モリちゃんの酒中日記 5月その2

5月某日
「インフレ・円安・バラマキ・国富流出」(佐々木融 日経プレミアムシリーズ 2026年1月)を読む。例によって我孫子市民図書館で借りたのだが、「この本は、次の人が予約してまってます。読み終わったらなるべく早くお返しください」という黄色い札が貼ってあった。人気のある本なのだ。私は土曜日に借りて日曜日に読了、本日、月曜日は図書館の休館日なので明日、返却します。現在の日本経済の大きな問題はインフレと円安である。米国とイスラエルのイラン攻撃もあってホルムズ海峡を経由した原油の輸入は途絶した。原油価格は値上がりし、円安は輸入物価をさらに押し上げる。最近の世界経済の状況を著者は、経済に多少のショックが起きると、政府は財政支出によって危機を収束させようとする。中央銀行が国債を買って、中央銀行が通貨(紙幣)を発行すれば、危機が回避される可能性が高いからだ、と分析する。しかし「その結果、世界でインフレ率が高まるようになり始めています」という。日銀による金融緩和や財政出動だけでは、日本経済の本格的な回復は望めないとする。著者は解雇規制をはじめとする昭和の時代の日本型雇用システムから脱却しようと提言する。会社が自分に向いていないなら早めに辞めるべき、労働者が企業に適していないのなら経営者は早めに解雇すべき、というのが著者の考えだ。「本来政府が助けるべきは、そうした変化についていけなかった個人」という考えに賛成。終身雇用制で企業に縛り付けられるのは、労働者にとっても経営者にとっても不幸だ。

5月某日
監事をしている一般社団法人の監事監査が虎ノ門の事務所で1時30分からあった。30分ほどで監査が終わる。18時から新松戸で呑み会がある。それまで時間をつぶさなければならない。虎ノ門から新橋まで歩く。新橋から上野まで山手線。上野駅で下車、下谷口近くの昼間からやっている焼き鳥屋に入る。生ビール大と日本酒を常温で2杯、焼き鳥レバ、ハツ、ナンコツ。レバはタレでハツとナンコツは塩で頂く。あとネギ焼など野菜も少々。上野から常磐線で松戸へ。松戸で各駅停車に乗り換え新松戸へ。新松戸へ着いたら雨が降り出した。待ち合わせ時間になったら雨が止んだ。新松戸の駅で小学校、中学校、高校が一緒の山本君に邂逅。駅近くの居酒屋で乾杯。山本君に家庭菜園のエンドウ豆をいただく。

5月某日
「松本清張の昭和」(酒井信 講談社現代新書 2025年12月)を読む。松本清張はたんなる推理作家という枠に収まらず、戦前の日本ファシズム運動を題材にした小説や戦後の帝銀事件や下山事件に想を得たドキュメントや小説、さらには日本の古代史にも独自の視点を明らかにするなどした。また創価学会の池田大作会長と日本共産党の宮本賢治委員長の会談を仲介するなど宗教界や政界にも独自のパイプを持っていた。本書はその松本の生涯をたどるドキュメントである。松本清張の最終学歴が高等小学校卒であることに注目する。松本と同世代もしくは彼以前に生まれた作家で小学校卒や高小卒はそう珍しいことではない。吉川英治や山本周五郎も小卒で小僧に出ているし、池波正太郎も確か高等小学校卒で証券会社の小僧に出ている。松本は1909年、現在の北九州市小倉北区に生まれる。さまざまな職業を体験し、大阪朝日新聞九州支社広告部嘱託となり広告版下を手がける。41歳のとき「週刊朝日」の懸賞小説の応募した「西郷札」が3等に入賞、44歳のとき「或る「小倉日記」伝」で芥川賞を受賞。朝日新聞を退社し、創作活動に専念するのは47歳だから当時としても遅いデビューであった。酒井は「清張が独自に育んだ「人間の業」をとらえる「文学的な感性」に着目、「それは叩き上げの作家だからこそ身に付けることができた、弱い立場に置かれた人々の心情に寄り添うことができる、清張らしい「公平な人間観」に根差したものであった」としている。

5月某日
「外の世界の話を聞かせて」(江國香織 集英社 2026年2月)を読む。惹句に曰く「時間と場所を超えて重なり、織り上げられてゆく人の生に静かに耳を傾ける、珠玉の群像劇」。「時間と場所を超えて」は、1970年代と現在、外苑前の私設図書館と三重の元公民館の空き家、インドネシアの農場、斎場…。「群像劇」は女子高校生の陽日(はるひ)と友人の瞳、私設図書館のあやめ、斎場に勤める真実子…。「群像劇」なので登場人物の名前と関係を覚えるのが大変。私は深く考えず読み進める。何となく関係性を理解しつつ読了。江國香織はエッセイストで俳人だった江國滋の確か娘だったように記憶している。1964年生まれだから今年62歳か。小説家の井上光晴の娘の井上荒野もそれぐらいの年になった筈。

5月某日
「弱い円の正体-仮面の黒字国 日本」(唐鎌大輔 日経プレミアシリーズ 2024年7月)を読む。最近の日本経済は円安、インフレ、株高傾向が続いているが、これは本書が執筆された2年前の春頃と基本的に変わっていない。日本のGDPは米国、中国に次いで世界3位だったが、2023年にドイツに抜かれて4位になった。経済成長の源泉は①労働力②資本③技術革新で決まるとされる。人口規模が日本の7割弱(日本1億2404万人、ドイツ8457万人)のドイツに抜かれることは②、③の劣化が著しいのではと著者は指摘する。ドイツも日本と同様、少子化が進んでいるが、日本に比べるとそのスピードは遅く、労働力人口の減少も日本ほどではない。将来にわたって日本経済の復活は望み薄ということか。著者は今後の日本に対してイノベーション力・成長力の強化を進めることが重要としている。しかし一人当たりGDPでは韓国や台湾にも遅れをとっている現状を見るとそれも難しいかもしれない。円安もあって訪日外国人は増え続けているが、観光だけでは心もとない。

5月某日
「福島県南相馬市小高区1-10」(柳美里 福島民報社 2026年3月)を読む。タイトルは柳美里が現在住み、「フルハウス」という書店を営んでいる現住所。福島の地方紙「福島民報」に連載していたエッセーを収録したもの。長男が地元の高校に進学して吹奏楽部で活躍したり、卒業して北海道の大学に進学する様子などが描かれている。地元の人との交流も生き生きと描かれている。柳美里は高校を不登校で退学し、東京キッドブラザースで東由多加に才能を見出されるのだが、もともとはコミュニケーション能力が高いのだろう。南相馬市の小高は常磐線でいわきの先である。柳美里は今年の10月までシカゴ大学の客員研究員に就任するということで今「フルハウス」を訪ねても柳美里は不在だ。でも梅雨前に行ってみようかな。

5月某日
「日本社会党-「戦後革新」とは何だったのか」(福永文夫 岩波新書 2026年3月)を読む。戦後長く日本社会党という政党があった。自民党に対抗する革新政党として2大政党に一角を占めていた。しかし大まかに言うと衆議院で自民党200議席に対して社会党が150だから2大政党ではなく2と1.5政党だ。私の実家では両親ともに社会党支持だった。戦争の経験から反戦・反核の政党として社会党を支持したのだと思う。本書は社会党を軸にした戦後史である。この前の総選挙では自民党が大きく議席を伸ばし、自民党より右の参政党も伸長した。リベラル派は立憲民主党をはじめ後退を余儀なくされた。社会党を支えた社会主義というイデオロギーは過去のものになったのかもしれない。でも地球環境問題や貧富の拡大を考えると社会主義という思想にはまだまだ学ぶべきところがあるように思う。右傾化はイギリス、フランス、イタリア、ドイツなどに共通する傾向だ。私が憂いてもしようがないが憂います。

モリちゃんの酒中日記 5月その1

5月某日
今日から5月。午前中は冷たい雨が降っていたが、午後からは青空が広がる。花粉の季節も終わりが近づいている。「彼女たちの「戦後」」(山本昭宏 岩波新書 2026年3月)を読む。彼女たちというのは黒柳徹子、土井たか子、大橋鎮子、鴨居羊子、田辺聖子、山崎豊子、角野栄子、ゴーマン美智子、吉田ルイ子、平野レミ、中山千夏、吉永小百合の12人。黒柳徹子はほぼ毎日、テレビで会っている。土井たか子は初めて社会党の女性党首になり、後に国会議長も務めた。大橋鎮子は花守安治とともに「暮らしの手帖」を創刊、鴨居羊子は「下着革命」の旗手、田辺聖子は大阪弁を駆使した恋愛小説、家庭小説の名手。山崎豊子は「白い巨塔」「華麗なる一族」「沈まぬ太陽」などの社会派小説家、角野栄子は「魔女の宅急便」に代表される児童文学者、ゴーマン美智子はボストンマラソン、ニューヨークシティマラソンの優勝者にしてマラソン競技の啓蒙者。吉田ルイ子は「ハーレムの暑い日々」などの写真集で知られるフォトジャーナリスト、平野レミは「料理愛好家」、中山千夏は名子役から司会者や歌手としても活躍、1970年代は社会運動家としても知られ、80年には参議院選挙にも当選。吉永小百合は女優としてあまりにも有名。先週読んだ山田詠美の「三頭の蝶の道」は瀬戸内寂聴、大庭みな子、河野多恵子をモデルにした小説だったが、女性作家の抱くドロドロとしたモノを巧みに描いていた。こちらの岩波新書は女性を描くにしても爽やか。ところで吉田ルイ子は北海道室蘭市出身。小学生のころ父親のゴルフを見にアイヌの友達を誘ったが入口で「アイヌと犬はお断りだ」と言われたエピソードが紹介されている。当時も今もアイヌ差別問題は根深いものがある。

5月某日
「こんな生き方がしたい フォトジャーナリスト吉田ルイ子」(小河修子 理論社 1998年8月)を読む。吉田ルイ子(1934~2024年)の評伝だが、少年少女向けに書かれたもの。1934年生まれということは昭和9年生まれか。北海道室蘭市で鉄鋼会社の幹部社員の家に生まれ、終戦後間もなく上京、中高一貫の女子校に入学、外交官にあこがれ慶応義塾大学法学部に進学。卒業後、NHKでのアルバイト経てフルブライト奨学金を得てアメリカに留学、オハイオ大学大学院、コロンビア大学大学院でマスコミ論、フォトジャーナリズム論を学ぶ。ニューヨークのハーレムでの黒人との出会いからフォトジャーナリストの道に進む。室蘭でのアイヌ差別の経験が黒人や少数民族を被写体とするきっかけになったのかもしれない。

5月某日
「昭和的」(関川夏央 春陽堂書店 2025年4月)を読む。関川は1949年新潟県生まれ、上智大学外国学部中退。エッセイスト。関川は地方出身で東京の私立大学に進学したという点では私と同じような経歴である。ただし私は入学後、三派全学連から全共闘運動に共感し参加してゆくのだが、関川はノンポリであったようだ。私が早稲田に入学した当時、上智も全共闘運動が盛んでストライキ中の上智を訪れたことがある。上智の革マル派の一人に論争を挑まれたが、私はほとんど答えられなかった。上智の革マル氏は「まぁ一年生から反代々木ってのは優秀だよ。ガンバな」と言って去って行った。「昭和的」というタイトルは魅力的だ。「元美人革命家の半生記」では元赤軍派の幹部だった重信房子を取り上げている。重信は2000年11月に逮捕され、2010年7月、懲役20年が確定した。刑期満了は2022年5月、このとき76歳であった。どこの大学でも学生運動の痕跡すら見つけるのは難しくなっている。確かに学生運動も「昭和的」の一つだろう。挿絵は南辛坊。こちらも十分に「昭和的」だ。

5月某日
「お尋ね者 物書同心居眠り紋蔵」(佐藤雅美 講談社文庫 2002年6月)を読む。我孫子市民図書館に市民が提供した図書を自由に持って行っていいコーナーがある。そこにあった本である。昔から時代小説は好きで佐藤雅美の本もかなり読んだ。佐藤雅美(1941~2019)は早稲田大学法学部卒、フリーライターを経て「大君の通貨 幕末『円ドル』戦争」で新田次郎賞。この本は日本が鎖国を廃し欧米列強と通商を開始したころの話。日本は金に対して銀の価値が欧米に比較して高く、欧米の商人が銀貨で小判(金貨)を購入し結果的に日本の国富が海外に流出したという話だったと思う。極めて実証的な本でその作風は佐藤の多くの時代小説にも受け継がれている。本作は所かまわず居眠りをしてしまう江戸南町奉行所物書同心、藤木紋蔵が難事件を解決していくというストーリー。そういえば亡くなった大前さんも佐藤雅美の小説を好きだった。

5月某日
「ヤマト王権と難波・河内」(吉村武彦 角川選書 2026年1月)を読む。ヤマト王権とは大和地方に権力の中心をおき、次第に日本列島の大部分を支配下に置いた王権のことである。本書では「おそらく初代の天皇は、日本列島の一部地域にあたる「国」程度の支配から始まるだろう。そして、近畿中央部から列島(北海道と東北北部を除く)へと発展し、やがて蝦夷・隼人などの列島の夷狄、さらに海外の蛮国(伽耶・百済等)へと影響を及ぼしていく」(第1章 ヤマト王権とは何か)と記されている。初代の天皇は第10代の崇神天皇で現代の歴史学では神武から9代までの天皇の実在は否定されている。吉村は古代史だけでなく最新の考古学の成果も参考にしながら古代の日本の政治、経済、社会を描いて行く。「あとがき」によると吉村は、大阪の高校時代に後に作家となる辻原登と雑誌を刊行したりしている。根っこは関西人だからヤマト王権には土地勘があるのだ。私は根っこが北海道人なもので、日本古代史となると土地勘はない。蝦夷地開拓史それはアイヌ侵略史であるけれど、そちらには土地勘はあるのだが。

5月某日
上野の森美術館前で大橋さん、土方さんと待ち合わせ。土方さんが応募していた「上野の森美術館大賞」に入賞し、展示されている。土方さんの作品は、彼が羽田空港で撮影した群集の写真を化学的に処理したもの。土方さんの作品は本名ではなくNeo56として表示されていた。土方さんはもともとはデザイナーだがアート方面への進出も考えているようだ。私より20歳近く若い(確か今年60歳か)が、そのチャレンジ精神にはいつも感心させられる。上野の森美術館を出て、近くの居酒屋で乾杯。大橋さんから元厚労次官の村木厚子さんが日経新聞に連載した「私の履歴書」の切り抜き、Tシャツ(土方さんの息子さんのデザイン)をいただく。土方さんにすっかりご馳走になる。

5月某日
大橋さんにもらった村木厚子さんの「私の履歴書」を読む。村木さんは厚労省の雇用均等・児童家庭局長のとき大阪地検特捜部に逮捕、起訴されるが、後に冤罪だったことが明らかにされる。女性でしかも高知大学という地方大学出身で局長まで出世したのはたいしたものだ。旧労働省は中央省庁のなかでは女性の登用が最も進んでいる省だが、それでも事務次官となった女性は一人だけだ。村木さんは厚労省復帰後、内閣府に出向した後、社会援護局長、事務次官に就任した。今回、「私の履歴書」を読んで感じたのは、彼女の貧困層、弱者への変わらぬ優しさ、逆境にもへこたれぬたくましさだが、入獄経験が彼女を一回り大きくしたのは間違いのないところだろう。入獄・入院体験は人を大きくさせる(ことがある)。

モリちゃんの酒中日記 4月その3

4月某日
「イスラエル-人類史上最もやっかいな問題」(ダニエル・ソカッチョ 鬼澤忍訳 NHK出版 2026年2月)を読む。現在のイスラエルを巡る問題が「人類史上最もやっかいな問題」であることが多少なりとも理解できたような気がする。いわゆる「ユダヤ人問題」は歴史的な時間の長さ、空間的な広がりの大きさで他の問題にはないものがある。古くは旧約聖書の時代から「ユダヤ人問題」はある。キリスト教も最初はユダヤ教の改革派としてスタートしたし、イエス自身がユダヤ人であった。ユダヤ人がイスラエルの地を追い出されて世界各地に散った後も差別されてきた。第一次世界大戦で英仏はユダヤ資本の援助が欲しくて戦後のユダヤ人国家建設を約束した。ところが英仏はアラブ民族の援助を期待して戦後の独立を約束した。英仏の二枚舌外交である。戦間期にイスラエルの地域は国際連盟から英国に委任統治された。戦後1948年、その地にイスラエルが建国された。問題はその地域にはアラブ人が住んでいたことであり、イスラエルの建国にともない多くのアラブ人は排除された。平和裏にではなく武力をともなって。1947~48年の武力紛争はイスラエル人は独立戦争と呼ぶが、アラブ人はナクバ(大惨事)と呼ぶ。ことほどさように両者の認識には違いがある。しかしイスラエルは議会制民主主義の国であり、政権交代によって二国共存(イスラエルとパレスチナ国家)の道も期待できる。イスラエルのネタニヤフ首相は政権を失うと収賄などの罪で訴追される可能性が強いという。イスラエルは1967年以降の入植地から撤退し、パレスチナ国家との二国家共存を目指すべきと思う。

4月某日
御徒町駅南口で3時に待ち合わせて清瀧上野2号店へ向かう。出席者は私以外、岡田、伊藤、高橋さんと女性は香川さんと田口さん。田口さんは青森在住で本日上京し日帰りで青森へ帰るという。17時30分にはお開きにしなければ。確か私と岡田さんは同学年で1948年生まれ、香川さんは1つ下、伊藤さんは1つ上だったかな。高橋さんと田口さんは1952年生まれだったかな。いずれにしても全員が70歳以上、過半数が後期高齢者だ。周りを見ると平日の午後ということもあって、お客は殆どが高齢者、そして店員には外国人が多い。

4月某日
桐野夏生の新刊「眠れぬおまえに遠くの夜を」(文藝春秋 2026年4月)を読む。私はたいていの書籍は我孫子市民図書館で借りるのだが、桐野夏生の小説だけは購入することにしている。今回も発売日の翌日、イトーヨーカドーのブックマルシェで購入。家へ帰って読み進む。今回の登場人物は韓国人。韓国の実業家の家に生まれたテミンはジュニアハイスクールから米国に留学。親戚の家に寄寓しながら学校に通う日々を過ごす。ある日テミンは近所のコリアンタウンで歌いながらダンスを披露している3歳下のナダンと出会う。歌と踊りの才能に恵まれたナダンは美しくもあったが、貧乏だった。ナダンはプロデューサーに見いだされ韓国でアイドルグループの一員としてデビューする。テミンはハイスクールを終え、ニューヨーク大学(NYU)映画学科に進学、卒業後はソウルで映画俳優の道を目指す。ナダンはアイドルグループを離脱、ソロデビューを果たして映画スターとしても成功する。しかしナダンはスキャンダルに巻き込まれ、韓国にもいられなくなる。テミンは映画俳優としてはなかなか花開けなかったが、30歳を過ぎた頃から徐々に売れ始める。才能があり美貌にも恵まれたナダンには金がなかった。実業家の家に生まれNYUの映画学科を卒業したテミンは平凡な容貌で、芸術的な才能にも恵まれているとは言い難かった。しかしテミンは本人の努力と運で、性格俳優として認められて行く。ナダンが失踪してしばらくたったとき、テミンはファンミーティングで日本を訪れる。イベントの後、車のシートに沈み込んでいたテミンは車の横にナダンが立っているのを見つける。ナダンは言った。「テミンさん、あなたのファンです。あなたの出ているものはみんな観ています」…-「これが僕が17歳の時に出会ったナダンについての物語だ」で小説は終わる。

4月某日
「三頭の蝶の道」(山田詠美 河出書房新社 2025年10月)と「いのち」(瀬戸内寂聴 講談社 2017年12月)を読む。「三頭の蝶」とは三人の女性作家で小説中は河合理智子、高柳るり子、森羅万里という名前で登場する。森羅は瀬戸内寂聴、河合理智子は河野多恵子、高柳るり子は大庭みな子である。文中に「宇野千代、瀬戸内晴美、河野多恵子、大庭みな子、高柳るり子、そして、森羅万里…女流の歴史の中で、まだまだ数は多くありませんが、性愛に人間の根源を見出す書き手の歴史は続いて来ました。あの女が圧倒的に不自由な時代に、子を成すためだけではない性の有りようを描こうとして来た女たち」という文章がある。この小説は山田の先輩女性作家に対するリスペクトと言えるかもしれない。一方の「いのち」は河野多恵子、大庭みな子は実名で登場する。二人の才能に惜しみない賛辞を送っているように書かれている。がしかし、河野も大場も女性作家として初めて芥川賞の選考委員になっているが、瀬戸内はなっていない。芥川賞も受賞していない。昔は純文学、大衆文学、その中間の中間小説というジャンルがあり、大衆小説、中間小説は純文学より一段低く見られていた。瀬戸内もそう見られていた。そう見られていたことに瀬戸内自身は不満であったと思われる。三人とも鬼籍に入ってしまったので確かめようもないが。

4月某日
「昭和23年冬の暗号」(猪瀬直樹 中公文庫 2021年6月)を読む。本書は単行本としては「ジミーの誕生日」として09年11月に、文庫本としては「東條英機処刑の日 アメリカが天皇明仁に刻んだ『死の暗号』として2011年12月に、それぞれ文藝春秋から刊行されている。各タイトルからも明らかなように、本書はアジア太平洋戦争の7人のA級戦犯が昭和23年12月23日に処刑されたこと、そしてその日が平成天皇である明仁の誕生日であることから、当時の占領軍やマッカーサー周辺、そして当時の日本の指導層の動向を明らかにしたドキュメントである。猪瀬は執筆当時、石原慎太郎東京都知事の下で副知事を務め、激務に追われながら執筆したとある。猪瀬直樹の当時、そして現在の政治的思想的立ち位置は保守である。政治的思想的な立ち位置は私とは相容れない。もっと言うと私にとっては気に喰わない。しかし猪瀬の作品は私は気に入っている。取材や資料の渉猟について猪瀬の真摯な在り様は私には尊敬に値する。