7月某日
「歴史学者、ガザに潜入する」(ジャン=ピエール・フィリュ 堀千晶訳 河出書房新社 2026年4月)を読む。イスラエルによる殺戮と破壊が進んでいるパレスチナのガザ地区を訪れたフランスの歴史学者(パリ政治学院教授)のルポルタージュである。歴史学者はガザで起きていることは「普遍的なこと」だとして次のように述べる。「私たちの世界は拍手喝采で迎えたわけではないにせよ、破壊が猛威を振るうのを放置した。(中略)ガザで起こっていることは、万人にかかわる普遍的な意味を持っていたのであり、いま持っているのであり、今後持つことになるだろう」。ユダヤ人が戦中戦前のドイツでナチスによって虐殺されたことは忘れることはできない。しかし今、イスラエルがパレスチナで行っていることは、過去に自らがナチスによって行われたことと違いがないのではないか?
7月某日
「今夜もベルが鳴る」(乃南アサ 新潮文庫 2026年5月)を読む。巻末に「この作品は1990年9月祥伝社より刊行された。新潮文庫化にさいして、加筆を行った」と注記されている。2026年春という日付で著者自身の「あとがき」に「電話はドラマを生みます。時代が変わり、元号が変わっても、きっと今も怖い電話はかかってくる可能性があります。何か変だと思ったり、知らない電話の番号は、決して取らないで下さいね」と記されている。電話、とくに固定電話を軸として小説は展開していく。本作は乃南が作家デビューしてから3作目という。なんか、初々しい感じがする。
7月某日
「対話をつくる-分断の時代に言葉を取り戻す」(宇野重規 朝日新書 2026年5月)を読む。宇野は1967年生まれ。東大社会科学研究所教授。第1部は23年4月から25年3月まで朝日新聞に連載された「論壇時評」、第2部は朝日新聞デジタル「Re:Ron」に掲載された対談記事を書籍化したもの。宇野は現代日本のレベラルの代表的な論客のひとりと思われる。であるからトランプ的な考え方や行動様式には批判的だ。アメリカ政治外交史が専門の三牧聖子との対談で宇野は「今のアメリカの大学は、イデオロギー的に多様性を掲げるリベラル派が強い一方、学費が高く、かなり富裕な家の出身でないと通えない、階級の再生産装置になっています」と語り、三牧も「エリート大学の閉鎖性への怒りは共和党に向けられてもおかしくないのですが、共和党は一般市民のエリート大学への怨恨をうまく政治的に動員しています」と応じ、その中心にいるのが次期大統領選の共和党の有力候補とされるバンス副大統領を挙げていた。日本でも安倍元首相的な考え方が高市首相に継承されている。防衛予算の急増や台湾有事の発言を聞くと、「危ういな」と思えてくるのは私だけではないだろう。
7月某日
「ケアと編集」(白石正明 岩波新書 2025年4月)を読む。著者は1958年生まれ、青山学院大学法学部卒業、中央法規出版を経て1996年に医学書院入社、00年に〈ケアをひらくシリーズ〉を創刊。24年3月に医学書院を定年退職。〈ケアをひらくシリーズ〉からは川口有美子「逝かない身体」が大宅壮一ノンフィクション賞、熊谷晋一郎「リハビリの夜」が新潮ドキュメント賞、六車由美「驚きの介護民俗学」が日本医学ジャーナリスト協会賞、國分功一郎「中動態の世界」が小林秀雄賞、東畑開人「居るのはつらいよ」が大佛次郎論壇賞、鈴木大介「「脳コワさん」支援ガイド」が日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞、シリーズ自体も19年に毎日出版文化賞を受賞する。凄腕の編集者なのだが、本書を読むと私などは「人間関係の作り方が凄いなぁ」と思ってしまう。本書は著者が編集した本や影響を受けた本、人物についての思いを綴っている。北海道浦河に「べてるの家」という精神障害者の生活拠点がある。著者は何度も訪れているが「ぺてるに行っている最中は、なぜか「いい人」になるんですよね、わたし自身が」と書き、「たぶんあらゆる局面で「評価」がないせいなのだろう」と分析する。また別のところで「水を、手段ではなく目的としれ味わう」「対話を、手段ではなく目的として楽しむ」と書いている。これは哲学者イマヌエル・カントの「人を手段として扱うのではなく目的として扱え」という言葉を彷彿とさせる。
7月某日
午後、近所の我孫子市民図書館で読書。図書館は冷暖房完備なので読書に最適。ウイークデイは利用者も少なくさらに快適。17時30分帰宅。17時45分からテレビの「孤独のグルメ」を見る。松重豊演ずる五郎さんがメキシコ料理を楽しむ。18時30分から入浴、夕食、缶ビール1本。食後、図書館から借りている佐藤雅美の時代小説を読了、引き続き中島京子の「女中譚」を読み始める。9時45分BSNHKBS1の「呑み鉄本線・日本旅」、10時BSフジの「飯島直子 今夜一杯?」、10時30分BS朝日の「ケンコバのビジホ泊、11時TBSテレビの「NEWS23」。12時キッチンにてウイスキーを水割りで。1時近くに就寝。
7月某日
「私闘なり、仇討ちにあらず」(佐藤雅美 文春文庫 2014年5月)を読む。佐藤雅美の時代小説は時代考証が実にしっかりしている。本書は「八州廻り」という江戸時代の警察組織の一員、桑山十兵衛を主人公とする物語だが、八州廻りについても次のように説明する。「幕府のいわゆる警察組織は三部署あった。町奉行支配の町方廻り方、勘定奉行支配の十兵衛ら八州廻り、若年寄支配の火盗改である」「そのうち、町方廻り方と八州廻りの縄張りはきっちり区分されていた。町方廻り方は御府内、八州廻りは御府内をのぞく関八州と。両者が縄張りで揉めることはなかった」「いま一つの火盗改めには縄張りがなかった。ために、おなじ事件を追ったりとするということがよくあり、町方廻り方や八州廻りとしょっちゅう悶着を起こしたのだが、それには無理からぬ事情もあった」という具合である。権限を巡る縄張り争いは現代でもある。警察組織ならば所轄署と警視庁、公安と刑事警察…。現代でも時代小説が、佐藤雅美の時代小説が広く読まれる理由の一つだろう。
