モリちゃんの酒中日記 9月その3

9月某日
「夕映え天使」(浅田次郎 新潮社 2008年12月)を読む。我孫子市民図書館のリサイクル本として図書館のロビーに出ていたものを持ってくる。6編の短編が収録されている。いずれも読んだ記憶がある。が、それぞれ面白かった。タイトルにもなった「夕映え天使」。東京下町の寂れた町中華、昭和軒が舞台。中年の主人公とその親父が調理する。ある日、雇ってくれと若い女が店に顔を出す。やがて主人公はその若い女との結婚を意識するが、その女は忽然と姿を消す。何年か経って軽井沢署から行き倒れとなった女の遺品に昭和軒のマッチがあったとの連絡が入る…。「琥珀」。三陸の路地裏の喫茶店、琥珀が舞台。関西出身の店主は見事に土地の言葉を使う。定年間際の大阪の刑事は、休暇を消化するために東北を旅し、琥珀を訪れる…。浅田次郎は長編も面白いが、短編も上手い!

9月某日
「日本終戦史1944-1945 和平工作から昭和天皇の「聖断」まで」(波多野澄雄 中公新書 2025年7月)を読む。著者の波多野は1947年岐阜県生まれ。工業高校を卒業ののち防衛大学校に進学、中退して72年に慶應義塾大学法学部卒業、79年に同大学院博士課程修了。防衛研究所戦史部を経て筑波大学社会科学系助教授、同教授。筑波大学では副学長も務め、現在は国立公文書館アジア歴史史料センター長。本書の「まえがき」で著者は、「「大東亜戦争」は、真珠湾攻撃に始まる「日米戦争」、おもに東南アジアを舞台にした「日英戦争」、1937年に始まる「日中戦争」、終戦直後の「日ソ戦争」という、四つの戦場の「複合戦争」であった。米英中ソの四大連合国の結束は辛うじて維持されたが、それぞれが担った戦場の様相も、今に残る傷跡もそれぞれ異なる」と述べている。そして、終戦の過程では「日中戦争や日英戦争の行方は定まらず、結局、日米戦争をいかに終結させるかに、指導者の関心は集約されていく」としている。終戦に至る過程では軍部(陸海軍)、
政治家、外務省などの官僚、宮中(天皇や皇族)の思惑が交錯する。軍部でも保有する艦艇の大部分を失っていた海軍は終戦やむなしだったが、陸軍は本土決戦による一撃講和を掲げ徹底抗戦を叫んでいた。結局、昭和天皇の聖断により終戦となるのだが、聖断に至る天皇の気持ちを「自ら使者を送って確認した本土決戦体制の不備、それを糊塗する統帥部に対する不信感が、終戦を決意させる要因だったことが判明している」(終章)とする。天皇の孤独を感じる。ところで戦艦大和は45年4月8日に「海上特攻として8日黎明に沖縄島に突入」との出撃命令を受ける。大和は「沖縄本島に到達することなく…坊ノ岬沖に沈んだ」。日本側の戦死者は「大和が3063名、第2水雷戦隊981名、合計4044名にのぼった。これに対し米側の損害は爆撃機4、パイロットと搭乗員12名を失ったのみだった」。

9月某日
「埼玉マンション物語」(篠田節子 光文社 2026年7月)を読む。「ヴィラージュさやまの森」というのが小坂香織の住むマンションの名前だ。香織は30代独身、長期ローンを組んで購入した。管理組合の理事長となった香織にマンションの修繕などさまざまな難題が持ち込まれる。著者の篠田1955年生まれ、今年71歳である。それにしてはマンションの住人である30~50代の壮年男女の生態を活き活きと描いていると思った。NHKテレビで放映されている「団地のふたり」(小泉今日子、小林聡美主演)もマンションというか、団地を舞台にしたドラマ。コンクリート造の集合住宅が日本に登場したのが関東大震災後の同潤会アパート、日本初の分譲マンションは東京都が渋谷に建設した宮益坂ビルディングと言われている。都内ではマンション価格の高騰が続いていて平均価格で1億円以上という。小説の舞台となったマンションは西部線沿線の狭山市に立地する。篠田はマンション住まいなのだろうか?

9月某日
小学校、中学校、高校が一緒だった山本君と柏で昼飲み。15時に柏駅の改札で待ち合わせ。山本君は東武野田線、私は常磐線で柏へ。高島屋側に出て歩道橋を降りたところにある居酒屋に入る。2時間制と言われる。年寄りにはちょうどいい。2時間ほどおしゃべりしてお酒を呑んでお開き。次回は高校の同級生で常磐線界隈に住んでいる人に呼び掛けて、11月末ごろに柏で忘年会をしようということになった。

9月某日
「日本の戦争はいかに始まったか-連続講義 日清日露から対米戦まで」(波多野澄雄 戸部良一編著 新潮社 2023年5月)を読む。本書は「大東亜戦争の開戦80周年(2021年)を迎えるにあたり、5つの主要戦争の原因や特徴を多角的に考察してみよう、という現代文化会議が企画した連続講演会の記録である」(序章)。5つの戦争とは戦没者が1万人を超えた日清戦争(1万3600人)、日露戦争(8万8400人)、満州事変(1万7100人)、支那事変(日米開戦まで19万1200人)、大東亜戦争(213万3900人である。序章を執筆した波多野は第1次世界大戦に始まる総力戦について「支那事変以降の帝国全体に及ぶ大規模な戦時動員体制は、その強制性ゆえに社会の「平準化」を進展させる。実際、農村において地主と小作人の関係が揺らぎ、都市でも労働者の地位改善、女性労働者の地位向上といった現象が起こる。こうした現象は戦後につながる「社会の現代化」を準備したとする見方が定着している」と述べている。日本は「戊辰戦争いらい、台湾出兵、西南戦争、日清戦争、義和団の乱への派兵、日露戦争、第1次世界大戦、シベリア出兵、さらにはその後も満洲事変、日中戦争、太平洋戦争と、1945年まで、ほぼ10年と空けずに戦争を続けています。この点で、近代日本は同時期のヨーロッパにもまして、きな臭い国家だったということを認めざるをえません」(第2章 小原淳)。戦後80年、日本は他国と戦火を交えることは一度もなかった。一国平和主義との批判もあろうが、「戦争は二度とごめんだ」という国民世論の後押しがあったことも事実であろう。

9月某日
今日で9月も終わり。ちょっと肌寒いくらいだ。「アクリル」(井上荒野 集英社 2026年7月)を読む。井上荒野の作品は割と好きで何冊も読んでいるのだけれど、本作は私にとっては「外れ」であった。卓郎と美幸という30代の夫婦が主人公。妊活に励むが卓郎が無精子症であることが発覚。美幸は「推し」のビヨンセのアクリルスタンドを購入、さらにパパ活で50代の冴えない男、渡部とセックスし、妊娠。美幸は出産し卓郎とともに子育てする。エピローグで卓郎が渡部に殺意を抱いていることが明らかにされる。惹句に「現代人の孤独とグロテスクな欲望を描く、ノンストップ・アクスタ小説!」とあるが、描かれた「現代人の孤独とグロテスクな欲望」にまったく共感できなかった。