7月某日
「人の資本主義」(中島隆博編 東京大学出版会 2021年10月)を読む。資本主義を否定して社会主義の世の中を志向する、というのではなく、より人間的な資本主義という意味において「人の資本主義」という言葉が使われているように思う。民主主義や絶対主義、人道主義、社会主義…という○○主義と資本主義は違うような気がする。民主党や社会党、共和党や社会民主党はあり得るが資本党というのはないでしょう。思うに資本主義社会というのは目指すべき社会ではなくて、産業革命以降の蒸気機関や石油を燃やして動力として大量生産・大量消費が可能になった社会の「状態」を資本主義社会と言っているような気がする。で、本書は簡単に言ってしまうと、そういった「状態」にある資本主義が「壁」につき当たっていると認識し、それをどう乗り越えるかという議論を紹介する。例えば広井良典京都大学教授は「近年は、希望をこめて言えば分離していた経済と倫理が再融合するような兆しが見えてきているのではないでしょうか。(略)単純化した言い方になりますが、拡大・成長ではなく、持続可能性・循環・相互扶助に軸足を置いた、新しい性格をもった経営や経済が重要になってくるのです」と語る。中野佳裕早大地域・地域間研究機構次席研究員は「1970年代以降になりますと、戦後の欧米諸国が確立してきた福祉国家体制が限界に直面し、産業社会の逆生産性が顕在化してきます。特に際立つ問題は、経済成長が生み出す富の分配を通じて生活を保障するという成長主義的な福祉政策が、地球環境の側面から限界に達しているわけです」と指摘し、国家に代わる「新たな社会的保護の担い手を創出していかなければならなくなっている。そこで注目されているのが、国家とも市場とも位相を異にするコミュニティの領域なのです」とコミュニティの重要性を指摘する。コミュニティは語源的にもコモン=公共財に近い。
7月某日
「この国のかたちを見つめ直す」(加藤陽子 毎日文庫 2025年1月)を読む。加藤陽子は1960年、埼玉県生まれ。今年3月に東大大学院人文社会系研究科教授を定年退官した。学部時代の指導教官は「右寄り」と評される伊藤隆。加藤はリベラルな学風で知られ、それもあってか菅義偉首相のとき日本学術会議の会員任命を拒否された。本書でも学術会議については「「学術会議6人除外」と日本の科学技術政策の向かう先」「学術会議問題の政治過程-世論が政府の姿勢を「変えた」」で取り上げられている。私は日本社会の右傾化は、先の衆議院選挙による自民党の圧勝や参政党の進出によっても明らかだと思うものだ。加藤は「はじめに」で「危機の時代には、国家と国民の関係を国民の側から問い返して、見つめ直すことが必須となろう。本書がそのためのハンドブックとなれば幸いである」と書いている。同感。
7月某日
「近代天皇論-「神聖」か、「象徴」か」(片山杜秀 島薗進 集英社新書 2017年1月)を読む。平成28(2016)年8月に発表された「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」をきっかけとして政治思想史研究家の片山と宗教学者の島薗が近代天皇制について語り合う。最近も女性皇族が結婚後も皇族の地位を保つとか旧皇族の子孫を現皇族の養子に向かえるとか、天皇や皇族を巡る議論は続いている。自民党の国会議員のなかには「神武天皇以来の皇統を守る」という発言もあった。戦後の歴史学では神武天皇の実在は否定されているから件の議員の発言は非科学的と判断せざるを得ない。近代天皇制を科学的に、歴史的にどうとらえるかという発想のもとにこの対談は行われた。島薗は「安倍政権の国家主義的な物事の進め方というのは、国家や集団の秩序を尊ぶ儒教文明や東アジア官僚国家の伝統に回帰しようとしていることです」と語るが、安倍政権を高市政権に読みかえれば現代日本の状況である。また片山は現代の右翼を批判して「かつての右翼には現在の状況に対して失われた過去を対置して新たな選択を迫る思考のパターンが広くあって、しかも虐げられているものの側に立つ姿勢が強かったのです(中略)今、右翼と称されるものはその逆に逆にと来ているような気がします」と危惧する。
7月某日
「みんなのためのパレスチナ入門」(エリアス・サンバー 杉村昌昭訳 平凡社新書 2026年5月)を読む。著者はパレスチナ出身の歴史家で1948年のイスラエル建国に至るユダヤ人の運動やそれに対するパレスチナ人の抵抗運動が語られている。もちろんサンバーはイスラエルの建国やその後のパレスチナへの侵略を非難する。イスラエル建国以前にもパレスチナの地にはユダヤ人は入植していたが、パレスチナ人とは共存していた。建国以降イスラエルはパレスチナの地に入植地を拡大し続けてきた。私見を述べると、ユダヤ人の2000年に及ぶ迫害の歴史は同情に堪えない。しかし2000年前の伝承を根拠にしてアラブ人の土地を奪ったのは間違っていると思う。現在も空爆や戦車によって入植地を拡大しているイスラエル。そしてイスラエルを後押しするアメリカとトランプ。軍事力によって国境線を変更することは許されない。ロシアのウクライナ侵攻が許されないのと一緒である。
7月某日
「彼女の家計簿」(原田ひ香 光文社文庫 2016年7月)を読む。原田ひ香の小説を原作にしたテレビドラマ「一橋桐子の犯罪」(松坂慶子主演)を見てから彼女の小説を読むようになった。「一橋桐子」シリーズをはじめ「三千円の使いかた」など、どちらかというとユーモア作家として見ていたのだが本作はシリアス。シングルマザーの里里(りり)の元に、疎遠にしていた母親からぶ厚い封筒が届く。五十鈴加寿という女性が戦前からつけていたという家計簿である。備考欄に書かれた日記のような独白が明らかにするものは…。ミステリーの要素もあり十分に面白いのだが、私は本作を反戦小説として読んだ。戦時中や戦争直後の庶民の暮らしが描かれている。戦争中の庶民を一括りに被害者ということはできないのかも知れないが、本書で描かれる庶民はやはり被害者。
