モリちゃんの酒中日記 6月その3

6月某日
評議員をしている社会福祉法人にんじんの会の評議員会出席のため立川へ。評議員会は19時からだが17時頃に着いたので会場近くの居酒屋で軽く一杯。18時30分頃に会場へ。評議員としては一番乗り。主な議題は前期の決算承認だが黒字決算を続けており、問題なく承認。創業者の石川治江常務理事(前理事長)の理事辞任が発表された。NPO法人やわらぎが出来て40年、社会福祉法人が出来て30年ということで節目の年ということか。それにしてもこれだけ大きな法人に育て上げた石川さんの経営手腕は見上げたものである。個人的にも石川さんにはずいぶんご馳走になった。荻窪の民家で通所介護事業を始めた頃、荻窪の商店街の酒屋の立ち飲みで一杯やった後、寿司屋でご馳走になったりしたものだ。石川さんは来年80歳ということだが、まだまだ元気である。

6月某日
「本郷菊富士ホテル 新装版」(近藤富枝 中公文庫 2026年4月改版発行)を読む。戦前、本郷菊坂台上にあった菊富士ホテルの物語。ホテルと称していても実際は賄いつきの下宿屋であるが、有名作家や東大などで教えていた学者が長期逗留する高級下宿であり、東大生など学生は少なかったようだ。作者の近藤富枝は作家、エッセイストの森まゆみの伯母で新装版の解説は森が書いている。「丘の上のまぼろしの城」と題した解説で森は「私の祖父にあたる水島亀之助の妹延子が、この菊富士ホテルの創業者羽根田幸之助の長男富士雄に嫁いだとは、私はこの本を読むまで知らなかった」と明かしている。関東大震災にはこのホテルも相当揺れたが倒壊は免れた。建っていたのが本郷台地で地盤が丈夫だったためだろう。しかし昭和20年3月10日のB29による東京大空襲でホテルは炎上、焼失した。巻末に本郷菊坂界隈の地図が掲載されているが、昭和48年当時の菊坂付近略図には弓町本郷幼稚園と本郷教会が載っている。この教会は私たち夫婦が結婚式を挙げた本郷弓町教会と思われる。罰当たりなことではあるが、結婚式以来、一度も伺っていない。確か連れ合いの親戚に熱心なプロテスタントの信者がいて、その紹介で挙式したのだと思う。

6月某日
監事をしている一般社団法人の総会に出席するために東京八重洲口近くの会議室へ。総会では決算も無事承認され、私が読み上げた監査報告も承認された。1時30分から始まった総会は2時前に議事をすべて終えたが、来賓の出席が遅れている。来賓には挨拶をしてもらう予定なのでしばらく休憩して来賓を待つ。2時過ぎに来賓到着。挨拶をしてもらって総会は無事終了。私は御徒町駅北口で17時に待ち合わせがあるので御徒町へ。御徒町の吉池食堂で遅いランチ。吉池と松坂屋で時間を潰す。17時に御徒町で前の職場の同僚の石津さんと会って、北口近くの中華料理店の大興へ。予約をしていなかったが18時50分までならOKというので入店。大興の料理は相変わらずの美味しさだったが、盛り付けがお洒落になっている感じがした。器とソースもなにかフランス料理風であった。もっともフランス料理など何年も食べていませんが。次々と新規のお客が来店するが、予約をしていないと断られていた。

6月某日
「寮生 1971年函館。」(今野敏 2015年10月)を読む。1971年3月に主人公の少年は函館の私立の進学校に入学する。学校名は明らかにされていないが、カトリック系の進学校ということでモデルは函館ラサール高校であろう。この寄宿舎の屋上から2年生が落下し死亡する。新入生たちが事故死か他殺かを推理して行く。市内の女子高生との恋愛も描かれる。私は1964年3月に室蘭市の道立高校に入学している。作者の今野は1955年、北海道の三笠市生まれ。私が高校に入学したときは函館ラサール高校はまだ開学していなかった。まぁあったとしても、私の学力では入学は敵わなかっただろうけど。