても74歳のよたよた歩む老人とは思えない。一例をあげると文久3(1963)年の8月18日、朝廷から三条実美らの過激派公卿が排除された「8月18日の政変」である。通説では公武合体派が尊攘派を追放したクーデターとなっているが、佐々木は「そもそも公武合体論と尊攘論は相反するものではない」と言い切る(詳しくは同書第3章「尊王攘夷運動」の4「文久3年8月の政変」参照)。

7月某日
「生皮 あるセクシャルハラスメントの光景」(井上荒野 朝日新聞出版 2022年4月)を読む。小説講座の人気講師がセクシャルハラスメントで告発され、報道でも大きく取り上げられる。「桐野夏生さん激賞」と帯にあった。私も大変面白く読ませてもらったが、「俺はセクハラやっていないだろうか?」という疑問が残った。セクハラは被害者が「セクハラを受けた」と告発すれば、ほぼ100%アウトだ。今まで告発されたことはないが、社長をやっていた小さな出版社も女性の多い会社だったからね。この小説の直接の感想とはならないかも知れないが、セクハラも人権の問題だ。相手の女性を人間として尊重していればセクハラは起きないと思う。「セクハラも人権問題」と私に考えさせたこの小説と井上荒野に感謝!

7月某日
ふれあい塾あびこ公開講座をアビスタに聴きに行く。13時開講なので15分前に行くとほぼ満席状態。ウイークデイの昼間なのでおじいさん8割、おばあさん2割というところ。今回のテーマは「義時の東アジア」で講師は東大教授の小島毅先生。洒脱な語り口で1時間30分、飽きなかった。さわりを2つほど。ひとつは東国の坂東武者たち、すなわち鎌倉幕府が農業重視の鎖国派なのに対して、西国の平氏、後白河法皇、源義経、後鳥羽上皇は通商重視の開国派ということ。そういえば昔、「平家、海軍、国際派」という言葉を聞いたことがある。格好は良いが最終的な実権は握れないという意味か。もうひとつはテムジン(1162~1227)は1206年にクリルタイを開いて即位しチンギスハンとなる。1163年に生まれた北条義時が父の時政を追放したのが1205年。1164年生まれの南宋の史弥遠(シビエン)がクーデターを起こしたのが1207年。義時が2人の存在を知っていたとは思えないが、東アジアにける同時代性を感じるではないか。

7月某日
「幕末維新の個性⑤ 岩倉具視」(佐々木克 吉川弘文館 2006年2月)を読む。同じ著者による「幕末史」が面白かったので我孫子市民図書館で借りる。岩倉具視って昔の500円札のイメージしかないんだけど。策謀家の印象も強い。しかし著者は明治6年の西郷遣朝使節問題、7年の島津久光問題、14年の憲法問題を典型として挙げ、「本来の岩倉は調整・調停役を自分の役目と心得ていたが、この際における岩倉は、明快な主張のもとに敢然と決断を下していた。…権力の座を求めない、しかし責任感の強い、そして私利にも恬淡な岩倉だからできたこと」と絶賛に近い誉め方である。幕末維新の小説やドラマで人気のあるのは坂本龍馬、桂小五郎(木戸孝允)、西郷隆盛らで、岩倉具視や大久保利通にはどうも人気がない。人気って歴史上の功績を必ずしも反映していないのではないか、そう思ってしまった。

7月某日
安倍晋三元総理が近鉄西大寺駅前で銃撃され亡くなった。新聞やテレビでは安倍元総理の功績を伝え続けている。私は違和感を感ぜざるを得ない。「失われた30年」すべてを安倍元総理の責任とするわけにはいかない。しかし黒田日銀総裁と二人三脚で2%の物価上昇を公約したが、安倍元総理の任期中にそれが実現することはなかった。皮肉なことに今年2月のロシアによるウクライナ侵攻により、小麦や原油価格が上昇、さらに円安も加わって世界的に物価上昇、インフレが進む。しかし今回のインフレは所得の上昇を必ずしもともなっていない。典型的な悪いインフレである。話がそれたが、私はアベノミクスは失敗だと思っている。この30年ほど実質賃金はほとんど上がっていない。経済だけではない。森友、加計学園問題、桜を見る会などで権力の私物化が目に余った。安倍元総理の突然の死去もあって参議院選挙での自民党の勝利は間違いのないところであろう。日本の民主主義の将来を憂います。

モリちゃんの酒中日記 6月その2

6月某日
「絢爛たる悪運 岸信介」(工藤美代子 幻冬舎 2012年9月)を読む。岸信介は60年安保改定時の首相で、国会で安保法案が通った後に辞職、池田勇人に首相の座を譲った。誤植の多い本で私が気付いただけでも5か所はあった。多くは変換ミスと思われるが鈴木繁三郎は鈴木茂三郎の間違い、才脳は才能が正しい。校正ミスというよりは校閲ミスか。書下ろし原稿というから作者が変換ミスしたものをそのまま通してしまったものと思われる。出版社には猛省を促したい。ところで岸が首相を務めていたのは今から60年以上前、私が小学校6年生の頃が60年安保だ。岸の娘と後に外相や自民党の幹事長を歴任した安倍晋太郎が結婚し、生まれたのが安倍晋三だ。岸というとゴリゴリの右派の印象がある。それはそうなのだが、神がかった右翼というよりむしろ国家社会主義者というべきだろう。満洲国時代は計画経済を実践したし、首相のときは国民年金法を成立させている。自由主義の経済とは一線を画していたように思うのだけれど。そこが孫の晋三とは大いに異なるところだ。

6月某日
「マイスモールランド」(川和田恵真 講談社 2022年4月)を読む。これ何か月前にテレビドラマを観たんだよね。映画にもなったらしい。トルコから日本に逃れてきたクルド人家族の物語。埼玉県の川口市に住んでいるが、入管当局に無断で県境を越えることは禁じられているらしい。主人公のサーシャは高校3年生、大学の学資にしようと荒川を超えた赤羽のコンビニでバイトしているが、厳密に言えばこれも許されない。作者の川和田も英国人の父と日本人の間に生まれた。テレビと映画の監督もやっている。入管の問題は人権の問題だと思う。国籍に関係なく等しく人権は保障されなければならない。現実にスリランカの人が入管で適切な医療を受けられずに亡くなっている。ウクライナからも多くの難民がポーランドなどに逃れており、一部は日本でも受け入れている。ウクライナだけでなくクルド人やミャンマーの軍事政権から逃れて日本にやってきた人も多いと聞く。明治時代の日本は多くの亡命清国人や韓国人(朝鮮人)を受け入れてきた。戦前の日本にはそういう度量があったと思うのですが。

6月某日
11時にマッサージ、そのまま床屋さんへ。この床屋さんは65歳以上は1800円(通常の大人料金は2000円)、今回はスタンプが10個たまったのでさらに500円引き。大変お得です。15時から虎ノ門の弁護士事務所で打ち合わせ。18時から御徒町の吉池食堂で大谷源一さんと呑む。家に帰ると渡辺眞知子さんから書籍小包が届いていた。渡辺さんが執筆した「ラブレター-わが愛しの野良猫に捧げる」(土曜美術出版販売 2022年6月)という本が送られて来た。渡辺さんは明治大学の演劇科出身、確か高校は名門、甲府一高だったと思う。新宿歌舞伎町でクラブ宴を経営していた。亡くなった竹下隆夫さんとよく通いました。「竹下さんを偲ぶ会」にも出席してくれた。本には幡ヶ谷界隈での野良猫たちとの出会いが綴られている。

6月某日
「パンとサーカス」(島田雅彦 講談社 2022年3月)を読む。四六判500ページを超える大著、読み終えるのに4日かかった。現代の日本が舞台なのだが、そこには作者、島田の現代社会認識が色濃く反映されている。一言でいうと「戦後日本は一貫してアメリカの支配下にある」ということ。戦前の講座派=日本共産党は明治維新を絶対主義体制の確立と捉え、当面する革命の性格をブルジョア民主主主義革命とした。戦後の日本共産党もこの路線を引き継いでいる。講座派に対抗した労農派は明治維新を不完全とはいえブルジョア民主主義革命とし、当面する革命の性格を社会主義革命とした。戦後、労農派の理論を引き継いだのが社会党左派と共産主義者同盟(ブンド)や革命的共産主義者同盟などの新左翼である。ということは日本をアメリカの支配下にあるとする島田の認識は、講座派的認識に極めて近いと言える。日本帝国主義は自立していると捉える新左翼に対して講座派、日本共産党の認識は日本の独占資本はアメリカ帝国主義に従属していると捉えている。「パンとサーカス」を読むと、日本がアメリカの支配下にあるという現実にも頷かざるを得ない面がある。私が大学を卒業してから半世紀が経つ。この間、短い政権交代はあったものの基本的には自民党の支配が続いている。本世紀のうち前半はなんとか経済成長が維持できたが、後半は低成長、マイナス成長に喘いでいる。ロシアのウクライナ侵攻もあり、世界経済はインフレ基調。どうするニッポン!

6月某日
社保研ティラーレを訪問。吉高会長と佐藤社長と懇談、話題があっちへ飛びこっちへ飛びで予定時間を大幅に経過、次の訪問先の虎ノ門の弁護士事務所への訪問が30分近く遅れてしまった。弁護士との打ち合わせを済ませ、千代田線の霞が関から根津へ。根津の医療系の専門出版社の青海社で工藤社長から「輝生会20周年記念誌 石川誠と共に歩んだ20年間」を頂く。輝生会は初台リハビリテーション病院や船橋リハビリテーション病院の経営母体で都市型リハビリ病院経営の草分け的存在。私が2010年に脳出血で倒れ、急性期の病院から回復期の病院への転院を迫られたとき、当時、厚労省の中村秀一さんから船橋リハ病院を紹介された。熱意に溢れるスタッフのおかげで社会復帰することができて、船橋リハ病院とスタッフ、紹介してくれた中村さんには未だに感謝している。工藤社長と根津界隈を散歩、18時から根津の沖縄料理屋、「ぬちいぬ島」で会食があるので、ベンチに座っておしゃべり。18時になったので工藤社長と別れて「ぬちいぬ島」へ。

6月某日
「2022年の連合赤軍-50年後に語られた『それぞれの真実』」(深笛義也 清流社 2022年2月)を読む。裏表紙に我孫子市民図書館から「この本は、次の人が予約してまっています。読みおわったらなるべく早くお返しください」という黄色い紙の「おねがい」が貼られていた。連合赤軍なんかに関心を持つ人がいるんだ、私のような全共闘崩れかしらと思いながら読み進む。私は連合赤軍には直接には関わっていないが、1969年の9月3日に早稲田大学の第2学生会館屋上で機動隊に逮捕され大森警察署に留置されたとき、1日遅れで女子房に留置されたのがこの本にも出てきて、後に山岳アジトで殺される京浜安保共闘の大槻節子だった。留置場の金網越しではあったが楚々とした美人であった。彼女は愛知外相訪米訪ソ阻止闘争で羽田空港に火炎瓶を投げた容疑で逮捕されたそうだ。何日か遅れて当時彼女の恋人であった渡辺正則も留置された。私はノンセクトで規律にも規範にも縁のない活動家だったが、大槻や渡辺は私の記憶では留置場内でも姿勢を崩さず、私は「ホンモノの活動家は違う」と感心したものだ。69年の9月と言えば2か月後の佐藤訪米を控えて「何ごとかが起きる」という雰囲気がキャンパスにはあった。直接の面識はないが政経学部で私の1年下だった山崎順もこの頃、赤軍派に参加、72年に処刑されている。私は69年の9月に逮捕されていなかったら、赤軍や京浜安保共闘に加わっていた可能性がある。火炎瓶とゲバ棒では機動隊の壁は崩せないのは自明であり、「次は銃と爆弾」という認識は私にもあった。私などは真っ先に処刑されていただろうから、まぁ9月に逮捕されていてよかったのかも知れない。

モリちゃんの酒中日記 6月その1

6月某日
「笹の舟で海をわたる」(角田光代 毎日新聞社 2014年9月)を読む。左織が風美子と出会ったのは22歳のとき、風美子から「坂井左織さんでしょ? 違いますか」と話しかけられたのだ。小学校の疎開先の修善寺で一緒だったという。左織の修善寺の記憶には風美子の姿はなかったが、それから二人の長く続く友情が始まる。左織は大学院で学ぶ温彦と見合い結婚し、風美子は温彦の弟の潤治と結婚、二人は義理の姉妹となる。温彦は大学で教えるようになり、学者として順調なスタートを切る。一方、潤治は職が定まらないが、風美子は新進の料理研究家として頭角を顕して行く。左織は女の子と男の子に恵まれるが、風美子には子が出来なかった。一種のファミリーヒストリーと言えるが、この小説のファミリーは左織と風美子の義理の姉妹が軸となっている。著者の角田は1967年生まれ、左織と風美子は終戦のときに8歳ぐらいだから1937年前後の生まれである。左織と風美子は角田の親の世代であり、角田は左織の娘、百々子と同じ世代である。左織は百々子と価値観を共有できずに悩むが、これが非常に巧みに表現されている。角田の母子関係が反映されているのかも知れない。タイトルの「笹の舟で海をわたる」はラストで左織が川縁で遊ぶ二人の女の子を見て、疎開先の川で笹の舟を作って風美子と遊んだことを思い出すことにちなむ。

6月某日
「春のこわいもの」(川上未映子 新潮社 2022年2月)を読む。川上未映子と言えば数年前に読んだ「ヘブン」の衝撃が忘れられない。学校で繰り返し壮絶な苛めにあう中学生の男の子と女の子の話だけど苛めのシーンがリアルで何度か読むのを中断したほどだ。だから川上未映子が虐めに抗う正義感に溢れた作家かというとそれも違う。小説の作家というのは何か?と問われれば現在の私ならば「文章を通じておのれの想いを世間=社会に発する人」と答えるだろう。川上未映子が本作で何を伝えたかったのか?それが私には明確には分からない。本作には6作の短編が収められている。比較的長めの短編もあれば掌編と呼んでもいいものがある。6作の共通点は帯の惹句によれば「感染症が爆発的流行(パンデミック)を起こす直前、東京で6人の男女が体験する、甘美きわまる地獄めぐり」ということになる。「地獄めぐり」というコピーは「春のこわいもの」というこの短編集のタイトルとも通底するものがある。この短編集の最後に収められそして一番長い「娘について」という短編が私には最も面白かった。作家である主人公が高校以来の親友で、最近では音信が途絶えがちな見砂杏奈からの電話をきっかけに見砂との過去を回想する。回想の過程で主人公が見砂やその母を裏切っていたことが明らかにされる。これが「春のこわいもの」であり「地獄めぐり」なのだ。

6月某日
神田の社保研ティラーレを訪問。吉高会長、佐藤社長と次回の社会保障フォーラムの講師について相談。厚労省のしかるべき人にアドバイスをもらう方向で一致。社保研ティラーレは以前は日比谷通りの東側(神田駅側)にあったが、この春に日比谷通りの西側のビルに移転した。前のビルは2階で眺望は期待できなかったが、今回は9階なので神田駅方面への眺望が広がる。帰りに屋久島の焼酎を頂く。

6月某日
「あたしたち、海へ」(井上荒野 新潮文庫 令和4年6月)を読む。有夢と瑤子、海の3人は同じ中高一貫校の中学に通う親友同士。クラスを仕切るルエカの意向に反して海はマラソン大会を欠席する。それから海に対する陰湿な苛めがスタートする。苛めって同調圧力に屈しないことから発することが多い。ロシアのウクライナ侵攻も「同じスラブ民族だから」と同調圧力をかけてきたロシアが、それに抗するウクライナ、ゼレンスキー大統領にしかけた軍事侵攻=苛めである。海は有夢と瑤子と連帯して苛めに対抗する。ウクライナも同じ価値観を共有する西側諸国と連帯して侵攻に抗するべきなのだ。

6月某日
「星月夜」(李琴峰 集英社 2020年7月)を読む。日本のW大学で日本語講師の職についた台湾人・柳凝月は新疆ウイグル自治区出身の留学生と惹かれ合い恋人同士に。二人はともに女性である。著者の李琴峰は台湾生まれ台湾育ちで中国語が母語。しかし日本語を学んで日本語で小説を書き、2019年に芥川賞を受賞している。「彼岸花が咲く島」を読んだことがあるが、私としては伝奇的な印象が残りつつも李琴峰の小説家としての力量を強く感じた。「星月夜」は日本での留学生生活と恋愛を描く。ロシアのウクライナ侵攻により台湾海峡の緊張も高まっている。新疆ウイグル自治区にも中国の少数民族の問題がある。李琴峰の小説には地球規模の課題が詰まっている。

モリちゃんの酒中日記 5月その3

5月某日
大谷源一さんに「セパ交流戦」のヤクルト・日本ハム戦を見に行かないかと誘われる。東京ドームには何回か観に行ったことがあるが神宮球場は初めてなので行くことにする。地下鉄の神宮前で待ち合わせ、球場まで歩く。都立青山高校(青高)や日本青年館の近く。青高は亡くなった竹下さんの母校、高校生運動が盛んで竹下さんの頃は中核系の反戦高協の拠点だったという。竹下さんは高校生運動のリーダーで法政大学経済学部に入学、学生運動のエリートだったわけね。野球は日本ハムが逆転サヨナラ勝。ヤクルトファンがヤクルトのユニホームを着て応援、7回には小さな雨傘を手にもって東京音頭を歌っていた。見た感じ4割方は若い女性ファン、ほぼ満席だった。日本青年館が立派な高層ビルに建て替えられていた。日本青年館の前が明治公園。日比谷公園や清水谷公園、礫川公園などと並んで昔は左翼に集会の場を提供していた。

5月某日
「辺野古入門」(熊本博之 ちくま新書 2022年4月)を読む。海兵隊の航空基地としては岩国と並んで国内最大吉の普天間基地の移転先として日本政府が決定したのが名護市辺野古。反対運動が続く一方で名護市長選挙では容認派の市長が再選されている。そして知事選挙では翁長、デニー玉木と反対派の知事が2代続く。著者の熊本は明星大学の社会学の教授、フィールドワークとして辺野古に取り組んでいる。反対派、容認派と分け隔てなく泡盛を酌み交わし議論する姿勢には好感が持てる。沖縄が日本に復帰して50年が経過する。私も数回、沖縄には行っているが基地の現実を肌に感じたことはない。沖縄と本土との関係はロシアとウクライナの関係を私には連想させる。もっと沖縄のことを知らねばと思う。

5月某日
「タラント Talant」(角田光代 中央公論新社 2022年2月)を読む。我孫子市民図書館で借りたんだけれど、裏表紙に「この本は多くの人の予約が入っています。なるべく1週間くらいでお返しください」と印刷された赤い紙が貼ってあった。大変人気があるようだ。3日ほどかけて読み通したが、確かに面白かった。しかし帯に記されている「学校に行けなくなった甥、心にふたをした義足の祖父、〝正義感″で過ちを犯したみのり。小さな手にも使命(タラント)が灯る慟哭の長編小説」というコピーには少なからぬ違和感を持った。主人公のみのりの甥は確かに不登校になるのだが、「学校に行けなくなった」というより「自ら不登校を選択した」のだし「心にふたをした」祖父だって、口数は少ないがそれは「心にふたをした」のではなく、自分の心を表現する適切なワードが見つからなかったためじゃないのかなぁ。総じて帯のコピーはみのりはじめ登場人物に否定的な感じがする。そうじゃないと思う。「自分はなにものか?」。みのりも祖父も、甥も真剣に問うているのだ。高松で東京で、そしてみのりの大学時代の友人、玲はベイルートやアフリカ、メキシコで。ロシアのウクライナ侵攻に見られるように時代の空気は明らかに不穏だ。しかし、みのりたちはそれにたじろぎつつも果敢に挑んでいるように私には思えた。

5月某日
「戦後『社会科学』の思想-丸山眞男から新保守主義まで」(森政稔 NHK出版 2020年3月)を読む。タイトル通り、戦後の丸山眞男から最近の新自由主義、新保守主義の思想について概観した内容。全体が①「戦後」からの脱却②大衆社会の到来③ニューレフトの時代④新自由主義的・新保守主義展開の4部構成になっている。第2次大戦の終結から75年以上が経過し1960~70年代の学生運動の時代からだって半世紀を経過している。とすると③ニューレフトの時代のあとに④新自由主義的・新保守主義的展開が来るのは「早すぎ」とも思えるが、著者は「ニューレフトの退潮後の世界は、市場経済とグローバル資本主義の展開する世界となって今に直接つながっている」(はじめに)としている。著者の森は東大教養学部で学部の2年次後半から4年次までの学生を対象に「相関社会科学基礎論Ⅰ」という入門的な授業を行っており、本書はその授業ノートをもとに書き下ろされている。森政稔という人の著作を読むのは初めてだし名前も聞いたことがなかった。巻末の略歴によると1959年生まれ東大法学部、同大学院博士課程中退とある。ネットで調べると筑波大学に務めていた頃から取手の団地暮らしとある。筑波新線で守谷から通勤しているのかしら。明治大学政経学部の重田園江教授とは大学院で机を並べていたらしい。重田氏によると森は無類の猫好きらしい。ちなみに重田氏は早稲田の政経学部の藤原保信ゼミ出身で一流銀行に入行したが肌に合わず1年で退社、東大の大学院へ。専門は無政府主義らしい。今度、この人の本も読んでみたい。